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羊飼いバジフィールドの実力


 広大な草原フィールド。


 遮蔽物はなく、障害物といえばバジフィールドが放った羊の群れくらいしかない。


 そんなもの、魔王と幹部の前では道端の石ころに等しい。


「オレっちのかわいい羊に指一本触れてみろ! ぜってー許さねーからな!」


「……」


 幹部たちはその声には一切応じず、冷め切った目つきで地上を見下ろした。勇者といえども所詮人間。会話をすることさえわずらわしい。


「――魔王様。あの程度の人間、私たちの部下だけで十分なのでは?」


「あら。リーザったら、もしかして怖気づきましたの? 部下を使って様子見だなんてリーザらしくありませんわね」


「……私らしくって何よ、グレイフル」


「酷薄。そして嗜虐。人間を生きたまま切り刻むのが何よりの楽しみだと言ってらしたのに」


「平然と嘘をつかないで。その舌引っこ抜くわよ。私はただ、魔王様のお手をわずらわせたくないだけよ。もちろん私もね。貴女みたいな戦闘狂じゃないのよ、グレイフル」


「わらわとてあのような虫けらとやりあう気はなくってよ? ですから、リーザにこの場を譲って差し上げようと思いましたの。部下に見せ場を作ってあげるのは上に立つ者の義務ですわ」


「誰が誰の部下ですって?」


「あーら。言葉にしなければおわかりにならなくて?」


「よせよ、おまえら。魔王様の御前だぞ。ケンカなら他所でやれ。――魔王様。不肖ながらこのクニキリが先陣つかまつる」


「あ!? 抜け駆けなんてずるいわよ!」


「ま、魔王様! 一番槍はぜひわらわにご命じくださいませんこと!?」


「……おまえら。戦いたいのか戦いたくないのか、どっちなんだ?」


 クニキリが呆れて言った。


「魔王様の命令なら喜んで引き受けるわよ!」


「高貴なわらわは自ら尻尾をふるような真似はいたしませんわ」


「ったく。面倒くさいやつらだ」


 すると、魔王が笑った。


『ふははははっ。揃いも揃って好戦的なことだ! 余も含めてな』


「では、魔王様……」


『余自ら行く……といいたいところだが。リーザ・モアの提案に乗るとしよう』


 部下の魔物をけしかけて様子を窺う。今世の勇者がどの程度の実力か測るために。


 リーザ・モアの部下【シルフ】

 グレイフルの部下【キラービー】

 クニキリの部下【下忍】


 どの幹部の部下を召喚するのか。


 魔王は手のひらを中空にかざし、そこに魔法陣を展開した。


『来るがよい。我が忠実なる僕よ』


 円形の魔法陣から泥が生み落とされる。地上へと落ち、地面にどろりと染み込んだ。


 泥は沼となり、ぶくぶくと気泡を立たせている。


 沼の中から五体の魔物が召喚された。


 現れたのは――【不死影アーク・マオニー】と瓜二つの影兵士。


 魔王が戦闘時に使役する部下である。


『アーク・マオニーに命ずる。勇者を倒せ』


「はいはーい♪ お安い御用だよ、魔王様♪」


 影兵士はアーク・マオニーであってアーク・マオニーではない。分身であり自我もアークそのものだが、本体は魔王城に今も居る。


 たとえ細切れにされたとしても本体には何ら影響は及ばない。本体が拗ねるだけで……。


『小手調べには十分な駒だ。おまえたちの大切な部下をむざむざ殺させるわけにいかぬからな』


「魔王様、お優しい……」


 うっとりとするリーザ・モア。その傍らでグレイフルが眉をひそめた。


「あの人間がそれほどお強いとは思えませんわ」


 魔王は地上を見下ろして目を細めた。


『今にわかる』


◆◆◆


 アーク・マオニーの分身五体が、羊の群れを挟んでバジフィールドと対峙する。


「ヒューッ。オレっち一人に五人掛かりってのはちょいと卑怯じゃないかい?」


 アーク・マオニー①~⑤は誰ひとりとして応えない。


「……無視かよ。魔王軍ってのはどいつもこいつも愛想がないなあ。ま、これから殺しあおうってんだから世間話は不要だわなあ」


 バジフィールドは腰に付けていた投げ縄を両手で持った。


 輪っかが付いた先端をぐるぐる回しはじめる。


「だったら、――最初っから全力で行かせてもらうぜい!」


 遠心力を利用してロープを遠投する。ロープは生きた蛇のようにうねうねと蛇行しながら滑空していく。五体いるアーク・マオニーの誰を標的にしたのか悟らせない。


「おまえにするぜい!」


 先端の輪っかがぐんと伸びた。まるでロープが意志をもって獲物を選別したかのように、一番遠くにいたアーク・マオニー⑤の体を捕捉した。


 勇者スキル《レインボーラ》!


 バシィイイ!


 ロープがアーク・マオニー⑤を縛り上げた。


「よっしゃっ、ヒット!」


「!?」


 吊り上げられたアーク・マオニー⑤が一息にバジフィールドの許に引き寄せられる。


 それをバジフィールドの左拳が出迎えた。


「どっかーん!」


 拳が顔面にめり込んだ。パンッ、と小気味よい音が鳴る。


 パンチの衝撃だけでアーク・マオニー⑤を木っ端微塵に粉砕した。


 会心の一撃。


 技術も何もない素人喧嘩のパンチング。


 だが、勇者が繰り出せばそれは紛れもない必殺技であった。


 アーク・マオニー⑤が倒された。


◆◆◆


 幹部たちに動揺が走った。


「なに、今の!?」


「……あのちっこいのも幹部の一人。いいえ、魔王様の側近中の側近。分身とはいえ人間ごときに倒されるなんて」


「どうやら拙者たちは今世の勇者を甘く見ていたようだ」


 勇者の実力を目の当たりにして気を引き締める。


 魔王は満足げに頷いた。


『今の動きを見てわかっただろう。勇者は強い。故に、我が覇道に立ち塞がる最も邪魔な存在である』


 厳かに幹部を見回し、冷徹なる令を下す。


『手段は問わぬ。勇者を殺せ』


「御意!」



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