勇者シナリオ②『弓打グンハ』
【勇者シナリオ②が解放されました】
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山が騒がしいとき、大抵の場合、天災が起きる。
見た目には変化は感じられない。山はいつもどおり神々しくも厳しく聳え立っている。しかし、ここ数日は奇妙な気配が漂っていた。
野生のシシが七日以上姿を見せないときもあれば、猛禽が群れを成して人里を襲いに来ることもあった。大変珍しいことだが無いわけじゃない。野生動物が姿を消すか異常行動に出るときは、異常気象の前触れであると民話には語られる。これもその一つに過ぎないのだと長老が若い衆を諭す。数日もすれば山々は元の姿を取り戻すだろうとも。
山に入った狩人の集団の中で、弓打を生業とする青年【グンハ】が何か異様を察したのか地面に耳をくっ付けた。
『……地響きがする。シシの群れじゃ』
『シシだあ? 馬鹿こけ。あれは群れて動くやつらじゃねえぞ!』
『親子ならあるがの。来るとしたらあっちじゃろ。誰か見て来い』
玄人は経験則で状況を把握する。遥かに歳若いグンハも彼らの言うことが正しいとわかっている。だが、数日前に降りてきた神託によってグンハはもはや熟練の狩人をも凌ぐ洞察力を身に付けていた。山で起こり得る出来事ならば余さず掌握できるのだ。
【弓打のグンハ】――大封リュウホウから出た二人目の勇者である。
弓打とは弓を作る者のことだ。その腕前は里一番であるという自負がある。
しかし、なぜ自分が? という疑念もずっと胸に渦巻いていた。
なぜ勇者に選ばれたのが自分なのか。射手としての腕もそれなりだが、グンハよりも巧い弓取は里にいくらでもいる。腕自慢も、知恵者も多くいる。職人である自分が選出された理由がわからなかった。
だから、グンハは神託のことは誰にも言わなかった。語り部である長老にも打ち明けなかった。長老ならば何か知っているかもしれないが、信心深い山の民のこと、下手なことを言えば罰当たりと罵られる恐れもあった。只でさえ厳しい生活を強いられている里の中、八分にされれば生きていけなくなる。グンハは保身のためにも勇者の力を明かすことを控えていた。
『……シシだけじゃねえ。こいつは何じゃ?』
『まっさか牙猿じゃあんめえな? 性懲りもなく里を目指してんか?』
『オラには地響きなんて聞こえん。グンハの勘違いじゃろ』
だが、それも事と場合に拠る。危険が迫っているとわかっている状況で黙っているのは卑怯者のすることだ。グンハは勇者云々を説明する暇すら惜しんで指示を飛ばした。
『シシの足音のさらに奥! どでかいモンが地響きを鳴らしておる! 牙猿じゃない! もしやこいつは大岩猿かもしれん! すぐに里に戻り皆を避難させるんじゃ!』
『岩猿じゃと!? 百年前に滅んだ化けもんじゃろうが! グンハよ、いい加減なこと抜かしよんな!』
笑う者、呆れる者、不真面目だと怒る者。――様々な反応に晒されてもグンハは地面に付けた耳を離さない。どうすれば皆が無事に逃げ果せるかをギリギリまで考える。
考え抜く。
どうすれば逃げられるのか。
『逃げる……じゃと?』
選択肢を一つに絞っていたことに気づいた。
人間が束になっても勝てぬと肌で感じ取ったからこその一手だ。それ以外ない。
だが、俺ならば。
俺一人なら――勝てるんじゃないか?
地響きの大きさ、距離、周囲への影響力……。総合するに、戦力的に勝てない相手ではなさそうだ。他の者に気を取られることがなければ十分に渡り合えるだろう。
ならば、仲間たちを里に帰すのはむしろ危険かもしれない。別行動を取らせて知らないところで勝手に動かれるほうが要らぬ雑念を生む。彼らにはこの場で待機していてもらうのが一番だ。
そう。何事もなく。知らぬ間に脅威が過ぎ去っているのが理想である。
『気になるんで見てくる。ぬしらは休んでおってくれ』
『グンハ一人で大丈夫か?』
『気ぃ利かせ。大言抜かして引っ込みつかんだけじゃ、あれは』
有り難い。あとは事を終えた後に勘違いだったと平謝りすれば済む。
無意識に――――一息に崖を飛び越える。あまりの跳躍力に仲間たちは皆度肝を抜かした。それすら気づかずにグンハは地響きの発生源を目指して疾駆する。
岩山を二つ越えた先で、さらに遠くに巨大な化け物を見た。
『……ッ。あ、あれはっ!?』
岩と見紛う肌と、山のように大きな体躯。形は猿だが、大きさが規格外だ。
間違いない。伝説に聞く山の魔神【大岩猿】だ。
魔王復活が奴を眠りから起こしたらしい。勇者に選ばれたことで皮肉にもその事実を疑うことなく信じられた。
――そうか。俺はコイツと戦うために呼ばれたのか。
なぜ自分なのかまではやはりわからなかったが、やるべきことは定まった。今はなぜと悩んでいる場合ではない。
戦え。
倒せ。
勝利せよ。
『――――』
息を殺す。獲物に存在を悟らせることなく動作を起こす。
その場に屈み込み、地面に両手をつく。背負った弓矢は使用しない。狩りに適した短弓では奴を仕留め得るほどの威力は出ない。
あの巨体を殺し尽くすための弓。
最も重要なのは矢ではなく、弦でもなく、身――台座である。
魔力をもってして触れている地面から材料――鉱物のみを抽出する。
火花が散り、微風わずかに、音も無く。
初めて行う方術――複製魔法。
『……ッ』
そうして、地面から生えるようにして二メトル級の岩で出来た弩を出現させた。
城攻めなどに使われる大型の弩は、縦に構えるのではなく横倒しにした状態のまま上に置いた矢を発射する。速射性と引き換えに得られた威力は絶大。どのような防壁さえも貫く対城破壊兵器だ。
『――――』
再び、魔力を使って武具を精製する。表面が滑らかな石球を地面から抽出。両手で抱え上げるほどの大きさ、数百キロある重量は、対象を粉々に吹き飛ばすことだろう。
勁道を開け、リュウホウにおいて『気』と呼ばれる魔力を流す。石球を難なく持ち上げて弩に番える。弦となるモノはグンハが編んだ魔力帯だ。
引き分け――――、会。
『射ッ!』
スパンッ! と空気を打つ音が響く。その瞬間、遥か遠くに居る大岩猿がこちらを向き、目が合った。
ヒュ――…………ン、ダンッ!
避けることすらかなわず、高速で打ち出された石球が見事大岩猿の頭部を撃ち抜いた。
轟音。そして倒壊。
大岩猿の顔半分が崩れ落ちていく。
『オオオオオォオォオオォオオオォオオオオ――――ッ!』
だが、致命打ではない。
大岩猿は半狂乱に陥って周囲の山肌や転がる岩石を殴りつけた。
どうやら興奮させてしまっただけのようだ。
このまま放っておけば人里にまで下りてくる危険がある。
『仕留めなければ。……じゃが、この位置からでは遠いか』
距離、角度、速度、強度――計算は一瞬。最適解を弾き出す。
弩に跨り、魔力帯を限界まで引き分ける。
『――――射ッ!』
自らを弾に変えて宙を滑る。
瞬く間に大岩猿との距離を縮め、大岩猿の左肩に迫った。
『…………ッ』
岩肌はまるで崖。着弾すれば間違いなくグンハの身が粉々に押し潰される。自らの射で死んでは間抜けな話。グンハは両手に魔力を集めて功を練った。
接着――その刹那、寸勁を発して纏ったエネルギーを大岩猿の左肩に打ち込んだ。衝撃を逃がして推進力を相殺する。エネルギーが逃げ込んだ先の岩壁は亀裂を作って崩れ落ち、同時に落下したグンハは何事もなかったように軽々と着地した。
大岩猿の足許。崩れた左肩の残骸の中、グンハは標的を見上げた。
『グウゥオォオォオオオオオォオォオオ――――ッ!』
『岩の化け物でも痛みはあるんじゃな』
しかし、これも致命傷には至らない。このままここに居ては踏み潰されてしまう。左肩の残骸の陰に隠れて移動する。大岩猿はグンハの存在に気づいていたかどうか。その場で地団駄を踏み、やり場のない怒りを発散させた。
地響きがとてつもない。おそらく仲間にもこの振動は伝わっていることだろう。
彼らが来る前に片をつける。
大岩猿を中心に一周する。地面に等間隔で触れ、そこに投石用弩を配備。
再び正面に回り込んだ瞬間、全方位から岩石を発射する。
ダダダダダダダダダダ……、ダンッ!!!
打ち込まれた弾数は二十三。その一つ一つに功を練り込んであった。着弾したものは大爆発を引き起こし、大岩猿の岩肌にヒビを入れた。
それでもなお倒れない。
頑丈さはやはり伝説級。
これ以上は命の削りあいとなる。
『山は俺らの物ではない。じゃから、魔神殿をこの場で討つ理由もない』
退けられればそれでいい。山奥に大人しく引っ込んでいてくれるなら、俺らは共に山に生きる者同士だ。
十メトルを越す巨大な弩を造りだす。
大岩猿の足許に魔力鞭を打ち込んで、体勢を崩す。尻餅をついたそこが特大弩の射出口だ。
弦を引き、
会――――、
『山へ帰れ。それがぬしの為じゃ』
勇者スキル《小盤大大鵬》!!
左腕を伸ばし、天に拳を突き出した――離れ。
射!!!!!
ドォンッ! と、弾丸と化した大岩猿の巨体が天に打ち上がる。
目指すは五つ山向こうの魔族が生息するといわれる地域だ。そこが巣であるならば二度とここまで出てくるな。
『またこうして投げ返されたくなければな』
たとえ魔物であっても無駄な殺生はしない。
それが山に生きる者の定めである。
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グンハ LV.18
HP 2086/2086
MP 111/111
ATK 160
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(勇者シナリオ②了)
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