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女王蜂グレイフル


 海洋の【南境マジャン・カオ】――群島から成る島嶼国家である。


 地理的なイメージだと、現実世界で言うところの赤道直下の島国って感じだ。


 んで、お国柄は南国リゾートっていうの? 背景CGは透き通るような海と真っ白な砂浜にヤシっぽい木が生えていて、BGMもトロピカルっぽい感じだ。


 百を越す大小様々な島は、その一つ一つがマジャン・カオ国内の自治区とされている。主な産業は漁業。他にもサンゴや宝石が多く産出され、装飾品の加工も盛んである。


 一方で、中には海賊が占拠する島が点在し、国家内での武力紛争が後を絶たない。六大国中最も治安が悪いとされている。


◇◇◇


 紛争域の中に【名も無い島】があり、そこには南国特有の密林が広がっていた。


 密林の奥には太古の文明を引き継いだ――というか、古いしきたりからいまだ脱皮できないでいる原住民【ハボホロイ】が築いた岩の遺跡があった。巨大な蔓が巻き付いた遺跡の外壁には、幾多の壁画や象形文字が彫られており、何がしかの信仰があったことを窺わせる。この世界に神は一つだが、異教徒もまた存在しているのだ。


 遺跡の中を松明が揺らめいた。


『……』


 リーザ・モアの立ち絵が現れる。


 入り口から中を覗き込み、つまらなそうに佇んだ。


『こんなところに引き籠もって一体何をしているのかしらね。あの肉塊単細胞は』


 その声は不機嫌を通り越して殺意すら籠もっている。


 魔王復活の余波を浴びて各地で封じられていた元幹部たちは続々と目を覚ましている。しかし、神の手による結界はあまりに強固で、味方である魔族の助けがなければ自力での突破は不可能だった。そう。【魔忍クニキリ】がゴドレッドに救出されるまで外に出られなかったように。


 現状、封印されている幹部たちは救出があるまで牢獄でじっとしているしかなかった。


『それが普通だというのに、ここに捕らえられたあのバカ女ときたら……』


 リーザの眉間にしわが寄る。閉じている目が今にも開きそうなほどに感情を昂ぶらせている。


 リーザの気配に気づいたハボホロイたちが、石仮面を被り、石槍を携えて、遺跡の奥からわらわらと現れた。半裸の男衆に囲まれて、嫌悪感を露わにするリーザ。


 族長が代表して前に出る。


『異国の悪魔よ。何しにここに来た?』


『――チッ』


 人間風情め。口を利くのも煩わしい――とばかりに舌打ちする。だが、話を聞かねば何もわからない。……大体の予想は付いているが。


『ここに派手な服を着た高慢ちきなデカブツ女が居ますでしょう? お出しなさい』


『な、なんと罰当たりな!』


 どよめくハボホロイ。


 一斉に石槍の穂先がリーザに向けられる。


『我らが女神・グレイフル様にそのような暴言! 許すまじ!』


『女神? あの豚女を崇めているだなんて哀れな子たちね……』


『ま、またしてもそのような口を! おのれ、悪魔め! 女神様が仰っていたことは本当であったわ! 黒羽を生やした盲の年増は口の利き方を知らぬとな!』


『……』


 リーザは微笑を浮かべたまま、額に青筋を立てた。


『あの女が私のことをそのように喋ったのね? ということは、私がここに来た理由も把握しているのでしょうね。まったく。予想していた通りだわ。あの豚女、封印されているくせにそこを【巣】にするだなんて。どれだけがめついんだか。でも、安心したわ。相変わらずバカそうで』


『ええい! 女神様へのそれ以上の侮辱、許してなるものか! 皆の者、構えよ! 年増の悪魔よ、この場で八つ裂きにしてくれる!』


 コ・ロ・セ! コ・ロ・セ! コ・ロ・セ! コ・ロ・セ!


『成敗ッ!』


 えいやあ、と族長自らリーザに襲い掛かった。


『――――、ッ』


 リーザ、開眼。


 その瞬間、突風が走りぬけ、リーザを囲んでいたハボホロイたちは皆あっさりと吹き飛ばされた。族長もひとたまりもなく遺跡の壁に叩きつけられて悶絶する。


 石仮面が割れて露わになった族長の頬を、高いヒールで踏みつけにした。


『もう一度言います。私よりも年増で高慢ちきな勘違いも甚だしいデカブツ豚女を今すぐここに寄越しなさい。さもなくば――もぐわよ』


『ひ、ひぃいいいいいいいっ!?』


 ハボホロイは恐慌に陥った。族長を置き去りにし、股間を押さえて遁走する。


『め、女神様! グレイフル様! お、お助けくださいぃいいいい!』


 族長の絶叫が天に届いたのか、どこからともなく声が響いた。



 ――よくってよ! よくってよ! よくってよ!



『……』


 頭痛を堪えるように顔を顰めるリーザ・モア。


『わらわへの謁見を許可して差し上げますわ! さあ、おいでなさいな!』


 この声、この喋り方――百年前からちっとも変わらない。


 封印されているくせに原住民を篭絡して神の座についた愚か者。そんな暇があったなら、封印を解く努力をしていろというのだ。できることならこのまま封印しておきたい。

 しかし、魔王様のためにも手駒は必要で、グレイフルはたとえ性格に難あれど弾除けくらいにはなり得る戦力だ。それだけはリーザも認めている。


 族長の尻を蹴り上げて遺跡の中を案内させた。遺跡はハボホロイ族の神の神殿だった。


 入り口から通路をほぼ一直線に進むと、大きく開けた場所に出た。その奥には石造りの玉座が高々と聳え立っていた。見上げれば、神殿の主がリーザを見据えていた。


 玉座から黄金の光が降り注ぐ。


『をーっほっほっほっ! よくいらしたわね、リーザ・モア! 歓迎いたしますわ!』


【女王蜂グレイフル】


 南国の孤島にあって場違いな純白ドレスを纏った金髪の貴婦人。


 釣鐘型に膨らませたフープスカート。レースとフリルがあしらわれた日傘。その日傘を持つ手にはオペラ・グローブが装着されていて、やはり純白。そして見事な金髪縦ロールがドレスの純白に映えて輝いている。玉座を覆うほどに敷き詰められた貴金属はハボホロイからの貢物であろう。仁王立ちするグレイフルはまるで「パンが無ければケーキバイキング」を座右の銘にしていそうな、頭の足りない姫君といった貫禄を放つ。


『わらわの王国は如何かしら? リーザ』


 リーザの姿を認めると、自慢げに口にした。リーザは不快感を露わにして、


『不潔で最低だわ。半裸の男を侍らせて何が楽しんだか。理解に苦しむわ』


『あれらはただの働き蜂。わらわに尽くすのなら種族も見た目も気にしませんわ。家来に優劣はありません。等しくわらわの物ですの。この感性が理解できない者に王たる資格はありませんわね。残念でしたわね、リーザ?』


『無くて結構よ。そんな下品な感性なんて』


 女王蜂の異名は【カリスマ値】の高さだけが由来ではない。リーザに差し向けた日傘の先端は巨獣さえ屠る必殺の針だ。


『リーザ』


 グレイフルが微笑する。


『相変わらず貧乏臭い顔をしくさってますわね。野草を寝床にする癖、まだ治っていませんの? 臭いますわよ? 青クサい臭いがプンプンと』


『貴女こそ趣味の悪さに一段と磨きが掛かっているようで安心したわ。バカみたいよ? そのでかい図体に似合いの格好をいい加減選ぶことね。せっかくのドレスが憐れだわ』


 ばちばちと視線だけで火花が散り、そばに控えていた族長は巻き込まれては堪らんと早いうちにケツを捲って退場した。


『それで? 貴女、ここから出てくる気あるの?』


『リーザがどうしてもと言うのなら考えなくもありませんわ。ここを出た暁には下僕にして差し上げます』


『そう。短い付き合いだったけれど、貴女のことは魔王様に報告するまでは忘れないでいてあげるわね。さようなら』


 踵を返すリーザ。


 グレイフルはふふんと勝ち誇る。


『あら? よろしいんですの? 魔王様は封印されたわらわを解放して差し上げなさいと言ったのではなくて?』


『どうして貴方なんかに、差し上げなさい、だなんて言葉遣いしなくちゃならないのよ』


『どうなんですの? わらわを置いて逃げ帰るつもりですの? このような僻地に居る時代遅れの原住民が恐くて遺跡にも近づけませんでしたと、魔王様に泣きつくおつもりですの?』


 無視する。そんな挑発には乗らない。


『あらそう。でしたら魔王様にたっぷり慰めてもらうといいですわ。魔王様も大変ですわね。こーんな使えない部下をお持ちになって。わらわがその立場だったら耐えられそうにありませんわ。魔王様ったらどれだけ不感症なのかしら。いえ、もしかして、不能、かしらん?』


『……』


 立ち止まる。振り返るリーザの顔は無表情であった。


『あーら恐い顔。リーザ? もしかして怒った? リーザ? 魔王様を貶されて怒ったの? ねえ、リーザ?』


『……いいえ。少しばかり気が変わったわ。解放してあげるから待っていなさい。あと、名前を連呼しないで。気に触るわ』


『フフン。わらわの為に身を粉にして働きたいのなら素直にそう言えばよいものを。まあ、いいですわ。さあ、わらわをこの陰湿な岩牢から今すぐ解き放ちなさいな!』


 場面が変わり、戦闘フィールド画面に切り替わる。


『……』


 二頭身にデフォルメされたリーザが何やら詠唱をし、黒い炎に包まれる。いや、炎のように見えたモノの正体は無数に飛び交う黒羽の蝶だ。蝶の大群がリーザから解き放たれ、8の字を描くように交差しながら玉座に居るグレイフルに突撃する。


 後に覚える固有スキル《蝶・インフェルノ》が炸裂した!


 玉座が丸ごと黒い火柱に覆いつくされる。ズゴゴゴゴッ、という地を割らんばかりの効果音が威力の程を演出する。


 玉座を中心に一帯が黒焦げになり、真ん中に居たはずのグレイフルの姿はない。


 燃え尽き灰となって死んだのか。


『……チッ』


 リーザの舌打ち。


 会心の攻撃スキルはしかし、すんでのところでかわされていた。


 画面上部からグレイフルが、背中に生やした蜂の羽を忙しなくはためかせて、ゆっくりと降下してくる。


『……いきなりご挨拶ですわね、リーザ・モア。どういうつもりか聞かせなさいな』


『生かしておいても意味がない――そう思っただけよ』


『わらわを解放しにきたのでしょう? 魔王様の命に背くおつもり?』


『いいえ? 遺跡に敷かれた封印を壊そうとしたら誤ってトロくさい味方まで一緒にぶっ飛ばしていた、なんてよくある話でしょ? 事故よ、事故』


 事故で死ぬ程度の奴は魔王軍幹部に要らない――という主張だ。グレイフルも意を得たりと大仰に頷いた。


『ええ、ええ、そうですわね。よくある事故ですわ。なら、助けに来たお仲間が救出の際に身代わりになって命を落とす、なんてこともよくあることですわよねえ?』


『ええ。よく聞くわね。もっともそんな間抜けはこの場に一人で十分だけど?』


『リーザのことよね?』


『貴女のことよ』


『……』


『……』




『『死ねやアアアアァァァアアアアァァアアアア――――ッッッ』』




◇◇◇


 唐突に始まる幹部同士の仲間割れ。


 だが、これも正規に用意されたボス戦イベントだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――

 特殊ステージ『南境マジャン・カオ/名も無き島――黒白合戦』

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 勝利条件【女王蜂グレイフルの撃破】

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