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SIDE―兄① 死んだらそこはゲームの中だった・・・

 俺は【自殺】をして死んだ。


 そのはずだった。


 なのに、なぜ生きて――――いや。


 違う。


 屋上から飛び降りて、頭から落ちたのに傷一つ無いなんてありえない。


 ここは……


 ここはどこだ?


 少なくとも【自殺】に選んだ廃工場の敷地内ではない。


 誰かが俺の体を勝手に運んだというのでなければ、俺はあの廃工場にいなければならないはずだ。


 訪れる者のない、コンクリートの地面の割れ目から雑草が生い茂っているような、そんなうら寂しくて、暗くて、湿っぽくて、終わった場所に、俺は居なければならなかったのに。


 そこは教会だった。


 ミサなどをする、あの教会堂のように見えた。


 石造りの教会。しかし、祭壇がなければ参拝者が座る椅子もない。


 ただ正面には淡く光を取り込むステンドグラスがあり、背後には重厚そうな扉が退路を塞いでいた。閉じ込められていた。


 尻をついている黒の大理石の床はひんやりと冷たく、視覚的にも寒々しい。


 いや、床だけじゃない、見渡す限りが黒色だった。両翼の壁も、天井を支える石柱も、何もかも。


 窓は正面にあるステンドグラスがひとつあるだけだった。そして、それが唯一の光源で、足許を照らすのはそこから差し込む光だけ。


 何だ、ここは?


「――――、ハッ」


 唐突に、考えること自体馬鹿らしくなり、嘲笑が漏れた。


 あの高さから落ちて無事であるはずがない。


 俺は確かに死んだんだ。


 そうだろう。


 ならここは、死後の世界に違いない。


「もしくは、夢、だろうな。最悪、生死の境を彷徨ってはいるが、運良く生き延びているっつーオチだな。俺の本体は今頃病院にあるのかもしれないな」


 ま、どっちでもいいけど。


 病院に駆けつけた両親が今頃どんな顔をしているか、見てみたい気もするが。


 それに、クソうざったい妹も――


「あ?」


 声がした気がして、顔を上げた。


 誰もいない。


「どこを見てますの? こっちですわよ」


 さらに目線を上げる。


 白く淡い光の中に何かが浮かんでいた。


 人だった。


 それも、子供。――女の子だ。


 小学生くらいの女の子が背中に羽根を生やして宙に浮いていた。


 ひらめくスカートの中に白いふとももとピンクの布地が見えた。


「どこを見てますの?」


「……不可抗力だろ。どう考えても。落ち度は飛んでるおまえにある」


「あら? これは失礼いたしましたわ」


 ふわり、と着地し、ワンピースドレスの両裾を持ち上げて、目を伏せた。


「レミィはレミィと言いますの。どうぞ御見知りおきくださいまし」


 演劇でしか見掛けないような淑女の挨拶。


 金髪碧眼も現実味を薄れさせた。


 何よりその美貌はこの世のものとは思えない。


 俺はかえって冷静になれた。


「なるほど。俺を迎えにきたってわけか」


 天使か、死神か。


 どうやらここは死後の世界で間違いなさそうだ。


「いいぜ。連れていけよ。天国だろうと地獄だろうとな」


 これでようやく終われる。俺は安堵の息をこぼした。


 ところが、女の子は首を傾げて長いポニーテールを左右に揺らした。


「何を言ってますの? 迎えにきたも何も、こちらにいらしたのはあなたのほうですわよ?」


「……なに?」


 そして、女の子は両腕を広げて叫んだ。


「ようこそですわ、お兄様! ここは【魔王降臨】のゲーム世界! お兄様のお望みどおり第二の人生の始まりですわよ!」


 ぱぱーん、とクラッカーを鳴らす金髪少女。


 ……ソレどこから出した?


「ゲーム世界だと?」


「そうですわ。正真正銘【魔王降臨】のゲームの中。ココは言うなれば、プレイヤー名を決定する最初の設定画面といったところですわね」


「……」


 改めて周囲を見渡す。


 時間が止まったみたいに無音。


 ここが現実世界でないことは理解しているが、それにしてもゲーム世界とは……。


「めちゃくちゃな『夢』だな」


 いくら死ぬ直前まで妹からパクったゲームで時間を潰していたとはいえ、臨死にゲーム世界に入る夢を見るとか――寒すぎるだろう。


「夢じゃありませんわよ? けれど、夢だろうと現実だろうと今のお兄様には関係のないお話ですわね。どうせ、もう元には戻れないんですもの。――はいこれ、差し上げますわ」


 ポケットサイズのコンパクトミラーを差し出された。


 覗き込むと、そこには【魔王降臨】に出てきたとあるキャラクターの顔が映し出された。


「これが、俺……っ!?」


「そうですわ。お兄様はそのキャラクターに生まれ変わりましたの。もっとも、レミィの目にはお兄様はお兄様にしか見えませんけれど」


「ああ、俺も自分の体にしか見えない」


 この手もこの足も生きていた頃と同じだ。


 ガキの頃に付けた傷跡も、腕にあるホクロの位置もそのままだ。


 ゲームキャラの体になったわけじゃない。鏡が幻影を映し出しているにすぎない。


「ですけど、お兄様は確かにそのキャラクターに転生いたしましたの。お兄様がお兄様らしい言動を取ったとしても、他のキャラクターには【転生キャラ】の言動として認識が書き換えられますわ」


「……」


 転生? それってあれか? クソウザ妹が持ってた小説や漫画のタイトルにあった、ああいうやつか? なんとなく内容は知っているが。


 ……マジかよ。くそダセエ。


 ゲーム世界のキャラクターに生まれ変わるとか、オタク臭くて気持ち悪い。


「おめでとうございますわ! お兄様にはこれから【魔王降臨】の世界で生活して頂きますわ。世界を統べるもよし。魔王を討つもよし。そのキャラクターになりきって第二の人生を平穏に歩んでいくもよし。たとえどのような道を選んだとしても、レミィは影ながら応援していく所存ですわ!」


「……もういい。どうだっていい。そういう地獄だと思って諦めるしかなさそうだ」


「あら、斬新な受け入れ方ですわ」


「で、おまえは何だ? おまえみたいなキャラクターはあのゲームにはいなかったぞ?」


 金髪ポニーテール。


 しかも名前が【レミィ】ときた。


 ……くそ。嫌なことを思い出させやがる。


 レミィは嬉しそうに笑い、俺の腕に抱きついてきた。


「レミィはお兄様が転生されたことで生み出された副次的なバグですの。レミィはお兄様にとってのヘルプ機能。お兄様を導くために生み出された新たなシステム。つまり、お兄様とレミィは一心同体なのですわ!」


「はっ、都合のいいこった。やっぱり『夢』だな」


「どう受け取ってくださってもよろしいですわよ? けれど、レミィは真実しか口にできませんの。いいですわね?


 一つ、レミィは常にお兄様の側にいますわ。

 一つ、レミィはお兄様にしか認識できませんわ。

 一つ、レミィは誰の味方でもありませんわ。


 たとえば、お兄様がゲーム攻略の途中で敵キャラクターを貶めたいと思っても、レミィはそのお手伝いはいたしませんの。なぜって、レミィはゲームのキャラクターではありませんもの。この世界には干渉できませんのよ」


「おい。何だその、ゲーム攻略、ってのは?」


「ゲームの世界ですもの。最終目標はゲームをクリアすることですわ」


 この【魔王降臨】のクリア条件――本筋のドラマは、プレイヤーである魔王が次々に覚醒する勇者を退けつつ人間世界を征服していき、最後には一部の勇者の協力を得てラスボスたる『神』を討伐し世界を支配下に治めるというもの。


 クリア後のエピローグでは、人類と魔族が共存共栄するハッピーエンドが待っている。


 本筋に沿うならば――


「ラスボスを倒すまで俺に魔王軍の協力をしろってことか?」


 しかし、レミィは、ふふん、と鼻で笑う。


「違いますわよ。お兄様が魔王軍を利用するんですの」


「どういう意味だ?」


「お兄様が転生したことでこのゲームはすでに別物に変わってしまいましたの。本来の物語は消失し、エンディングもまた白紙状態。お兄様が紡ぐんですのよ。新たな物語を、結末を」


「……新たな物語。……新たなエンディングを、紡ぐ?」


「そうですわ。お好きなようになさって構いませんの。固定シナリオを辿って【魔王降臨】の世界観を存分に楽しむのもいいですわ。本編ではありえなかった行動を取って物語をめちゃくちゃにしてもよいですし。そうですわね。たとえば、魔王を殺してお兄様がその地位に就く……といったことも可能ですわよ?」


「……っ」


 それを聞いた瞬間、ぶるり、と武者震いした。


 俺が――転生したこのキャラが、プレイヤーを差し置いて魔王になるだと?


 ははっ。何だソレ、めちゃくちゃだ。めちゃくちゃすぎて笑えてくる。


 ああでも、仮にそのプレイヤーがクソバカ妹だったら言うことねえ。


 愉快、痛快、爽快じゃねえか。


「どうせ『夢』なんだろ? コレ自体、俺という魂が消滅するまでのお遊びだよな」


「どのように解釈してくださっても構いませんわ」


「だったら、転生先は妹が所持してた【魔王降臨】にしてくれないか。妹がプレイヤーになって操作する魔王をぶっ殺してやりてえ。ついでに、シナリオを弄って妹を翻弄しまくっていたぶりてえ。そういうことってできるのか?」


「もちろんですわ。というか、それがお兄様のお望みでしたでしょうに。お忘れですか?」


 所詮、夢だ。


 俺の都合のいいように出来ている。


 どうせ最後だ。


 いいだろう。とことん遊んでやろうじゃないか。


「確認するぜ? 俺は妹が所持している【魔王降臨】のゲーム世界に転生した?」


「そのとおりですわ。お兄様が【自殺】した際、近くに置いてあったゲーム機の中にお兄様の魂が入り込んだんですの」


「確認するぜ? 【転生キャラ】は既存の物語を無視して活動することができるのか?」


「できますが、制約もありますわ。物語は変えられても、ゲームの設定自体は変えられませんもの。【転生キャラ】のプロフィールやステータスがこの場合縛りとなりますわ」


「確認するぜ? 俺の活動時間とゲームの進行速度は相関するのか?」


「ココに時間という概念はありませんわ。たとえプレイヤーがどんなにスキップ機能を行使したとしても、お兄様の活動に影響はありません。むしろ、プレイヤーはお兄様が用意した舞台上でプレイすることになりますから、常にあちら側が後手になりますわ」


「確認するぜ? 戦闘パートではどこまで俺の意志が反映される?」


「実際に戦場に立つこともできますし、他キャラクターを説き伏せて操ることも可能ですわ。ですが、ご注意くださいませ。ゲームと言ってもこの世界で接触する以上、登場人物たちはすべてお兄様と同じく生身の人間に近しい存在になりますの。プレイヤーのようにコマンド一つで操作できるわけではありませんわ」


「確認するぜ? 俺は物語上どの時間から活動できる?」


「活動範囲は【転生キャラ】の設定と【魔王降臨】の固定シナリオに準拠するので、場合によっては劇中で登場するよりも前から活動できますわ」


 よし。


 なら、先手を打てる。


 すでに思いついたことがある。クソアホ妹をコケにしてなおかつ俺という存在を思い知らせてやれる会心の初手。


 チュートリアルでクソボケ妹のお気に入りキャラを葬ってやる。


 ――はっ、楽しくなってきやがった。


 レミィが背後の扉を指し示した。


 扉がゆっくりと開いていく。


 徐々に広がっていく隙間から眩い光があふれだす。


「さあ、参りましょうですの! 扉の向こうには剣と魔法の世界が広がっていますわ!」


 生前の記憶が薄れていく。


 今はただ、この世界で遊びつくしたいという欲求が膨らんでいた。


 光に導かれるように、俺は一歩を踏み出した。


「確認するぜ? 俺はいつまでココにいられる?」


「【転生キャラ】が死ぬまでですわ。それまでレミィは片時も離れませんわ」




 ゲーム、開始。

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