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これから


 戦いは終わった。


 結局、英雄ハルウスの乱入によりかき回されたものの、魔王軍との戦争でアンバルハル王国軍側の敗北という結果が覆ることはなかった。


 数多くの兵士が命を散らし、幾人もの勇者がこの世を去った。


 そして今、最後の魂が残される者たちに別れを告げようとしていた。


「――俺はやっぱり英雄なんて柄じゃなかった。でもよ、コイツは違うぜ。いつかきっと本物の英雄になれる。昔っからその素質はあったけど、今回の戦いで確信したぜ。コイツはもっとスゴイ奴になる!」


 木こりの勇者ガレロは魔力切れを起こして意識を失った魔導士ハルスを、幼馴染であり弟分でもある親友を、誇らしげな眼差しで見下ろした。


「だからリリナ、あとは任せた。ハルスのことよろしくな」


 リリナは切なそうな瞳でガレロを見上げた。ガレロの姿は茫洋と輝き、今にも消えてしまいそうなほど儚げに瞬いていた。実体である遺体はすでに灰となって消失している。いま見えている影はガレロの魂の残像だった。


 もう間もなく消えてしまう。それがわかっていても膝にハルスを寝かしているリリナは立ち上がってその手を掴むことができなかった。


 逝っては嫌だと引き留めることができなかった。


「ガレロ……」


「そんな顔すんなよ、リリナ。俺はもう十分戦った。満足した。最後に全力を出す機会を与えてくれたハルスには感謝してもしきれねえ。目が覚めたらお礼を言っておいてくれ」


 それは遺言だった。何か伝え忘れがないかと逡巡したガレロは、そういえば、と思い出したように付け足した。


「おまえもさ。ハルスに負けないくらいスゴイ奴になるかもな。だからまあ、長生きしろよ。いつまでも、二人仲良く――な?」


 リリナはぐすぐすと鼻を啜るばかりで言葉が出ない。


 可愛がっていた妹分の泣き顔に苦笑を浮かべつつ、ガレロの姿が消えていく。


「がんばれよ、リリナ。がんばれ」


「おにい……ちゃん……」


 幼少期に慣れ親しんだ呼び方が思わず口を突いた。


 返答の声はもう聞こえない。


 ガレロの姿はどこにもない。


 ここに一つの英雄譚が終わりを告げた。本人は自身を英雄だとは決して認めないだろう。しかし、幾多の無名の人々によりその武勇は語り継がれていくことになる。英雄ガレロの存在はこれより妹分の口伝によって確立していくのである。


 とめどなく流れる涙はその決意の表明。悲しみに暮れるのではなく、忘れないようにと頬を伝う熱を心の奥底にまで刻み付ける。


 その雫は穏やかな寝息を立てるハルスの頬にも滑り落ち、彼女の意志もまた確実に伝わっていく。


◇◆◇◆◇◆


 晴天の下、平原に土煙が舞い上がる。


 魔王軍の主力軍が再び前進したのだ。陣頭指揮を執っているのは意外にもパイゼルとディビルのメイド姉妹だった。戦勝の鬨を上げながらの進軍はもはや誰にも止められない。


 魔王軍がいなくなった後方の平野には、武器を取り上げられたアンバルハル王国軍の敗残兵が部隊ごとに固まって魔族に監視されていた。捕虜となった彼らは皆一様に項垂れている。王国の滅亡を招いてしまったのだから無理もない。


「魔王様よー、とりま王都を占領しに行くけどいいよな?」


 ナナベールが箒に跨り飛んできた。まだ自身もフウガとの戦いで消耗しているにもかかわらず、すでに次の行動に移っていた。珍しくやる気を見せるナナベールに魔王は首肯しつつ肩を揺らして笑った。


『張り切っているな』


「ちっげーよ。リーザに言われて仕方なくだ。パイゼルたち使って軍を動かしたんはウチだからな、陣頭指揮もウチが執れってうるさくってよー。それ、リーザに押し付けたら、だったら魔王様への報告はウチがやれってさ。空飛べるから速いだろって。そりゃそうだけどよー。ったくよー」


 空を飛べて機動力があるのはグレイフルも同じなのだが、彼女がそんな使い走りをするはずもないのでナナベールが動くしかなかったようだ。


『そうか。よく機転を利かせてくれた。おかげで命拾いした』


 魔王が振り返った先ではアディユスが立ち去ろうとしていた。


 フウガ撃退のために協力していたとはいえ、アディユスとはいまだ敵対している状況だ。


 今、魔王を始め幹部たちは皆体力を大幅に消耗している。そこへアディユスやヴァイオラ一味に一斉に攻められれば、おそらく主力は全滅、この戦争も魔王軍の逆転敗北を期することになるだろう。


 だが、損耗しているのはアディユスたちも同じである。魔王たちよりわずかに余力があるというだけで、魔王軍そのものと戦えるほどの体力は残っていなかった。


 つまり、ナナベールが軍を動かしたことでアディユスたちもまた直ちにこの場から退かざるを得なくなったのだ。


『アディユスよ、再び余の配下とならぬか?』


「……たわけたことを。貴様はいずれ私が殺す。その日まで首を洗って待っているがいい」


 そう言い捨てると、アディユスは翼をはためかせてヴァイオラたちの許へと飛んでいった。


「アディユっちってよー、死んだフリしてまで魔王軍から抜けたかったみてーだけど、ンな恨まれるようなことしちまったんかよ、魔王様?」


『わからぬ。が、いつかは余の右腕に戻ってこよう。それまで好きにさせておく』


 根拠なく確信を込めて口にする。臣下との絆を、配下からの忠誠を信じて疑わない魔王の器量は、ともすれば足元に転がる誤謬を見落としかねない危うさをも孕んでいた。


 ナナベールは特に意見することなく魔王とともにアディユスを見送った。彼との師弟関係に余人が口を挟むのは野暮であるし、魔王の器量にもさほど興味がない。


 魔王が時空を飛び越える闇色のゲートを開いた。虚空に開いたこの亀裂の向こう側はハザーク砦の玉座に繋がっている。


『後のことは任せた』


「あいよ。リーザに言っとく」


 ゲートを潜って帰っていった。戦いが終わった以上いつまでも大将を前線に置いておくわけにいかないのも事実だが、戦後処理を押し付けられたほうも堪らない。度重なる戦闘で存分にくたびれきっていたナナベールは小さく溜め息を吐き出した。


「ま、ウチにはどうでもいいコトだけどよ。少しは部下を労わってやらねえとそのうち反乱起こされちまうぞ?」


 何気ない呟きは凝り固まった澱のようにいつまでもその場に漂った。


◇◇◇


 てなわけで、バトル終了。


 いぇーい! 大勝利ーっ! フォウフォオ――ッ!


 いやあ、熱い展開だったねぇ! 第三勢力の登場で、それまで対立していた魔王軍と勇者たちが協力するとか! 少年マンガの王道だよね! わかっちゃいたけどテンション上がったわ!


 こんな序盤でやられると正直盛り上がりに欠けるんだけど、私がこのゲーム二周目だからかな、割と楽しめた。


 アディユス様がライバルってのも熱かったな。正規版ではそういうの見られないから、結構新鮮だったかも。


 この変化版【魔王降臨】もプレイを続けているとそれなりに楽しくなってきた。


 これから先が楽しみだ。


 ところで――お兄ちゃんは一体どこに居たんだろう?


 ファイナルステージには間違いなく居たと思うんだけど、誰の皮を被ってたんだろう。


 あと、アディユス様は本当は生きてるの? それともマジで死んでるの?


 言及がなかったからよくわかんなかったな。魔導士ハルスの魔力が尽きて他の勇者たちがいなくなってもアディユス様は残ってたから、アディユス様が使役されていないのは確定した。じゃあ何なのかってのはまだ解き明かされていないけど。


 ブラフだった? でも、それって何のため?


 そりゃお兄ちゃんの策略に決まってるんだけど、じゃあお兄ちゃんはどこに居たのよって話になるんだよね。


 まさかお兄ちゃんがアディユス様だったりして……


 なわけないかwww


 あのお兄ちゃんがアディユス様とか似合わなすぎてお腹よじれるわwww アディユス様のキザでニヒルな口調をお兄ちゃんが真似してたと思うと痛すぎてオモロすぎ! やっば! めちゃくちゃギャグじゃんそれ! ひゃー、キッモwww


 ま、お兄ちゃんが誰か問題はひとまず保留だね。


 ゲーム画面では戦闘終了を示すポップアップが表示されている。


 各キャラクターのレベルが上がり、それぞれのステータスに獲得ポイントを振り分けて強化していく。この作業も慣れたものでほとんど脳死でこなしていく。


 すると、魔王ひとり玉座の間に戻ってきた。


 玉座を背景に魔王のモノローグと地の文がメッセージウィンドウに表示される。


『まずはアンバルハル王国。さて。次はどこを攻め込むべきか……』


『――魔王は地図を眺めながら軍略を立てた。そして、方針が定まった』


『決めたぞ。次に侵略するのは』


『――魔王が指さした地図上の一点が波動の熱で焦げて黒炭と化す』


『クックック。神め、いずれおまえの許に到達してくれる!』


『――戦火はなおも燃え広がっていく』


 てなわけで、第二章に続く!


 今度の舞台ではお兄ちゃん、絶対見つけ出してやるんだから!


 首を洗って待ってろーっ!


◆◆◆


 戦いが終わった。


 となれば、やるべきことは一つだけだ。


 着地とともに背中に生えた黒翼を仕舞うと、アニは走って出迎えてくれたヴァイオラに前置きもなく告げた。


「王都を押さえられたら次は王族が見せしめに殺される。おまえは魔族に捕まる前に急いで国外に脱出するんだ」


 その提案にヴァイオラはやにわに気色ばんだ。


「わ、私に逃げろと言うのか!? 国や民を捨てて!?」


「当たり前だ。王族が滅べば最後、アンバルハルの歴史は本当に幕を閉じる。だが逆に、その血が途絶えないかぎり奪還の芽はある。おまえが亡命しつづけるかぎり、それは残された民たちの希望になるんだ。……まあ、一部からは恨まれるかもしれないけどな」


「……亡命してどうするのだ? いや、そもそもどこに行けばいいんだ? 敗軍の将を受け入れる国なぞどこにもないだろう」


「それは交渉次第だな。魔王軍はこの先も世界征服へ向けて侵略を進めていくことになる。どの国ももう他人事じゃない。おまえを受け入れることで利があることを説けば応じる国は必ず出てくる。だから今、おまえは捕まるわけにいかないんだ。わかるだろ?」


 反論がないのを了承と受け取ったアニは頭を巡らせてジャンゴを探した。目が合うと、ジャンゴとリンキン・ナウトが走り寄ってきた。


「これから俺は陛下を連れて他国へ逃げる。拠点が固まったら報せるから、みんなを連れて追ってきてくれ」


「承知致しました」


「魔王軍が動き出した。街道は一本道。すぐにここにもやってくる。リリナとハルスを最優先で守りつつ撤退してくれ」


「わかっている。あの二人は勇者にも匹敵する戦力だ。むざむざ殺させはせん」


 三人は意識を統一させるとすぐに行動に移った。ジャンゴがリリナとハルスの保護に向かい、リンキン・ナウトは親衛隊の面倒を見るべく戻っていった。


 再び黒翼を広げる。飛び立つ前にこちらに向かってくる魔王軍の土煙を凝視した。


 魔王軍の兵隊を動かしたのはナナベールだ。その機転は確かに魔王と幹部たちを救った。もし魔王軍がいまだに後方に留まっていたとしたら、アニは少なくとも幹部を減らす行動に出たはずである。


(やっぱしナナベールは早いうちに殺しておくべきだな。妹はバカだが、魔女の頭脳は脅威だ)


(まあ、お兄様ったら! ナナベールどころか妹ちゃんを殺せる絶好の機会を逃したくせによく言いますの!)


 レミィがわかりやすく頬を膨らませた。口調や態度こそいつもの調子に戻っているが、このことはいつまでも根に持たれそうである。


(妹を殺す機会はこれから先いくらでもある。むしろ予定どおりだ。お楽しみはこれからだぜ!)


(レミィはそこまでのんびりするのは性に合いませんの。ですけど、いいですわ。お兄様のゲームですし。お好きになさいまし)


(ああ、好きにやらせてもらう)


「行くぞ、ヴァイオラ。しっかり掴まっていろ」


 腰に回した手に力を込めると素直に体を密着させてきた。


 ヴァイオラは顔を上げて毅然とした眼差しを平原に向けた。


「私は必ずこの地に戻って来る。アテアをきちんと弔うためにも」


「……ああ。そうだな。必ず戻ろう」


 目的が増えた。アンバルハルの奪還を心に誓い、アニはヴァイオラを連れて空高く飛び立った。


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