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舞踏会にて①

この章は第28部分~第29部分の間に起きた出来事です。

時系列が前後して申し訳ありませんが、ご了承ください。


 そこは高級ホテルの大広間のような会場だった。場内のバルコニーから会場を見渡すと、色とりどりのドレスがくるくると舞い踊り、周辺を格好つけた蝶々が蜜を求めて飛んでいる。――蝶ってのは比喩として綺麗すぎたな。ありゃ蛾だ。本能で集まってくるケダモノたちだ。


 それは、晩餐会とは名ばかりの、実際は独身の男女を集めたお見合いを兼ねた舞踏会だった。つまり、現実世界で言うところの合コンである。


 主催者からして若かった。おそらく自分の嫁さん探しが本当の目的なのだろう。ま、ここにいる奴らは男女問わず全員下心を持って参加していそうだから、晩餐会という名目にもいちいち目くじらを立てる奴はいないのだろう。


 うちのお姫さまたちを除いては――。


「ボク、お友達と会えるから社交界って好きだけどさ、こういうのは嫌い。しかも、姉さまが断りづらいように晩餐会とかいって騙してさ。サイッテーだよ!」


 隣でアテアが管を巻いている。この世界では十五で成人扱いされるので、アテアでも飲酒が許されている。ジュースのように甘いカクテルをぐいぐい飲み干し、だはあ、と汚い息を吐く。すでに出来上がっていた。


「控えろよ。おまえ、大して強くないだろう?」


「うるひゃい! 一滴も飲まないような奴に言われたくにゃーい!」


 悪かったな。俺はまだ酒を飲んだことないんだよ――とは、沽券に係わるのでさすがに言いづらい。なので、


「おまえらの護衛も兼ねているからな。酔うわけにいかんだろ」


 と、言い訳しておく。


「護衛だってぇ!? 護衛っていうならさー、あれ、放っておいていいわけー?」


「何だよ、あれって?」


「見てわかるでしょ! あれだよ、あれ!」


 アテアが階下を指差した。……まあ、指摘されるまでもなくさっきからそれを眺めていたわけだが。


 広間の中央にわらわらと男たちが集まっていた。その中心にいる白いドレスはヴァイオラだ。そこにいる全員が話をしたくてヴァイオラに詰め寄っていた。中には女性の姿もある。人気者なんだな、あいつ。


「みんな、姉さまを珍しがっているんだよ。姉さまは普段こういう若い人が集まる場所には出てこないからね」


「みたいだな。聞いていた話だと、晩餐会ってのは大臣や各国の駐在大使が出席するようなもっと厳かなもんらしい。誰とどんな話をしても国益に直結してしまう。ヴァイオラはいつもそういう場所で闘ってきたんだ」


 そういうもんだと認識していたからこそアニも正装を決め込んだのだ。


「こんな浮ついた場所で交流を深めても今すぐ国政に影響が出るとは思えない。ヴァイオラが参加を見送っていたのも頷ける。つか、ンな暇ねーって話だよな」


 とはいえ、将来を見据えるならこういう場所にこそ積極的に関わるべきだ。ここにいる坊ちゃん嬢ちゃんはいずれ国の要人になることだし、人脈は作っておいて損はない。ま、人見知りのヴァイオラにそんな処世術を期待するのは間違っているが。


 それに、この国はいずれ滅びるんだし。


 時間の無駄なのは確かだ。


「助けに行かなくていいのー?」


「俺があそこに割って入ったらかえってヴァイオラへの心証を悪くするだろ。あいつら自身は箸にも棒にも掛からない連中だが、その親は爵位を持った貴族さまばかりだ。子供の不興が親に影響を与えないともかぎらない。今は王女と接点を持たせていい気にさせておこう。運がよければ、ここぞというときにご機嫌取りに忖度してくれるかもしれないからな」


「打算的ですこと。ボク、君のそういうところ大嫌い」


 べえ、と舌を出す。あまりの子供っぽさにやれやれと肩を竦めた。


「ったく、だいぶ酔ってんな。――ん?」


 ふと、アテアの胡乱げな瞳がにわかに光を取り戻す。会場を見下ろしたので、アニもそちらに視線を戻した。


 ヴァイオラを囲んでいた人垣が左右に分断されていた。その中央を堂々と歩く青年はこの会場を所有する貴族の御曹司で、今回の舞踏会の主催者だ。ヴァイオラの前で片膝をつき、キザったらしくヴァイオラの手の甲に唇を当てた。


「お久しゅうございます、ヴァイオラ王女殿下。貴女にお会いできることを楽しみしておりました」


 金髪を掻き上げながら立ち上がる。ルックスはなかなか整っており、自分の容姿の良さを自覚しているのかこれまたキザったらしくウィンクしてみせた。周りの淑女たちがキャアと黄色い声を上げたので、異性からの人気は高いらしい。


「今夜もまた一段とお美しい。そのお姿を拝見できただけでも晩餐会を開いた甲斐がありました」


「そ、そうか。ありがとう」


「楽しんで頂けておりますでしょうか」


「ああ。食事も豪勢で演奏も素敵だ。良い夜だよ」


「それは恐悦至極。どうぞ心ゆくまでご堪能ください」


 それからもくどくどと世間話は続いている。ヴァイオラはずっと顔を引きつらせたままだ。ああいう手合いには弱そうだもんな、あいつ。


「ボク、あのひと嫌い」


「……意外と嫌いなやつ多いよな、おまえって」


「そんなことないよ。ボク、他人には好きか興味なしかのどっちかだもん。嫌いなひとは少ししかいないよ」


「ああ、そうかい。その少数派に入れてもらえて光栄だよ。――で、誰なんだ? あの色男は」


「ルドル・グイズ――って名前しかボクは知らない」


「興味ねえじゃねえか!」


「知りたくないって思うから知らないんだよ!」


 なるほど。興味なしの場合、名前さえ覚えないのだろう。名前と顔を覚えてまで忌避されるなんて相当な嫌われようである。


 そして、俺にはグイズって名前に聞き覚えがあった。確か、同姓の大臣が一人いたはずだ。私有地に晩餐会や舞踏会を開けるほどの会場をこさえるなんてどんな金持ちかと不思議だったのだが、納得した。


 つまり、あのルドル・グイズは国の要人の息子であり、未来の幹部候補でもあるのだ。


「いけ好かないのはわかるけどよ、何がそんなに気に入らないんだ?」


「姉さまの婚約者候補の一人だから」


「……」


「それ聞いて、ずっと昔にちょっとだけお話したことがあるんだけど、なんか嫌な感じがしてさ。それからはあのひとの近くに行かないようにしてるんだ」


 嫌な感じ。生理的に受け付けない――など、言い方はあれこれあれど、妹がそう感じ取ったのなら姉のほうもあまりいい印象を抱いてはいないはずだ。あの引きつった顔が正に、って感じだな。


「女癖が悪いって噂も聞いたことあるかな」


「ほう」


「行かなくていいの?」


 アテアが嫌みたらしく言う。


「行かねえよ。さっきも言っただろ。ルドルが大臣の息子だってんならせいぜい利用してやればいい。ああいう女にだらしない奴は篭絡すれば簡単に言いなりだ。むしろ好都合じゃねえか」


「なっ!? 姉さまにそんなはしたないことさせる気!?」


「……何を考えているのか知らんが、別に体を張る必要はない。愛想笑いでも何でもいいから笑顔で接して会うたびにお世辞を言っておけばいいんだ。そうすりゃ男のほうが勝手に勘違いして舞い上がる」


 しかし、アテアは全然納得していない様子だ。男に色目を使う行為自体を嫌悪しているようだった。……別にいいだろ。そんくらい。身持ちが固すぎるぜ。まったく。


 そのとき、会場がざわついた。見ると、ルドルがヴァイオラに一歩接近し、細い腰に腕を回していた。


「お、おい!? 何の真似だ!?」


 ヴァイオラは咄嗟に抗議の声を上げたが、当惑が勝って強く抵抗できないでいる。


「如何でしょう。これから僕と一曲踊っていただけませんか? 今宵は舞踏会です。皆、王女のダンスを見たがっていますよ」


 腰を抱いていたのも一瞬、すぐに手放し、丁寧なエスコートでヴァイオラを舞台の中心に立たせた。周囲をほかの男女ペアが囲み、ダンスの準備を整える。まるでルドルが仕組んだかのような手際の良さだ。しかし、場の空気に作為めいたものは感じられない。どちらかといえば、彼の友人たちが気を利かせたかのような雰囲気だ。


 演奏が流れる。明るく楽しげなポップミュージックだ。男女の触れあいを「ただ手を繋いで踊るだけのお遊び」というふうに認識させるための選曲。特に女性の貞操観念を麻痺させる。その感覚は周囲にも伝達し、手拍子に乗せられた人々は舞台にいるヴァイオラが固辞できない空気を作り出した。ここで逃げ出せば陰で何を言われるかわからない。国を背負って立つと決めたヴァイオラだからこそ、たかがダンスに怖気づいた態度を見せてはならなかった。


 遠目から見ていてもヴァイオラは完全に固まっている。


 踊れないってことはないんだろうが、同年代の異性とくっつけるほどの免疫はまだない。このままだとあいつ、曲が終わるまで棒立ちのままだぞ。


「この場をぶっ壊してやろうかな……」


 アテアが物騒なことを呟いた。


「やめておけ。そんなことしたらますます泥沼だ。ヴァイオラだけじゃなくおまえの評判まで落ちる」


「別に構わないよ!」


「俺が構うんだよ。頼むから余計なことはすんな」


「じゃあ、君が行きなよ!」


 うるせえな。


 ここに居たらアテアにせっつかれて面倒くさい。俺は手すりから身を離すと階段に向かって歩き始めた。


◆◆◆


 ヴァイオラの膝は震えていた。剣や魔物を恐いとは思わないのに、今は同年代の彼らの視線が恐かった。別に向けられているのは悪意じゃない。でも、身勝手な期待は悪意よりもよほど純度の高い攻撃となってヴァイオラの心を冷えさせた。


 正面のルドルが余裕ぶって両腕を広げた。


「さあ、ヴァイオラ様。僕の手を取って。心配なさらなくてもいいですよ。リードは得意ですので」


 労わるようなセリフの中に含ませた猫撫で声にぞっとする。ヴァイオラの全身を舐め回すような視線にも今ごろになって気づくなんて。自分の警戒心の無さにほとほと呆れる。


 ――ヴァイオラはもっと人を疑え。誰にでも邪な心があることを忘れるな。


(普段からあれほどアニに言われているというのにな)


 それに、周囲の手拍子にも身が竦む。邪気のない集団心理というものがこれほど恐ろしいものだったとは。今日は初めて知ることばかりだ。


 逃げたいが逃げ出せない。この場ではルドルと踊ることが正解であり、それ以外の道はないように思われた。いくらルドルの手がおぞましくとも笑って受け入れられないようでは国政の場でも闘ってはいけないだろう。少なくとも、この場にいる者たちには侮られる。それだけは何としても避けなければならなかった。


 覚悟を決める。ルドルの元へ一歩踏み出す。


 手を取った瞬間、ヴァイオラの体をルドルが引き寄せた。腰に回した手付きに思わず悲鳴を上げそうになる。


「ヴァイオラ様。もっと体を密着させて。そうそう。ワンツー、ワンツー。いいですよ。上手いじゃないですか!」


 耳に息が掛かる。どさくさに下半身を押し付けられる。ルドルの興奮した顔が間近に迫る。すべてが形容し難い恐怖となった。


 ルドルが小声で囁いた。


「如何でしょう。今夜、僕の部屋に遊びにきませんか? 貴女ともっと親睦を深めたい」


「――――ひぅ」


 もう駄目だ。恐い。男が。どうして。私は。弱い。

 誰か。

 助け、――。


「失礼」


「うわ、わ、わあっ!?」


 突然、ルドルの体が離れていった。ルドルは奥襟を引っ張られて後ろに倒され、尻餅をついた。


 ルドルが居た位置にするりと入り込んできたのは最も馴染み深い人物。外套の代わりに纏ったタキシードにはいまだに違和感を覚えるが。


「ヴァイオラ、大丈夫か?」


「アニ……」


 思わず涙腺が緩んでしまう。ヴァイオラは慌てて涙を流すまいと顔を引き締めた。


 引き倒されたルドルが「だ、誰だ君は!?」と声を荒げた。それに対して、アニは丁寧に頭を下げた。


「申し訳ありません。当家の付き添いの使用人が急病を患いましたので、王女殿下に報せに参りました」


「し、使用人ン!? そ、そんなの、君たちが看ていればいいじゃないか!?」


「殿下はたとえ使用人であっても本当の家族のように接するお優しい方です。報せずにいたまま、もし万が一の事態が起きたとしたら……殿下の心痛は察するに余りありましょう。どうか火急のこと故、お許しくださいませ」


「う、ぐ……」


 事が事なだけにルドルは文句を言えなかった。


「殿下、こちらです。お急ぎください」


「あっ」


 ヴァイオラの手を取って走り出す。その刹那、アニが覗かせた表情を見て、いま言ったすべてが虚言なのだと察した。


(まったく。人を騙したり利用したり。ひどい男だ)


 なのに、どうしてこんなにも愉快な気持ちになるのだろう。不思議に思いながらも、ヴァイオラはアニの手に引かれるままに会場を後にした。


◆◆◆


 一部始終をバルコニーから眺めていたアテアは、不機嫌そうに酒を飲み干した。


「何さ、格好つけちゃって! ヒック」


 ヴァイオラが窮地を脱して嬉しい反面、アニが活躍するのは我慢ならない。そんな複雑な感情を無理やり発散させるべくアテアは追加の酒に手を伸ばすのだった。


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