臣下の進言
リリナとルーノは援軍の騎士たちと共に負傷者の手当てをして回った。
いつのまにか魔王軍幹部の姿はなくなっていた。バジフィールドと羊の死体を確認し、戦いが終わっていたことを知る。
ヴァイオラの前でリンキン・ナウトとケイヨス・ガンベルムが跪く。
「よく来てくれた。おまえたちがいなかったら私は死んでいただろうな」
感謝する、とヴァイオラは頭を下げた。
「何を仰られる。我ら王族護衛騎士団はヴァイオラ様の御身をお守りするのが務め。このような事態こそ本来あってはならぬこと。己が不明を恥じ入るばかりです」
「私が大人しくしていなかったばかりに……すまない。リンキン・ナウトにも迷惑をかけた」
「いえ。殿下がご無事であるならどのような労も厭いませぬ」
忠臣にとって王女の息災が何より勝る褒美であった。
だが、今回のことはヴァイオラの心中に大きな影を落とした。リリナに諌められ、改めて自身の大望が多くの人々を傷つけるかもしれないという事実を突きつけられた。
迷いが生じた。民の平和を守るためには軍拡が必要だと説いてきた。しかしそれは、兵士たちの犠牲の上に成り立つ平和である。真っ先に傷つくのは彼らであり、元は一平民に過ぎず、であればそれは民を戦いに巻き込むことに繋がりはしないか。
平和を餌に戦争を起こしたいだけではないのか。
だが、魔王は復活し、魔王軍の侵攻はこうして待ったなしの状況だ。
どうすれば民を導ける。
忠誠を誓う騎士たちに何を返せばいい。
ただ息災であればいいなどと、飾り物の王に誰がついてくるものか。
「私はおまえたちに何も返せない」
「そんなことはありません。我ら騎士団はヴァイオラ様にお引き立て頂いたことで地位向上が叶いました。それだけでも褒賞としては過分」
アンバルハル王国において上級貴族のおよそ七割が商売人だ。元は軍人が占めていた社交界は、百年の間に金で買われた爵位に侵食されていった。ガンベルム家も名家ではあるが、今代では肩身の狭い思いをしている。
魔物の襲来も他国の侵略も無縁の世にあって、警護兵すら無駄飯食らいと揶揄され蔑まされてきた。戦争がいいなどと口が裂けても言えないが、活躍の場がないことに閉塞感を抱いていたのは紛れもない事実。心の底では動乱を願わずにいられなかった。
そんなとき、ヴァイオラが立ち上がったのだ。騎士を必要としてくれた王族はヴァイオラが初めてだった。彼女は騎士にとって女神にも等しい存在となった。
「事の後先が入れ替わっただけのこと。これより武功を上げ、王女殿下にお返ししていく所存」
「……固いな。ガンベルムは。リンキン・ナウトもそうなのか?」
「……では、報酬は成果を上げたときにでも請求いたしましょう。国が滅んでしまえばそれまでですから」
リンキン・ナウトのらしくない軽口にヴァイオラもようやく笑みをこぼす。
背中を押してくれる臣下の存在が今のヴァイオラには何よりも励みとなった。
「……勇者が敗れた。これをどう受け止めたらいい?」
魔王軍に対抗するには勇者の力が必要不可欠だ。アテアの強大な力を知っている分、今回の敗北は衝撃的だった。
戦えば、アテアが死ぬこともありえるのだ。
わかっていたはずなのに、本当にはわかっていなかった。
(わかっていないことばかりだな。私は)
ケイヨス・ガンベルムが進言する。
「此度の一件を軍議にかけていただきますよう」
「軍議? そのようなものはない……」
内政を取りまとめる王室会議があるだけだ。召集される大臣の中に軍閥関係者は一人もいない。せいぜいヴァイオラが代弁するのみである。
「今までは……。ですが、これからは必要となりましょう。先の魔物来襲とアテア王女殿下のご活躍は王都の民であれば誰もが知っています。ラザイ王、並びに大臣たちは頑なに魔王復活をお認めにならないばかりか、辺境に王宮兵を常駐させたことにもいまだ難色を示しております。国の安全よりも国費の支出ばかりを気に掛けている始末。このままでは魔王軍との戦いに備えることができません」
軍閥に発言権を与えてほしい、という直願であった。
「そのための軍議か。わかった。父には私から頼んでみよう。その席には二人にも出てもらうぞ」
「はっ!」
「魔王を直に見た。……私たちはアレを倒せるだろうか?」
魔王を見ていないリンキン・ナウトとケイヨス・ガンベルムには答えようがない。
ヴァイオラは決意を新たにする。
「国中から勇者を募る。単独で挑んでは勝てないとわかった。将として引き入れ、軍を再編する!」
◆◆◆
アンバルハル王国がついに内側から動く。
(聞いたか? これで軍事クーデターが起きる。楽しくなってきた)
(……お兄様、タフですわね。死ぬかもしれない戦いを終えたばかりだといいますのに)
(戦のたびに浸ってたら身が持たねえだろ。ゲームの中でも死ぬときは一瞬だ。だが、ゲームはまだまだ続くんだ。情報収集は常にしておかないとな)
ヴァイオラと騎士二人の会話を【アニが被っているキャラ】が盗み聞きする。
大規模な変動の兆しを感じた。
(この後の正規の展開では、魔王軍の侵攻に王国側が対処しきれず内部崩壊していき、王都決戦でようやくアテア率いる王宮兵が奮起するわけだが……)
(アンバルハルはお兄様の思惑どおり着々と防衛の準備を進めていますわね。勇者を集めるとも言ってましたわ)
(戦力増加は必至だな。逆に魔王軍側に攻め込むのもアリだ……)
(どういたしますの?)
軍閥に力を持たせるには。
クーデターを成功させるには。
(――まずは七割を占めるという商人出身の上級貴族どもをオトす。相手は所詮商人だ。戦争特需の旨味を教えてやればあっさりひっくり返るはず)
(なるほど。それでは――)
(ああ。ラザイ・バルサ王にはご隠居願おうか)
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