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合宿


 バジフィールドの訓練は食料の調達から始まった。


 野営場所からさらに東に向かった先に魔物が住みついているという【迷いの森】がある。バジフィールドは森の入り口で皆を振り返り注意した。


「奥深くに入り込まなければ言うほど危険な森じゃない。キノコや木の実、ウサギや野鳥がいたら獲ってくる。それが今日一日分の食料だ。急がないとメシ抜きになっちまうんでな。ほれほれ、みんながんばれよ!」


 バジフィールドに尻を叩かれて駆けだす若者たち。その中にはハルスとガレロの姿もあった。


 強くなりたい――その一心でこの合宿に志願したのだ。


「狩りなんてガキの頃以来だよな、ハルス! どっちが早く獲物を捕まえられるか勝負しようぜ!」


「う、うん……」


「へっへ、今回は絶対に勝ってやるからなハルス!」


 ガレロは修行ができると喜んでいるが、ハルスは半信半疑であった。


 森の中での食料調達――こんなことにどんな意味があるというのか。生き抜くための業と敵を打倒する技は別物ではないか。


 勇者アテアの勇姿が今も鮮明に脳裏に浮かぶ。ああなりたい、とガレロと決意を新たにした。あれ以来、剣を振らなかった日はなかった。毎日腕が上がらなくなるくらい素振りをし、ガレロと木剣で何度も実践稽古を積んできた。


 そうして出来上がったのは屈強な肉体だけで、肝心の技のほうは疎かだ。いま自分たちに必要なのは訓練の量よりも質。誰かに師事することであった。


 渡りに船とばかりにこの合宿に参加したのだが……ここで学べるものは自分たちが追い求めている強さとは違うと感じていた。


 こうじゃない。僕たちが求めているのはもっと実践的な――。


 敵を屠るための……殺すための……力。




 獲物を見つけ弓を構える。


 迷いが腕を鈍らせた。


 子供の頃は誰よりも得意だったはずの狩猟なのに、この日は一匹も仕留めることができなかった。


◆◆◆


 一方、ガレロはというと、ハルスと別れたあと途中で見かけたバジフィールドの後をこっそりつけた。


 訓練が始まる前にアニとヴァイオラの立ち話を聞くでもなく聞いてしまった。


(バジフィールドが勇者だって?)


 全然そんな素振り見せなかった。今も、勇者らしさは見当たらない。ただの中年のおっさんが森の中をひたすら歩いているだけだ。バジフィールドからはアテアが持っていたような煌きを感じることができなかった。


(そりゃ羊飼いとしては優秀なんだろうけどよ、全然強そうに見えないぜ……)


 下手をしたらガレロよりも弱いのではないか……そう思わせるほどに頼りなく見えた。


(それにしても、どこまで行くつもりだ? 森の奥は危ないって自分で言っていたくせに)


 足が速い。ガレロはまもなくバジフィールドを見失ってしまう。


「チッ。どこいった?」


 今さら引きかえしても狩りをする時間はあまりない。ガレロはハルスとの狩り勝負を諦めてバジフィールドを探すことにした。


 奥へと進んでいくうちに、木々の幹は比較的に太くなり、茂る枝葉が太陽光を遮りはじめた。人間が踏み込んだことのない領域なのだろう、地面から張り出した木の根は苔で覆われており、そこにバジフィールドの足跡だけがくっきりと残されていた。この先にバジフィールドがいる。


(こんなところで一体何を……)


 大木の向こう側、生物の気配があった。息を潜めて覗き込むと、そこではバジフィールドの下に無数の森の動物たちが集まっていた。


「なっ……!?」


 ウサギや野鳥、シカやウマ、リスやムササビといった小動物までがバジフィールドを囲んでいた。中には見たこともない動物までいる。あれは……まさか魔物か?


 バジフィールドは数匹のウサギと一頭のシカを選んで手懐けた。


「すまん。客人たちを飢えさせるわけにいかなくてな。おまえさんたちの命、使わせてもらうよ。あとのみんなはもっと奥で隠れていてくれ。若い連中を怖がらせないようにな」


 バジフィールドの言葉が通じたのか、野生の動物たちは散り散りに森の奥へと帰っていった。


 ウサギとシカをその場で仕留めて血抜きをする。ウサギは縄でつないで腰にぶら下げ、シカは自分の肩に担ぎ上げた。


 戻りかけたバジフィールドの前にガレロは姿を見せた。


「あんた……すげえんだな」


 バジフィールドはばつの悪そうな顔をした。


「なんだ、見られちまったのか。みんなには内緒にしてくれよ。オレっちだけズルしたなんて知られたら教官の面目丸つぶれだ」


「ズルだなんて思わねえよ。あんた……勇者なんだって?」


「誰かに聞いたのか? ……まあな。あのアニっていう占い師が言うには、どうやらオレっちは勇者らしい。勇者になったきっかけってのに心あたりがあるし、こうして不思議な力が使えているわけだから、もう疑っちゃいねえけどさ。はーあ、迷惑なこっちゃ」


「はあ!? い、いいじゃねえかよ、勇者! 強いってことだろ!?」


 シカを軽々と持ち上げられる腕力。

 動物たちを従えられる能力。

 それは普通の人間にはない圧倒的な強さだ。


 なのに、バジフィールドは心底嫌そうに頭を振った。


「オレっちは別に強くなんかなりたかなかったっつーの。魔王軍と戦えって言われてもなー、怖いだろ普通。いやだぜ、死ぬのは」


 バジフィールドはふと気づいたようにガレロをじろじろ眺めた。


「え、なに? おまえさん、もしかして強くなりてえの?」


「ったりめえだ! 村を焼かれたんだぞ! 俺は強くなりてえ! そんでもって、魔王軍を返り討ちにしてやる!」


「ああ、おまえさん、アコン村の……。よせよせ、やめとけってそういうのは」


「あ!? 何でだ!? 勇者のくせにどうしてそんなこと言うんだよ!?」


「おっとと。耳に痛いな。たしかに勇者がこんなこと言っちゃあいけねえやな。でもなー、オレっちは別に勇者になりたくてなったわけじゃないんだぜ? そこんところ勘違いすんなよ? 選ばれたんだよ。理不尽にも。……あ、いや、神さまに文句はねえよ? やれと言われれば戦うさ。戦うしかないんだよ。それが天命ならよ」


 そして、フッと寂しげに笑った。


「なんつーかよー、ズルして強くなるって違うんじゃね? って思うわけよ。勇者になったら問答無用で強いよ? それはわかる。実際、ほれ。シカ一頭くらいなら余裕で持ち上げられる。その気になればあの木のてっぺんまでだって跳べる。いいこと尽くめだ。でもよー、その代わりに命を掛けて戦えってのはよー、オレっち納得いかねえんだわ。死にたくねえんだわ。ズルしてまで強くなりたかねえのよ。な? オレっちは強くなんかねえの。オレっちの心は弱いままだ」


「だ、だったらその力、俺にくれ! 俺が代わりに戦ってやるよ!」


「そりゃ譲れるもんなら譲ってやりたいけどなー。でも、譲ったところでおまえさんにこの力は扱えんよ。たぶん」


「な、何で?」


「オレっちの得意分野だもんよ。これ。勇者になって気づいたんだが、どうも自分にあった能力が引き延ばされているって感じなんだわ。オレっちの能力は動物を扱うこと。おまえさん、動物の扱いに自信あるかい?」


「……」


「そういうこった。もし勇者になりたいんなら自分の得意分野を伸ばしていきな」


 バジフィールドを手伝ってシカを半分持つ。バジフィールドがひとりで持ったほうが楽だし早いのはわかるが、ガレロは何もできない自分が嫌だった。


 そんなガレロをバジフィールドは「若いなあ」と呆れた。


「どうしてそんなに死にたがるかねえ。魔物との戦いなんて国の兵士に任せておけばいいとか思わんの?」


「思わねえけど、――もしそうなら兵士になるだけだ! 他人に戦いを押し付けるなんて卑怯者のすることだぜ!」


「……戦うってな別に相手を倒すことだけじゃないだろ。人々の支えになることも一つの戦いだとオレっちは思うがね。オレっちは神さまに指名されちまったからもーしょうがないが、できることなら羊毛を刈ったり乳を搾ったりしてみんなの助けになりたかった。そういう勇者でいたかった」


「……」


「まー、魔物が襲ってきたらオレっちが助けてやるから安心しろ。散々戦いたくないって言っておいてなんだけど、やるときゃやるよ? オレっちは。おまえさんはおまえさんにできることをすりゃいい」


「俺にできること……」


 得意分野、か。


 強さとは何か――ガレロは懸命に考えた。



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