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幹部シナリオ⑤『君に名を(赤魔女ナナベール)』


【軍議】の【引見】を選択。


―――――――――――――――――――――――――――――

 どのシナリオを閲覧しますか?


・ 鬼になった日      (鬼武者ゴドレッド)【既読】

・ 蝶よ、花よ      (殺戮蝶リーザ・モア)【既読】

・ 流浪の果て         (魔忍クニキリ)【既読】

・ ノブレス・オブリージュ (女王蜂グレイフル)【既読】

◇ 君に名を        (赤魔女ナナベール)【NEW】

―――――――――――――――――――――――――――――


◇◇◇


 百五十年前――人魔大戦の最中、世界は魔法教育が盛んであった。


 魔法先進国である【北国ラクン・アナ】に至っては非人道的な魔法研究が行われていた。新生児を魔力溜まりの中で飼育したり、母胎に魔力干渉して遺伝子操作を行ったりなど、子供のうちから魔法に特化した資質に体ごと造り変える実験を繰り返してきた。


 それら研究の最大の目的は魔法力に長けた【魔法児】を量産し、【魔法兵団】を作りあげることだった。軍事国家【北国ラクン・アナ】の威信をかけた国策事業であったのだ。


 また、研究に従事した魔法使いたちにも野望があった。軍事利用に留まらない、さらにその先に広がる地平に手を伸ばさんと熱意を捧げていた。


 国に伝わるおとぎ話。大地を雪の中に閉じ込めた伝説の魔法使い【赤魔女】。その復活を目論んでいた。もちろん、かの魔女は神話の登場人物にすぎず、実在しない名である。


 魔法使いたちが求めたのは今では失われし魔法【エンド】。


 かつて【赤魔女】が得意とした極大魔法である。それを扱えた者に【赤魔女】の称号が与えられるのだ。


 だが、国を挙げての研究は、ある日突然、永久凍結することとなる。


 研究に関わったすべての人間が消失したのである。


 研究施設の魔力溜まりが暴発したため――ということになっているが、事実は異なる。


 それは、たったひとりのホムンクルスが引き起こした殺戮であった。


◇◇◇


 レワニャ・ジ・クリュイヤは、九番目に誕生した【魔法児】だ。


 この世に生れ落ちたときから魔力溜まりの中で飼育されたレワニャは、物心ついたときにはもう大人の魔法使いがもつ魔力量を凌駕した。若干十三歳にして高位魔法【練成】を完成させてしまうなど、彼女は紛れもなく「天才」であった。非人道的な【魔法児】研究はここに実を結び、レワニャという免罪符を得てさらに残忍さを増していく。


 だが、レワニャはそんなことでいちいち心を痛めはしない。天才ゆえに自分が歩んだ道が茨だったことに気づかない。脱落し、四肢を、神経を、脳機能を失った同胞を見ても何の感情もわかなかった。選ばれなかっただけだ、とレワニャの教育係が言っていたので、コインの面が表裏どちらになるか程度の不条理だったのだろうという認識しかなかった。二分の一の運命に負けたのなら、まあ、ご愁傷様、と思うほかない。


 天才ゆえに、彼女は俗物たちの一切をいちいち気にしなかった。

 天才ゆえに……彼女はついに自分の歪みにさえ気づかなかった。


 無事に育った魔法児は全部で十三人いたが、レワニャのような天才はほかにいなかった。今後も現れる可能性は低く、成功例はレワニャだけ、という研究所としてはあまり芳しくない成果であった。


 研究者たちはレワニャという稀物を解剖したがったが、唯一ともいえる成功例を台無しにしたくないというジレンマに陥っていた。レワニャが【練成】を修得したのはそんなときだった。研究者たちはレワニャにレワニャ自身を【複製】させることを強要した。


 レワニャは自分の複製に成功した。


 複製体は意思をもった人形であった。驚くべきことに、レワニャの【複製】は魂レベルで同一の人体を作り上げていた。研究者たちは大いに喜び、最初の複製体は一日ともたずに細切れにされてしまった。


 複製体に名前が与えられることはなかった。レワニャという名は彼女のみを指し示す呼称である。呼び名といえば、せいぜい二体目以降に振られた番号くらいのものだ。レワニャは三十番まで数えていたが、そこから先は虚しくなって数えるのを止めた。


 自分と瓜二つの分身。


 複製しては殺されていく姉妹たち。


 虚しい。つまらない。心が上向かない。――どのように表現したらいいのかわからない心の機微。複製体といっても自分でなければ赤の他人だ……そうは思っていても、残虐な人体実験の被験者にされていく彼女たちを見ていると、どういうわけか心がもやもやして落ち着かなかった。


 殺されるのに複製し続けることへの疑問が芽生えた。


 疑問? おかしなことだ。何を疑問に思うことがある。研究者たちの慰みものにされるものの、それで魔法研究が大幅に進歩するのであればこれほど有意義なことはない。たとえ姿形が自分そっくりであっても、それが何だ。あそこにいるのはワタシじゃないのに……


(本当にそうなのか?)


(アレはどう見てもワタシじゃないか……)


 レワニャは無自覚に憎しみを募らせていった。


 やがてレワニャの憎悪を色濃く受け継いだ複製体が生み出される。


 そいつは明らかにそれまでの複製体と違っていた。


 感情豊かなそいつは、レワニャが至れなかった可能性であった。


『よお、おねーちゃん』


(ワタシを姉と呼ぶのか)


 彼女たちはもはや別の個体であった。性格が異なるせいか、顔つきもレワニャとはどことなく違って見える。


『うちが全部ぶっ壊してやんよ』


(そうか……。これはワタシの願いなのだな)


『くけけけけ。うちはおまえ。おまえはうち。何考えてるか全部わかる。そんで、おまえにできないことがうちならできる』


(じゃあ、終わらせてほしい)


『終わらせてほしいんだろ? わかってんよ。おまえの進化系であるうちならアレが使える。今日からうちが【赤魔女】だ』


『ナナベール』


『あん?』


『おまえの名だ。ナナベール・ジ・クリュイヤ。ワタシが唯一覚えていた名前。母の名だ』


『ほーん。ま、貰っとこ。ほんじゃ、バイバイ、レワニャおねーちゃん』


『さようなら。ナナベール』


 その日、研究施設は跡形もなく消し飛んだ。


 原因を『魔力溜まりの暴発』として処理されたこの未曾有の大事故は、十数名の有力な魔法使いと専用設備、さらには研究データの一切を失わせ、【北国ラクン・アナ】の魔法研究を停頓させた。【魔法児】を活用した【魔法兵団】の組織化計画も暗礁に乗り上げ、その後二十年余りの間、軍事国家としての体面を失うことになる。


◇◇◇


 魔王軍に拾われたホムンクルスは【赤魔女】を名乗った。


 憎悪に由来する破壊衝動は研究施設を吹き飛ばしたことですでに解消されており、【赤魔女】にはこれといってやりたいことがなかった。


『こんなことならレワニャを生かしておくべきだったか?』


 ならせめて、レワニャが成し遂げたであろう研究を引き継ごう。幸い、レワニャの記憶はそっくり頭の中に残っている。――でもなあ。練成ってどうにも苦手なんよなー。レシピ通りに作るのは楽なんだが、新薬とか新手の魔法を練成するのはどうもなー。


『ま、時間ならいくらでもあるし。気の済むまで研究すっか』


 真っ赤なマジックローブをひるがえす――


 ナナベールはレワニャの意志を受け継いだ。



(ナナベールシナリオ 了)


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