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湖畔にて④

この章は第28部分~第29部分の間に起きた出来事です。

時系列が前後して申し訳ありませんが、ご了承ください。


 アテアを見失うのは一瞬だったが、森を抜けて追いつくには十数分も掛かった。アニの足では到底追いつけないので風を推進力にした《風脚》を使わざるをえなかったのだが、それでも風よりも速く駆けるアテアには敵わない。


 しかしおかげで、途中で二人組の影を見落とさずに済んだ。


 長距離を走ってきたのか疲労困憊の二人は正面から走ってくるアニに気づいていない。アニはすかさず茂みに飛び込み、二人組の顔を確認した。


(あいつら、確か前に舞踏会で見たな。――そうだ。グイズ家の御曹司ルドルとその使用人だ)


 森の入口に繋がれた馬はあいつらのだったのか。


 しかし、何でこんな場所にいるんだ? しかも、俺たちが湖を訪れた日に。偶然か?


 アニが隠れている茂みを通りすぎた辺りで、ルドルが足を止めた。


「ハァ、ハァ、も、もう駄目だ……! 疲れた……! もう走れない……っ!」


「坊ちゃま……! 歩いてでもいいから進んでくだせえ……! いつあのドラゴンが追いかけてくるかわかりません……!」


「わかってるよッ! ……でも、あのドラゴン、翼があっただろ? 翼竜ならさ、空飛んで追いかけてくるだろ。僕たちの足なんかじゃたちまち追いつかれちゃう」


「で、ですから早く逃げないと!」


「ああもう、わっかんないかなこの馬鹿は!? あいつにその気があるならとっくに追いつかれてるっての! いまだに逃げられているのはたぶんドラゴンに僕たちを襲う気がないんだよ」


「な、なるほど……。さすがは坊ちゃま、頭がいい……!」


 ドラゴン? ドラゴンだと? こいつらは何を言っているんだ?


「し、しかし、このまま放っておくってえわけにも……」


「はあ!? おまえ、僕にあいつと戦えって言うのかよ!?」


「ととと、とんでもない! 死んじまいますよ! そうじゃなくて、もし湖に王女さまが来ていらっしゃるなら説明したほうがいいんじゃないですかい? 一緒に逃げるように説得して。――そ、そうですよ! それがいい! 王女さまの危機をお救いするんです!」


「おまえ、本っ当に馬鹿だな! そんなことしたらどうなると思う!?」


「? どうなるって、坊ちゃまは王女さまを助けた英雄になるのでは?」


「んなわけないだろが! 少しは考えてから話せ! いいか!? まず説明するったってどうやって説明する気なんだ!? ドラゴンを眠りから目覚めさせてしまったから早くお逃げくださいってか!? 言えるわけないだろ!?」


「そこは隠していてもいいのでは……?」


「馬鹿! 今はいいかもしれないけどな、ドラゴンの封印地がかつてルドル家の領地だったってことはいずれ絶対にバレるんだ! そんなところに僕とおまえが人目を忍んでやってきた! 誰がどう見たって怪しいのは僕たちさ! だろ!?」


 ルドルたちが走ってきた方角を眺めた。この先で封印されていたドラゴンをこいつらが目覚めさせたってことか。その波動を感じ取ってアテアは駆け出したのだ。


 ルドルは大事に握っているアイテムを掲げた。


「この【魔操の香】を持ち出したことだって、もしかしたら今ごろ父上にバレているかも。さすがにすぐに僕を疑うとは思わないけど、この場にいるという事実が証拠になってしまう。僕たちは絶対にここに来たってことを知られちゃいけないんだ」


「じ、じゃあどうするんで……!?」


「逃げる」


「は!?」


「ひとまず王都に帰る。僕たちは今日はずっと屋敷にいたし、誰にも会わなかった。……そういうことにするんだよ! 僕たちはドラゴンなんてものには一切関わっていない!」


「だ、黙っているんですかい!? このあとドラゴンが王女さまたちを襲っちまうかもしれないのに!?」


「は、はははっ! だったら丁度いいじゃないか! 元々そのつもりで来たんだしさあ! あのイケ好かない占星術師を真っ先に殺してくれるんなら願ったり叶ったりさ! いいか? そこまで大事になったらそれこそ僕たちの存在は隠しておかなくちゃならない。王女を危険な目にさらしたなんて知られたらおまえ、打ち首だぞ?」


「ひぃ……!? そ、そりゃ大変です! あ、あっしはまだ死にたくありません!」


「だろう! わかってくれたみたいでよかったよ。つーことで口裏合わせるぞ。いいな?」


「はい! はい! あぁ神様、王女さまたちを見捨てるあっしらをお許しくださいぃ!」


 最悪の場合、国を滅ぼすような大災害を引き起こしたかもしれず、下男は目に涙を浮かべると神に身勝手な許しを乞う。


 ルドルはいくらか冷静になったのか、あくどい笑みを浮かべて言った。


「大丈夫だよ。王女が襲われてくれればその分迅速に討伐軍が編成される。僕たちが何かするよりよっぽど早くあのドラゴンを退治してくれるはずさ」


 なるほどな。事情を全部暴露してくれて助かったぜ。


 もうおまえらに用はない。



「《風刃》」



 ザクンッ――と、ルドルの右手が手首から切り落とされた。


「……坊ちゃま? 手が」


「へぁ?」


 地面に落ちたそれを二人は呆然と見つめた。


 あ、


「アアアァアアアアッッッ!?」


 血を撒き散らしながら絶叫するルドル。下男はおろおろするばかりで立ち竦む。


「い、い、痛いぃいいいい!? 痛いぃいいよおおおおおお! ポーションを! か、回復薬をおおおお!」


「あ、ありません! そ、そそ、そんなの用意してません!」


「なんでだよおおおお!」


「い、い、医者へ! とにかく医者のもとへ行きましょう!」


「ぃぎゃああああああ!」


 このままでは出血多量で死んでしまう。ようやく金縛りから解放された下男は、布で患部を縛り上げると、ルドルの背中を押しててゆっくりと歩き出した。下男は最後に地面に落ちた右手を振り返ったが、右手を切り落とした怪異を恐れてか回収することを諦めてそのまま立ち去った。


 これから下男が取る道はただ一つ。最寄の村にルドルを連れていき医者に掛かることだけである。運がよければ生き延びるだろうが、こうなってしまえば湖にやって来た事実を隠し通すことはもう出来ない。そのあとグイズ家でルドルと下男は何らかの処罰を受けることになるだろうが、あいつら小物にはそれくらいの罰が丁度いい。アニやヴァイオラがわざわざ手を下すまでもない。


「――まあそれも、ここから無事に帰れたらの話だけどな。俺たちも含めて」


 ルドルの右手を拾い、握っていた【魔操の香】を引き剥がす。


 ゲームにも登場したマジックアイテムだ。プレイヤー側のキャラクターのレベルが、エンカウントしたモンスターのレベルを上回っている場合にかぎり、このアイテムを使うと戦闘なしに問答無用で配下にすることができる。モンスター図鑑を素早くコンプリートするには必須のアイテムである。それほどレアってわけではないが、それはあくまでプレイヤー側の話。人間が所持しているなんて話は本編中には一切出てこなかった。


 ルドルはこれを使ってドラゴンを使役しようとしたのか。いかにもボンボンが考えそうな底の浅い作戦だ。


 こいつが原因なのは間違いなさそうだが、今はこいつが事態を収拾する鍵となる。


 遠くで轟音が鳴り響く。雷が連続して落ちたような音だった。


 アテアがドラゴンと戦っているのだ。


「……行きたくねえなあ」


 だが、アテアに加勢しなければ。こんな序盤にドラゴンが出てくることがまずありえないし、この上アテアを失うことになったら物語が破綻するどころの騒ぎじゃなくなる。【魔王降臨】の世界そのものが崩壊しかねなかった。


 実際のところ、そういうことは登場人物キャラたちにも気をつけてほしいよな。……ま、この世界も一つの《リアル》だ。そんな自覚があれば苦労はない。


 覚悟を決めて、再び風を蹴って轟音の鳴る方向を目指す。


 しばらく走ると、森の木々が途切れる境が見えた。森を抜けきる手前で一時停止し、木の陰から様子を窺う。


 一気に開けた景色の中で、巨大な竜と、水着姿のアテアが戦っていた。


(――マジかよ!? ドラゴンって、よりにもよってエルダードラゴンなのか!?)


 ゲームでは中盤を過ぎた辺りで出現するモンスターだ。レベル一桁やレベル十台で戦って勝てる相手ではない。


 せっかく手に入れた【魔操の香】だが、おそらく通用しないだろう。――くそ。アテアに使わせてドラゴンを封じる作戦だったのに。今のアテアのレベルでもエルダードラゴンを従わせるには足りない。


 考えろ。どうすればあのドラゴンを撃退できる!?


(――? アテアの奴、どうして素手で戦っているんだ? 剣はどこに……)


 見つけた。ドラゴンの足元にあった。落としたか奪われたかして攻め手を失ったのだろう。見たかぎり全体のステータスではドラゴンのほうが勝っているみたいだが、アテアは『剣の勇者』だ。アテアの本領は剣技にある。たとえば《ライトニング・ブレード》を放てば逆転の目も出てくることだろう。


 アテアに剣を渡すことができれば。


 そのためにも――。


「やるしかないな……!」



 アニは木の陰から飛び出した。



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