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フウガを倒せ!


〈――警告。直チニ行動ヲ停止シテクダサイ。停止ガ確認サレナイ場合、違反キャラクターヲ排除シマス〉


 その少女は誰にも接近を悟らせることなく突如として目の前に現れた。


 白い翼を生やした幼気な少女。金髪を後ろで一つに束ねた髪型が少女をより一層幼く見せている。


〈速ヤカニ行動ヲ停止シテクダサイ〉


 しかし、発する声には少女らしさは皆無。一切の感情がなかった。


 それだけではない。そこに見えているのに気配がしない。まるで皆の目にまったく同じ幻影が見えているかのようである。


 背中の翼は天使の証し。少女が神の使いであると察知した幹部たちはにわかに身を固くした。


「なに? なんなの!? この娘は」


「……停止しろとは高位天撃魔法のことか? こやつ、拙者らを妨害する気か?」


 少女の表情からはまったく敵意が窺えないのに、反論も抵抗も許されない雰囲気があった。遥か高みから見下ろされているような圧迫感。それは魔王様からときどき感じる圧倒的偉力に近しいものであった。


 誰も少女から目を離すことができず、動けない。


「アホ! こっちに集中しろい! そんな奴に構うな!」


 ナナベールが叫んだ。高位天撃魔法を発動させるのに必要な五人分の魔力塊が綻ぶのをかろうじて防ぎ、なおも維持に注力している。


 意識を引き戻されたリーザ・モアはしかし、少女への警戒を解くことができずにいた。


 リーザはこの感覚をかつて味わったことがある。


 王都アンハルの北門を攻めたとき、魔王様から対槍聖サザン・グレー用の応用魔法 《エンチャント・エアー》を授かった瞬間近しい感覚に襲われたことがある。


 世界を――いや、万物の理を足元からひっくり返すような変革の暴流。


 そのどうしようもない〝力〟をいま再び味わっている。


〈――繰リ返シマス。直チニ行動ヲ停止シテクダサイ。停止ガ確認サレナイ場合、違反キャラクターヲ排除シマス〉


 知らず、歯ががちがちと鳴った。


 この少女は……コイツは逆らってはいけないナニカだ。


「リーザ! クニキリ! ゴドレッド! グレイフル! てめえら全員うちの顔を見ろ!」


 皆の視線がナナベールの顔に引き寄せられる。ナナベールはわざと瞳を光らせて幹部たちの意識をそこに留めた。


 位置的にナナベールは少女に背中を向けている状態だ。少女が視界に入らないことで他の幹部よりも自制心が働いた。だが、誰よりも少女の異質ぶりを正確に理解できていたのはナナベールであった。


(あの小娘魔王と同類の気配がするぜえ……! 魔王様よりも上。神なんかよりもずっと上。そういう高次元の存在だ! こいつに歯向かったら間違いなく全員殺される……!)


 そんな高次元存在が高位天撃魔法の使用を止めにきた? どうして?


 考えられるのはこのことが世界のバランスを壊しかねないからだ。ナナベールが現時点で《エンド》を扱えるのと同様に、本来ありえない事象が起きようとしているので世界そのものが調整に乗り出したということなのだろう。


《エンド》の場合、伝授したのは魔王様だが、実際は高次元存在であるあの小娘魔王の計らいであるため、このような抑止力が働かなかったのかもしれない。


 だが、今回は下位次元の住人であるナナベールたちが勝手をしでかしている。おそらく見過ごせない暴挙であり、それを正しに来たというわけだ。


(憶測でしかねえけど、一旦そうだと解釈するぜ! だったら――)


「このまま高位天撃魔法を完成させちまおう! それまであいつのことは無視だ、無視!」


 誰からともなく出掛かった反駁を打ち消すかのように叫んだ。


「そもそもが一か八かなんだよ! エトノフウガに殺されるか天使に殺されるかって違いだけでやるこたぁ変わんねえ! そうだろ、リーザ!?」


「……ッ。え、ええ、そうね! そのとおりだわ! お願い、ナナベール!」


「おうよッ! けど、天使が現れたことで希望が見えたぜ! コイツは高位天撃魔法がぶっ放されると思ったから止めに入った! 見込みがねえなら放っておくだろうによ! つまりよー、うちらが《進化》できるっつー保証をくれたってわけだぜ!」


 それは確かな希望であり、同時に死神の鎌を首に突きつけられたこの状況は絶望的でもあった。魔法の実現か、それとも志半ばの死か。どちらに転んでもおかしくない。だが、ナナベールは小悪魔的な微笑を浮かべていた。


(面白ぇ! やってやんよ! よっく見とけ、小娘魔王!)


〈停止ガ認メラレマセンデシタ。強制排除システム作動。殺戮蝶リーザ・モア、鬼武者ゴドレッド、魔忍クニキリ、女王蜂グレイフル、赤魔女ナナベールノ排除ヲ実行シマス〉


 幹部たちの体が電子分解されはじめる。待ったなしの消滅に誰もが声を失った。ナナベールでさえその瞬間死を覚悟した。


〈――? オニイサマ? ナゼ止メマスノ? ……ワカリマシタ〉


 少女がそう呟くと、消滅しかかった肉体が時間を逆行するように再生されはじめた。


 おもむろに少女は宙に浮き、そのまま大気に溶け込むように姿を消した。


 全身を縛り付けていた圧力から解放されて、全員が堪らず息を吐き出した。


「……退いたの? 一体、どうなってるのよ?」


 リーザの問う声に答えられる者はいない。ナナベールだけが皮肉げに笑みを返した。


「この手の反則技は何度も使えねえってこった。今回は許されたみたいだけどなあ」


 どういうつもりかわからないが、一旦危機は去った。そして――


「できた」


 一瞬たりとも集中を切らさなかったナナベールはついに【高位天撃魔法】の魔力骨子を組み上げた。


 あとは命中させるだけ――


◆◆◆


 魔導士ハルスと斧闘家ガレロのコンビネーションはどの勇者の攻撃スキルよりもフウガを脅かしたが、しかしあと一歩が届かなかった。フウガの動きを捉え一撃を与えることだけでも困難で、剣戟を交えるほどにレベルの違いを思い知らされる。


 フウガがアテアの《眼光》を完全に物にしてからは誰一人として近づくことさえできなくなった。視線が爆ぜるという反則スキルを前に為す術なく倒れていく。


「つ、強すぎる……」


 自ら復活させた英雄の強さにハルスは歯噛みする。信じられないことにフウガは今、どこからも魔力を補給しておらず自律して活動していた。しかも、戦闘力に至っては彼女の地力でしかない。すべて自身の中身だけで賄っているのだ。元が死体、屍人であったことを考えればそれはありえない存在だった。


 すべての勇者が地面に膝を突き、使役者のハルスも心が折れかけた。


 フウガの勝利宣言とも取れる大言が響き渡る。


「うぬらはまことに面白い! 決めたぞ! 魔王をこの場で討ち果たし、わしが新生魔王として君臨するのじゃ! そこでうぬらをわしの配下にする! どうじゃ? わしに投降し、わしと共に世界を征服してみんか?」


 挑発に応じられる体力を残している者はいなかった。


 だがそのとき、フウガの勝ち誇った顔を歪めたのは意外な人物たちだった。


「聞き捨てならないわね。誰をこの場で討ち果たすですって?」


「……なんじゃ? ――ッ!」


 その瞬間、フウガは野生動物のように咄嗟に身構えた。


 魔王軍幹部たちがゆっくり歩いてくる。五人は黒々としたオーラをまとい、大気を流れて共有し合っていた。それは一個の巨大な蛇のように五人の間をうねっていた。


 フウガを中心に置いてそれぞれ五芒星の頂点に配置につく。オーラは円環に流れ、地面に魔方陣の紋様が浮かび上がる。静かに鳴動し、やがて地響きとなって賑やかした。


 百年前の人魔大戦、その終盤にも似たような重圧を感じたことがある。


 六花剣雄の勇者たちとともに魔王と死闘を繰り広げた。あのとき、魔王が何度となく使用した高位魔法の中にも同質の〝波動〟がなかったか。そうだ。確か、魔王のあがきに六花剣雄が全滅しかけたことがあったはず。これは、あの最終決戦の焼き直しだ。


 フウガの勘が警鐘を鳴らす。――今すぐここから退避せよ!


 幹部たちの囲みから抜け出そうとしたフウガであったが、ふと両脚に絡みつく違和感に気がついた。幹部たちのオーラに呆気に取られているうちに、いつの間にか両脚が氷に覆われていた。一度食らったことのある魔法ならばすぐにそれとわかる。ヴァイオラ親衛隊の魔導兵、氷の魔法使いレティア・ボウガ・タクラマスによる氷結魔法である。


「逃がさないわよ! ヴァイオラ様の仇ぃ!」


「小娘っ! それがうぬらの答えというわけじゃな! ――ぬ?」


 レティアに意識を奪われたその一瞬の隙を衝いてフウガの胴体に巻きついたのはシスターの勇者ベリベラ・ベルの《影手》と、神父の勇者サンポー・マックィンが伸ばした両腕であった。


「魔王軍を援護するようで気が進みませんが、あなたを倒すためです!」


「早くやっておしまいなさい! 赤魔女!」


 かつて殺し合った勇者に鼓舞されたナナベールは不愉快に舌打ちした。


(簡単に言うんじゃねえぞ、バカヤロッ!)


 足止めしてくれるのは正直ありがたい。だが、魔法の完成にはもう数十秒かかる。半端な完成度で撃ってもし仕留めきれなかったら全魔力を失ううえに体力を消耗するだけで終わってしまう。この一撃で決着をつけるための最終調整には一切の妥協が許されなかった。


「人間と魔族で共闘か? 涙ぐましいことだのう! じゃが――」


 レティアとベリベラ・ベルたちによる足止めはしかし、全盛期の戦い方をほぼ思い出した今のフウガにはその場に留めおく障害にすらならなかった。


《眼光》の爆発でまず氷を割り、自由になった脚でしかと大地を踏みしめると、ぎりぎりと胴体を縛り上げる緊縛の拘束に、身動き一つできないはずの部位から衝撃を与えた。《影手》とサンポー・マックィンの腕が巻きついている直下の皮膚から《寸勁》の打撃を打ち込んだのだ。二発目の《寸勁》で《影手》と神父の腕は粉々に吹き飛んだ。


「ば、化物め!」


 誰からともなく絶望的な称賛を口にする。


「くそがぁ!」


 ナナベールが絶叫する。――逃げられる。そうなったら二度と天撃魔法をぶつけることができない。この瞬間、この状況こそ最初で最後のチャンスだったのに。


 誰でもいい。誰か、フウガが《帆取》を使う前にその動きを封じてくれ。


 誰か――


 ボコン、と地面が陥没した。


 フウガの足許――今にも蹴り出そうとした瞬間を狙いすましたかのように、足場となる地盤が唐突に崩落した。フウガの脚は宙を泳ぎ、その場からの移動を完全に封殺された。


「な――んじゃと……!?」


 土属性魔法《ピットフォール/落穴》――


 ただ足場を崩すだけで掠り傷程度のダメージすら与えられなかったが、このとき、フウガを死地へと追い込む会心の一手は間違いなくこの低位人撃魔法であった。


〝壁〟崩落でできた高らかな瓦礫の山。


 その中央部分にいつしかぽっかりと穴が開いていた。


 そこからラクトの亡骸を抱えたロア・イーレット二世が顔を覗かせている。


 止めどなく流れる涙の中に憤怒を宿らせて――


「やれぇ、魔王軍! そいつをぶっ殺せえぇええええ!」


 人間側の全面的なサポートと、全幹部のありったけの魔力を総動員して編み上げた魔法が今、フウガの上空に出現した。


 それは太陽よりも輝かしく、常闇をも凍てつかせる虚無の孔。


 天と地の狭間に新たな世界が生まれ、万物を飲み込まんとする亜空の牙を拡げた。


 有象無象を塵に変え、神羅万象を崩壊させる超新星爆発。


 防御は無意味。回避は不可能。


 咄嗟に撃ち放った《ライトニング・ブレード》は音もなく孔に吸収された。もはやフウガに抗う術はなくなった。


「=ローセル=」

「=アングル=」

「=シュール=」

「=ラングラン=」

「=コギュ、ラ、マルタ=」


 魔王と魔王軍幹部にのみ与えられた【高位天撃魔法】が百年の刻を越えてついに殲滅の光を湛えた。


 敵味方一丸となり心を一つに束ねた想いが加速する――フウガを倒せ!


「いっけぇええええええ!」




《星の破壊者/テラエ・ワスターレ》




 超爆発が大地を、空を、すべてを消滅の光に包み込んだ。


◆◆◆


 大破壊に見舞われたリームアン平原からおかしなことに熱気が失われていた。焦げた大地が燻り白煙を立ち上げているにもかかわらず、大気は寒々しいまでに凍えきっていた。


 高位天撃魔法は燃焼による消滅ではなく虚無の侵食が本質なのだろう。体が融解していく激痛を乗り越えて、まだ体躯を維持できている奇跡にまず驚いて、フウガはようやく意識を覚醒させた。


「……まだ生きておるようじゃの」


 しかし、生命力を半分以上も持っていかれた。相変わらず恐ろしい魔法である。幹部の数が多ければ多いほど威力を増すのが【高位天撃魔法】である。あと一人か二人数が違っていたならばこうして目を覚ますこともなかったかもしれない。


 フウガは大ダメージを負った。


『4098』



―――――――――――――――――――――――

 フウガ     LV.60

         HP  3446/7900

         MP     0/0

         ATK 355

―――――――――――――――――――――――



 だが、これで終局だ。


【高位天撃魔法】の爆発の煽りを食らった者たちが瓦礫に埋もれ倒れていた。勇者も魔族も息絶えた者はいなかったが一様に満身創痍だった。体力も魔力も精も根も尽き果てた奴ばらが立ち向かってくることはもうないだろう。


 元〝壁〟だった瓦礫の山は【高位天撃魔法】の余波で大部分が粉々に吹き飛んだ。そんな中に明らかに人工物と思しき岩の洞穴があった。不自然なその()()()()は土魔法で建造されたものであり、姿が見えないヴァイオラ親衛隊を収納しているのは気配を嗅ぎ取るまでもなく瞭然であった。


 ロアの土属性魔法だ。フウガの隙を生み出し、天撃魔法から仲間を救った。〝壁〟の天辺では腑抜けた小僧と侮ったが、まさか足元を掬われるとは予想だにしなかった。


 ()()()()が元の土に還ると、中からは親衛隊の面々と、〝壁〟崩落に巻き込まれて死んだはずのヴァイオラ・バルサが現れた。


「なるほどのう。あの崩落の最中、土魔法でシェルターをこさえたというわけか。そのあとも瓦礫の中で息をひそめて隠れておったのじゃな。そして、気配が感じ取れなかったのは小娘の結界魔法が邪魔をしておったからか」


 クレハの結界はなおも半球状の膜を張ってヴァイオラやルーノ、アザンカを内側に入れて守護していた。


 結界の外にはリリナ、レティア、ロア、ジャンゴ、リンキン・ナウトが毅然と立ちはだかった。


 頼みの綱だった【高位天撃魔法】が直撃したにもかかわらずフウガを倒しきることができなかった。彼らは今、きっと死をも覚悟していることだろう。けれど、その目から希望の光はまだ消えていない。フウガを倒そうと一縷の望みを探っていた。


 煩わしい……


「遊びはここまでじゃ。うぬら全員を構ってやるのもばかばかしい。この一撃で終わらせる」


 アテアの長剣を振りかざし、アテアの必殺剣を再現する。


 全方位に向けて放たれる紫電の波紋なら一度でこの場にいる全員を――王族も平民も同胞も勇者も魔族も誰も彼をも殺し抜く。


 全力の一撃。勇者のつるぎが雷光を一手にかき集めて輝いた。


「《ライトニング・バスター》ァアアアアア!」


 円の軌道で撃ち放たれた光の波は半径一キロメトル以内にいる生物すべてを焼き尽くしていく。


 閃光が奔り抜け――


 フウガVS人魔連合軍の戦いは終焉を迎えた。




 そして――正真正銘、ラストバトルの幕が開く。


お読みいただきありがとうございます!

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