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迷いの森―VSホムンクルス―


 ホムンクルス――人工生命体。


 生殖器に頼らずに作り出された人間。


 その製造過程において、常人を超越した人体構造をもつ人間へと改造することも可能である。


 だがそれは「人間を模した人形」でしかなかった。人体を構成している元素を集めて組み上げただけの容器だ。身体能力が違えばますます本物から乖離する。


 重要なのは中身――魂である。中身がないのであれば何も人間に似せる必要はなく、そもそもホムンクルスを作る意味がない。魂の保持が最大の課題であった。


「ムツカシイなー。魂は味わうもんであって作るもんじゃないっつーの」


 悪魔は人間の魂を喰らう。


 人間という名の『瓶』の中で醸成された魂は、悪魔にとって極上の美酒である。そりゃ作れるもんなら作りたい。大量生産だってしてみたい。が、それができるのは『神』だけだ。悪魔や魔族、おそらく魔王様であってもそれだけは叶わない。


 ホムンクルスの中に魂を宿らせるにはどうしたらいいか。


 自然発生は難しい。となれば――。


「およ? 森が騒がしいなあ。誰かお客さんか?」


 窓の外には修道服を着た若い女の姿があった。妖精に騙されてここまで連れてこられたようだ。久しぶりのご馳走に森中が色めき立っている。


「あ、そうか。そうすりゃいいじゃん!」


 自分たちで生み出せないなら余所から持ってくればいい。


 人間の魂の代わりになるものは、人間の魂だけである。


◇◇◇


「――――ええいっ!」


 振り下ろされた右拳が空を切り、直撃した地面を陥没させた。


 メイド服姿のホムンクルスは疲れを知らぬ機械仕掛けのように、リーザとシルフを追ってひたすら攻撃を繰り出してくる。抜群の素早さと移動距離の長さが後退するリーザたちを逃がさない。


 だが、元々戦闘が苦手なのか、攻撃はすべて大振りでなかなか当たらない。


「ま、待ってください! 待ってくださいよお! 大人しく当たってくださーいっ!」


 子供の喧嘩のような腕回しパンチ。素直に喰らうバカがどこにいる。嘲笑する風の妖精シルフたち。


 しかし、リーザだけは慎重にホムンクルスの戦闘力を見極めようとしていた。


「……」


 強い打撃力。鋭い敏捷性。おそらく、耐性も固いに違いない。


 赤魔女が棲家の門番に据えるくらいには信頼度が高く、すなわち戦闘力もとても高いはずなのだ。


 欠点は戦闘に向かないあの性格くらいか。動力源の基礎に使った元人間の魂が、ホムンクルスの資質に強い影響を与えているようだ。


 戦い方もなっちゃいない。――――隙だらけよ!


==聞け! 風の精霊よ! 我を糾弾する者よ!==

==息吹を運び、我の声を響かせよ!==

==あまねく天と地を行き交い、最果てを消せ!==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==紡げ――《ブレストカッター》!==


 幾刃もの風圧が空気を裂いて奔る。


「?」


 防御という発想がそもそもないのか、ホムンクルスは迫りくる魔法に対して無防備に体を晒した。


 ズバババッ! ホムンクルスの体が木っ端の如く吹き飛んだ。


「にゃっ!?」


 後追いの烈風が背後の木々をズタズタに薙ぎ倒す。


 その様に、リーザの魔法の威力の程が窺える。まともに喰らえばホムンクルスといえども致命傷は免れない。


 ――そのはずだが。


「そんなに簡単ではないわよね」


 ホムンクルスは何事もなかったように立ち上がった。


 スカートに付いた土汚れをしきりに気にしていた。手で砂を払いながら「落ちるかな~」と洗濯時の心配をする。


 風刃で切り裂かれて肌の露出が多くなったメイド服に気が回らないのはダメージによるものなのか、はたまた頭のネジが抜けているだけか。


 リーザ・モアの攻撃!

 ホムンクルスにダメージを与えた!

『17』


「お返しです!」


 ホムンクルスが両手をかざして詠唱する。


==聞け! 土の精霊よ! 我を束縛する者よ!==

==中心を保ち、我の肉体を支えよ!==

==星星の廻転を拡げ、支配を崩せ!==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==紡げ――《ゴーレムハンド》==


 持続型補助系低位地撃魔法!


 消費MP『20』!


 ボコッと地面が盛り上がり、手の形をした巨大な土塊が隆起した。


 土人形の【手】は意志をもって行動し、ホムンクルス以外の動く物に反応する自動人形。


 ゴーレムハンドがあらわれた!


――――――――――――――――――――――

 ゴーレムハンド  HP  300/300

          MP    0/0

          ATK  80

――――――――――――――――――――――


(【ゴーレムハンド】ですって……ッ。このメイド、土属性の持ち主……ッ!)


 しかも、低位とはいえ地撃魔法を軽々と扱うなんて。赤魔女め、どうやってこれほどの戦士を作り出したのか。


 リーザは思わず感心してしまい、ふと我に返る。ゴーレムに気を取られている隙にホムンクルスがさらなる行動を開始していた。


 息つく暇もなく力強く大地を蹴ったホムンクルス。


 素早さと行動力はリーザパーティを凌駕していた。


 一瞬にしてシルフたちとの距離を詰めてくる。


「迎撃なさい!」


 リーザの号令と共にシルフの風攻撃がホムンクルスを迎え撃つ。


 巻き込んだものを切り裂く小型トルネードが放たれる。――が、ホムンクルスは片手で振り払うだけで呆気なくそれをかき消した。


 シルフの攻撃!

 ホムンクルスにダメージを与えた!

『3』


――――――――――――――――――――

 ホムンクルス LV. 15

        HP  660/680

        MP   80/100

        ATK  50

――――――――――――――――――――



「こっちの番です!」


 拳を握り、投球のように振り被って渾身の右ストレートを放つ。


 ブォオン! という風の唸りと、シルフの体ごと吹き飛ばす拳圧。


 直撃は免れたものの、シルフたちは意志に反して後退を余儀なくされた。


「んもう! どうして当たらないんですか!? こ、このままだとナナ様にオシオキされちゃうのにぃ!」


 ホムンクルスの攻撃は、空振りする割合は高いが即死級の威力がある。


 その上、その体には直撃したトルネードをかき消すほどの耐衝撃性があるときた。やつが相手では持久戦にならざるをえず、そうなれば攻守ともにMPに頼っているリーザ側が圧倒的に不利であった。回復薬にも限りがある。


(強い……! ちまちまHPを削っていたんじゃいずれ捕まる……!)


「ハッ!?」


 ホムンクルスが生み出した【ゴーレムハンド】がいつのまにかリーザに接近していた。


 巨大な手のひらが陰を作る。倒れ込むような張り手を繰り出した。


 ズバンッ!


 リーザに直撃ッ。


「ぐう……っ!」


 全身が押し潰される。たった一度の攻撃に意識が飛びかけた。


 ゴーレムハンドの攻撃!

 リーザにダメージを与えた!

『102』


――――――――――――――――――――

 リーザ・モア LV. 11

        HP  201/325

        MP  109/214

        MAT  86

――――――――――――――――――――


 まずい。強い。話にならない。


 ゴーレムハンドからもホムンクルスからも距離を取らなければ。追撃されたら今度こそ終わりだ。ひとまず十数メトル距離を取るべく飛翔する。


「シルフッ!」


 部下を呼びよせる。五匹のシルフが素早くリーザを囲んだ。


「私を守りなさい……」


 このために残しておいた盾だ。ときには囮となり、リーザの行動をサポートする。


 ホムンクルスとゴーレムハンドが再び距離を詰めてくる。


 リーザは待機。


 シルフの攻撃はホムンクルスに微々たるダメージしか与えない。


 ターンエンド。


「私の番です!」


 いきますよーっ、と振り被るホムンクルス。


 ようやくホムンクルスの一撃がシルフ①に直撃した。


 拳がシルフの顔面にめり込み、パァン! 風船が破裂するように弾け飛んだ。


「……なっ!?」


 跡形もない。シルフの全身が粉々に飛び散った。


 ホムンクルスの攻撃!

 シルフ①にダメージを与えた!

『80』


 シルフ①がやられました!


「ちぃ……!」


 元々物理攻撃に耐性はなかった。だから、一撃でやられることくらい想定済み。


(だけど……覚悟していたとはいえ頭にくるわね)


 死なせたのは自分だ。だからこそ、腹が立つ。


 部下を盾にしなければならなくなった自分の不甲斐なさに腹が立つ。


 待機していたことにより気力が溜まっていた。半分以上は怒りの感情。さきほど受けた大ダメージのおかげもあって気力ゲージはMAX状態に。


(しかと味わうがいいわ!)


 固有スキル《蝶・インフェルノ》ォオオオオオオ!


 範囲攻撃でもある固有スキルはホムンクルスとゴーレムハンドもろとも巻き込んだ。


「――っ!?」


 驚愕がホムンクルスの表情を塗り潰す。


 足許から噴き上がった黒炎に全身が飲み込まれる。火柱の中をもがく人影。土塊を灰燼に帰す無情の炎獄が、いま、容赦なく炸裂した。


 ホムンクルスにダメージを与えた!

『63』


 ゴーレムハンドにダメージを与えた!

『55』


――――――――――――――――――――――

 ホムンクルス   LV. 15

          HP  590/680

          MP   80/100

          ATK  50

――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――――――

 ゴーレムハンド  HP  245/300

          MP    0/0

          ATK  80

――――――――――――――――――――――


「くっ……。硬いわね」


 多少の手応えはあったものの、仕留めるにはまだまだ火力が足りていない。


 ホムンクルスの白い肌には火傷一つ付いていなかった。代わりに身に纏っていたメイド服はすっかり焼け落ちていた。下着とガーターベルトとニーソックスと靴を残すのみ。赤魔女の怠慢であろうか、防具には何ら耐性強化が施されていなかったようだ。


 予想外にも割と扇情的な下着を身につけていた。……こちらは焼け落ちるどころかまったく焦げ跡がついていない。耐性強化バッチリ。……赤魔女め、一体何と戦っている?


 ホムンクルスは呆然と立ち尽くしている。


 はっと我に返ると、


「びびび、びっくりしました! なんですかいまのっ!? なんですかいまの!?」


 飛び上がって驚いた。受けたダメージはそれほどでもないのに、ホムンクルスは死に直面したかのような混乱ぶりをさらした。


「こわいこわいこわい……! ほ、ほのお、炎に襲われましたよ今ッ!?」


 そこへ、赤魔女の声が降ってきた。


『おちつけ。そんなんにいちいちびびるなっつーの』


「ナ、ナナ様!? で、でも私、こんなの見たことありませんよ!?」


『おちつけってば。うち、おまえをそんな軟弱に育てた覚えねーし。ほれ、うちにあれこれされた日々を思い出せー』


「はっ!?」


 ホムンクルスは遠くを見つめ、主人から受けた数々のおそろしい調教を思い出す。


「……あー、はい。そうですね。ナナ様のオシオキのほうが何倍もこわいです」


 そして、ガタガタと震えだす。


「ナナナ、ナナ様のオシオキに比べたら、こここ、こんなの全然大したことありません……!』


『そうだろそうだろ。こわくないこわくない。んじゃ、張り切って続きよろしく~』


「はい! ナナ様!」


 そうして再びファイティングポーズを取る。


 主従のやり取りを見ていたリーザは額に青筋を浮かべた。真剣みに欠けるノリといい、命懸けで相手をしているのが馬鹿らしくなる。


「むかつくわね。絶対にぶっ殺してやるわ……!」


「こここ、こわくありません……! こわくありませんもんね!」


 戦闘、続行。



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