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SIDE―兄① 残された者たち


 リームアン平原を騎馬の一団が駆け抜けていく。


 彼らは隣国の【リュウホウ】からやってきたプロの暗殺者集団で、王都アンハルでは雇い主の命でヴァイオラ陛下を誘拐したこともある無法者たちだ。最後はアテア王女の襲撃を受けてお縄となったのだが、魔王軍が王都を占領したドサクサに紛れて脱獄した。


 すぐに国に帰ればいいものを、彼らはリームアン平原である人物を探していた。


「いいか!? 必ずやアテア王女を見つけ出せ! 何日掛かってもだ! 探せ!」


 女頭領のルゥアムはアテアの神懸った強さに心酔していた。魔王軍に敗れたとはいえ、アテアに対する崇敬が途切れることはない。それは部下たちも同じで、アテアが死んだことがいまだに信じられずにいた。


(アテア王女! どうかご無事でいてください! そして、私たちを導いてください!)


 ふと馬上から見渡した大地に暗雲が立ち込めているのに気づいた。ルゥアムは不意に不安に駆られた。


 東域アンバルハル――弱小国家と言えど六大国の一つである。


 それが滅んだ……。このうねりは次第に大きくなり、やがて世界中を飲み込んでいくのだろう。


 全人類が魔王軍に支配される日も近いのかもしれない。


◆◆◆


 アンバルハル王国が魔王軍の手に落ちて一月以上が経った。混乱は徐々に落ち着きを見せ始め、魔族に支配される生活に人間の側もようやく慣れてきた。


 それはとても異様な光景であった。


 当初危惧されていた一方的な殺戮は一部地域で発生したのみで、暴力に頼る支配は現状確認されていない。それどころか、魔族は種族ごとに幹部たちが統率しており、人間の管理体制を各種族で相互に監視していた。


 人間を労働力――家畜の如き扱いをする一方で、繊細な管理を徹底していた。具体的には『恐怖によるストレスを与えないよう詰所以外の場所に魔族は姿を現さない』『労働に見合う対価を支払い、以前と同様に通貨を用いた取引を継続する』『全王都民に対し衣食住の安定供給と安全を保障する』などである。


 職業選択の自由が制限された短所はあるが、一定水準の生活が保障されたことで大多数の王都民の暮らしは以前よりもむしろ向上した。対して、貴族や上流階級層はこれまでのような搾取が行えず没落を余儀なくされた。


 所得による社会格差が是正されたこともあり、魔王による改革は今のところ表面的には好意的に受け入れられている。


 だが、やはり何者かに監視されているという閉塞感は無意識に人々の心身に悪影響を与えているようで、突発的な暴動が各地で頻発した。それを取り締まるのが魔族であるところも皮肉さを物語る。


 王都に潜入し調査を継続していたエトノフウガ族のソヨカゼは、魔族でなく人間が治安を乱していることを複雑に感じながらも、今の体制を良しとは思えなかった。歪な状態はいずれ大きな破綻を招く。それで損害を被るのは脆弱な人間のほう。そして、他国にも大きな影響を及ぼすことが容易に想像できた。


(魔族側の意見も聞きたいところだが、そもそも会話が成り立つほどの知性ある魔物は幹部級だけ。どうしたものか……おや?)


 王宮近くの目抜き通りに差し掛かったとき、露店に珍しい人種を見つけた。


 北国ラクン・アナの領域の森に棲むはずのエルフ族が買い食いをしていた。ソヨカゼは裏路地に入りエルフたちをこっそり観察した。


「オヤジっ! この焼き菓子もう一個くれ!」


「あっ、エウネずるい! ハウリにももう一個! あとこのジュースももう一杯! いい?」


「あ、あの、エウネ様、ハウリ様、せめて今日はお代金を支払って頂きたいのですが……」


「ツケとけ!」

「ツケとけ!」


「ええ……? またですか……?」


 双子エルフがお店の商品を暴飲暴食していた。しかもツケらしい。店主の困り顔を尻目に追加の焼き菓子をぺろりと平らげた。あの様子だと今後も支払うつもりはなさそうだ。


 しかし、なぜエルフがこんな場所にいるのだろうか。しかも、我が物顔で無銭飲食している。まるで魔族のような振る舞いだ。……いや、この国において魔族がこのような狼藉を働いたところは見たことがない。何なら犯罪めいた行いを目撃したのはこの双子エルフが初めてだった。


「いやはや魔族の暮らしというのはいいものだな!」


「うんうん! しかもハウリたちは準幹部級の待遇だ! 働かなくていいから最高だ!」


「下も上もなんだかんだで大変そうだしな!」


「実は中間管理職が一番ラクな説あるんじゃないか?」


「いや、それはない! それだけは断じてない! エウネたちが特別なんだ!」


「それもそうか! ハウリたちだけが特別なのか!」


「楽しいな!」


「最高だな!」


「あっはっはっは!」

「あっはっはっは!」


 どうやらこの二人はエルフであるにもかかわらず魔王軍に所属しているらしい。しかも、それなりの待遇で迎えられているようだ。全然威厳や脅威を感じないが、内情を探っているソヨカゼには都合がいい。


 殺気を含んだ剣気を大気中に撃ち放った。魔王やフウガが使っていた〝波動〟と同様のエネルギー波である。


 剣気に中てられた双子エルフは食いかけのお菓子やジュースをその場で宙に手放すと、ソヨカゼがいる裏路地に目にも留まらぬ速さで移動した。


 双子が着地したとき、ソヨカゼは前後から挟まれていた。


「何だおまえ? エウネたちに殺気を飛ばしたのはおまえか?」


 いつの間にか弓に矢を番えたエウネがソヨカゼの眉間に狙いを定めていた。背後ではハウリがナイフを構えて静かに闘気を滾らせている。


「質問に答えろ。変な動きをしたらすぐ殺す。いい?」


「うむ。正しい反応だな」


 一般人であればソヨカゼの剣気を浴びた途端に意識を狩られていたことだろう。それは威嚇を通り越してもはや攻撃と呼べる行為であった。標的にされた双子が敵意を剥き出しに武器を構えるのも当然であった。


 予想どおり、まんまと誘いに乗ってくれた。


「言葉が通じるようで安心した。君たちに聞きたいことがあるんだが、少しいいだろうか?」


 ソヨカゼは両手を上げて降参のポーズを取った。殺気はおろか剣気すら萎ませて敵意がないことを示す。


 エウネとハウリはお互いに顔を見合わせると困惑した表情を浮かべた。


「な、何だおまえ? に、人間か?」


「人間にしてはすごい殺気だった。おまえ、人間に化けたグレイフルか?」


「ぐれいふる? ああ、確か魔王軍幹部の一人だったか。いや、私の名はソヨカゼ。エトノフウガ族の剣士だ。君たちは見たところラクン・アナのエルフ族とお見受けするが?」


 再び顔を見合わせる双子エルフ。どう答えたものか迷っていた。


「君たちに危害を加えるつもりはない。むしろ、囚われているなら助けてあげてもいい」


「え? ほ、本当か? 本当にエウネたちを助けてくれるのか? やったなハウリ! エウネたち、もうグレイフルに扱き使われなくて済む!」


「ま、待てエウネ! これは罠だ! どうせグレイフルが寄越した刺客に違いない! ハウリたちはいま試されているんだ!」


「な、何だって!? くそ! なんて卑劣なグレイフルだ!」


「帰ってグレイフルに伝えるがいい! もうしませんごめんなさいって! いい?」


「……君たちはよっぽどぐれいふるが恐いんだな」


 やはり幹部の一人に脅されて従わされているらしい。


 ソヨカゼは少しだけ考えてから、言った。


「エルフ族の族長マウシカ殿とは面識がある。彼に頼めばエルフの精鋭たちが救出に乗り出してくれるはずだ」


「マウシカは父上の名前だ!」


「おまえ、本当にハウリたちの味方だったんだな! いま信じた!」


 キラキラと瞳を輝かすエウネとハウリ。嘘は言っていないが、あまりの短絡さに双子の将来が少々心配になるソヨカゼであった。


「……まあいいか。ではひとまず王都の外に出よう。ここでは人目もあるし、話しづらいだろう」


「うん! 行こう!」


「いや! やっぱり待つんだ!」


 ソヨカゼについて行こうとしたとき、ハウリが慌ててエウネの腕を掴んで引き留めた。


「な、何だ!? まだ何かあるのかハウリ!?」


「エウネ! 本当にこのまま帰っていいのか!?」


 ハッとした表情を浮かべるエウネ。


 双子はソヨカゼから距離を取ると、こそこそと密談し始めた。


「エルフの森に帰るってことは、今の暮らしを捨てるってこと!」


「そ、そうか! あの極貧生活に逆戻りだ!」


「木の実と野菜しかない食生活……」


「偶の贅沢と言えばあまり甘くないしわしわの果物……」


「焼き菓子もジュースもあそこにはない……!」


「グレイフルのハチミツだって二度と味わえない……!」


「くう……!」

「くう……!」


 双子は決意を固めた顔つきでソヨカゼを振り返った。


「エウネたちは王都に残る。とっても残念だけど」


「ハウリたちにはやるべきことがある。本当に遺憾だけど」


「む? そうなのか? だが、その〝やるべきこと〟が終われば帰れるのだろう? マウシカ殿の御息女とあらば放っておけない。私もお手伝いしよう」


「ま、待った! それには及ばない! おまえはおまえの為すべきことを為せ!」


「いや、しかし」


「そ、そうだ! ハウリたちはこの王都から出られないんだった! 東西南北の門は魔族によって監視されてる! 門番が立っているし、自由に出入りすることは許されない!」


「そ、そう! 見つかったら殺される! だから無理! ああ、残念! 実に残念だ!」


「ふむ。確かにその懸念はもっともだな」


 双子が指摘するとおり、王都アンハルは一見平和そうに見えるが、その実巨大な監獄であった。王都に住む王国民は城壁の外に出ることを固く禁じられており、商人の往来も厳しく制限されていた。この取り決めを破れば死罪であり、このことは早い段階から公示されている。


 王都は確かに治安がいい。だが、その平和は所詮作られたものでしかなかった。


 実際、城壁の外――地方都市や辺境の集落などでは魔物が表を堂々と闊歩する光景が珍しくなく、およそ平和とは呼びがたい恐怖による支配が行われていた。そして、王都でも同様の事態が起きているものと外の人々は考えるのである。


 人口と権力が集中する王都と他の都市とを城壁で分断し情報を遮断するとどうなるか。外からは王都民が丸ごと人質に取られたように錯覚するだろう。逆に、王都民からは外の人々も平和的で高水準の暮らしが送られているものと思い込む。双方は真逆の理由から蜂起することに慎重になり、ぐずぐずと見過ごすうちに魔王軍の支配は着々と進んでいくのである。


 これは偶然の産物か。はたまた魔王の策略による成果なのか。


 もし後者であれば、魔王は相当に頭が切れる。人間の心理を正確に把握していると言っていい。


 そうであればこそ城壁の門番は人間の出入りには常に目を光らせており、王都から出て行くのも容易ではないのだ。


「……いいや、待て。なんだかおかしいぞ。そもそも君たちほどの実力者なら門番程度の魔族を突破するのは容易いはずだ。これまでにもその機会はいくらでもあったはず。もしかして……」


「ギクリ」

「ギクリ」


「やっぱりか」


 双子の反応ですべてを察した。どういう経緯で魔王軍に取り入ったのか知らないが、双子にとって魔王軍にいることは苦痛でなく、むしろ好き勝手贅沢できる分充実しているようだった。


「これはマウシカ殿に報告するしかないな」


「や、やめろ! 父上には言わないで!」


「ハウリたち殺される!」


「では、幹部のぐれいふるに無銭飲食を繰り返している事実を伝えねば」


「やめてくれ! グレイフルにも言わないで!」


「絶対絶対殺される!」


「では、どうしたものかな」


 ソヨカゼはにやりと口角を歪めた。


「君たちにはこれから魔王軍の内部調査をお願いしよう。魔王や幹部たちの動向を逐一私に報告するように」


「なっ!? エウネたちにスパイの真似事をしろというのか!?」


「誇り高きエルフ族に向かってよくもそのようなことが言えたな! 無礼にもほどがある! 万死に値するぞ!」


 咄嗟に武器を構えてソヨカゼを威嚇する。が、


「ではマウシカ殿かぐれいふるに報告を」


「待て待て! 冗談だ! エウネたちに任せておけ! 魔王の秘密を暴いてやる!」


「仕方ない! 特別だ! ハウリたちが世界を救ってやる! 感謝しろ! いい?」


「うむ。そう言ってくれると信じていた」


 かくして双子エルフのエウネとハウリは魔王軍に潜伏するスパイとして活躍していくことになる。


 それで世界を救えるかどうかはわからないが……


「情報源を得たことだし、私もそろそろ主殿の許へ帰るとするか」


 ソヨカゼは満足してアンバルハルから立ち去った。


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