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岐路


 訓練合宿が始まって数日が経過した。


 ヴァイオラ王女殿下は初日のうちに【王都アンハル】へと帰還し、入れ替わるようにして今度はリリナがやってきた。身の回りの世話係要員としてアニに連れてこられたリリナであったが、アコン村の幼馴染みハルスとガレロの様子が見られたので不満はなかった。


 あの瞬間までは。


==聞け! 火の精霊よ! 我を監視する者よ!==

==孤独を排し、我の胸を暖めよ!==

==永久の眠りから目覚め、不正を殺せ!==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==紡げ――《ファイアーボール》!==


 火球が撃ちだされ、的となった巨木の丸太が爆発を伴って吹き飛んだ。


 爆風に煽られてリリナが悲鳴を上げる。周囲で見ていた若者たちも唖然とした。威力もさることながら、低位とはいえ初めて目撃する攻撃魔法に面食らっていた。


 魔王が封印され配下の魔物までもが鳴りを潜めた世において、攻撃魔法は使いどころを見失う。使用対象の不在、破壊活動以外に用立てる術がなくなったこともあり、攻撃魔法は無用の長物と化した。


 人魔大戦が終結して百余年。一部の地域・団体を除いて、攻撃魔法は急速に廃れていった。変わらず継承されてきたのは回復や補助といった魔法がほとんどで、攻撃魔法はもはや化石に等しい存在となっていた。無論、そこに神の意志がまったく介在されなかったと言えば嘘になるが、需要がなければ廃れるのは必至で、アンバルハルで目にする機会は皆無であった。


 炭となり残り火が爆ぜる丸太の残骸。


 誰もが言葉を失う中で、はしゃぐ声がひとつ。


「見た!? 見た!? どう!? すごいでしょ、お姉ちゃん!」


 火球の射手はリリナの腰に抱きついた。


 まだあどけない顔で見上げてくるのはリリナの弟・ルーノである。


「僕ね、みんなの中で一番魔法の使い方がうまいって褒められたんだよ!」


「そ、そう……。でも」


 無邪気に笑う弟も含めてリリナは戦慄する。脳裏に浮かぶのは消し炭となった村の惨状だ。攻撃魔法がどのようなものか知っているつもりでいたが、知識として知っていただけ。実際に見たのは初めてだ。こんな……こんなにも恐ろしいものだったなんて……。


「ルーノ! どうしてあなたが魔法なんか……ッ」


 ルーノの肩に手をおいてその目をまっすぐに見つめる。


「ど、どうしたのお姉ちゃん?」


 褒められるものと期待していたルーノは、姉がなぜ怖い顔をしているのか理解できなかった。ただ純粋に誰よりも上手くなった魔法を見せたかっただけなのに。


「だ、誰があなたに攻撃魔法なんて覚えさせたの!?」


「えっと、……アニが」


「あの人が?」


(どういうつもりなの? ルーノはまだ十歳。こんな危険なものを教えるなんて)


 憤りを覚えつつも、脳裏にはある疑問も浮かび上がっていた。


 こんな短期間にどうやって魔法を覚えることができたのだろう。


◆◆◆


 魔法は、アンバルハルでは廃れてしまっているが、学問の一つだ。北国ラクン・アナを初めとして他国ではいまだ研究が行われている。修得すれば誰でも使えるようにはなる。だが、実生活で役に立つかと言えば首を捻らざるをえない。


 戦いを必要としなくなったことで攻撃魔法はたしかに廃れた。しかしそれでも火や水を自在に扱えるならば生活する上で役に立つはずだった。なのになぜ使い手が減ったのか。


 理由は簡単。修得に必要とされる労力が、魔法がもたらす恩恵と釣り合わなくなったからだ。


 人魔大戦中の百年間、魔物を葬るような大魔法を扱えたのは一部の才覚ある魔法使いだけだった。その頃は一人でも多くの戦力が必要だったため、魔法は教育の中では必須科目とされていた。ふるいに掛けられる人数が多ければ多いほど才能ある人間もまた大勢輩出できるという仕組みだ。


 でも、今は違う。戦いがないので魔法を修得しようとする者は減り、必然、才能ある人間が出現する確率も低くなる。


 魔法を扱うには才覚がいる。もし才能のない者が魔法を使えばどうなるか。


 たとえば火を起こす魔法を使ったとしよう。才能があれば《ファイアーボール》のような凄まじい威力を発揮するが、才能がなければマッチの火程度の火力しか生み出せない。


 圧倒的に効率が悪いのだ。魔法使いとして大成するには数年から十数年の修行が要る。そして、いざ魔法を使えるようになってもマッチの火では何一つ報われない。


 大戦中ならいざ知らず、また国家事業でもない限り、平和になった世で使い物になるかもわからない魔法を修得しようとする者はごくわずか。使い手が激減した所以である。


◆◆◆


 ルーノが魔法を使えた。それは百歩譲って頷くとしても、ではどうやってその才能を引き出すことができたのか。数年から十数年は修行が必要だと聞いているのに。


 リリナの疑問を感じ取ったかのように、ルーノがおずおずと手を差し出した。


「あ、あのね。コレで魔法が使えるようになるんだよ」


 中指に、ルーノには不釣合いな指輪がぴたりと嵌っていた。蛇のような文様が刻まれた重厚な指輪だ。ルーノの指はまだ小さい。それなのにぴったり嵌っているということは、これはルーノ用に作られたものなのか。


 指から外す。すると、指輪の径は瞬く間に拡がり、腕輪ほどの大きさに変化した。目を丸くするリリナに、ルーノはいたずらっぽく笑う。


「すごいでしょ! これね、ラクン・アナっていう国で作られた魔法具なんだって! ここに指を通すと、ゾクセイが同じだとシュッてぴったりに小さくなるんだ! 見てて!」


 もう一度中指を輪の中心に差しこむ。すると、輪っかは瞬間的にルーノの指の大きさに縮まった。


「ルーノ、ゾクセイってなんのこと?」


「えっとね……、火とか水とか、そういう種類のことだって。この指輪は火の魔法を起こせる道具だから、火の魔法が使える人じゃないと指輪にならないんだって」


 属性。――つまり属性持ちにのみ反応する魔法具ということか。火の属性を持っていない人間にはただの腕輪でしかなく、属性持ちなら身体の大小関係なく装着を可能とする伸縮自在のアクセサリ。それだけでもかなり高度な魔法具……。


 ううん、それだけじゃない。いくら属性持ちだからといって指輪を嵌めただけで修得してもいない魔法を使えるようになるなんて。デタラメもいいところ。こんな技術が開発されていたなんて……。


 恐るべし。魔法大国ラクン・アナ。


「これ、すごく高価な物なんじゃないの?」


「そうなの?」


「これもアニがくれたの?」


「うん。たくさん持ってきたよ。いろんなゾクセイのがあって、指輪に変化したやつは持っていっていいって!」


 そのとき、リリナは気づいた。ルーノの腕に他に五つの輪っかが並んでいることに。


「ルーノ、それ」


「うん! 僕ね、『火』の他に『風』と『水』と『土』と、えっとあと『光』と『闇』のゾクセイ持ちなんだって! これってすごいことだって言われたよ! 僕、誰よりも立派な魔法使いになれるって!」


「六つの元素すべての属性持ち!? 信じられない……」


 才能がある、どころの話じゃない。ルーノは魔法の天才だった。


(なんてこと。だからアニはルーノに魔法を覚えさせているのね)


 戦力の一つにするために。


 弟を戦場に送りだすなんて絶対に反対。


(私がルーノを守るんだ!)


 リリナは覚悟を決めた。


「この指輪、まだ余ってる? 私も属性があるかどうか調べたいの」


 宿舎に保管してある魔法具に中指を通す。――リリナはルーノの代わりに魔法使いになると決心した。



 リリナは【光の指輪】を手に入れた。


◆◆◆


 ガレロは斧スキル《水平斬り》を放った。


「ウラッ!」


 ズバシュ――!


 成木の幹を一撃で断ち切った。メキメキと自重で倒れる大木。


「――」


 ハルスはガレロの腕前を目の当たりにして知らず呼吸を止めていた。


「ま、こんなもんだ。やっとこさ、この程度だ。魔物を倒すにはまだまだだけどよ、ちょっとは戦士っぽくなっただろ?」


 自嘲しつつもどことなく誇らしげな表情。


 合宿二日目以降、ハルスとの剣の稽古を断ってひたすら斧を振っていた成果だった。


「バジーに言われたんだよ。テメエの得意なトコを伸ばせってな。兵士になるには剣を持つしかねえって思い込んでたけど、違った。俺の得物っつったらよ、小っちぇえ頃からオヤジに持たされてたコイツしかねえって気づいたのさ。そしたら、しっくりきたぜ」


 朝から晩まで斧を振り続けた。手はマメが潰れて血で真っ赤だ。


 指輪を一つも嵌めていない。


「魔法はからっきしだった。剣術もダメだし、槍も手に馴染まない。でもいいんだ。俺はコイツを極める! 決めたぜ、ハルス! 俺はアンバルハル一の斧使いになるぜ!」


「…………そう」


「ハルス、がんばろうぜ! 俺たちもアテア姫みたいに、いつか……いつか勇者になるぞ!」


「うん。そうだね。……がんばろう」


 豪快に斧を振るう。さらにもう一本の大木が寸断された。


 ガレロの裂帛の気合に背中を向けて、暗澹とした面持ちでハルスは森の中に入る。


 村を死守したあの初陣で【英雄ハルウス】の生まれ変わりだと持て囃された。


 リリナやガレロに褒められて、ハルスもついその気になってしまった。


 なんてバカな勘違い。いざ修行してみたら勇者になれる才能なんて欠片もなかった。


 それだけならまだよかった。ルーノは魔法の天才で、すべての属性を持ち、それぞれ凄まじい威力を秘めていた。


 ガレロは実直に才能を伸ばしており、『斧使い』として確立していた。


 リリナもまた自分の役割を手に入れた様子だった。


 ハルスだけが何一つ定まっていない。


 剣も、魔法も、才能がない。


 得意の弓も村一番程度の実力だ。それも野ウサギを相手にしたときだけ。実戦ではとてもじゃないが役に立ちそうにない。


(英雄だって……? 笑わせるよ。僕はどこまでいっても村人なんだ。兵士にすらなれない……)


 ましてや勇者なんて。憧れるのもおこがましい。


 木漏れ日に手をかざす。


 その中指には鈍く光る指輪があった。


【闇の指輪】


「……僕は勇者にはなれないよ」


 力のない瞳に黒き陽炎が映り込んだ。



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