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湖畔にて①

この章は第28部分~第29部分の間に起きた出来事です。

時系列が前後して申し訳ありませんが、ご了承ください。


 王都アンハルを早朝に出て五時間余り、ようやく辿り着いたのがこの湖だった。湖面は澄んで美しく、湖岸には花畑が広がっており、この世の物とは到底思えないような光景が広がっている。時間を掛けてまで見に来た甲斐は確かにあった。


 しかしだ、このくそ忙しい時期に王女が二人も揃って保養に訪れるほどかと言われれば甚だ疑問である。場所が問題なのではない。そもそもの話、ピクニックなどに現を抜かしている場合かと問いたい。


 アニがぶつぶつ文句を言っていると、アテアは我慢の限界とばかりに怒鳴った。


「だったら付いてこなかったらよかっただろ!?」


「おまえが無理やり連れてきたんだろうが!」


「あーもう、女々しい奴だなあ! 一度来ると決めたんなら蒸し返すようなこと言わないでよね! せっかく景色を見て感動しているのに台無しじゃないか!」


「景色の前に見るべきもんがあんだろ! さっさと俺の縄を解けコラッ!」


 今朝、夜も明け切らない時分に、寝室の窓をぶち割って侵入してきたアテアに拉致られて――今に至る。魔法で逃げられないようにと胴体を縄で縛る徹底ぶりだ。


 馬ではなく馬車に乗せられたのは不幸中の幸いであろう。さすがにアテアも縛ったままの危険な状態で馬に乗せたり引き回したりするような真似はしなかった。


 安心したせいか馬車の中では到着するまで熟睡させてもらった。同乗していたアテアとヴァイオラが終始不機嫌だったのは、たぶん俺のせいじゃない。


 そして、馬車から降ろされた今、囚人よろしく縄で引かれてアテアと湖畔を散歩しているのだった。


「……今さら逃げようなんて思わねえよ。いいから縄を解け」


「やだ! 君の言うことは信用できないもんね! もうしばらくそうしてなよ」


「ったく。何なんだよ一体。わけがわからん」


 だが、来てしまったものはしょうがない。いくら文句を言ったって失った時間は取り戻せないし、馬車以外に足がない以上アテアたちの保養に付き合うほかなかった。


 同行者はアテアとヴァイオラ、それにアコン村のリリナとアテアの友達の令嬢が三人、さらに令嬢たちの侍女とバルサ王家の兵士が複数人、それぞれの馬車を操る御者がいて、総勢二十名の大所帯である。もっとも、兵士や御者は移動中以外は待機を命じられているので、湖畔にいるのはアニを除けば女しかいないことになる。


 侍女はテーブルやパラソルをセッティングしている。リリナを含めたヴァイオラたち令嬢は一つの馬車に入って何やらごそごそしていた。一体何の準備をしているのやら。


 湖をぐるっと周る。しばらく歩いていくと、アニたちが拠点とした湖岸の真正面に当たる対岸に到着した。そこは森の入口で、二頭の馬が木に繋がれていた。


「荷馬じゃないな。荷物も少ないし。地元の人間の馬だろう」


「この仔たちに乗ってきたひとたちは森の中に入っていったのかな?」


「たぶんな。果実か薬草でも採りにきたんじゃないか。――なあ、そろそろ戻らないか? 見回りはもう十分だろ。さすがにこれ以上ヴァイオラたちを放置できない」


 護衛役でもあるアニとアテアが二人してヴァイオラたちから離れすぎているのは明らかに問題だ。アテアは素直に頷いた。


「そうだね。戻ろっか。もうそろそろ頃合だと思うし」


「?」


 来た道を戻りながらも、アテアはしきりに馬が繋がれた森の入口を気にしていた。


◆◆◆


 拠点作りはすでに完了していた。王族や貴族の使用人ともなると、キャンプの設営やそこを癒しの空間に着飾ることもスキルの一つとして身につけておかねばならないのだろうか。ただお茶の用意をするに留まらず、火を起こし食材を串に刺してバーベキューの準備も万端、パラソルとビーチチェアを並べて南国風に、地面を均して歩きやすくするばかりかマットまで敷いて寝転べるスペースまで完備。自然豊かな湖畔があっという間にリゾート施設に早変わりしてしまった。大きい湖なので波音が立ち、今日の陽気の良さも手伝って本当にリゾート地に来たのかと錯覚させられる。


「占星術師さまはこちらへ。間もなくお嬢さまたちが出てこられます」


 令嬢付きの侍女のひとりがそう言った。脇に退いて控えろと暗に命じていた。

 なんのことだ? 怪訝そうにしていると、アテアが勝ち誇ったように言う。


「本当は君みたいなひとになんて見せたくなかったんだけど、今日は気分がいいから許してあげるね。姉さまに言うこと聞いてもらえるなんて滅多にないんだから!」


 それこそなんのことだ?


 ますます首を捻っていたそのとき、馬車のほうから砂利を踏む音が聞こえた。令嬢たちが次々とこちらにやってくる。――は?


「お待たせしました~!」

「あら素敵ね! ただの湖だったのにまるでマジャン・カオの浜辺にいるみたい!」

「マリーたちが準備してくれたのね! ありがとう!」

「お褒めに預かり恐縮にございます。お嬢さま」


 マリーというのは声を掛けた令嬢の専属の侍女の名前らしい。


「お嬢さまの水着もよくお似合いでございますよ」

「きゃあ! いやだわ恥ずかしい! マリーも一緒に着替えればよかったのにぃ!」

「滅相もございません。今日はお嬢さま方に心から楽しんでいただきたく存じます。わたくしどものことは家具の一部と考え無視してくださって結構です」


 すると、マリーがこちらをキッと睨みつけた。


「占星術師さまのことも周囲の森を構成する木々の一つだと思ってください。あるいは湖に棲息する魚か、地面を這う虫けらか。恥ずかしがる必要などないのです。どれだけ下卑た視線で見られようともあれは男ではありませんから」


 ひどい言われようである。モブでメイドのくせしてキャラ立ちしてんじゃねえよ。


 だがまあ、なんだ。たとえ下心がなくとも目の遣り場に困るのは確かだった。


 令嬢たちは皆水着を着ていた。肌面積が小さいワンピーススカートなどではなく、なぜか現代風のデザイン性ある水着だった。しかも、高貴な身分なんだからもう少し自重しろと言いたくなるほど素足を露出している。


 そういえば、正規版のゲーム内でも舞台が【南境マジャン・カオ】だと海水浴イベントが発生し、キャラクターが水着姿で登場していたっけ。いわゆるサービスカットというやつで、そこだけは時代設定とか世界観とか無視したキャラデザだった。そういうところは都合よくできている。……ま、ゲームだしな。あれこれ指摘すんのは野暮というものだ。


 とはいえ、三人の令嬢はそれでも大人しめの水着を着ていた。スカートのないワンピースタイプだが首元からフリルを垂らして胸のラインを隠している。これで腰にパレオを巻けば夏服とほとんど変わらないだろう。


 大した刺激じゃない。現実世界に引き戻された気がしたから戸惑っただけで。

 この程度ならどうということはない。


「リ、リリナ待て! やっぱり私には無理だこんな格好!」


「ヴァイオラったら、今さら怖気づいてもしょうがないでしょ。ほら、皆さんを待たせているんだから早く!」


「し、しかしだな」


 馬車から首だけ外に覗かせるヴァイオラと、ヴァイオラの手を引いて外に連れ出そうとするリリナ。あいつらもやっぱり水着に着替えたのか。


 リリナは村娘というだけあって令嬢たちほど保守的ではない。見るも眩しいセパレートタイプだった。肩もヘソも出しているがいやらしさはなく、多少肌を焼いているせいか陸上競技のアスリートのような健康的な魅力にあふれている。


 リリナはヴァイオラの手を引くのを止め、もーっ、と溜め息を吐いた。


「ずっと馬車の中に隠れているつもり? それじゃあせっかくの水着が台無しよ。今日のために新調したんでしょ? 誰かさんに見てもらわないともったいないわ」


「べ、別に見せたいわけじゃない! それにこれはアテアが選んだもので私が着たかったわけじゃ、――ハッ!?」


 ヴァイオラと目が合う。……と、ヴァイオラはさらに馬車の中に引っ込んだ。


「あ、ちょっとヴァイオラ!? もう、いい加減にしなさい!」


 ここまで駄々を捏ねるヴァイオラも珍しい。同年代の女子の囲まれて歳相応にまで精神年齢が下がったか。たかが水着で大袈裟な、とは思うが、堅物なあいつにとって人前で水着姿を晒すということはかなり高いハードルなのだろう。


 業を煮やしたリリナがアテアを呼んだ。


「アテア様! お願いします! ヴァイオラを外に出すの手伝ってください!」


「よしきた! こういうのはね、身を隠す場所がなくなれば解決するものさ!」


 そう言うと、おもむろに腰の剣を抜き、上段に構えて刀身をオーラで黄金色に染め上げた。


「姉さま、車内では端っこのほうに寄っていてね! なるべく車の中心から真っ二つにするから!」


「待て待て待て待て!」


 車の外と中で同時に制止の声が上がった。俺とヴァイオラである。俺は慌ててアテアの腕を掴んで剣を下ろさせた。


「こんなことで馬車一台ふっ飛ばすとか正気かおまえ!?」


「ふっ飛ばさないよ! 真っ二つにするだけ! 手加減するってば!」


「姉が乗ってる馬車を斬るところからして発想がおかしいんだよ!」


 あかん。こいつ、想像以上に脳筋だ。


 馬車からも溜め息交じりの呆れた声が聞こえた。


「……アテアが何をするかわかったものじゃないな。すまなかった。今、外に出る」


 そうして、ヴァイオラはついに観念して馬車から降り立った。


「――」


 その場にいる全員が息を呑んだ。ヴァイオラの水着は、フリルのスカートが付いているものの、胸元はV字に開いた黒ビキニであった。ところどころ施されたレースが白い肌を浮き立たせ、ささやかな胸元が余計に背徳的な色香を漂わせている。水泳用ではなく明らかに見せるための水着であり、大人びた黒がまた艶かしく周囲の視線を引きつけた。


「キャ――――ッ! 姉さまステキィ――――ッ! やっぱりボクの目に狂いはなかったよ!」


 確かによく似合っている。ヴァイオラのキリッとした精悍な言動を表したかのような色とデザイン。そんな中、フリルのスカートが乙女な一面までも補足する。完璧に近いオーダーだった。


 ……冷静に分析している場合じゃなかった。こっちでも現実世界の片鱗に触れた気がしてテンションが上がってしまったようだ。


 ヴァイオラが俺のほうを見て恥ずかしそうに身を捩らせた。


「ど、どうだろうか?」


 俺にだけ訊いてきた。そこでようやく、ヴァイオラは俺の評価だけを気にして隠れていたのだと気づいた。――そりゃ、ここまで女の子らしい格好をすれば嫌でも男の目を意識してしまうよな。


「よく似合ってるぞ。綺麗だし、正直見惚れちまった。何よりエ、――絵に残して飾っておきたいくらいだ」


 さすがに、エロい、とは言えなかったが、そういう魅力もあるにはあった。


 ヴァイオラは顔を真っ赤にして叫んだ。


「そ、そこまで褒められるとお世辞にしか聞こえないぞ! もういい!」


 俺の評価を聞いてようやく吹っ切れたらしい。お守りのように握っていたタオルを馬車の中に放り込むと、パラソルのほうに歩いていった。


 リリナが肩を叩いてきた。


「ありがとう、アニ。私が言うのも変だけど、アニのおかげでヴァイオラ最近元気がいいみたいなの。これからもそばにいてヴァイオラを支えてあげてほしいな」


 感謝される謂われはないし約束する必要もなかったが、リリナには頷いておいた。


 水着のお披露目が終了し、満を持してバーベキューパーティーが始まった。侍女が用意した飲み物を思い思いに手に取っていくお嬢さまたち。


「いやいやいや、ちょっと待たないか! 真打は最後に登場するものだろ!」


 アテアが全員に向かってそう言った。


「おい、アテア。護衛役は巡回に行かなくちゃなんだぞ。いつまでここにいる気だ?」


「ボクもパーティーの参加者だよ! ていうか、企画したのボクなんだけど!?」


 王宮を出たときから軽装で、特に荷物も積んでいなかったから今日は護衛に徹するものと本気で思っていた。それか、こいつだけ水着はナシとか。


「ふふふん! 浅はかだな、君は!」


「なんだと?」


「とくとご覧あれ! 今日のボクの戦闘服はこれだ!」


 着ていた洋服を剥ぎ取った。なんと下に水着を着ていたのである! ……小学生か。


 姉にセクシーな水着を選んだだけあって、アテアの水着はさらに露出度が高かった。カラフルな紐ビキニで布地面積が狭く、キツキツに押さえつけられた胸と、ショーツ紐が食い込んだヒップ。あまりの防御力の低さにいろいろと心配になる水着であった。


「どうよこれ!」


 アテアの大胆な脱ぎっぷりに女性陣は「わあっ」と感嘆した。いや、脱ぎっぷりにではなくたわわに実った乳房に驚嘆しているように見えた。確かに真打と呼ぶに相応しい貫禄がある……ような気がする。


「どうだい、占星術師君!? ボクの水着姿は!? 決まっているだろう!? さあ、褒めてくれていいんだよ!? ほれ! 遠慮しないで率直な感想を言えーぃ!」


「エロいな」


「最低だあ! どうしてボクだけそういう感想になるのさ!?」


 率直な感想がそれだけなのだから仕方ないだろ。正直、肉付きの良さしか印象に残りそうにない。


 ただ、中身が幼すぎて邪な気持ちが一切湧いてこないってのが、重ねてアテアの残念なところだろう。こいつにヴァイオラの十分の一でも恥じらいや女らしさがあれば魅力も増すと思うのだが。


「くうっ! やっぱり男はみんなケダモノなんだ!」


「そう思うなら少しは自重しろ。ところでおまえ、替えの下着は持ってきているのか?」


「……下着?」


 アテアはしばし思案すると、ピタリと固まってしまった。嘘だろ。そんなお約束までかますなんて。……完全に小学生だな。


「あーあ、塗れた水着で帰るハメになるのか。気持ち悪いだろうなー」


「だ、だったら水に入らなければいいだけだもん! 乾いていれば下着を穿いてるのと変わらないもんね!」


「そうすると、おまえはいま下着姿で外に出ていることになるな」


「ひゃあ!? 急に恥ずかしくなってきたよ! ていうか、そういう目で見るなよキモイ!」


「そうそう。そうやってちょっとずつでも恥じらいを学んでいけ」


「その上から目線、ほんとムカつくーっ!」


「おーい、ふたりとも! 肉が焼けたぞ! 食べないのかーっ!?」


 ヴァイオラが呼んでいる。いつの間にか各々で食事を楽しんでいた。


 令嬢たちのバカンスに混ざるつもりはさらさらない。俺は串を数本手に入れると、離れた場所でひとり食事を取った。


◆◆◆


 ヴァイオラやリリナ、令嬢たちが水遊びに興じていた。キャッキャッとはしゃぐ声はヴァイオラがまだ十八歳の女の子であることを教えてくれる。


 偶にはこういう日も悪くない。気を張ったまま戦いが始まれば、どこかで必ず限界が訪れる。ヴァイオラに倒れられたらおしまいだ。そうならないためにも、こういう息抜きを今後も適度に取っていこうと頭に入れる。


 だが、俺まで休むわけにいかなかった。今できることはなるべくしておかなければ。


 御者に頼んで馬の世話を買って出る。この世界では馬がポピュラーな移動手段だ。今のうちに乗馬や世話にやり方に慣れておかないと後々苦労することになる。


「占星術師君は遊ばないのかい?」


 アテアだけ遊びの輪から外れてやってきた。


「おまえこそ、姉ちゃんたちと遊ばなくていいのか?」


「ボクが水を掛けると津波になっちゃうからね。さすがに無理だよ」


 たはは、と困ったように笑う。それはそれで楽しそうだけどな――そう思ったが、下手したら死人が出るかもしれないので口には出さないでおく。


「君は馬の世話? 変なやつだよね。面倒くさがりなのか真面目なのかよくわかんないや」


「どっちも当たってるぞ。面倒事が嫌いでそれを回避するために努力しているんだ。楽するためには真面目じゃないとな」


「意味わかんないや」


「こっちも訊きたいんだが、王都に馬を貸してくれるところってあるのか?」


「貸し馬車のこと? 町にならどこにでもあるんじゃないかな」


「そうか。近いうちに見に行ってみるかな」


 それからしばらくの間、馬を世話しつつ馬の扱いの練習をした。


◆◆◆


「? アテア、どうした?」


 急に大人しくなったと思ったら、アテアは対岸を眺めてじっと佇んでいた。


「ボク、ちょっと向こうを見てくるよ」


「は? ――お、おい、そんな格好で出歩くな! せめて上から何か羽織れ」


「嫌だよ、暑いもん。大丈夫だよ。人なんていないし誰にも見られないよ」


 そう言ってすたすたと歩いていく。俺は溜め息を吐きつつ頭をかいた。


「……森の入口に馬が繋がれていたこと、もう忘れてないか?」


 地元の人間がいるかもしれなかった。いくら勇者だからって王女のあられもない姿を見せるわけにいかない。


「待て。俺も行く」


 馬鹿なことをしでかさないように見張っておかなければ。


 俺はアテアの後を追いかけた。



 しかしこの後、とんでもない化物と戦うことになるのだが……。このときの俺は知る由もなかった。


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