呆気ない幕切れ
青年団は二手に分かれてそれぞれのモンスター討伐に合流していく。
ガレロ率いる部隊は【ビッグトード】の許へ。
駆けつけた勢いそのままにガレロは斧をビッグトード①に叩きつけた!
ボヨォオン!
「……っ」
硬い弾力に押し返される。まるでゴムの塊を叩いたかのようだ。
「ちぃええええい!」
斧スキル《水平斬り》!
ボヨォオン!
斧スキル《兜割り》!
ボヨヨォオン!
ことごとく弾き返された。
射程内に侵入したことでビッグトード①が反撃してきた。
長い舌がムチとなってガレロの背中を殴打する! バシィイイッ!
「がッ!? っ、……くっそ、痛ってええなあああ!」
強烈な一撃に呼吸が一瞬止まりかけた。
斧をデタラメに振り回す。
「ガレロ、落ち着け! 前に出すぎだ! 一旦退け!」
「っ、わりい……!」
仲間が間に割って入ってくれたおかげでなんとかビッグトード①の射程内から脱出する。
ビッグトード①を取り囲む青年団と護衛兵士。
見れば、ビッグトード②にも同じ陣形で応対している。
【コーンラビット】にしたのと同じ波状攻撃を仕掛けるつもりだ。しかし、【ビッグトード】に通常攻撃は効かない。圧倒的に火力が足りていなかった。
(どうすりゃいい――? こいつらに通用する攻撃なんて魔法くらいしかねえぞ!)
威力を期待できる魔法使いはルーノしかいない。だが、ルーノに――子供に戦わせることはできない。自分たちだけでなんとかしなければ……。
(ってなると、俺がなんとかするっきゃねえだろうがよ! なあ、師匠!?)
遥か向こうに広がる草原フィールド。
己を鼓舞する目的で余所見をしたガレロはしかし、そこに信じがたいものを見る。
「――え?」
バジフィールドが戦っているはずの舞台。
やけに静かで……。
何だ、アレ?
不吉な影が二体、地面に蠢いている。
見覚えのある足が倒れている。
胴体から上がなく、影にモグモグムシャムシャ咀嚼されている。
遥か向こう――望遠鏡がなければ到底視認できる距離ではないのに、ガレロの目にははっきりと見えた。
バジフィールドが魔物に喰われている。
それは……それはあまりにも呆気ない幕切れであった。
「あ、ああ……あ……、あああっ」
バジフィールドが――勇者が敗れた。
殺された。
「うわあああああ、あああぁあぁあああっ!」
ガレロは恐慌を来たし、絶叫した。
(し、師匠が……! あんなに強かった師匠が……っ!?)
呆然と立ち尽くすしかできなかった。
◆◆◆
ハルスとその仲間たちは呆気なく【エンシェント・ホーン】の術中に嵌ってしまった。
仲間同士で殴り合い斬りつけ合いしながら重傷を負っていく。それを三体のエンシェント・ホーンがせせら笑う。
『愚かなり。人間とはかくも脆い』
『我らの敵ではない』
『しかし、なぜ汝は正気を保っていられるのか? 実に興味深い』
「……」
ただひとり、ハルスだけが《コンフュージョン》にかかっていなかった。
大剣を持つ手がガタガタと震える。いっそ正気でなくなればこの恐怖から解放されるものを。どうして自分だけが【エンシェント・ホーン】に立ち向かえるのか。
(この指輪のせいだ……。《コンフュージョン》は闇属性魔法。僕が同属性持ちで耐性があるから効かないんだ)
でも、それが何だ……。
(僕の力じゃこいつらは倒せない……っ。僕の魔法だって……)
ハルスが身につけた闇魔法は魔物を粉砕しうるものではないし、使用するにも厳しすぎる制約があった。いくら闇魔法に耐性があるといっても不利な状況には違いない。
迷っている間にも三体のエンシェント・ホーンがハルスを取り囲んだ。
『どうやらこの小僧、闇属性を持つ者』
『魔法では操れぬか』
『ならば直接手を下すまで』
「く、くっそおおおおお!」
大剣を振り回す。しかし、エンシェント・ホーンには掠りもしなかった。
『弱き者』
『弱き者』
『弱き者』
せせら笑いが木霊する。
「ううう……」
『戦ってみせよ』
『歯向かってみせよ』
エンシェント・ホーン①が前脚で地面をひっかき、闘争本能を昂ぶらせていく。エンシェント・ホーン②、エンシェント・ホーン③もいなないたり、鼻息を荒げて気合を溜める。目の前にいる人間を葬りさるために。
『耐えてみせよ』
その瞬間、エンシェント・ホーン①の巨体が目の前に迫った。まるで投擲されたかのような跳躍だった。
体当たり。――ドガンッ!
「があっ!?」
ハルスは為す術なく吹き飛ばされ、体が高々と舞い上がる。
「――……ぐふッ!?」
地面に打ち付けられ、しばらく視界が真っ白になった。
「…………はっ、はあ――、はあ――、はあ――」
信じられない。全身が粉々にされたと思ったのに。
まだ生きている……。
だが、こんなの幸運でも何でもない。死ぬのがわずかに遅くなっただけだ。
もう一度喰らえば確実に死ぬ。
『どうした? もう戦えぬのか?』
『我らを楽しませてみせよ』
『この場で戦えるのは汝だけぞ』
うるさい。わかってる。ハルスは意地を張るように立ち上がる。
(でも……勝てっこない)
いくら正気を保てていてもハルス自身の力が向上するわけではないのだ。
単純な戦闘力から見ても、ハルスではどう逆立ちしたって【エンシェント・ホーン】には太刀打ちできない。
(なんで僕はこんなところにいるんだ……? どうして英雄になりたいなんて思ってしまったんだ……?)
「うぎゃあああ!」
「く、くるなーっ!?」
「死ねぇ! 死ね、死ね、死ねええええええ!」
仲間たちの殺し合いが本格化しはじめる。
「ぐわあっ!」
斬り飛ばされた一人がハルスにぶつかってきた。咄嗟に受け止めた両手が血で真っ赤に濡れる。慌てて放すと、彼はその場にくずおれた。
「あ、ああ、あ……」
茫然自失で立ち尽くす。
『戦意を欠いたか』
『狂えぬことが災いしたな』
『もうよい。汝は今すぐ殺してやろう』
【エンシェント・ホーン】の言葉が脳裏に張りつく。
「あ……あ……、……狂う?」
それは、天啓にも似た――。
(ああ、そうか)
ハルスは汚れた両手を見下ろしたまま――。
(狂ってしまえばいいのか……)
近づいてくる【エンシェント・ホーン】には一切目もくれず――。
それは当の魔物たちの目には観念したように映った。
手のひらをぺろりと舐めた――。
再び取り囲まれる。
『小僧』
『今度こそ』
『死ね』
エンシェント・ホーン①②③は前脚を高々と掲げると、全体重を乗せるようにして六本の脚でハルスを踏みつけにした!
ドドドゴンッ!
地面に亀裂が入り、大地が割れた。
そこにハルスの姿はなかった。
『――ッ!?』
『なんだと!』
『向こうだ! いつのまに!?』
脚力が向上したハルスは、別の負傷者の許へと素早く移動していた。
うずくまり、意識のない負傷者の傷口に唇を寄せていく。
「――――ゴク」
血を……飲んだ。
その異様を前にして、【エンシェント・ホーン】でさえ思わず息を呑む。
『小僧』
『一体』
『何をしている?』
立ち上がる。口許を血液で真っ赤に塗らしたハルスは、夢見ているかのような半眼で三体のエンシェント・ホーンを振り返る。
「……」
負傷者の傍らにあった大剣を拾い――――、
瞬間。
シィイイイイイン!
『――ッ』
目にも止まらぬ速さで駆け抜け、エンシェント・ホーン①の首を斬り落とした。勢いそのままに膝立ちの状態で地面を滑っていく。
エンシェント・ホーン②③は何が起きたのかすぐには把握できなかった。
だが、ハルスの身に起きた現象には覚えがある。同じ闇属性の魔法。それがハルスの身体能力を飛躍的に向上させたのだ。
闇魔法 《エナジードレイン》
血を舐めることで他者から生気を奪い、自らの能力を一時的に向上させる禁忌の魔法。
なるほど。ヒト二人分の命ならば今の動きも可能だろう。
そしてこの場には死に行く命が大量に横たわっている。生気の補充には事欠かない。
《エナジードレイン》で生気を奪われた人間は瀕死、あるいは絶命する。
ハルスに生気を奪われた負傷者二名は息絶えていた。
ハルスが殺した。
生き延びるために。
(ああ……、僕は……何のために……)
初めての生気吸引、そして溜め込んだ力の一斉解放。その負荷に耐え切れず、ハルスはぱたりと倒れて気を失った。
『……』
エンシェント・ホーン②③はトドメを刺さんと、ゆっくりとハルスの許へと近づいていく――。
◆◆◆
ついにビッグトード①に仲間の一人が捕食された。
完全に飲み込まれ、手も足も出なかった仲間たちは絶望に顔を歪ませた。
そのとき――。
ズババババンッ!
雷鳴の如き轟音が空から降ってきた。
ビッグトード①の腹が縦に裂け、中からずるりと捕食された仲間が出てきた。
斧スキル《雷断ち》
自ら雷神と化し、必殺の一撃を繰り出したのはガレロだ。
愛用の斧はその衝撃に耐え切れずボロボロに崩れ落ちた。
「……」
ガレロもまた力を使い果たしてその場にどうと倒れ込んだ。
白目を向いたまま完全に意識を無くしていた。
「ガ、ガレロ……? お、おい! 起きてくれ! あ、あと一匹いるんだ! なんとかしてくれえ!」
ビッグトード②と戦っていた部隊はほぼ全滅していた。何人かはすでに捕食されてしまった。
全員が食われるのも時間の問題だった。




