SIDE―妹① ゲームの目的
その日、王都アンハルは陥落した。
魔王軍が占領したのち、魔王は王族の滅亡と新政府の樹立を宣言した。
『王国そのものは滅ぼさぬ。おまえたち人間の拠り所たる〝故郷〟は残してやろう。代わりに、この国の舵取りは余が行う。おまえたちは今後、魔王軍のために働き、余に尽くすことを喜びとして生きていくのだ。これに反せぬかぎり平穏を約そう。応なる者は従え。否なる者は反旗を翻すがいい。余が直々に死を与えてくれよう』
これに表立って反抗する者はいなかった。強硬派はそもそも兵士としてリームアン平原の戦いに臨んだため、彼らが捕虜となった時点で残された人々にはもう立ち上がる気力すら残されていなかった。
魔王軍による支配は滞りなく進んだ。
フウガにより破壊された王宮は最優先で再建され、魔王のための玉座が設えられた。
新たな〝魔王城〟の絢爛さは王都民の心を折るにはこれ以上ない追い打ちとなり、魔王の君臨を確固たるものにした。
玉座の間に参集した幹部たちと祝辞と労いをほどほどに交わすと、魔王は今後の方針を改めて議事にかけた。
『国の統治と他国への侵略……やることは多い。なあ、リーザよ』
「……ひとまず内政に力を入れてはいかがでしょうか。魔族に比べ人間は非力ではありますが、物作りには長けております。このアンバルハル地域であれば農作物、魔法国家ラクン・アナであれば魔法具といった具合に。人間の世では貿易こそが国家間の戦争であると言っても過言ではありません。なので、まずは国力の増強を図り、魔王様が統治するアンバルハル王国と友誼を交わすことの利を示すべきかと。武力による侵略だけでなく、外交を通じた懐柔も軍略の一つに加えるべきです」
一歩前に出たリーザの横にグレイフルが並び立つ。
「リーザの意見に賛成ですわ! 王たらんとするならば、自らの王道を貫くことで民を従わせるべきですわ。暴力で無理やり言うことを聞かせるなんて王の器にあらず。ですが、兵力は違います。王を守る臣下は王の化身も同然。人間はか弱いとリーザは言ったけれど、例外もいますわ。ほら、〝魔導兵〟とかいう王の側近たち。あのような人間を量産できれば兵力は上がり、国力も上がる。延いては魔王様の格も上がるというものですわ」
『なるほどな。クニキリ、意見があれば聞こう』
「拙者はシノビであるが故、方針に口出すことは致しませぬ。拙者が為すべきことはただ一つ。間者となって他国に入り内情を詳らかにすること。入手した情報が魔王様のお役に立つなら無上の喜び。拙者の生きがいにござる」
『ゴドレッドよ。おまえはどうだ?』
「……我が望むのは戦うことのみ。しかし、もし許されるのであれば、軍事訓練の教官にはこのゴドレッドを任命くだされ。我が屈強なる兵士を育てて御覧に入れましょう」
『うむ。よくわかった。まずは内政に励む。侵略はその後……か』
世界六か国の中で最弱と言われたアンバルハル王国にさえ苦戦を強いられた。如何に勇者が脅威であるか痛感した今ならば、自軍の補強も顧みずに他国に戦争を仕掛けるような無謀は避けたいと考えるのが普通である。
だが――、と魔王は続けた。
『余の闘志がもう少し弱ければ聞き入れるのも吝かではないのだがな。それに、一国が陥とされた以上、神や他国ももはや黙ってはおらぬだろう』
守りを固めているばかりではいられない。攻撃は最大の防御とも言う。魔王の指摘のとおり、内政にのみかかずらっていては他国に付け入る隙を与えるだけである。
『しかし、おまえたちの言もまた無視はできぬ。そこで、新たに幹部を登用したい。内政も外交も――戦争をするにも「将」は必要だ。一人でも多いほうがいい』
幹部たちは互いに目配せをすると、リーザが代表して口を開いた。
「わかりました。でしたら当面は各地に封印された幹部たちの捜索と解放を。並行して国の統治を進めて参ります」
『頼んだ。アンバルハル国民が以前の生活に戻りたくないと思えるような国を作れ。亡命したヴァイオラ姫の帰る場所を失くしてやるのだ』
亡命先で連合軍を組織する腹積もりなのだろうが、内応する国民がいなくなれば他国の軍と同じになる。それどころか、国民が解放を望まなければヴァイオラからは大義すらも奪うことになる。
『だが、ヴァイオラの捜索も手を抜くな。反乱の芽は潰しておかねばならぬ』
「ははっ」
「ところで殺戮蝶よ、赤魔女はどうしたのだ? なぜこの場におらぬ?」
「ああ、あの子なら――」
クニキリの問いには魔王が直々に答えた。
『ナナベールは錬金部屋に籠もっておる。先の戦いで回復薬が底を突いたのでな、軍議や他の雑用から放免する代わりに補充に専念させておるのだ』
雑務からの放免と言えば聞こえはいいが、実際は錬金部屋への監禁であった。幹部たちは激務に追われているであろうナナベールに同情した。
魔王は『フフッ』と微笑した。
『なに、あやつにとって部屋に引き籠もり作業に没頭していることこそが喜びなのだ。あとで余が様子を見に行こう。臣下を直接労うことも大切だからな』
◇◇◇
「――てぇことで様子を見に来たよ、ナナベール! って、わああ!?」
画面いっぱいにナナベールの怒りの形相がドアップで表示された。
『テメエこらぁ! ウチを監禁して奴隷労働させるたあいい度胸だなあ! ぁあ!?』
どがーん! と、効果音付きで画面がめちゃクソ揺れる揺れる!
ナナベール、激オコです……
『ぶちコロスぞ、ごらぁ!』
「ひゃあああ! ちょ、タンマタンマ、落ち着いて! な、何で怒ってるの!? 部屋に引き籠もって思う存分錬金できるんだよ! 好きでしょそういうの!? 何が不満なの!?」
『ウチが好きなんは〝研究〟なんだよ! ウチが興味ある〝研究〟な! だのに、こんなクソ雑務ばっか押し付けやがってよぉ! 鬱陶しいだけなんじゃボケェ!』
「だ、だって仕方ないじゃん! アイテム補充は必須だし! ポーション無くなったのは事実だし! あたしはほら、魔王だし?」
コマンド入力したのはもちろん私だから監禁したのも私ってことになるけど、でもそれこそ仕方なくない? 私、責められる謂われないってば。
『ったくよー、こんなに働かされるなら森に引きこもってたほうが百倍マシだったっつーの! ああくそ、今から家出してやろーかなあ!』
「待って、待ってよもう! ごめんってば! アイテム補充が終わったらお休みあげるからさ! しばらく出撃させないし、錬金もなし! ね? それで許してよお!」
『……ふん』
ドアップだった顔が引いていつもの立ち絵に戻った。画面越しなのに胸倉掴まれてた気分。いやはや、ゲームキャラに詰められるのってこれはこれでスリルあるもんだね。
『今の言葉、後で忘れたとは言わせねえからなー」
「あ、はは……。で、錬金のほうはどう? 順調?」
『複製できたのはこの前の戦いで消費した量の半分ってとこだな。特に回復系ポーションはもうちょい時間が掛かりそうだ。小娘勇者とあのフウガって奴のせいでかなり使っちまったかんな』
「そっか。まあ、あれだけの戦いはそうそう起こらないから少しくらいペース落としても大丈夫かも。ありがとね、ナナベール」
『……』
なんだろ? ナナベールがじっと見つめてきた。
「どったの?」
『……いや、小娘魔王様の姿がな、ただの小娘にしか見えなくなった』
さらっととんでもないことを言った。
私の姿が……ただの小娘にしか見えなくなっただと?
「はえ!? どど、どういうこと!?」
『だから、ウチの目にはもう魔王様らしさが一切ねーって話。……あーいや、マントだけは偉そうだな』
「そ、それってつまり、私の顔が見えてるってこと!?」
『かもな。この顔がおまえの本当の顔なのか確認しようがねーけどよ』
そ、そっか。私も私の顔がゲーム世界でどんなふうに反映されてるかなんてわかりようがない。鏡みたいに立ち絵が表示されたらいいんだけど。
……あ、うーん。実写が表示されると世界観崩すからやっぱいいや。
『あと、恰好がめちゃくちゃエロい』
「立ち絵プリーズ!」
めっちゃ気になるっつーの!
私、ゲーム世界でどんな格好しちゃってんの!?
『しっかしおまえ、思ってたよりも幼いんだな。ウチと同じか下くらいじゃね?』
「え? うそ? ナナベールって歳いくつよ?」
『外見年齢ってことなら十三歳だな』
ホムンクルスだから不老不死なんだっけ?
実年齢はもっとずっと上なんだよね、設定上は。
「って私、今年で十五なんですけど! 十三歳より下ってことはないでしょ!」
『じゅうごぉ? 嘘つけよ。背ぇちっこいし、ガリガリだし、女らしさの欠片もねーぜ?』
「くおおおおっ! 言ってはならんことをぉおお!」
そりゃ小学生にもいまだに間違えられるけどさ!
ちょっと成長が遅れてるだけですぅ! これから成長期なんですぅ!
「胸だってこれからに期待なんだよ!」
『ま、夢見んのは自由だわな』
もう成長することのないホムンクルスにそんなふうに悟ったように言われると何も言い返せない。
くっそう。
『んで? これからもそうやってウチらに指図してくるんけ? 前にも言ったけど、おまえのその過干渉は全然魔王様っぽくねーんだわ。今んとこウチにしかおまえのこと認識できてねーっぽいけど、他の幹部が気づくのも時間の問題って気ぃすんぜ』
「え? それって、ナナベール以外の人ともお話できちゃったりするってこと!? マジで!? ヤッバ! そんなんめっちゃテンション上がんじゃん! ……あ、いや、やっぱナシ。それはそれでマズイか」
リーザとかグレイフルなんかは『魔王様』が大好きだから、魔王が私みたいな女の子になっちゃうと下手したら命令を聞かなくなる恐れがある。
クニキリとかの男性陣はその辺割り切ってくれそうだけど。
『まーな。魔王様に不信感持っちまったら魔王軍はすぐバラバラになんだろよ。できるだけ隠したほうがいい。気ぃつけろよ』
「うん。気ぃつける」
何だかんだで私のことを気にかけてくれるナナベール。
ぶっきらぼうだけど本当は仲間思いの優しい女の子なんだ。
この子がお兄ちゃんのわけない。お兄ちゃんだったらもっと辛辣だし、こんな隙見せるはずないもん。
くぅ! もう我慢できない!
「ナナベール! 大好きぃ!」
『ぎゃあ! な、な、なあっ!? てめ、い、いきなり抱きついてくんなあ!?』
え? 愛を告白しただけなのに、ゲームの中だと私いまナナベールに抱きついてるの?
なんて羨ましい……。ゲームキャラと触れ合える自分のアバターが恨めしい。
『はーなーれーろっ!』
ゲシッ! という効果音とともにナナベールの立ち絵が大きく遠のいた。どうやら足で蹴り剥がされたらしい。
「えー? そんなに照れることないじゃーん。女の子同士なんだし、こんくらいのスキンシップ普通っしょ?」
『普通なわけあるか! ウチはベタベタされるんは大っ嫌いなんだよ!』
顔を真っ赤にして、ナナベール。怒っているというよりは照れてる感じ?
なんだよ。
カワイイじゃん。
『どういうつもりだ!? あ!? 目的は何だ!?』
「いやいや、んな警戒しなくても……。ただ、好きだなーって思ったからその気持ちを伝えただけだよ。え? 普通じゃないの? これ」
学校通ってたときは友達に当たり前にやってたんだけどなー。
みんな喜んでくれてたし。
うん。やっぱ普通っしょ。
「ほら、あれだよ。私とナナベールってもう親友じゃん? これくらいしてもいいかなーって思ったんだよね」
『は、はあ!? 親友!? 誰が! 誰と!?』
「私が、ナナベールと。――は? 驚くトコそっち!? ちょっ、それめっちゃショックなんですけど! 親友だって思ってたの私だけだったの!?」
『ったりめーだ! いつウチがそんなもん許可した!?』
「許可なんて要らないよ! 私が友情感じたんだもん! その時点で親友! それでよくない!? え? なに? 私、変なこと言ってないよね!?」
『言ってる言ってる! おまえ、ずっと変だっつーの! 他人との距離感がおかしいんだよ! つか、頭おかしいだろ!』
ひどっ。
こうなったら意地でも親友になってやる。ていうか、もう親友だし。
そのうち絶対わからせてやる!
「とにかく! これからもよろしくねってことだよ! ナナベール!」
これから――もっともっとゲームは続いていく。
お兄ちゃんとの戦いにナナベールは絶対欠かしちゃいけないキャラクターだ。
こうやって絆を深めていくのも戦略のうちってね。
『……まあ、親友うんぬんはこの際置いておくとして、訊きたいコトがあんだけどよー』
ナナベールがジト目で切り出した。
「なに?」
『結局、おまえの目的って何なんだ? これからも、ってことはまだ目的は達成してねーってことだろ? 魔王様の中に入ってまで一体何がしてえんだ?』
目的……
最初はゲームの完全攻略、コンプリートが目標だった。
でも、今は――
「聞きたい? 聞きたいの? いいよ。ナナベールにだけ教えてあげる! 誰にも内緒だかんね!」
『うわ、めんどくせー。やっぱ聞くの止めよっかな』
私には味方が必要だ。ゲーム内でお兄ちゃんを見つけるための駒が要る。
私は友達に好きな人を打ち明けるみたいにコソコソっと耳打ちした。
「あのねあのね、私の目的は――」
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