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湖畔にて②

この章は第28部分~第29部分の間に起きた出来事です。

時系列が前後して申し訳ありませんが、ご了承ください。


 数刻前――。


 アニたちが到着するよりも先に、同じく湖畔にやってきた別の訪問者が二人いた。


 一人はルドル・グイズ。馬に長時間乗っていたせいで尻に激痛が走り、がに股歩きを余儀なくされていた。


 森の中を、棒切れを振り回して歩いていく。


「何で僕がこんなことしなくちゃならないんだ! それもこれもみんなあいつらのせいだ……!」


 行く手を遮る木の枝や蜘蛛の巣を払い除け、確かな足取りで目的地を目指す。


「ぼ、坊ちゃま、お待ちください! あ、あっし、腰がもう……!」


 もう一人はグイズ家に仕える下男の男。ルドルが幼少期から何かにつけて便利に扱き使ってきた家来である。こちらも馬に乗り慣れていないこともあって腰を大いに痛めていた。


 二人はアニたちがいる場所の対岸にある森の中を突き進んでいた。


 ルドルは仮にも貴族の御曹司。このような場所に下男だけしか連れてきていないのは本来ありえないのだが、それには深刻な事情があった。


 ルドルが普段従えている使用人は良くも悪くもグイズ家に忠誠を誓っており、延いては父に仕えているわけで、ルドルには義理だけで接しているにすぎなかった。なので、先日開いた舞踏会で王女に行った数々の非礼と、使用人に悪党の真似事をさせるといった暴挙を余すことなく父に告げ口されており、危うく勘当される一歩手前であった。


 というわけで使用人からは愛想を尽かされている上に、今度告げ口されたら洒落にならないので連れて来られなかったのである。その点、下男は保身のためなら主を差し置いて逃げ出すようなゲスであり、不利と見れば知らぬ存ぜぬを平気で貫き通せる、ある意味口の堅い男であった。悪巧みに利用できるのはもはや下男しかいなかったのである。


 悪巧み――そう。ルドルはアニに仕返しがしたくてここにいる。


 貴族社会というものは広いようで狭く、深いようで浅い。少なくともルドルたち御曹司が共有する情報網はどんな些細な出来事も筒抜けである。


 王女同伴のピクニックの話も、誘われた令嬢たちが自慢するので予定日よりも早くその噂は広まった。下心を持つ御曹司どもは偶然を装って先回りしようと企むが、合わせて知らしめた王女付きの護衛や占星術師が引っ付いてくるという情報が御曹司どもを牽制した。湖にアニたち一行以外の姿が見えないのはそのためだ。


 ルドルにとってはアニを抹殺する千載一遇のチャンス。それどころか、王女に恩を売る絶好の機会でもあった。ルドルはあの夜に叶わなかった騎士の真似事を再演しようと目論んでいた。


「ぼ、坊ちゃま、その場所は、ど、どこに、あるんです!? 一体いつ、着くんですか!?」


 下男が息も絶え絶えに訊いてきた。森の中を歩くこと二時間弱。目的地にはまだ至っていない。


「もうすぐだよ。…………たぶん」


「た、たぶんて……」


「うるさいな! 僕の言うことが信用できないっていうのかよ!?」


「そ、そういうわけではっ」


 信用できない、とはっきり言わない下男も悪い。そして、ルドルが考える悪巧みは大抵がしょうもなく、ろくな結果にならないことも長い付き合いから知っている。無事に帰りたい――下男の望みはもはやそれだけであった。


 唐突にルドルが立ち止まる。古い地図を広げてうんうん頷いた。


「ここだ……! やっぱり本当にあったんだ!」


 目の前には巨大な洞窟が広がっていた。まるで大地の魔物が獲物を捕食しようと口を開けているかのようだ。


「こ、こんな不気味なトコで何をしようってんですかい!?」


「ふふっ。まあ聞けよ。これはグイズ家に古くから伝わっている昔話さ。僕のじいさんのそのまたじいさんだったかな? 百年前の人魔大戦のとき、この辺りの領主だったんだって。で、当時は珍しくもない魔法使いだったご先祖は、領地を守るために魔族と戦っていたんだ」


 ランタンに火を灯し、洞窟に入っていく。怯える下男も渋々ルドルに付いていく。


 洞窟内はさらに広く、空洞は本当に地底深くまで繋がっていそうだった。ルドルの声が不気味に反響した。


「あるとき、とんでもない魔物が現れた。巨大で強くて賢くて、おまけにどんな魔法でもビクともしないような怪物で、この辺り一帯はそいつに壊滅させられそうになった。ご先祖とそこに住むひとびとは絶体絶命の危機に陥ったんだ。でも、希望はあった。なぜなら、伝説の勇者【英雄ハルウス】が駆けつけてくれたからさ!」


「おお……っ」


 英雄ハルウスの冒険譚を聞かずに育った者はアンバルハルにいない。下男もまたかつては英雄ハルウスに憧れて棒切れを振っていた少年であった。仕えているグイズ家の先祖がハルウスの加護にあったという事実に年甲斐もなく興奮した。


「で、では、ハルウスがその魔物は退治したんですかい!?」


「それがさ、あのハルウスをもってしても魔物は倒せなかったんだ。ハルウスと魔物の戦いは七日にわたって続いたんだけど、結局、ハルウスは魔物の息の根を止めることができなかったんだって」


「そんな……っ。じゃあ、その魔物はどうなったんで!?」


「焦んなって。その答えがこの洞窟にあるのさ」


 洞窟はただまっすぐに続いていた。


 しばらく歩いた後、突如として目の前に巨大な岩が行く手を塞いだ。


 岩がゴゴゴゴゴと鳴っている。かすかに地面も揺れていた。


「な、何の音ですかい!? この地鳴りみたいなのは!?」


「ふ、ふふ、やっぱり伝説は本当だったんだ……! 聞いて驚け。ハルウスが戦った魔物の正体とは、なんと究極の生物――ドラゴン! ハルウスは倒せなかったドラゴンを最後にはこの洞窟に封印したんだ!」


「っ!? も、もしかして」


「そうとも! こいつがそのドラゴンだ!」


 ランタンの光を奥のほうに向ける。壁と思っていたそこには折り畳んだ翼があり、さらに上部には角のような突起がわずかに見えた。反対側を照らせば明らかに尻尾とわかる部位が岩と同化している。


 巨大な生物が丸まって寝ていた。気が遠くなるような年月を寝て過ごしてきたのだろう、体中が苔むしている。しかし、それは間違いなく生きていた。


 寝息の振動が地面を揺らしていた。


「ひ、ひいぇえええ……」


 下男が腰を抜かした。ルドルは顔こそ引きつっているが、強がるようにして笑った。


「くくく。僕はこいつに掛けられた封印を解きにきたのさ」


「な、何ですって!? おやめください坊ちゃま! そんなことしたら食われちまいますよお!?」


「大丈夫だって。おまえ、僕が考えなしにこんなとこまでやってきたと本気で思ってんの? ほんとおまえって馬鹿だよなあ」


 馬鹿はおまえだ、と下男は思う。ルドルは下男の非難する目つきには一切気づかずに、懐から香炉を取り出した。


「これはグイズ家の家宝で魔物を使役することができるマジックアイテム――【魔操の香】。こいつを使ってドラゴンを操るぞ!」


「そんなことができるんですかい!?」


「できるさ。こいつを使ってハルウスはドラゴンを眠らせたんだ。ただの昔話だと思っていたけど、代々伝わる地図の場所に本当に洞窟があり、実際にドラゴンが眠っていた。てことは、このマジックアイテムの威力も本物ってことさ」


 ルドルの言うことは正しい。マジックアイテム【魔操の香】は本来魔王軍が野生の魔物を使役するのに活用する。使用者が人間であってもその効力は変わらない。香の支配を受けた魔物は使役者の命令に絶対服従となり、「永久に眠れ」と命じられればこのようにドラゴンであっても眠り続けてしまう。


 香炉の中の【魔操の香】に火をつける。香炉から香りがし出すと、瞬く間に洞窟中に香りが充満した。


 ルドルは思わず顔をしかめた。


「なんてニオイだ。臭いってもんじゃないね。くそ、服にニオイが付いたらどうしてくれるんだ! この服高いんだぞ!」


「ぼ、坊ちゃま……、ドラゴンのイビキが聞こえなくなったんですが」


 下男の言うとおり、地鳴りすら止んでいた。


 すると、ドラゴンの体がゆっくりと起き上がった。『グウウウウ』と唸り声を上げ、尻尾をバガンッと地面に打ちつけた。眠りから目覚めた動物がするのと同じように背筋を伸ばし、首をもたげた。


『オォ……オォオォオオオオオオ……!』


 口から熱風が吐き出された。欠伸をした後のただの吐息は暴風となってルドルたちを地面に転がした。そうしてようやくふたりの人間に気づいたドラゴンは、その目を真っ赤に光らせた。


『我が眠りを妨げたのは貴様らか?』


「……っ!」


 ルドルは怯えながらも声を張り上げた。


「そ、そうさ。こここ、この僕がおまえを起こしてやったんだ! さあ、僕の言う事を聞け! 僕の家来になれ!」


 ドラゴンを家来にしアニたちを襲わせ、今度こそヴァイオラにカッコイイところを見せるのだ。


『……』


 沈黙が下りる。ドラゴンの頭にルドルの命令が入っていく。


 ハルウスによって眠らされたドラゴンは、再び【魔操の香】を嗅がされたことで新たな命令に上書きされることになる。絶対命令を可能にするアイテムだ、ドラゴンに拒否権はなかった。


 ルドルの認識は正しい。だが、一つだけ認識不足な点があった。


『我が貴様の家来になるだと? 身の程を知らぬ人間め。我を愚弄するかッ!』


 爪を振り上げると、ルドルが居た地面を引っかいた。慌てて逃げたルドルと下男は地面に這いつくばったままドラゴンを見上げた。


「ひ、ひぃいい!? な、何で!?」


『香で目覚めさせたことには感謝しよう。だが、貴様ごとき下等な人間に我を従わせることはできぬ。我を従わせたくば魔王か勇者にでもなるのだな』


 ――そう。ルドルには知る由も無いことだが、【魔操の香】の効力には使用者のレベルが反映されるのだ。低レベルの人間に高レベルのモンスターを操ることはできない。つまり、今のルドルにはドラゴンはおろかどんな雑魚モンスターであっても操ることはできなかった。


『目覚めさせた礼だ。せめて苦しまぬように殺してやろう! ――ぬ?』


 永い眠りから目覚めたばかりのドラゴンはなまった体をうまく動かすことができない。その隙にルドルと下男は逃げ出した。


「た、助けっ! た、助けてぇええええ!」

「ま、待ってくだせえ! 坊ちゃまぁ――――ッ!」


 ようやく体の動かし方を思い出す。ドラゴンは暗闇の先から吹き込んでくる外の空気に総身を震わせた。


(目覚めさせたのは人間。ということは、世界は人間によって征服されたということか)


『ふっふっふ。久方ぶりの外界だ。どれ、手始めに今いた人間の国を滅ぼすとするか』


 同胞や魔族を探し、今の世の状況を確認するのはその後でいいだろう。



 最古のドラゴンが復活した!


――――――――――――――――――――――――

 エルダードラゴン LV.30

          HP  3000/3000

          MP   999/999

          ATK  350

          MTK  400

――――――――――――――――――――――――



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