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SIDE―妹④ 戦闘チュートリアル(勝ち確イベント)

【東域アンバルハル】――その地域一帯は、ハイファンタジー系RPGではお馴染みの、のどかで平和な小さい村が点在する草原地帯だ。


 大体、始まりの村っていうのはこういう風景の中にあったりするよね。


 主人公はその村で暮らし、ある日お母さんからお城にお遣いを頼まれて出掛けて、それが冒険の始まりだったりするのだ。


 ま、RPGゲームのあるあるだよね。


 この【魔王降臨】もお定まりに漏れず、初戦を飾る舞台はこののどかで平和な小さい村だ。


 農耕具を手にするだけの非力な村人を懲らしめて、勇者を誘き出すのが最初のミッション。


 この戦いはチュートリアルも兼ねており、戦闘シミュレーションパートの基本操作を実践形式で説明してくれる。


 戦いの舞台は『ステージ』と呼ばれるフィールド上で行なわれ、戦闘に参加するキャラクターを三幹部の中から一人選ぶ。


 幹部にはキャラの属性に合わせたモンスターが部下につき、それらを操り、また幹部自らも行動して敵を倒していく。


―――――――――――――――――――――――――――

 第一ステージ『アンバルハル辺境――アコン村殲滅戦』

―――――――――――――――――――――――――――


 ステージタイトルが表示され、戦闘に投入する幹部を選ぶ画面に切り替わる。


 幹部のバストアップイラストが並び、方向キーで選び出すのだが、さあて誰にしようかな。


 と言っても、実はもう決めてあるけどね♪


「もっちろん、アディユスさま!」


 実はこの初戦、まったく戦闘にならないのです。


 チュートリアルだし、相手は非力な村人なので一方的な殺戮にしかならず、基本操作がわかっていれば飛ばしても問題ないのだ。


 けれど、一応戦闘は戦闘なので、ドロップアイテムや経験値はきちんと手に入れられた。言わば、臨時ボーナスポイントだ。三幹部のうち一人にだけ戦闘一回分の経験値をタダで与えることができるのだ。


――――――――――――――――――――――――――

 この戦いはチュートリアルです。説明を受けますか?


◇ はい

  いいえ

――――――――――――――――――――――――――


 ほらね。


 これで『いいえ』を選べば、戦闘終了画面に飛び、入手した経験値ポイントをステータス画面にある各種パラメータに割り振ることで幹部を強くすることができるのだ。


 とりあえず、アディユスのレベルを5まで引き上げたい。


 レベル5になるとキャラ固有スキルを覚え、それを使用するたびにアニメーションカットインが差し込まれるのだ。


 とにかくそれが見たかった。


 だってカッコイイんだもん! 『私に汚い面を見せるな下郎』と言って敵を切り捨てるアディユスさま! いやん! 早く見たい!


 他の二人を育てるのはそれからでいいかな。


 私は迷わず『いいえ』を選択した。


 チュートリアルを飛ばす。


 戦闘終了のファンファーレが鳴り響く。


 鳴り響く。


 鳴り……


 …………



 あれ? 鳴らない?


 代わりにスピーカーから聞こえてきたのは戦闘に敗北したときにのみ鳴る悲しげなメロディだった。


「……は、はあ!? 何ソレ!? はあああああ!?」


 思わず膝立ちになって絶叫してしまった。


 そして、ゲーム機を持ったまま固まった。


 三幹部のステータス画面が表示される。


 バストアップイラストが並び、アディユスのイラストだけが灰色に染まっていた。


『黒騎士アディユスが敗北しました。これ以降、このキャラを使用することはできません』


「……」


 何かの間違い……だよね?


 え? だってこれ、チュートリアルだよ? 何で負けるの? おかしくない?


 バグに決まってんじゃん、こんなの。


『このステージのリプレイを観ますか?』


「……あ、今の戦いにもリプレイあるんだ」


 リプレイとはやり直しの意味ではない。


 このゲームはシビアで、一度敗北したらそれは覆らない。


 ここで言うリプレイとは、将棋や囲碁の棋譜のように、キャラクターを初手から並べて終局までの道筋を見返せる機能を指している。


 私は使ったことないけど、ゲームを極めたい人は最短手数を考えるのによく利用したりするらしい。それ系のプレイ動画をネットにアップしている人も偶にいる。


 どうやって負けたのか……


 どうやったら負けられるのか……


 ただのバグだとわかっているけれど、茫然自失の私は『はい』を選択した。


 そして、アディユスが如何にして負けたのかをまざまざと見せつけられることになる。


◇◇◇


 戦闘シミュレーションパートは、まず二頭身にデフォルメされた自陣のキャラクターをフィールドマップ上のどの位置に配置するか選択するところから始まる。


 私はチュートリアルを飛ばしたので、キャラの配置もその後の戦闘もすべてCPUのオート機能に任せたことになる。


 初戦ステージである【アコン村】はそれほど広くなく、障害物もほとんどなく、戦略の立てようがないほどに見晴らしのよい平地なフィールドである。


 大将アディユスと部下のガーゴイル五体は村の入り口に固まるようにして陣形を整えた。


 対して、村人側はフィールドの端に一列に並ぶ形で配置された。村人の数は七人だ。


 このステージの勝利条件は【敵勢力の殲滅】である。


 両陣営ともその条件は同じだ。


 負けたということは、こっちが全滅させられたってことで……


「……初めてやったときは村人って村の中を闇雲に逃げ回ってるだけだったよね?」


 そのときは【鬼武者ゴドレッド】と五匹のゴブリンで戦いに挑んだ。


 ゴドレッドもゴブリンも移動距離が短いから逃げ惑う村人に追いつくのに苦労したことを覚えている。


 向こうからは攻撃してこないし、フィールド上にも【大砲】や【毒の沼】といったトラップが無いからこちらのHPが削られることもない……


 どう考えても負けようがないじゃない。


 やっぱりバグが起きたんだ。




 戦闘が始まった。


 まずはアディユスのターンから。


 一直線に村人の方へとマスを詰めていく。【MOV値】が高いのでさらに連続二回目の移動が可能だ。しかし、CPUはここで待機を命じた。


 その直後にターンが回ってきたガーゴイルたちを順番にアディユスの後ろに付けた。どうやら行軍させる作戦のようだ。


 村人側のターンに移る。


 この村人の中には序盤の物語を牽引する重要NPCが混じっており、そのキャラが動くときだけ立ち絵とメッセージウィンドウが表れる。


 前のときは『魔族だ! 魔族が来たぞーっ! みんな、逃げろーっ!』と叫ぶだけの役回りだったのだが――


 村人たちはターンが回ってきても一歩も動くことなくその場で待機を続けた。重要NPCの立ち絵が表れても『……』と無言である。


 何だ何だ、何なんだその落ち着きぶりは?


 NPCなのに……いやそれ以前にゲームの中の出来事だというのに、まるで生身の人間が放つ息遣いと緊迫感を私は感じ取っていた。


 そんな馬鹿なことってない……


 でも、私は固唾を呑んで展開を見守った。


 アディユスがフィールド中央の広場に到達したそのときである。


 地面から先端が尖った柵が飛び出した。


 隠しトラップだ。


 踏んだと同時にHPが削られる。


 瞬時に表示されたHPゲージが3/4くらいにまで減ってしまった。


 後続のガーゴイルも別の場所に仕掛けられたトラップを踏んで次々にダメージを負っていく。


 信じられない!


「何でチュートリアルでこんな罠が張ってあんのよ!? チュートリアルならそれも含めて説明しなさいよ!? てか、こんなの初戦でありえないし……っ!」


 それとも、二周目だから? 二周目だからか? 難易度が上がっているのか?


 そして、ここからようやく村人側も動き出す。


 七人は列を乱すことなく横並びに広場中央に向けて行進してくる。


 CPUはアディユスの性格を照合して行動を決定づけているのか、退くことをしない。


 ガーゴイルはてんで好き勝手散り散りに動き回っている。


 たとえ私が操作していても幹部のステータスにある【カリスマ値】が足りていないうちは部下たちを制御することができない(コマンド入力できない)ので、こうなるのはしかたないと納得する。


 村人たちはまとまったまま、近づいてきた魔族を各個撃破していくつもりのようだ。


 ガーゴイルがいるマスに隣接し、射程に入った村人が攻撃を仕掛けた。


 鍬を振り降ろす。


 ザシュッ、という効果音の後、ガーゴイルの二頭身キャラが消滅した。


『【ガーゴイル②】がやられました!』


「一撃っ!?」


 嘘でしょ!?


 いくらトラップでHPを削られていたからって、村人みたいなザコキャラの攻撃でHPが半分以上も減らされるなんて、そんなの絶対にありえない。


 慌てて【PAUSE】を掛ける。


 十字キーを操作して画面上にカーソルを出現させ、ガーゴイルに合わせた。


 すると、【ガーゴイル③】の現在のステータスが表示された。



――――――――――――――――――

 ガーゴイル③ LV. 1

        HP  12/18

        MP   0/0

        ATK  7

――――――――――――――――――



 確認したい情報だけにざっと目を通す。村人と比較するためだ。


 今度は【ガーゴイル②】を撃破した村人にカーソルを合わせた。



――――――――――――――――――

 農耕兵⑦   LV. 3

        HP  22/22

        MP   0/0

        ATK 14

――――――――――――――――――



「攻撃力14!? ガーゴイルの二倍もあるじゃん! つか、今のアディユスと同じくらいあるんじゃ……!?」


 い、いや、ちょっと待って?


 それよりも今、見慣れないジョブ名が表示されていなかった?


【農耕兵①】

【農耕兵②】

【農耕兵③】

【農耕兵④】

【農耕兵⑤】

【農耕兵⑥】

【農耕兵⑦】


「何じゃこりゃ!? 何こいつら!? ……え? 前はそんなのいなかったよね? 村人じゃないの? 何よ、農耕兵って……」


 ヘルプ機能のワード解説書にも載っていない。


 でも、ゲームシステムにしっかり組み込まれているところをみると、どうやらバグではないらしい。


 ――って、いやいや、そんなわけないじゃん!


 村人レベルでこんなに強かったら、どの幹部を投入したって勝てっこない! こんなの無理ゲーにも程があるよ!


 それともこの後、救済措置でもあるのだろうか。


 二周目はまったく違うストーリーとシステムに切り替わるとか……


 でも、そんな話聞いたことないし、もしそうならネット上でユーザー同士大騒ぎになっているはずだ。


 お兄ちゃんにゲームを取られていた一週間はプレイ動画を漁って気持ちを落ち着かせていた。その間、いくらネタバレを全力回避していたとしても、騒ぎがあればいくら鈍い私でも察知くらいするだろう。


 試しにパソコンで『魔王降臨 農耕兵』で検索をかけてみたが、【魔王降臨】の情報サイトが見つかるだけでその中に【農耕兵】という単語は一つもヒットしなかった。


 つまりこれは――、……やはりバグだと思う。


 きっと、お兄ちゃんが変なことして壊したんだ。


 システムは正常に稼動しているみたいだけど、どうせいつかエラーを起こすに決まっている。


「……はあ、最悪」


 インストールし直さないといけないのかなあ。


 あーあ、せっかく一周目クリアしたのになあ。また最初からやんないといけないのかあ。


 今回は諦めるとして。


 それならそれでこの後の展開が気になった。


 本来ならチュートリアルで勝利した魔族側は、村人を生け捕りにしそれで勇者を誘き寄せる筋書きだった。


 負けてしまったら勇者どころの話じゃなくなる。


 一体どうなるんだろう。


【PAUSE】を解除する。戦闘の続きは、負け戦とわかっていたし【農耕兵】のインパクトが強すぎたこともあって、アディユスが無惨に殺されても大してショックはなかった。再インストールするって決めてたしね。


「んー、でも、お気に入りボイスの断末魔もなかなかイイかも……」


 イケボの呻き声をせめてもの慰めとした。


―――――――――――――――――――――――――――――

 第一ステージ『アンバルハル辺境――アコン村殲滅戦』終了

―――――――――――――――――――――――――――――


・残存数

 農耕兵 7

 魔族  0


 勝利  人類(村人)

 敗北  魔族(黒騎士アディユス)


◇◇◇


 アドベンチャーパートが始まった。


 魔王城では残された幹部二人がアディユスの敗北を知り、狼狽していた。


 鬼武者ゴドレッドは沈痛な様子で頭を垂れ、殺戮蝶リーザ・モアはその糸目を大きく見開いた。


『たかが村人に殺されたですって? あのアディユスが?』


『信じられん……。確かに我らはまだ眠りから覚めて日が浅く、かつての力の十分の一も発揮できておらぬ。だとしても、ひ弱な人間どもに返り討ちにあうほど衰えてもおらぬはず。もしや、その村にはすでに勇者がいたのではあるまいか?』


『……そうね。そういうことなら納得がいくわ』


 そこへ、魔王が口を挟んだ。


『残念ながら、アディユスはたかが村人風情に討たれてしまったのだ……』


『なっ……!? その話、本当でしたの!?』


『魔王様、一体何が起きたのですか? なぜ村人がそれほどまで強くなれたのでしょうか? やはり勇者が裏で手を引いていたのでは?』


 魔王はすべてを見通すかのように真相を語り始める。


 それはプレイヤーへの解説というよりも、いま思い返せば、私個人に充てたメッセージでもあったのだ。


『勇者ではない。人間どもに知恵を授けたのはこのゲーム【魔王降臨】に侵入してきたイレギュラーだ……』


『……ご無礼ながら魔王さま。げえむ? いれぎら? とは何でありましょうか?』


『バグだ』


『何をおっしゃっているのかわかりませんわ』


 ……なに? このメタな会話?


『奴の名は【アニ】……私のお兄ちゃんだ』


 …………

 ……




「は?」


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