SIDE―妹⑤ 最後の兄妹げんか、開始。
アドベンチャーパートは人間側の視点も描かれていた。
一周目では生け捕りにされた重要NPCたちが――つまり立ち絵が用意されてあるモブキャラ同士が、笑顔で祝杯を上げている。
場所はアコン村の中央広場。戦があったその夜に村人たちが宴を催していた。
【村の青年ハルス】
『よかった。誰ひとり怪我人が出なくて』
【村一番の力持ちガレロ】
『すっげえよな。俺たち、あの伝説の怪物たちを退治しちまったんだから』
【ハルス】
『ああ。日頃備えておいた甲斐があったよ。あのお方――【ヴァイオラ様】の助言がなかったら僕たちはたぶん生きていなかった』
【ガレロ】
『それどころか勇者を誘い出す餌にされるところだったんだよな。勝てて本当によかったぜ』
【ハルス】
『兵農一体という考え方は魔族がいた百年前までは当たり前にあったんだそうだよ。今では兵は城に上がって訓練に明け暮れ、村に災いがあったときだけ城から派遣される。魔王が倒されてからは村に兵は必要なくなったんだ』
【ガレロ】
『農夫が武器を取る必要もな。戦う相手がいなくなったんだから当然だぜ』
【ハルス】
『国同士の戦いも【神都】が取り決めた場所で行なうからね。攻められるという考え方がそもそもなくなったんだ。平和ボケしていたんだよ、僕たち人間は』
【ガレロ】
『アンバルハル王国の姫にして将軍のヴァイオラ様。魔族の復活を予期して俺たちに武器を取らせた。もしかすると、あのお方こそ神様が遣わしてくれた天使様かもしれないな』
【ハルス】
『そうだね』
【村の娘リリナ】
『今日一番の功労者のおふたりさんがそんな隅っこで何をこそこそ話しているの?』
【ガレロ】
『よう、リリナ。功労者っていうならおまえさんのことさ、なあハルス?』
【ハルス】
『ああ。リリナが【王都アンハル】でヴァイオラ様と親交を深めてくれていたからこそ、どの村よりも早く魔族に対して備えることができたんだ。この村を救ってくれたのはリリナだよ。ありがとう』
【ガレロ】
『ありがとよ』
【リリナ】
『や、やめてよ、ふたりとも! 私はただ、毎月アンハルへ行く【村長】に同行して、王宮でヴァイオラ様とお話させてもらっているだけだもの! 偶々私と仲良くしてくださっていただけで、ヴァイオラ様なら私がいなくてもこの辺境の村までやって来て武器を取るよう説得なさっていたはずよ。実際にヴァイオラ様のお話を聞き入れたのは村長だし、農作業と訓練をしっかりしてくれたのはハルスたちだもの。この村を立派に救ったのはハルスたちよ』
そのとき広場の中央から声がした。
【村人】
『それでは今宵の主役、今回の危機を救った英雄を紹介しよう! 平和というぬるま湯に浸かっていた我々の目を覚まさせ、対魔族用の罠を仕掛け、戦いでは常に先頭に立ち、見事に魔族を撃退せしめた青年! その名もハルス! 百年戦争においてこの東域を守護したアンバルハルの勇者【英雄ハルウス】の名に恥じない素晴らしい活躍をした! ハルスこそ【ハルウス】の生まれ変わりにして現代に現れた勇者である!』
うおおおっ、と喝采が上がり、『ハ・ル・ス! ハ・ル・ス!』と歓声が響き渡る。
【ガレロ】
『へへ、だとよ。ハルス』
【ハルス】
『も、持ち上げすぎだよ! 僕は勇者なんかじゃ……』
【リリナ】
『謙遜しないの、ハルス! あなたがいてくれたから助かった。それは本当のことよ』
【ハルス】
『リリナ』
【リリナ】
『ハルス、あなたがいてくれて本当によかった』
【ガレロ】
『おふたりさん、見つめ合うのもいいが、そろそろあの呼びかけに応えてやんな。連中、声が嗄れてきてるぜ?』
――ハ・ル・ス! ハ・ル・ス!
【ガレロ】
『ほうら、行ってこい!』
【ハルス】
『お、おい、ガレロ、押すなってば! ふう、仕方ないな。――行こう! リリナ!』
【リリナ】
『ええ!? わ、わたしも!? 待って、引っ張らないでハルス! きゃあっ!?』
楽しげな一幕。
立ち絵と声だけの演出。
これほどの賑わいならイベントCGがあってもおかしくないのに。
私は戸惑っていた。
これがバグ? ちゃんと物語になってるし、メッセージウィンドウも声優の声も途切れることなくちゃんと入っていた。
仕様どおりにしか見えない。
それにしても。
「何よ、【アニ】って……。そんなキャラいないじゃない」
魔王が呟いた謎の人物が気になってしょうがなかった。
ついにはネットの攻略サイトまで当たってしまったのだが、【アニ】などというキャラクター名はどこにも出てこなかった。隠しキャラってわけでもなさそうだ。公式にもそんな情報は載っていない。
宴はなおも続く。
村人たちの交流の中で、ハルスとガレロとリリナが幼馴染で小さい頃から仲良しだということや、ハルスとリリナが互いを意識しあっているのは誰の目にも明らかなのに当人たちはいつまでもくっつこうとしなくてガレロが気を揉んでいることや、村長がかつて城の兵隊長を勤めていた頃の話をし出すと長くなることや、リリナの弟の【ルーノ】が密かに飼っていた牝猫が産気づいて皆でそれを心配するなど、かなりどうでもいい内容が延々と垂れ流されていた。
このアドベンチャーパートいつまで続くんだろう。
宴はなおも続く。
【リリナ】
『ハルス、さあ、踊りましょう!』
【ハルス】
『待ってよ、リリナ! 僕が踊り苦手なの知っているだろう!?』
私は疲れきった溜め息を吐いた。
「知らないっつーの。アンタらのイチャコラなんてもう見飽きたっつーの」
そのときだ。
『まあそう言うなよ。こっちにも準備ってもんがあんだからよ』
「――っ!? な、何!? 何!? 今の声!」
聞き覚えのある声。
ゲーム機のスピーカーから聞こえてきた。
まるで私の声に応えたみたいに。
『おい。まさか、実のアニキの声をもう忘れちまったのか? 薄情な妹だぜ、まったく』
実のアニキって……
「もしかして、お、お兄ちゃん……?」
『そう言ってんだろ。相変わらず察しが悪いな、おまえは』
声が震えた。
「ど、どうして?」
『どうして、だと? さあな。俺にもよくわかんねえ。けど、どうやら俺はゲームの世界に入っちまったらしい』
「へ?」
『そんで、この序盤の展開が実際の仕様と違うのは俺がこのゲームの内容を書き換えたからだ。書き換えたっつーか、手を加えたって感じか? おかげで面白いくらいシナリオが変わったぜ。なかなか楽しませてもらったよ』
「どういう……こと?」
『どういうことって、おまえ。チュートリアルで幹部が死んだろ? あれだよ、あれ』
「……」
何これ。
私、ゲーム機と喋ってる?
会話が成立している?
私の声が聞こえているの?
メッセージウィンドウにもお兄ちゃんの声のとおり台詞が表示されているし……。
『おまえならアディユス使ってくるだろうと踏んでたんだ。おまえ、ああいうキャラ好きそうだしさ。だから、アディユスが引っ掛かりそうな罠を張ることにしたんだよ。おまえのことだからどうせチュートリアル飛ばすだろうと思ったし。で、予想は的中。まんまとアディユスをぶっ殺してやったよ。ま、半分以上はおまえに対する嫌がらせだったんだが、いろいろ試せてよかったよ』
癇に障る物言い。私の好みまで熟知している。
本当にお兄ちゃんなの?
全然意味わかんない。
「お、お兄ちゃんなの? こ、これ……、電話とか」
『ばーか。電話のわけねえだろ。俺はもう死んでんだよ。いくら引きこもりったって葬式くらいは出ただろ』
出た。
昨日のことだ。
久しぶりに袖を通したセーラー服はいまだに脱ぎっぱなしにして椅子の背もたれに掛かっている。
お葬式は実際にあったのだ。
お兄ちゃんの遺体もこの目ではっきりと確認した。
『こうして自由に喋ってんだ。いい加減、信じろよ。説明も面倒くせえし。夢でも何でもない。現実に俺はいまゲーム機の中にいるんだよ。わかったか』
私は混乱していて、ゲーム機を手にしたまま立ち上がり、意味もなく部屋の中をうろうろした。
だ、誰かに教えた方がいいのかな?
お、お母さんに……
『おい。このことは誰にも喋るな。言うとおりにしなけりゃひどい目に遭わすぞ』
「な、何よそれ……っ! ひ、ひどい目って、ど、どんな……?」
死んでいるくせに。
まさか祟ってやろうっていうんじゃないでしょうね。
『今の俺は電脳世界の住人だ。まだこのゲーム機からは抜け出せないけど、いずれネットに繋がって外の世界に出て行こうと思ってる。電子世界の海の中を漂流するってことだな。ここまで言やあ想像つくと思うけど、ネットを使えばさ、たとえばおまえのこと社会的に追い詰めることができるんだよなあ』
「……ッ!?」
一瞬で理解した。
お兄ちゃんがもし本当にそういう存在ならば、確かに私を社会的に抹殺することは容易いだろう。
SNSなどで嘘の情報を書き込み、あらゆるところで炎上させれば、私はたちまち社会から居場所を失くしてしまう。
場合によっては、私を犯罪者に仕立てあげることだってできてしまうのだ。
『あまり時間がないから手短に言うぞ。おまえ、俺とゲームをしろ』
「ゲーム? ゲームって何よ?」
『これだよ、これ。【魔王降臨】さ。この続きをやれって言ってんだ。俺はこのゲームに登場するキャラになって魔王軍と戦う。おまえは俺が成り済ましているキャラを見つけ出す。で、先に相手を殺したほうが勝ちってゲームだ』
「……何で私がそんなことしなきゃならないのよ?」
『おまえさあ、立場わかってんの? やれっつってんだよ』
ぐびりと喉が鳴った。
それは完全に脅迫だった。
『これはな、俺にとっちゃ単なる八つ当たりなんだよ。黙って死ぬのもなんか癪だしよ、せっかくこんなチャンスが巡ってきたんだ。冥土の土産にちょっとくらい楽しませてくれよ』
「……お、お兄ちゃんを楽しませたら何もしないでくれるのね?」
『いや? ゲームで俺に勝たない限りその保証はねえぜ? わかりやすく言うとだな、ゲームで俺を殺せばたぶん俺は成仏できる。逆に魔王が殺されたときはおまえが社会的に死ぬ――ってことだ。ただし、ゲームを途中で放棄することは認めない。そのときは無条件におまえを社会的に殺す。おまえだけじゃない、ウチの親もだ。俺はあの人たちがどうなろうと知ったこっちゃないからな』
「……」
私の社会的立場なんて今でさえド底辺にいるんだから実際割とどうでもいいけれど、親が失職するような事態になるのだけは勘弁してほしい。
今の生活が続けられなくなったら私の引きこもり生活も終わってしまう。
それだけはなんとしても阻止しなければ。
『わかったか? おまえはこのゲーム内のどこかにいる俺を殺さない限り、一生平穏には暮らせないんだよ』
それからお兄ちゃんは私を挑発しまくった。
……いいよ。お兄ちゃん。
実を言うと、私もお兄ちゃんがあっさり自殺しちゃって少し物足りなかったんだ。
この手で引導を渡せる機会ができたのは喜ばしいことだよ。
『一つヒントをやる。俺は【このゲームに登場するキャラクター】に成り済ましている。いもしない隠しキャラだの立ち絵すらないモブキャラだのにはなっていない。ちゃんと物語の舞台上に登場しているキャラだ。この【ハルス】たちみたいな、な。【アニ】ってのは俺というバグを便宜的にそう呼んでいるにすぎない。つまりおまえは【アニ】という人格を宿しているのがどのキャラかを突き止められれば勝ちってわけだ。わかりやすいだろ? 理解できたか?』
知らず、口許が笑っていた。
伊達にゲーム廃人じゃないし、転生設定の作品も山ほど読んできたのだ。
きっとお兄ちゃん以上に理解しているよ。
「ぜったい、ぜったい、ぜーったいに! お兄ちゃんを見つけだしてやる! そんで、ぜったいに、殺してやるんだからあ!」
『やってみろよ。クソ妹が。おまえのド低能でどこまでやれるか試してやるよ』
引きこもりの妹と、
死んでしまった兄の、
ゲームを舞台にした殺し合いがいま幕を開けた。
これが、最後の兄妹げんかだ――
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