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舞踏会にて②

この章は第28部分~第29部分の間に起きた出来事です。

時系列が前後して申し訳ありませんが、ご了承ください。


「くそくそくそ、くそ――っ! あの使用人め! 僕に恥をかかせやがってぇ!」


 パーティー会場になおも響く陽気な音楽と参加者の歓声。それを、主催者であるはずのルドルは会場から離れた裏庭の陰で聞いていた。ヴァイオラがいなくなった後、居たたまれなくなってここまで逃げてきたのである。


「ふざけやがってぇ! 絶対にぶっ殺してやる!」


「ルドル坊ちゃま……、言葉遣いが乱暴でいらっしゃいますよ。誰に聞かれるかわかりません。どうか冷静になってくだせえ」


 下男がそう言って宥めるが、ルドルは「うるさいな!」と男を蹴って黙らせた。歯噛みする。こんなはずじゃなかった。今夜、何もかも手に入れるはずだったんだ。


 ルドルは、昔は許婚候補という肩書きを鬱陶しく感じていたが、遊びにも飽きたこの頃では将来王位を継承するのも悪くないなと一転欲望を膨らませるようになった。ヴァイオラ王女もかつては堅物で苦手な類だったが、今となってはその性格も屈服させる楽しみの一つだ。何より、あの美貌を好きにできるなんて考えただけでも劣情を催す。


 勝算ならあった。女遊びで磨き上げられた直感がヴァイオラの押しの弱さをすぐに看破した。男慣れしていないのは腰を抱いたときに身を固くしたことですぐにわかったし、王女という立場を気にしてか態度や行動にところどころ虚勢が張り付いていた。自分に自信がないことの裏返しである。おそらく依存しやすい性質で、無理やりにでも押し倒して事に及べば、その後はきっと従順になるだろうという見立てだ。


 だから強引に誘った。男なんかに屈するものか、という反抗心をあえて刺激したつもりだった。それでうまくいくはずだったのだ。しかし、予想外にもヴァイオラは、噂に聞く『鉄血姫』の勇猛さは鳴りを潜め、女の子らしい弱々しさを垣間見せた。その顔をルドルは知っている。その顔は、すでに縋るべき相手を見つけている女にしかできない顔だった。


 そしてそれは、――これも直感だが、ヴァイオラを連れ出したあの使用人ではなかろうか。おそらくヴァイオラはあの男に惚れている。自覚の有る無しまではさすがにわからなかったが。


 王位も王女も手に入れるにはあの男は邪魔だった。


「おい、今すぐ警護の人間を七、八人集めろ。そうだな、なるべくガタイがよくて人相が悪い奴がいいな」


「ど、どうするおつもりで?」


 決まってるだろ、とルドルは悪い笑みを浮かべた。


「僕をコケにしてくれたことを後悔させてやるのさ!」


◆◆◆


 救護室のベッドを借りて使用人の一人を寝かせる。彼女はアテア付きの侍女であったが事情を話すと協力してくれた。他にも付き添いはいたが、大勢で救護室を占拠していてはヴァイオラも落ち着かないのでそれぞれの待機場所に戻した。


「それで、わたくしはいつまで仮病を演じていればよいのでしょうか?」


 侍女がヴァイオラを見上げながら小声で訊ねた。ベッドを挟んで立つアニとヴァイオラは顔を見合わせた。


「どうする? このままお暇するのもアリだぞ」


 ヴァイオラは首を横に振った。


「……この上、私が中座して帰ればルドル殿の面目が潰れてしまう。最後まで残ろう」


 嘘デタラメでパーティーを白けさせてしまった負い目もあるし、貴族との付き合いにも配慮しなければならない。これ以上の無礼はさすがに王女であっても働けない。


「なら、もうしばらくここで時間を潰すとするか」


 腰を下ろして気を抜いたのも束の間、救護室に初老の男が現れた。グイズ家の下男だろう。ほかの使用人と違い作業服を着ていた。


「あ、あの、王女さま、大変申し訳ねえのですが、い、一緒に来ちゃいただけませんか?」


 恐縮するようにぺこぺこと頭を下げた。


「一体どちらへ?」


「それがそのぅ、ア、アテア様がお酒に酔って暴れてまして。アテア様は勇者様でもありますんで、そのぅ……」


 身分的にも体力的にも取り押さえることが難しい、と。


 あのバカ、とアニとヴァイオラは同時に口にした。


「行ってくる。アニは彼女を看てやってくれ」


「いや、俺も行く。アテアを宥めるのは俺のほうが慣れている」


 何より、ヴァイオラを一人で行かせることのほうが心配だった。どこでまたルドルと鉢合わせるかわからない。


「案内を」


「へ、へえ。ではこちらへ」


 下男についていく。グイズ家の私有地は広く、パーティー会場のほかに本邸と別邸とルドル用の自宅まであるというから、ひとりきりだと迷子になりそうだ。幸い、今夜は満月で空が明るい。人影もばっちり見えるので置き去りにされる心配はない。


 裏庭のほうまでやってくる。パーティーをしていた会場からずいぶん離れてしまった。


「さっきまでこの辺りをふらついていたんですが」


「アテアーっ! どこだーっ! アテアー!」


 ヴァイオラの呼びかけにも応答はない。


「私だ! 出てくるんだ、アテア!」


「あ、あの! あっし、あっちのほうを見てきます! お二人はここに居てくだせえ!」


 下男は慌てた様子でそう言い残し、元来た道を走っていった。


「……」


 何だ? 何か不自然だ。アテアが酒に酔って暴れているってのはありそうな話だが、それにしたってその対処に動いているのがさっきのおっさんが一人だけ? 曲りなりにも一国の王女が痴態をさらしているのだ、もう少し騒ぎになっていてもおかしくないのに。


 まさか……。


 そのとき、道の生垣の陰から複数の人影がぞろぞろと現れて二人を囲んだ。


「? 何だ、貴方たちは?」


 ヴァイオラの質問には誰も答えなかった。よく見れば、全員が余所行きの外套を被り頭巾で顔を隠している。ならず者、無法者に相応しい記号でとてもわかりやすい。不穏な空気を感じ取り、ヴァイオラはアニのそばに駆け寄った。


「何なんだ、こいつらは……。どこから入り込んだ?」


 ヴァイオラは外から入ってきた不審者だと思ったようだ。本当にそうならグイズ家の警備が如何に杜撰であるか露呈した格好である。正直、考えられない事態だ。


「物盗りだろうか」


「王女を狙う反逆者って線もあるな」


「そうか。私だけが狙いならほかの者たちはひとまず安心だな」


 こんなときでも民が一番か。それなのに民の前では怖気づき、政敵が相手ならいくらでも勇ましくなれるなんて、つくづく皮肉なことである。


 人影がじりじりと詰め寄ってくるのをヴァイオラと背中合わせに警戒した。


「アニ、どうする? 逃げるか、戦うか」


「そうだなあ」


 もっとも、こいつらはどうせグイズ家の使用人で、ルドルの命令で俺たちを襲わせているのだろうが。目的は単なる意趣返し。そう考えたら、下男の態度やこいつらが出てきたタイミング、服や顔を隠していることにも説明が付く。


 であれば、ヴァイオラに危害を加える可能性は極めて低い。狙いはあくまでアニだけで、こっちは命の危険が伴った。――そりゃ、許婚候補からしてみれば俺なんて邪魔な存在でしかないわな。


 死ぬのは御免だ。かといって、グイズ家の使用人に怪我を負わせたら後でどんな言い掛かりを付けられるかわかったものじゃない。というわけで、


「逃げるぞ。振り落とされないようにしっかり掴まってろ」


 ヴァイオラの肩に腕を回してきつく抱き寄せた。


「こ、こら! 人前だぞ!? 今くらい自制しないか!?」


「いや、人前ってトコだけを気にしてんじゃねえよ。それと、俺を普段から盛ってるみたいに言うんじゃねえ。いいから、俺の首に掴まってろ。跳ぶぞ」


「へ?」


「《風脚》」


 バシッと地面を蹴った。風が巻き起こり、フワリ、と体が浮き上がる。


 風の推進力を使った大跳躍。


 人垣を軽々跳び越えて、パーティー会場までひとっ飛び。



 月光に照らされた二つの影。

 折り重なり、行く手を阻むものは何もない。



「わあ――」


 ヴァイオラが咄嗟に首に抱きついてきた。お姫様だっこの格好だが、ヴァイオラは特に気にすることなく大きく迫った満月に感嘆の声を上げた。


「アニ、空まで飛べたのか? すごいじゃないか! まるで魔法使いだ!」


「これは飛行じゃなくて跳躍だし、前にも見せたことあるんだけどな」


 アテアと戦ったときに一度使っている。が、これはあのときの改良版でさらに練習して錬度も上げている。――ま、どうでもいいか。


 会場の屋根の上に着地する。ヴァイオラを下ろすと、縁まで移動し敷地内を見下ろした。


「アテア、どこに行ったんだ……」


 ヴァイオラはまだ下男が言ったことを信じていた。さっきの不審者どもがタイミングよく現れたことといい、繋げて考えられないものか。……考えられないんだろうな。こいつ、いつか騙されそうだ。


「アニ、ここから下ろしてくれ。ルドル殿にも先ほどのことを報告しないと」


「それなら大丈夫だろ。たぶん、アテアのことも心配ない。あれらは全部嘘だ」


「嘘? 嘘とはどういうことだ?」


「帰りの馬車の中で説明してやる。今は俺の言うことを信じ――って、おいおい」


 アニが目を丸くし、それに気づいたヴァイオラも背後を振り返る。地上から跳躍し屋根の上に舞い降りたアテアが、月を背負って立っていた。


 オレンジ色のドレスが月光を弾いてきらめいた。


 なぜか長剣を手にしており、鞘から引き抜いた。


「アニ~、姉しゃまからはにゃれりょ~。ヒック」


 完全に酔っ払っていた。


「一番面倒なトコだけ事実かよ!」


 おそらく《風脚》発動に使った魔力を感知して追ってきたのだろうが、それがアニの魔力かどうかなんてわかるはずないのに。


「おまえ、よっぽど俺が嫌いなんだな」


 その執念だけは褒めてもいいのかもしれない。


「当然だよ! 姉しゃまをさらう奴はみにゃ敵だ! こんな人気のにゃい場所に連れ込んでぇ! にゃ~にをしようとしてたにょら~っ!」


「ご、誤解だぞアテア! 私とアニはそんなんじゃ――」


「黙らっしゃい! 姉しゃまの気持ちにゃんて見てればわかる!」


「えええっ!?」


「ボクが許せにゃいのは君だよ君! 姉しゃまの気持ちをもてあそんでからに! ボクは君が大嫌いでゃあああ!」


「誤解――つっても、聞いちゃくれないよな」


「ええい、問答無用ぉ! 覚悟ぉ!」


 酔っ払いの千鳥足かと思えばさにあらず――。ドンッと轟音を立てて屋根を蹴り、一息にアニの懐に潜り込んだ。


「――」


 完全に油断したところへの肉薄、下段に構えた刀身の輝き、何より感情が抜け落ちたアテアの双眸から濃厚な死の気配を読み取った。


 ――あ、死んだ?


 呆気ない幕切れ。まだ妹と一度も喧嘩していないというのに。とはいえ、不慮の事故とは当事者の意思に関係なく起きるもの。後悔も反省も思う間もなくすべてが終わる。


 剣は振り抜かれた。


「――っ、……?」


 あれ、生きてる。アテアは剣を振り抜いた姿勢で硬直し、手放した剣は遥か彼方まで飛んでいった。泥酔状態がアテアから握力を奪い、剣をまともに握らせなかったようだ。


 ――た、助かった……。


「く……そー……」


 アテアは焦点の合わない瞳で虚空を眺め、ふらふらとアニの胸に寄り掛かった。


「ボクはおまえなんかきらいだあ」


 弱々しい声。なのに、なぜか決意めいたものを感じ取る。


「う……、ぎぼぢわるい……」


 嫌な予感がした。咄嗟に引き離そうとしたが、そうはさせまいと襟首掴まれた。相手は勇者。もう逃げられない。


「これでも……喰ら……え」


「あ、アテア? 嘘だよな? 仮にも王女がそんなんマジで嘘だろおいこらやめろ離れろテメエ吐くんじゃねえええええ!!!」


「おえええええええええっ」


「アァアァアアアアア!?!?!?」



 ああ――――っ。


◆◆◆


 グイズ家の使用人たちは一様に夜空を見上げ、飛び去ったヴァイオラ王女と王女を守る騎士の勇姿にしばらく感じ入っていた。


 そこへ、主(の息子)であるルドルが現れた。剣を抜いて勇ましく駆けつけ、王女を救うべく台本通りのセリフを口にする。


「王女を付け狙う悪漢どもめ! このルドル・グイズが相手だ! どこからでも掛かって来い! ……あれ?」


 予定ではヴァイオラ王女はルドルの登場に泣いて感激し、リンチを喰らったヴァイオラの使用人はゴミ雑巾のように地べたに転がっているはずだった。ここからルドルは悪党をばったばったと千切っては投げ斬っては捨てて、窮地を切り抜けて王女から惚れられる――そういう段取りであった。


「王女はどこだ? それにあの男も。おい、一体どうなってんだよ!? ぇえ!?」


 そのとき、満月から降ってきたとしか思えぬ長剣が、ルドルの鼻先をギリギリ掠める軌道で地面に突き刺さった。アテアが勢い余って放り投げたあの長剣である。ひゃあ、と情けない悲鳴を上げて尻餅をついた。


「ななな、何だよコレぇ!? 誰かが僕を狙ってる!? ま、まさかあの男の仕業か!? お、おい! おまえら、僕を守れ! 僕に傷がついたら大変だろ!? ほら、早く守りを固めろよノロマども!」


 グイズ家の使用人たちは返事代わりに嘆息し、やれやれ仕事仕事、と内心ぼやきながらルドルの警護に切り替わる。


 今宵、最も災難だったのは、アニでもヴァイオラでもなく、ノロマだグズだと罵倒されながらも一晩中ルドルの相手をさせられた彼ら使用人かもしれない。


お読みいただきありがとうございます!

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