完勝
アーク・マオニー①~④が同時に動いた。
実力差があるとはいえ、多勢に無勢。バジフィールドは二つのスキルを同時に発動した。
勇者スキル《レインボーラ》!
ロープでアーク・マオニー①を捕獲し、吊り上げる。
残り三体を相手にするのは羊の群れ。バジフィールドが口笛を鳴らすと、羊の目が真っ赤に染まり、アーク・マオニーに向かって一斉に駆けだした。たかが羊の体当たりと思うなかれ。百を越える羊の群れがその身を砕かんばかりに突進していくのだ。死に物狂いの行軍。如何な魔物であれ飲み込まれれば無事ではすまない。
雪崩れる羊群。
勇者スキル《アバランチフロック》!!
アーク・マオニー②~④を吹き飛ばす。
その隙に、アーク・マオニー①を先ほどと同じく左拳で粉砕した。
(一度でも狂化した羊は正気に戻すことができない。……わりぃな。おまえたち。死ぬまで走ってもらうぞ……!)
羊飼いにとっては家族も同然の羊たちを犠牲にしたのだ。
もう負けは許されなくなった。
どんな手を使ってでも――勝つ!
羊の群れに激突しダメージを負ったアーク・マオニー②に接近し、その頭を掴む。
「出し惜しみは無しだ! 魔物使いスキル、発動!」
勇者スキル《インスタントテイム》!!!
頭から全身を撫でていく。足の爪先まで到達し、その間わずか一秒。全身愛撫された動物や魔物はバジフィールドに絶対服従するようになり、さらに勇者スキル《バーサーク》で狂化させれば羊たちと同様に命尽きるまで戦い続けるようになる。
敵の手駒を味方にし、意志を剥奪して襲わせる――これこそが魔物使いの本領である。
敵の一体を味方につけた。続けて二体目も――。
「はっ!?」
慌てて後ろに飛び退いた。
服従させたはずの魔物――アーク・マオニー②が、指先を鋭利な凶爪に変化させて振るってきたのだ。
衣服を破き、肩に五本の引っかき傷が浮かび上がる。
飛び退くのがあと一瞬でも遅ければ片腕を吹き飛ばされていたところだ。
「ちょっ!? 何で!? オレっちのスキルが効かない――!?」
バジフィールドには知る由もないことだが、魔王の最側近アーク・マオニーには他の幹部や魔物たちには無いある特殊スキルが備わっていた。
影スキル《不文律》
アーク・マオニーは魔王の監視役という役割も担っている(ゲームの進行・解説役ゆえの公正性を保証するため)ので、魔王の闇の波動の影響を受けることはない。つまり、アーク・マオニーの対魔力は数値化不能を表す【EX】であり、魔王に絶対服従しないどころか、どのような精神干渉魔法・精神干渉スキルも無力化してしまうのだ。
魔王 (プレイヤー)がバジフィールド戦において、ユニットの部下にアーク・マオニーを起用した理由はここにある。他幹部の部下であれば間違いなくバジフィールドの手駒にされていたであろう。
アーク・マオニーを《テイム》するために接近を許したバジフィールド。状況は反転し、瞬く間に窮地へ追いやられてしまった。
「……【魔物使い】の力が通じないっつーのは、やっべーなー」
正面には漆黒の爪を立たせたアーク・マオニー②。背後からもアーク・マオニー③とアーク・マオニー④が迫る。
(肉弾戦ならオレっちに分がある! 一体ずつ撃破するっきゃない! ――《レインボーラ》で正面の一匹を吊り上げ、その後すぐに背後の一匹をワンパンで粉砕して、もう一匹には牽制、そんで《レインボーラ》で捕まえたほうを先に仕留めて……)
思考していた時間は五秒にも満たなかったはずだ。
油断はしていなかった。むしろ警戒心を強めたからこその逡巡であった。
気を張り巡らせていたはずなのに……。
「隙だらけだ」
「ぐがっ!?」
両足の腱を斬られていた。がくりと地面に膝をつく。
背後を仰ぎ見る。左右に一本ずつ小刀を構えた蓬髪の男が佇んでいた。
【魔忍クニキリ】
「いつのまに後ろに……ッ!?」
気配なんて一切感じられなかった。
「拙者には《影縫》という隠密スキルがあるのさ。攻撃を受けるまで拙者を知覚することはできない。てめえ程度の勇者ではな」
右の小刀から血が滴っている。あれで腱を斬られた。まだ汚れていない左の小刀を逆手に持ちかえる。
「だが、勇者は勇者だ。いろいろ試させてもらうぜ」
振り下ろす。ざくり、と脇腹を切りつけられた。
「ぐああああっ!」
重傷を負ったが致命傷ではなかった。
クニキリの気配が遠ざかる。腹を切りつけただけで後ろに下がった。
(なぶり殺す気か……? なめやがってッ!)
膝立ちのまま跳躍し、アーク・マオニー②に襲い掛かる。完全なる不意打ちにアーク・マオニー②は為す術なくバジフィールドの拳を顔面に受けた。――粉砕。
(ザコはこれであと二体……!)
「?」
すぐさま振り返って反撃に備えたが、アーク・マオニー③④は微動だにしていなかった。ニコニコと不敵な笑みを浮かべてバジフィールドを眺めている。
「なんだっつーんだ。気味わりいな……。――――はぅううっ!?」
脇腹に激痛が走った。と、同時に、全身が痺れはじめた。
これは……神経毒か!?
「勇者にも毒は効くんだね♪」
「普通の人間なら即死なんだけど、勇者のほうがちょびっとだけ頑丈みたい♪」
「ぐううう……っ!」
クニキリが言った「いろいろ試させてもらう」の真意である。
クニキリの忍者スキル《毒》
(くそったれえええええっ!)
立ち上がる。腱が切れていようと、毒が全身に回っていようと、覆すのが勇者だ。
驚異的な自然治癒で怪我の三割ほどが治った。
まだ戦える。
戦いはここからだ!
==聞け 風の精霊よ 我を糾弾する者よ==
==息吹を運び、我の声を響かせよ==
==あまねく天と地を行き交い、最果てを消せ==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《ブレストカッター》==
風の刃が走り抜ける。
低位人撃魔法――しかしてその威力は、魔王軍幹部【殺戮蝶リーザ・モア】によって放たれれば中位ランクにも匹敵し、如何な勇者であってもタダではすまない。
このように、――――両腕を切断された。
「ぁあ! ああぁあぁああ!?」
腕が、腕が、
オレっちの――――腕がぁあああああああッッッ!
絶叫。自分でも信じられないような悲鳴を上げた。
そんな中でもくすくす笑う声が聞こえる。
「勇者にも魔法は効くんだね♪」
「低位クラスの魔法でも殺せるんだね♪ 一つ利口になったよ♪」
「いぃいいぎゃあああああ、ごがあああぁあぁあああっ!」
バジフィールドの戦意はとうに消失していた。
地べたを転げまわり、血を周囲に撒き散らして涙を流す。
常人ならば即死級の出血と衝撃。しかし、神の加護を受けた勇者は自然治癒と人間離れした耐性により簡単に死ねない。
このとき、バジフィールドは勇者の心までも挫かれていた。
そこにいたのはただの憐れな中年男だった。
虫けら以下の人間。
「それでも勇者には違いありませんわよね? せっかく残してもらった胴体。強度は如何ほどのものかしらん?」
「はっ……ひぃいっ……」
羽音が高速で接近し、そして――――。
ズドンッ!
【女王蜂グレイフル】の槍の一閃がバジフィールドの腹に大穴を開けた。
「……ぁ……ぉ……お、」
「いやですわ。この程度ですの? 歯ごたえなくてがっかりですわ」
ぶん、と槍を振り払うと、バジフィールドの体が藁クズのように飛んでいく。
勝負あり。
◆◆◆
バジフィールドはまだ息をしているが、もはや虫の息だ。
「魔王様。わらわ、少し暴れ足りませんわ。このまま町にいる人間どもを襲ってきてもよろしいかしらん?」
『ならん。そこの勇者は戦の素人であったためにこの程度の強さしか身に付かなかったのだ。戦に特化した勇者であればこう容易くはいかぬ。人間どもを甘く見るな』
「……わかりましたわ」
『そこの羊どもを駆逐せよ。足りぬなら魔王城で余が相手をしてやる』
「本当ですの!? 約束でしてよ! 一晩中お相手していただきますわ!」
『ひ、一晩中か……。わかった。善処しよう』
「お待ちなさい! 聞き捨てならないわ! グレイフルがいいのなら私にだって魔王様にお相手していただく権利があるはずよ! ひ、一晩中だなんて許せないわ……!」
「何を想像していらっしゃるの? この耳、ト・シ・マ、は」
「うるさい! 年増言うなッ! いいわ、そこまで暴れ足りないというなら私が相手をしてあげます。せっかくだからその無駄な贅肉を削ぎ落としたらどう?」
「……大きなお世話ですわね。リーザ相手じゃ汗もかけませんわよ」
「ふっ。贅肉っていう自覚はあったのね」
「ッ! いいですわ! 首を洗って待ってなさいな、リーザ・モア!」
「ええっ! 今日こそその醜い肢体を切り刻んでやるわグレイフル!」
面倒ごとから免れた魔王はこっそり溜め息を吐き、クニキリは呆れた様子でふたりの喧嘩を横目で眺めた。
「――して、魔王様。あの勇者、まだ息がありますが。如何なさいましょう?」
『うむ。――アーク・マオニー、処理しろ』
「はいはーい♪ いただきまーす♪」
『クニキリは羊どもの駆除だ』
「はっ」
『リーザ・モア、グレイフル、いつまで争っている! 引き上げるぞ。此度の戦い、なかなか意義のあるものであったわ』
後処理をクニキリとアーク・マオニーに任せて引き上げる。
魔王軍と勇者の初戦は、魔王軍の完勝で終わった。
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