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援軍


 大勢はここに決した。


 ヴァイオラは唇を噛み、死傷者の姿をその目に焼き付けた。


(魔物を町まで行かせてはならない……! 命に代えてもッ!)


 部下が命を張ったのだ、自分だけ逃げ出すわけにいかない。


 大将としての務めを果たさねば。


「ヴァイオラ! 何をする気!?」


 帯剣を抜いたヴァイオラに驚き、リリナが慌ててその肩を掴んだ。


「放せ! あそこで傷ついた者たちを助けにいく!」


「無理よ! ヴァイオラが行っても何にもならないわ!」


「そんなこと行ってみなければわからないだろ!」


「わかるわよ! だって、貴女の役目はそうじゃないもの! 貴女はみんなを導くためにいるの! 剣を振るうためにいるわけじゃない! ここで死んだら絶対に駄目!」


「だったら皆を見捨てて逃げろと言うのか!? この私に!?」


「そうよ! それが王女の責務よ! そして、あの人たちの願いでもあるわ!」


 傷つき倒れ、中には絶命した者もいる。


 彼らに報いるためにも王女は絶対に死んではならないのだ。


「私にとっても……ね」


「なに?」


「私が食い止めます」


「な!? リリナ!? 何を言って、」


「ルーノは王女と一緒に王都へ。王女をお守りして。できるよね、ルーノ?」


「う、うん……」


 自信なげに頷く。子供とはいえルーノにも今の状況が理解できていた。姉は死にに行くつもりだ。でも、それを引き止めるのはいけないことだと肌で感じ取った。


 王女を守る――それこそが姉の最後の願いなのだと。


 リリナは毅然として言う。


「ヴァイオラ。これが最善なの」


「どういう意味だ?」


「王都まで辿り着けばヴァイオラの一声で王宮兵を呼ぶことができるでしょう? 私やルーノじゃそれができないの。それに、誰かがここで時間稼ぎしなきゃならないなら、もう私しかいないじゃない?」


「……」


「王女の戦いとはこういうものだと、貴女は言っていたわ。でしょ?」


「……ああ、そのとおりだ。私の役目は兵に『死ね』と命令することだ。この立場から逃げることは許されない」


 キュッと目をつぶり、ヴァイオラは覚悟を決めた。


「すぐに援軍を連れてくる! それまで耐えてくれ!」


「はい。王女殿下もお気をつけて。ルーノ、よろしくね」


「う、うん! すぐに! すぐに戻ってくるからね、お姉ちゃん!」


 ルーノを前に乗せ、ヴァイオラも馬に飛び乗った。


 駆け出そうとしたとき、道の先に砂埃が巻き上がるのを見た。


「む? 何だ、あれは……」


「わ!? 王女さま! 人だよ! 人がいっぱい来るよ!」


 ルーノの言うとおり一団が馬で駆けてくる。


「リ、リリナ! 援軍だ! 援軍が来たぞ!」


「ええ!? もう!?」


 腕まくりしていた手が止まる。リリナの耳にも駆ける爪音が聞こえてきた。


 騎影の中に立ち上がっている旗はバルサ王族の紋章。


 王族護衛騎士団のシンボルだ。


◆◆◆


 騎影の数は十。その先頭を駆ける二頭にはそれぞれの長が乗っていた。


 千人隊長リンキン・ナウト。


 王族護衛騎士団団長ケイヨス・ガンベルム。


「占星術師アニの指摘どおりの展開……」


「小癪なことだよ。しかしまあ、間に合った……」


 道の先、ヴァイオラ王女殿下の姿を認めた二人は心中で安堵し、次いで草原の中で繰り広げられている戦火を見た。


 視線すら交わすことなく為すべきことを確認しあう。


「ガンベルム殿は白馬の討伐を!」


「では、カエルのほうは貴公にお任せしよう」


 五騎ずつ分かれ、【ビッグトード】と【エンシェント・ホーン】に向かっていく。


◆◆◆


 今まさに若者たちが魔物の餌食にされようとしていた。


「おおおおっ!」


 気勢を上げたのはリンキン・ナウトだ。馬の背に立ち、長剣を構えて跳躍する。


 大きく口を開いたビッグトード②の口内に飛び込んだ。体が硬いビッグトードの弱点を瞬時に見抜いての機転。案の定、喉奥に剣がするりと突き込んでいく。


 胃酸が防具を溶かす。――だが、リンキン・ナウトは焦りすら見せずにビッグトードの体内を切り刻む。


「はああああっ!」


 剣舞が放つ衝撃波は百を越え、ついにビッグトード②の上半身を内側から爆散させた。


 飲み込まれた味方を抱えて腹から歩み出る。一瞬の出来事にそれまで戦っていた護衛兵士たちは言葉を失くしていた。


「まだ息がある。死なせるな」


「は、はいっ!」


 手近にいた者に後を任せ、リンキン・ナウトはヴァイオラの許へ――。


◆◆◆


 反して、ケイヨス・ガンベルムの戦いは静かなものだった。


 倒れ伏す青年にトドメを刺そうとしている二体のエンシェント・ホーンを眇めて、騎乗したまま周りを走る。


「――――」


 戦力を見抜き、弱点を測り、余裕をもって敵に臨む。


 静かに告げる――。


==聞け 光の精霊よ 我を断罪する者よ==

==内と外を繋げ、肉体を開き、魂に触れよ==

==生と死は循環し 空気は淀みなく 我らを誘え==

==清めたまえ 悪しきものを去らしめよ==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==紡げ――《ホーリーシェル》==


 ダダダダダッ!


 青白き弾丸がエンシェント・ホーンの胴体に無数の風穴を開けた。


『なんだと!?』

『バ、バカなっ』


「バカは君たちだよ。人間を侮るからこうなるのだよ」


 気づいていたくせにケイヨス・ガンベルムを見ようともしなかった。


 その傲慢が命取りになる。


 魔物であっても愚か者はいる。


「そして人間にもね、上等な者はいるのだよ」


 さらに《ホーリーシェル》を撃ち込む。高位に位置する人撃魔法。


 エンシェント・ホーンを撃破するには十分すぎる威力であった。


『ぐああああ、焼けるぅううう!?』

『ぎぃいやあああああああああ!』


 エンシェント・ホーン②③は青白い炎に飲まれて消し炭となった。


 魔物は全滅した。


(見た限り、死者の数は二桁には届かずか。役立たずなのだから、ヴァイオラ様以外全滅してくれていればいいものを。そのほうが事を運びやすかった)


「……」


 ケイヨス・ガンベルムは首が落ちたエンシェント・ホーン①の死体を見下ろし、ハルスを見遣った。


(いや……少しは役に立ちそうな人材もいる……か)


 密かにほくそ笑むと、ヴァイオラの許へと向かった――。


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