表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/335

迷いの森―VSホムンクルス③―


 ホムンクルスの拳が脳髄を揺らす。リーザは思わず苦悶を漏らした。


「……ッ」


 腐っても魔王軍の幹部。いくら百年の隙間により弱体化していても人形の一撃程度で粉砕されるような柔な造りはしていない。リーザは痛みよりも顔面を殴られたこの状況に屈辱し顔を歪めた。


 全盛期であれば触れさせるどころか近づかせることさえしなかったはずなのに。この体たらくに激していた心が急速に冷めていく。たかだか土人形風情に苦戦している今の自分が許せない。かつての自分ならもっと優雅に、残酷に、殺していたものを。


 かつての私なら。


「――――」


 背後からゴーレムハンドが追撃してきた。隆々とそびえる手形の土塊が城壁の如き体躯をリーザ目掛けて落としてくる。


(かつての私なら……このような遅れを取らぬものを……)


 ズバンッ!


 地面に手形がめり込んだ。威力といいタイミングといい、今度こそ圧殺は免れない。術者であるホムンクルスにもその手応えが伝わった。


「やった!」


 ホムンクルスが声を上げた。勝った!――そう思ったに違いない。


 そのときだ。油断しきったホムンクルスの顔に、拳大ほどの影が被さる。


 頭上を巨大コウモリが勝利を祝いに飛んできたのかと思った。あるいは赤魔女ナナベールが労いに現れたのか。


 しかし、どちらも誤りであり、そのような誤解を招くほどにはホムンクルスは魔王軍幹部の真のおそろしさを知らなかった。



==聞け! 闇の精霊よ! 我を容認する者よ!==



「――っ!?」


 天空より降り注ぐ詠唱の呼気が、ホムンクルスの全身に重量を伴う圧迫感を浴びせた。それは日常的にホムンクルスの主である【赤魔女】が放つものと同等の怪しさを持ち、主のものとはかけ離れた【起源】から紐づいた邪悪を孕んでいた。



==いにしえの知と血を汝に捧ぐ!==



「――」


(呪文? 何の魔法です? 闇系統のようですが……)


 ゴーレムハンドが起き上がる。自律制御できる土塊だが親である術者の意識を汲み取る性能が迫り来る脅威を感じ取っていた。


 そうした危機感は術者であるホムンクルスにもフィードバックされ、二体の土人形は木々を越えてさらに上空を仰ぎ見た。


 空に蝶の羽が揺らめいている。しかし、見た目の優雅さからは程遠い、殺伐として牙をむく獣じみた昂ぶりが羽ばたき一つに表れていた。


 リーザの盲と思われていた目が開く。猫の目のような瞳が鋭利な視線を投げ掛ける。今にも心臓を突き刺す槍が降ってきそう。無論、錯覚にすぎないが、ホムンクルスはえもいわれぬ焦燥に駆られた。


(この位置はまずいです……! 接近しないと狙い撃ちされる……!)


 すぐさまゴーレムハンドが動いた。箒の柄を掴むようにしてホムンクルスの体を握る。


 手首を反らし、空に向かって遠投。


 放たれる瞬間、自らも指先を蹴ったホムンクルスは、速く、高く、上空へと舞い上がる。


 瞬きの間に【殺戮蝶】に肉薄した。



==とこしえの名と命を我に差し出せ!==



「――ハアッ!」


 なお木霊する詠唱に臆することなく、むしろその口を閉ざさんとして繰り出された一撃は、呆気ないほど精確にリーザ・モアの胸部を撃ち抜いた。


 ホムンクルスの拳は背中にまで到達し、致命的とさえいえる損傷をリーザ・モアに与えた。


 ……簡単すぎる。


 これにはホムンクルス本人でさえも驚きを禁じえなかった。罠ではないか――と、そのように訝ったときにはもう遅い。


 なおも続く詠唱に、今度こそ本能的に死を予感した。



==悪しき者 暁を求めるものよ!==



 耳元で囁かれる言霊には明確な殺意が含まれていた。


 逃がすまいとするリーザ・モアの意志。


 ホムンクルスは慌てて腕を引き抜き、落下に任せてリーザから距離を取る。どんな魔法が行使されるかわからない。阻止することができない以上、効果の及ばない範囲外に逃げるしかもう道はない。


 そのとき、気づいた。リーザに風穴を開けた腕が真っ黒に濡れていた。重油のようにねっとりと粘着した液体がリーザの体内からドロドロと際限なくあふれ出ている。


(これは……血?)


 けれど、顔面を殴ったときに流れたリーザの血は赤かったはず。正体不明の液状の何かがホムンクルスの体全体に降りかかる。蛇が巻きつくように、全身にまとわりついてくる。


 着地し、地面に腕をこすり付けても取れない粘液。熱を帯び始め、だんだんと温度を上げていく。燃えるように熱い。やっぱりこれ……血だ!


(でも、あの人の血じゃないです……! ま、まさか、召喚された魔界の血!?)



==不敗を誇り、万能を知らしめよ!==



 魔法の位階を推し量ることさえおこがましい。黒き血を――禍々しき魔人の生血を用いたそれは魔族にのみ行使を許された【天撃魔法】。神を討つべく編み出された古の呪法。低位に位置づけられたのは広範囲に被害をもたらさないからであって、決して威力の低さを物語るものではない。



==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ!==



 さあ、断罪の刻はきた。

 咲き誇れ、蝶を狂わす魔性の華よ――!


「紡ぎなさい――《ブラッディーローズ》」


 ピシッ――――!


 瞬間、黒血が爆ぜた。


 血の被膜から大小さまざまな円錐形の物体が一斉に生え伸びた。それは表面だけでなく――皮膚に接着している裏側にも強硬な尖端を生じさせ、付着した箇所から肉体をことごとく貫いた。


 ホムンクルスの全身を『黒棘』が串刺しにした。


 彫像のように立ち尽くす。あたかも棘を生やした薔薇の茎のような有り様。そうして破壊された肉体から噴き出た鮮血が地面に血溜まりを広げ、花弁の赤を彩るのだ。


「……あ、……う……な、ナナ……さ、ま……」


 低位天撃魔法。

 消費MPは『80』。

 属性『闇』。


 ホムンクルスに大ダメージを与えた!

『170』


◇◇◇


 蝶がひらひらと着陸する。


 ゴーレムハンドも土に還り、この場で意識ある者はリーザ・モアただひとり。


「ふう……。大したことなかったわね」


 捨て台詞を吐き捨て、勝利を謳う。


 


 ホムンクルスを撃破した!



―――――――――――――――――――――――――――――――

 特殊ステージ『東域アンバルハル辺境――迷いの森の魔女』終了


 勝利 魔族 (殺戮蝶リーザ・モア)

 敗北 魔族 (ホムンクルス)

―――――――――――――――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございます!

よろしければ、下の☆に評価を入れていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ