幹部シナリオ⑤補『名を君に(ホムンクルス)』
『そういえば、あのメイドの名前はなんていうの?』
迷いの森を出る直前、リーザ・モアが思い出したようにホムンクルスの名前を訊いた。
『名前? 何で?』
『何でって……。呼ぶとき困るじゃないの』
『んん? うちとホムンクルスしかおらんから困らんよ?』
一体しか造っていないから一号二号と呼び分ける必要もない。
『ホムンクルスって名前でいいんじゃね?』
研究のこと以外にはまったく無頓着なナナベール。リーザは溜め息を吐き、ホムンクルスは寂しそうな顔をした。
『今まではよくってもね、これからはそういうわけにいかないのよ。私たちがその子を呼ぶとき困るじゃないの』
それぞれの幹部に配下がごまんといるのだ。見た目に差がない魔物の個体にいちいち名付ける必要はないが、側近や右腕になら用事を言いつけることもあるので呼び名がないと逆に不便なのである。
『その子にも名前は必要よ』
『(うん! うん! うん! うん!)』
ホムンクルスは全力で首肯した。今まで一度も訴えてこなかったが、やっぱり名前はほしかった。できれば可愛いやつで。
『そおけ? リーザもおまえて呼べばいいんと違うん?』
『あなた、私たち幹部が詰めている根城にもその子を立ち入らせる気なのでしょう? なら、名前を知っていないともしものときに困るじゃない』
『もしものときって?』
『そりゃもちろん、その子を処分するときによ』
『っ!?』と、驚いたのはもちろんホムンクルスだ。
名前は魂を縛るもの。上位者が配下を操るのに最も使い勝手がいいのが名前である。『反抗してきたとき傀儡にできなかったら、これはもう壊すしかっ! ってなるじゃない? そうならないようにするための首輪が必要なのよ』……というようなことをリーザは説明した。
おそろしい。何がおそろしいって、この考え方が魔王軍幹部のスタンダードであることだ。ナナベールも『そりゃそうか』と納得する始末だ。
『でもなー、やっぱメンドクセー。名前なんて何だっていいよー』
『だったら今付けてあげなさいよ。テキトーでも何でもいいから』
『で、できればテキトーにじゃなくて真面目に付けてほしいですぅ……』
ホムンクルスがおずおずと挙手した。
『しゃーねーなあ。……おまえ、おっぱい大きいから「おっぱい」な』
『…………』
ご主人様は残念な人だったのだ! ――ホムンクルスは無言で涙を流した。
『なんだよ? 気に入らんのか?』
『あ、当たり前じゃないですか! そんなのいやですよ! お、「おっぱい」だなんて、恥ずかしいです!』
なぜ自分のコンプレックスを自己主張せねばならないのか。
その点はリーザも同意した。
『私もそれはどうかと思うわよ。呼ぶのは私たちなんだから。せめて私たちが呼びやすい名前にしてくれないかしら』
『んえーっ!? めんどっちぃーなーっ。あー、うー、……うん、無理。「おっぱい」以外で思いつかん』
『そ、そんなあ……』
『だったら、本人の希望を聞いてみたら? そっちのほうが決めやすいでしょう。というか、さっさと決めてちょうだい』
『そだなー。おい、おまえ、なんぞ理想の名前とかあるんか?』
『え!? そ、そうですねー。ええっと、そのう、……あるにはあるんですけどぉ。い、言っていいのかな?』
『はよ言わんか』
『は、はい! あ、あの、て、天使みたいな名前がいい……かなあ……なんて。えへへ。っ、ご、ごめんなさい! い、いまの忘れてください!』
『天使ぃ?』
『私たち、魔族なんだけど? 神も天使も敵なんだけど?』
リーザがジトッと睨みつけてきた。
『ひぃいい! で、ですよね! そうですよね! 私ったらなんてことを! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!』
『なぜに天使なん?』
リーザとは異なりナナベールは特に気にしたふうでもなく、純粋に疑問を口にした。
『え? ……えっと、それはですね。その……わ、私、人間の頃の記憶がまだちょっとだけ残ってるみたいで。どうもそういうのにずっと憧れていたみたいなんです』
修道女だった頃の細かな記憶はない。だが、その嗜好は今でも反映されていた。
『ほーん。天使ねえ』
『あ、あの、本当にいいです。無理に付けなくてもいいですから。その、悪魔っぽいのでも……べつに……』
『ま、いーや。おまえにはずっと世話ンなってたからな。天使っぽい名前つけてやる』
『い、いいんですか!?』
『べつに名前くらいなー。どおってことないだろ』
『……っ! あ、ありがとうございます! ナナ様大好き!』
『話はまとまったみたいね。それじゃあ魔王城に行きましょう。魔王様、首を長くして待っていらっしゃるわ』
◇◇◇
~魔王城~
いざ入城しようかというとき、ナナベールが不意にいった。
『おっと、そうだった。一応これ言っとかなきゃ駄目なんよな。おまえも』
『なんですか、ナナ様?』
『誓約をな、結ばにゃならんのよ。うちはともかく、おまえは初めて魔王城に入るから、自分が敵じゃないっす味方っす部下にしてくんろー、って魔王様に事前に頼み込んでおかないといかんのよ。でないと城に入れんの』
『は、はあ。そうなんですか』
もちろん誓約なしに魔王城に立ち入ることも可能だが、その場合重い制約をかけられることになる。対人間用の結界であった。
厳かに、誓約を口にする。
『うち【赤魔女ナナベール】と、従者【ホムンクルス・パイゼル】共々、魔王様の配下に付きマース。後で挨拶しに行くんでヨロでーす!』
『わっ! あ、あのっ、よ、よろしくお願いします!』
これにて誓約は終了。
主従関係に仮契約を結んだような状態である。
『後で改めて魔王様に忠誠を誓いなさい。それで魔王軍幹部に正式に登用されるわ』
『めんどーくせー』
『口を慎みなさい! ほら、行くわよナナベール。あなたもね、パイゼル』
『は、はいっ』
揃って魔王城の敷地に足を踏み入れた。
こうして、赤魔女とその従者は魔王軍の仲間に加わったのだった。
『――って、パイゼルって何ですかぁ!?』
『天使っぽい感じのおっぱい』
『そんなあーっ!? ナナ様ーっ!』
(ホムンクルスシナリオ 了)
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