フウガVS◇◆②
どんなゲームにもバグは存在する。
たとえ動作が停止することなく物語がエンディングまで滞りなく進行したとしても、プレイヤーが知覚できない程度の不具合や開発者の意図せぬ挙動というものはどこかしらで必ず発生している。
というか、無いほうがおかしい。ゲームにバグは付きもの。ゲームが進行不可能にならない限り極小のバグは見逃されるものである。
でも、もしそれがプレイヤーにとってチート級の裏技になりうるバグだとしたら?
そしてそれを偶然見つけ出してしまったとしたら……?
使わない手はないよね。
チーターは悪しき存在だけど。ゲーム開発者への裏切りになっちゃうかもしれないけど。
負けられない戦いである以上、こっちも手段を選んでいられないのだ。
フウガを倒すことがこのステージのクリア条件だ。
そして、現状操作できるキャラクターは魔王のみ。魔王軍幹部は全員NPCになっていて、HPやMPは揃いも揃って『1』という瀕死状態。実質、このバトルから退場しているような状況である。
また、このバトルフィールドにおいてフウガに攻撃できるのは魔王とアディユスだけ。これでフウガを撃破しろっていうんだから条件はかなり厳しい。
つっても、実際のとこフウガに対抗できるのは〝闇の波動〟を持つこの二人だけなんだよね。ナナベールの《エンド》ですら微ダメージしか与えられないけど、〝闇の波動〟の攻撃は普通に効く。波動持ちならではの特性だ。
でも、やっぱり二人ってのはきつい。一方が回復しなくちゃならなくなったらもう一方はタンク(盾)の役目に徹しなくちゃならなくて……。すると、今度はダメージを負ったタンク役が回復に回り、復帰した方がタンク役を交代するという悪循環が発生する。
これではなかなか攻撃に転じることができないし、回復魔法やアイテムはいつか底を突く。そうなったらもうジリ貧。負けが確定しちゃう。
実際、HPやMPの回復ポーションはあと数えるほどしかない。気力ゲージをMAX状態にしてくれるアイテム【闘草】は残り一つだけ。
この戦いは長引かせたらこっちが不利になる。
だから、早いうちに勝負に出る必要があった。
画面の隅っこでひっくり返っている二頭身キャラたち。魔王軍幹部たちの不甲斐ない姿についつい声を荒げてしまう。
「みんなして何寝てんの!? それでも魔王軍幹部!? 情けないったら! ほら、立って立って! まだ戦いは終わってないよ!」
これまでの経験からきっと応えてくれるだろうと期待して発破を掛ける。
すると、予想通り立ち絵が現れた。
『これは……魔王様……。面目次第もございませぬ……!』
クニキリが苦い表情を見せた。その体は傷だらけ。いい男が台無しだ。
……被弾脱衣でクニキリの衣装がいい感じに破けている。引き締まった体が破れ目からコソッと見えていて……なんとも言えない色気が……
はっ!? いかんいかん! こんなのに涎を垂らしている場合じゃない! 空気を読まないと!
くそう! 今が最終決戦じゃなかったらなあ!
一応スクショしておくけど!
…………、よし!
「こほん!」
気を取り直して――
「とりあえず、生きててくれて嬉しいよ。でも、戦いはまだ終わってないからね。流れ弾に当たって死んだんじゃ笑えないから。せめて防御くらいしててよ」
バトルに参加していなくてほとんどオブジェと化していると言ってもここは〝お兄ちゃんが転生した【魔王降臨】の世界〟の中。どんな罠が仕掛けられているかわかったもんじゃない。用心はしておかなくちゃね。
『魔王様……アディユス殿を一人にしてよいのですか?』
クニキリの横にゴドレッドが並ぶ。
ゴドレッドの声は固かった。
というより、どことなく私を責めてる感じがするんだけど……何で?
別に責められるようなことしてなくない? アディユスは私の物だけど、今は人間側に寝返っているんだもん。それに強いんだし。一人にしたからって私が責められる謂われはないんですけどー?
「まあでも、心配する気持ちはわかるよ。アディユスだけじゃあのフウガってやつは倒せない。だから私はこっちに来たの。早いとこフウガをぶっ倒すためにね!」
『倒せるのですか? あの女を』
今度はリーザが立ち上がった。
「うん。みんなが協力してくれれば」
『ええ。ええ。そうでしょうとも! 魔王様もようやくわらわに跪きたくなったのですわね! よろしくてよ! わらわが救ってやりますわ!』
クニキリとゴドレッドを押しのけて、グレイフル。
「意味わかんないけど、グレイフルもお願いね」
『もちろんですわ!』
みんなの立ち絵が消えた後、ナナベールが声だけで恨めしげに訴えた。
『また無茶言う気じゃねーだろーなー』
「またって何よ、またって。これまで全部叶ってきたじゃん。今回もやれることやれってだけの話だよ」
『……それが無茶だっつーんだよ。今回ばっかりはな』
画面中央にナナベールの立ち絵がぬっと現れた。
「う……!?」
ナナベールだけ見るに堪えないほどにボロボロだった。被弾脱衣ってユーザーへのご褒美のはずなのに、今のナナベールは可哀相が先に来る。見た目はロリで子供だから血を流して衣服が破けている姿はかなり痛ましく映った。
「ど、どうしてナナベールだけそんなひどい怪我してるの!? HPが『1』なのはみんなも同じはずなのに!」
『……【高位天撃魔法】の煽りをいっちゃん間近で受けたからだな。やっぱ身の丈に合わんことはするもんじゃねーやな。命がいくらあっても足んねーわ』
正規版では、【高位天撃魔法】の発動条件は【魔王軍幹部全員での行使】と【全員のMP残量が『1』になること】だけだった。それでも結構な制約なのだけど、今回みたいにHPが『1』になるほど厳しくなかった。
おそらく、まだ習得していない魔法を無理やり行使した代償なんだと思う。
「つーかさ、そっちの無茶はあんたたちが自分でしたことじゃん。私のこと言えないじゃん」
『そうだよ。だから、もう無茶を聞く体力はねーって話な?』
「ま、なんとかなるっしょ。攻撃されないかぎり死ぬことないからへーきへーき。でさ、やってもらいたいことってのが」
『おい! 人の話聞けよ! こら!』
『赤魔女よ、貴様、先ほどから魔王様に向かって無礼だぞ』
見かねたクニキリが注意した。いいぞ、クニキリ。もっと言ってやってよ!
『魔王様に言ったんじゃねー。裏にいる奴に言ったんだ』
ぎくり。
ちょっ、そういうきわどい発言は反則でしょ!?
『は? 裏? 何の話だ?』
ほら、クニキリだけじゃなくてみんなキョトンとしちゃったじゃんか。
『別におまえらは理解しなくていいよ。独り言みたいなもんだ。気にすんな』
「そ、そうそう。気にしない気にしない。ナナベールの口の悪さは今に始まったことじゃないんだしさ」
『そうですか。ならばよいのですが……』
ナナベールの軽口を魔王である私が特に問題視していないので、クニキリも不承不承引き下がった。
「……ナナベール、あんた、後で覚えてなさいよ」
『けっ』
とはいえ、みんなが満身創痍なのは事実だ。このうえ無茶を重ねろとはいくら私でも言えない。
ていうか、無茶を言う気はさらさらない。
「お願いしたいことっていうのは他でもないよ。みんなにはもう一度【高位天撃魔法】を作ってほしいんだ。――あれ?」
無茶を言ったつもりはさらさらないのに、みんなの立ち絵が一斉に現れてどいつもこいつもびっくりしたような顔をした。
いや、正確に言うと、びっくりというより恐怖におののいている感じ。
『ま、魔王様……、お、お言葉ですが、それはさすがに……』
リーザの顔が引きつっている。
えー? そんなに変なこと言ったかな?
『無茶というよりは無理、……いえ、無謀ですわね。わらわはともかくとして、他の者には不可能ですわ』
『自害せよ、とのご命令であればその限りではありませぬ。しかし』
『我は無駄死には御免被る』
揃いも揃って反対してきた。
「なんでよ? だって、さっきは成功したじゃん。もっかいやってって言ってるだけだよ?」
『いや、それが無謀なんよ。さっき成功したのは偶々だし、もううちらには魔力も体力も残ってねーし。このうえ【高位天撃魔法】なんぞ撃ったら今度こそ全員命を落とす。そんくらいわかれよ、バカ』
ナナベールがもはや体面も気にせず悪態をつく。こいつぅ、私をバカと言いやがりましたか。
バカはあんたらだってーの。
「さっきも言ったじゃん。攻撃受けない限り死なないって。シナリオ上の演出ならともかくバトルフィールド上でならHPが『0』にならないと【撃破】されたことにならないんだよ。逆に言えば、どんなに無茶なことしたって死んだりしないってこと!」
『お、仰っている意味がわかりません……』
むう。みんなの中でも比較的頭がいいほうのリーザでも理解が追いつかないか。まあ、ゲーム世界の住人に「ここはゲームの中だよ」なんて言ったところでナナベールみたいに理解できるわけないよね。ナナベールだけが特殊なんだ。
今から概念的な話をして説得するのは時間の無駄遣い。
なんとか言いくるめるしかない。
「魔王の私が大丈夫って言ってんだから信じてよ。それとも何? 私の言うことが信じられない?」
『そ、そういうわけでは……』
リーザが反論に困っていると、グレイフルがずいと前に出てきた。
『信じさせたければ王としての器量を見せつけることですわね。臣下に疑われているようでは王の器ではありませんわ』
「言ってくれるじゃない。だったら逆に、言葉や行動がなくても王の心中を察するのが出来る臣下ってやつなんじゃないの? いちいち王様を疑ってたら臣下失格だよ?」
『お恐れながら申し上げます。魔王様を疑うわけではありませんが、【高位天撃魔法】は諸刃の剣にございますれば軽々に乱用するのは如何なものかと』
クニキリも追随してきた。
「あっそ。じゃあ、このまま何にもしないでみんな仲良く死ぬのがいいんだ? そうすりゃあんたらは満足なわけ? へえ。いつからそんな仲良しこよしになったの? 魔王軍幹部の矜持がどうとかいつも言ってる割りに諦めの速さだけはクソザコ級じゃん。そんなんならもう魔王軍名乗らなくていいから。私に迷惑」
グレイフルもクニキリも口をへの字に曲げて二の句が継げないでいる。
そりゃそうだ。私、何も間違ったこと言ってないし。
テンション下げるようなこと言うほうが悪い。
『なぜ選択肢を一つに絞るのですか? 他にも奴を打倒する方法があるかもしれぬのに!』
おっと。今度はゴドレッドがレスバを挑んできた。
でも、その煽り方は最低最弱だよ?
「そうだね。なら、提案してよ。その方法ってやつをさ。ほら、言ってみ?」
『う……、いえ、それは……』
「代替案すら無いくせにあれは嫌これは駄目っていう奴が一番無責任で卑怯だと私は思うんだけど、ゴドレッドは違うんだ? へえ。そう。あんたってそういう奴?」
『うぐぐ……』
はい。撃沈。文句しか言えない奴って大概頭弱いからなー。
『んじゃ、別口から反論させてもらうぜ。仮にもし誰一人命を落とすことなく【高位天撃魔法】が完成するとしてよー、きっと大した威力にゃならねーぜ? あれはうちらの体力と魔力を吸わせて威力を増幅させる魔法なんよ。どっちもすっからかんの今のうちらじゃハリボテしか作れねー。だとしたら、やる意味ねーぞ?』
うんうん。さすがはナナベールだ。ちゃんと理論立てて反論してきた。しかも、正しい認識に基づいて。
ナイスパス。私はこれを待っていた。
「やる意味あるならやるってことだね! なら、これでどうよ!」
私はコマンドを入力し、《参天闇衣/サンテンヤムイ》を解除した。
魔王の闇武装に変身していたアーク・マオニー三体がフィールド上に現れた。
「私と三人のアーク・マオニー、あと何人か体力と魔力をちょっとでいいから回復してくれたらさっきと同じくらいのもんが作れるでしょ?」
これにはナナベールも目をギョッとさせた。
『い、いいんかよ!? 魔王様の《闇衣》はそう簡単に発動しないレアスキルのはずだろ? それを解除しちまったら、たぶんもうこの戦いでは使用できねえぞ! ……つか、解除しちまった今それを言ってももうどうしようもねーけど』
ナナベールの言うとおり、この戦いの最中に魔王とアーク・マオニー三体の気力ゲージをMAX状態にするのはたぶん無理。攻撃力も防御力も大幅に減ってしまっているから、ゲージが貯まる前にフウガに殺されてしまうだろう。
でも、最強武装を解いてでも【高位天撃魔法】を撃ちたかったんだ。だって、そうでもしなきゃフウガには勝てないもん。
それに《闇衣》状態はステータスが極端に強化される反面、いくつか行動が制限されるんだ。具体的に言うと、使える魔法やスキルが少なくなる。あと、味方同士での連携スキルが使えない、とかね。
通常状態のほうが攻略しやすい場合もあるってね。今がまさにそう。
それに、――これで私が口だけじゃないってことが証明されたでしょ?
「これが私の覚悟だよ。あんたらだけに命を賭けさせるわけないじゃん!」
ま、勝算ありきの賭け、ではあるけどね。
『魔王様……』
私の覚悟を見届けると幹部たちの表情が引き締まった。
『魔王様が命を賭けるというのなら私たちもお供いたします。我々幹部で【高位天撃魔法】を作り出します。魔王様には後のことをお任せする形になります。如何でしょうか?』
「うん。それでいいよ。やり方はリーザに任せる」
『わかりました。じゃあ、魔力が高いのは私とナナベールね。あとアーク・マオニー三体。この五人分の魔力と体力で【高位天撃魔法】を作る。ナナベール、いま持っているポーションをすべて出しなさい。出し惜しみは無しよ』
『……へいへい。でも、さっきみたいな威力は絶対に出ねーぞ。アーク・マオニーが三体いるっつっても元は五体で一人の魔族なんだからよ。五人分どころか三人分に届くかどうかも怪しいぜ』
『ならば拙者も魔力を提供しよう!』
『クニちーから空っぽの魔力を搾り取ったって何の足しにもならんよ』
『ならば我の体力を回復してそれを使うがいい!』
『ゴドちーは確かに体力オバケではあるけどよー、今あるポーションで魔力と体力を回復できるのはうちとリーザだけでギリギリなんよ。アーク・マオニー、おまえらも魔力を消耗しとんのか?』
『僕たちはほとんど消耗していないよ♪ でも、君の言うとおりすでに二体を失っているからね♪ あまり期待には応えられそうにないかな♪』
『はあっ。どいつもこいつも』
『ただ――魔王様がこれで勝てると考えているんだから僕らはそれに従うだけさ♪』
よく言った。アーク・マオニー。
大丈夫。勝たせてあげる。この私が!
……アディユスが不確定要素なのがちょっと不安の種だけど。
なんとかなるよ。きっと!
ね? お兄ちゃん?
お読みいただきありがとうございます!
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