SIDE―妹③ ゲーム『魔王降臨』本編スタート
壮大かつ長ったらしいプロローグが終わり、ようやく本編が始まった。
一度見ているからより長く感じたけれど、そうそう、確かこんなお話だったっけ。
魔王っていう割には別に悪いことしてないし、むしろ人間側の方が世界にとって酷いことしているよっていう内容だった。
たぶん、プレイヤーに気持ちよくプレイさせるための大義名分を与えたいのだろう。
いくらゲームだとわかっていても、村を焼き払ったり女子供まで皆殺しにしたりと、悪逆非道に人類を滅ぼしていく主人公なんてよっぽど性根が腐ってないとできないもんね。
……まあ、劇中そこまで感情移入させるほど細かな描写なんてないんだけど。
一応、CEROのマークは『D』――対象年齢は十七歳以上となっている。
私、十五歳だけど……まあ、いいよね?
別に制限年齢ってわけじゃないんだし。
グロ表現に影響されるほど心も綺麗じゃありません。
「ふっふっふ。駆逐してやるぞー。逃げ惑うがいい、愚かな人間どもめー」
やっばい。滾ってきた。元々人格破綻者なのだ、私は。
本編最初のシーンは、魔王城の玉座から三人の幹部たちに指示を出すところから始まる。
この三人の幹部たちを戦地に送り込んで勝利し、侵攻エリアを広げていくのがこのゲームの目的である。
最初「部下が三人? 少なくね?」と思ったけど、そこはそれ。
物語が進むにつれ(侵攻エリアを拡大させるにつれ)、各地で封印されている魔族たちを復活させて配下にし、幹部もその都度増やすことができるのだ。
物語の終盤にはほぼすべての幹部たちを戦地に投入するので、それまでに味方をたくさん増やしておくことが全面攻略の鍵となる。
しかし、仲間はただ増えるだけではないのがこのゲームの面白いところ。
偶に発生するアドベンチャーパートでは、言動を決める選択肢がいくつか突きつけられる。
その回答如何によって幹部たちの忠誠心(好感度)が増減し、それは各キャラのステータスに影響を及ぼした。忠誠心が増えれば強くなるし、逆になると弱くなる――といった具合に。
そして一番の肝は、忠誠心が減りすぎると『裏切りイベント』が発生することである。
お気に入りのキャラが人間側に付いたときなんかは「どこのNTR作品だコンチクショウ!」と絶叫したものだ。
さらに、一度でも敗れてしまった幹部は死んだまま二度と復活しないというかなりシビアな縛りもあった。
最終決戦や中ボスクラス以外での戦闘で死ぬことはほとんどないけれど、死なせてはならない、という緊張感が毎度の慣れた戦闘でも気を引き締めさせてくれるので、程よいスパイスとなっている。
簡単な説明はこれくらいかな。
あ、そうそう。物語が進むにつれて後から配下に付く幹部の方がスペックが高くなるのはこういうゲームでのお約束だけれども、そういうキャラって総じて育てた感があまりないじゃない?
最終決戦に臨む前にレベル上げすることもできるんだけど、なんというか、一緒に戦ってきた感じがしないっていうか……。ずっと旅してきていないせいってのもあるんだけど……。育成RPGをやってて似た経験をした人ってたぶん多いと思うんだ。
なので、私は最初からいるこの三幹部が結構お気に入りだった。
最初からいるからもちろんレベルは1だし、ステータスの各値は低いし、使えるスキルも少ない。正直、ゲーム序盤は弱すぎてイライラさせられることの方が多いんだけど。
でも、死なせることなくうまく育て上げれば、誰よりも信頼できる部下となり、誰よりも屈強な戦士となってくれるのだ。
最終的にこの三幹部が全キャラ中最強クラスに育ったときなどは、開発者に「わかってるぅ!」と賛辞を送りたくなったほどである。
画面上では魔王と三幹部の会話から目下の目的とその手段を説明していた。
そして、最初のミッションが三幹部の口から提案される。
『魔王様、【西邦ダカルマイル】の辺境に魔族の戦士が封じられた洞があります。まずは彼の地へと赴き同胞を救うことが先決かと。成功すれば軍団の士気も上がりましょう』
そう進言したのは、全身を重厚な甲冑で覆った巨人兵【鬼武者ゴドレッド】だ。
渋くて低い声がカッコイイ。
赤褐色の肌に剥き出しの牙が恐ろしい岩のような大男で、見た目どおりの近接パワー型。
動きが遅くて移動距離も短いが、その分振り下ろされる斧の一撃は敵に大ダメージを与えることができた。
防御力も高いし、意外とレベルが上がる速度も三幹部イチだ。
恐い見た目とは裏腹に慇懃な口調や割と紳士的な性格にギャップがあって、ネット上では密かに萌キャラ・受け身キャラとして愛されて(二次創作されて)いるとかなんとか。
『魔王様、南海沖に難破船を発見いたしました。船内に生きた人間がいるとは思いませんが、積荷が何であるか早急に調査する必要があります。如何なさいますか?』
そう進言したのは、妖艶な雰囲気を漂わす漆黒ドレスの魔女【殺戮蝶リーザ・モア】だ。
ハスキーボイスが色っぽい。
黒髪ロングのセクシーお姉さんで、その糸目が盲を窺わせる表現が劇中何度か登場する。
見た目に反して感情豊か。
女王様気質っていうかちょっぴり高飛車な性格で、キレると目が見開くという演出はイラストの迫力もあって初見ではかなりビクッとさせられる。
中長距離攻撃魔法を得意とする魔女なので物理防御力がかなり低い。
そのため戦闘フィールド上では配置場所にいつも悩まされるけど、魔法スキルを覚えるのが早く全体魔法ばかり覚えるので、ゲーム後半の総力戦では最も使い勝手のよい戦士として育ってくれる。
『魔王様、【北国ラクン・アナ】に魔石鉱山があるとの情報を得ました。人間どもに発見されるのも時間の問題。我々で先に押さえておくべきかと存じます。ご一考願いたい』
そう進言したのは、ゲーム内随一の美形剣士キャラ【黒騎士アディユス】だ。
セクシーで男らしい声が耳を伝って脳を蕩けさせる。
「ほわああああ、アディユスさま~っ! ふ、ふつくしい……! はぁはぁ」
おおっと、いけねえいけねえ。よだれ、よだれ。ふへへへへ。
一見人間と変わらぬ容姿をしているが、実は勇者と魔族のハーフという設定で、背中に白と黒が混じった翼を隠している。
ステータスの値は甲乙のないバランス型。しかし、【MOV値】だけは異常に高く連続で二回も移動ができるし、さらにターンが回ってくる早さや移動距離の長さが他キャラより五割増しなのは、後に判明する翼人設定から来ているようだ。
覚える特殊スキルの数は全キャラ中一位二位を争い、精神攻撃が得意だ。……あまり使わないけど。
魔王に対しても諧謔を弄する皮肉屋だが、その実誰よりもナイーブで面倒臭い性格であることが世の女性ユーザーを虜にしているのだった。
「アディユス……かわゆす……えへえへえへ」
どのミッションを行なうか選択肢が出てくる。
これはどれを選んでもこの後に起きるイベントによって潰されてしまうので意味はないのだが、選んだミッションにより提案者の幹部の忠誠心が+1されるので、ここはやはりアディユスにしておこう。
『さすがは魔王様だ。賢哲であらせられる。長き眠りの間に鈍ってしまわれたのではないかと憂慮しておりましたが。このアディユス、安心いたしました』
『無礼だぞ、アディユス。言葉遣いに気をつけよ』
『別にいいのではなくて? ゴドレッド。魔王様はこのようなことでお怒りになるような器の小さい御方じゃありませんわ。そうでございましょう? 魔王様』
『……まったく。おまえたち、百年前と何も変わらぬな』
魔王の立ち絵はまだ現れないし、声もない。
プレイヤーの主観で物語が進むので、中盤以降になるまで魔王の背景が掘り下げられることはない。
以上、三幹部の顔見せシーンが終了し、いよいよ本編のお話も動き出す。
玉座の間にアディユス配下のガーゴイルが駆け込んできた。
リーザ・モアが真っ先に気がつき『あら? 黒騎士様のお友達よ?』と皮肉を言い、アディユスが激昂する。
『何事だ! 控えろッ!』
『も、申し訳ありません! 直ちにお耳に入れておかねばならぬ議がございました故……』
『話すがいい』
魔王が促すと、ガーゴイルの立ち絵が現れる。
石像のような質感をしているが、見た目はそれほど醜くない。目許を隠し、クチバシだけを目立たせたモブらしいキャラデザだ。
『東の地【アンバルハル】において強大な波動を観測いたしました!』
『……ッ!?』
三幹部の間に緊張が走る。
対して、魔王は冷静に受け止めていた。
『そうか……。我らが目覚めたのだ、やはり奴らも目覚めるのだな。……神め。小賢しい真似をしよるわ』
『奴らというのは、やはり……』
『勇者だ。我らの目覚めを察知した素質ある者だけが勇者へと覚醒する。今後、どれほどの数の勇者が現れるかわからぬ。見つけた先から排除するのだ! 我が僕たちよ!』
『ははっ!』
『アンバルハルへ行け! 直ちに彼の地を侵略し、勇者を引きずり出すのだ!』
『御心のままに』