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二人目の勇者


 アコン村や周辺の村落の再建が始まった。


 幸いにも田畑への被害は少なく収穫時期も迫っていたので村人の約半分は農作業に戻された。家屋の建直しや修復には王都から派遣された職人たちが中心となって行っているが、人手が足りず家屋建設は遅々として進まなかった。多くの村人が仮設住居にて集団生活を余儀なくされているにもかかわらず不平不満を口にする者が極めて少ないのは、アンバルハルの根幹が農産物にあることを誰もが知っているからだ。


 すべてアニの指示である。


 そして、国境に近いほぼすべての集落から筋の良い若者だけを集めた防災講習合宿が行われた。実施場所はアコン村から北東に、王都アンハルからは真東に行った大草原の只中である。


 一列に並べた若者に対し、凛とした声が響く。


「貴公たちの役割はここで習った戦術を各集落に持ち帰り応用することだ! 駐在する王宮兵はいずれ王都へ帰る! それまでにあらゆる災厄への防衛対策を確立しておいてほしい!」


 ヴァイオラの言葉を聞き、若者たちは緊張に震え上がる。各集落で状況(人口、地形、避難経路など)が異なるため、共通マニュアルを作成すること自体無意味であった。

 また、王宮から派遣された兵士は仮想敵との戦闘を想定した訓練しか行ってきていないため、緊急時対応に関して知識が浅く使い物にならなかったのだ。村人を一箇所に集めて一から指導したほうが早いとアニは判断した。


(俺が呼んだ魔物の群れへの対応策だ。完全にマッチポンプだが、いずれ必ずやってくる魔王軍の襲来に備えることができるのは大局的に見て大きい)


 挨拶を済ませたヴァイオラが脇に引く。


 代わりに前に出てきたのはカウボーイハットを被った中肉中背の男。


「君たちの教官を務めるバジフィールドだ! 見てのとおり、オレっちはただの羊飼い! 馬術や羊の毛刈りに関しては誰にも負けない自信がある! ……あるんだが、この特技が魔物退治にどう関係すんのか正直まるでわからん! オレっちが教えてやれることは自然との向き合い方だけだ! 後で文句言われてもかなわないので今のうちに言っておく! どんだけ的外れなことを言ったってそれはオレっちのせいじゃないからな! その辺、肝に銘じておくように!」


 バジフィールドはそれだけ言うとヤケグソ気味に歩いていった。


 ざわつく一同。皆の視線が自然と監督役であるアニに集中する。


「心配するな。あれで彼は優秀だ。半刻後、準備を整えたら再度この場に集合だ。以上、解散!」


 例の如く、ヴァイオラが渋い顔をしてやってきた。


「何だよ? また小言を言いにきたのか?」


「当たり前だっ。【羊飼いのバジフィールド】、彼は一体何者なんだ?」


「いま自分が言ったとおりの人物だ」


「ふざけるな! 羊飼いが魔物の追っ払い方を知っているとでも言う気か!?」


「まさか。羊飼いにそんな能力あるわけないだろ」


「なっ!?」


 ヴァイオラはぷるぷる震えている。相変わらず沸点の低いやつだ。


 ったく、いい加減学習しろよ。俺がただの無能を連れてくるわけがないだろ。


「羊飼いだったのは数日前までだ。今は【魔物使い】にジョブチェンジしている」


「? どういうことだ?」


「彼は勇者だ」


 あ、驚いている。まあ、無理もない。


 アテアに続いて覚醒した勇者が、今度は羊飼いのおっさんだというのだからどんな冗談かと思うだろう。だが、事実だ。ゲームでは、それが正規のシナリオだ。


【羊飼いのバジフィールド】――魔王降臨のゲームにおいて、プレイヤーに差し向けられる最初の勇者。


 アンバルハル攻略に際し、チュートリアルでは村人相手に戦い方を学ばせ、来る初戦ではプレイヤーに勇者の実力を体感させる、そのための駒。


 アコン村を襲った魔王軍は、村の近辺で勇者の気配を感じ取り、村人を人質にして勇者を誘き寄せる。そこに登場する勇者こそ【羊飼いのバジフィールド】――彼である。


 ステータスを見るに相当のポテンシャルを秘めていることは間違いないが、勇者であることに無自覚だったため、本領を発揮できずに餌食にされる不遇の脇役。


 言ってしまえば『かませ犬』だ。


 だが、正真正銘、勇者である。


「あの人が勇者……」


「本人は自覚していない。が、数日前に神からお告げがあったという話はすでに聞いている。アテアのときと同じだ。彼もまた神に選ばれし者だ」


「おまえの占星術が導きだしたことなのだからおそらく正しいのだろう……が」


「そうそう。信用しろよ。俺の占いを」


 言ってて吹き出しそうになる。占いなんて、猿真似でさえしたことないというのに。


「……しかし、信じられん。見た目には普通の人間にしか見えない」


「アテアのときは身体能力が飛躍的に向上したからな。バジフィールドの場合、伸びたのは特殊スキルのほうだ」


「それが【魔物使い】だと?」


「魔物が出ないことには使い道がないスキルだ。本人が気づけなくても当然っちゃ当然だが。しかし、それでも日常生活において何らかの変化はあったはず」


 アテアと同じくそれなりに身体能力は上がっているはずだ。でなければ、魔王の脅威になりえない。


 今回の目的はバジフィールドに勇者であることを自覚させること。


 そして、間もなく始まる初戦で大いに活躍してもらう。


「合宿中にどんな勇者らしいことをしてくれるのか。お手並み拝見といこうじゃないか」



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