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フウガVS逆英雄④


 元英雄と、死んだ勇者たちが織り成す激戦と死闘。


 夢の競演。夢の時間。


 憧れの形――


 膨大な魔力を吸われて呼吸も荒々しく膝に手を突くハルス。


 その真横に立つガレロはにやにやと口元を歪めて楽しげに勇者たちの戦いを眺めていた。


「見てみろよ。すっげえよな、あいつら。あれでこそ勇者だよなあ!」


 同意に頷く声はない。確かに彼らは生前の意識を取り戻した本物の勇者たちではあるが、どこまでが本当かは使役しているハルスにももうわからなかった。操っている自覚はない。しかし、無意識下で操作している可能性がある。ハルスの支配下に置かれてしまった勇者は性能がいいだけの傀儡人形と言ってよく、そんなものに崇拝の念を抱かせることは勇者にもガレロにも申し訳ない気持ちになった。


 卑屈になっていることも自認する。だが、フウガを復活させてしまったこと。それにより大切な人を死なせてしまった罪悪感と後悔が、元来の意気地のなさにさらに拍車を掛けていた。


 どうして前を向いていられるだろう。魔力消費の疲労とは別に、顔を上げることがハルスにはできなかった。


「さて、と。俺も参戦してくっかなー」


 ハルスからの応答がないものと諦めたのか、ガレロは飄々と歩き出した。


「ごめん、ガレロ……」


 それを振り絞るような声で――謝罪で――引き止めた。


「あん? 何が?」


「こんなはずじゃなかった。君に僕たちの英雄と戦わせたくなかった」


 英雄ハルウスという偶像を貶めたことで二人が後生大事に抱えていた〝少年心〟を裏切る結果となった。原初の動機に突き動かされて殉死したガレロにしてみれば生き様を根底から否定されたようなものである。


「気にすんな」


 けれど、ガレロは清々しい面付きで笑った。それがどうしたと言わんばかりに。


 それから、斧を前方に差し向けて振り返った。


「なあ、ハルス。俺たちがなりたかったもんって、アレか? あのフウガっていう頭のおかしい女のことか? それとも、我が強くて協調性も皆無なあの変人どもか? 結局よ、憧れなんつーもんは手前勝手なものなんだよな。勝手に憧れて、勝手に失望して。それは本人たちのせいじゃねえ。俺たち側の問題だ。だから、大した問題じゃない」


「ガレロ……」


「ガキの頃に憧れた英雄には今からなればいいだけさ。本物の英雄ハルウスがどんなんでも関係ねえ。気に入らねえなら〝てめえは違う!〟っつって否定してやりゃいいんだ。誰に断る必要はねえぜ? 誰に遠慮することもねえ。こっから新たな英雄譚を俺たちの手で紡いでいきゃいい!」


 この道が間違っていなかったと胸を張れるように。


 この先がどうなっていようとも踏み出せるように。


(――そうだ。そうだった)


 子供たちを導いてくれる英雄にハルスたちは憧れた。


(なら、今は? 僕を導いてくれる英雄はどこ?)


 探すまでもない。もう目の前にいる。


「ガレロ、前に約束しただろ。僕が君を英雄にするって。名も無き英雄なんかじゃない。そんなものに落としてやるもんか! 君はガレロだ! アコン村の勇者、斧闘家ガレロだ! 後世誰もが耳にする名だ! さあ、ガレロ! 戦ってほしい! 君は今、相応しき戦場に辿り着いた!」


「へへっ。いいな。達者な口上だぜ。やる気も上がってくるってもんだ。――おっしゃあ! そんじゃ一丁景気よく英雄様をぶっ飛ばしてくっかな!」


 ガレロは斧を肩に担ぐと、暴風渦巻く戦場へと足を向ける。それを羨望と憧憬の眼差しで送り出した。


 ガレロは二歩三歩と前進したところで不意に立ち止まり、振り返った。


「おい、何してんだよ、ハルス。おまえも行くんだぜ?」


「え? で、でも、僕は」


 突然の誘いに狼狽してしまう。そんなこと思ってもみなかった。


 咄嗟に辞退する言い分が脳裏に浮ぶ。まず役割の問題。魔力を供給するハルスは言わば勇者たちの生命線。狙われることは確実であり、後方支援役が前線に出るのは軍略的に愚の骨頂である。


 次に戦闘力の問題。論ずるまでもなくハルスにフウガの武力に対抗できるほどの実力はない。しかも魔力消費に伴う激痛にも耐えている今の状況ではまともに動くことすらできないだろう。ガレロたちの足手まといになることは目に見えている。


 何より――


「僕は勇者じゃない……」


 何より意気地を挫くのは「相応しくない」という自己評価だった。


 あそこは、正真正銘、勇者たちの独壇場。一般人が割って入る余地はない。そんなことを思うことさえおこがましい。


 闇魔導士なんていう汚れた身分の分際で……


 辺境の集落出身のたかが村人のくせして……


 どうして彼らに交じって「英雄ごっこ」ができるだろう。今、この戦場に参加できているだけでも過分なのに、これ以上を望むのは凡俗な自分には荷が重すぎる。


「行ってくれ、ガレロ。僕はここから君の活躍を見届ける」


 そう言って俯く。臆病風に吹かれたハルスに呆れたガレロの顔など見たくなかった。視界の端に見えるガレロの足元が踵を返していなくなるのをただ待った。


 しかし、視界から足元が消えることはなかった。


「何言ってんだ、おまえ」


 それどころかガレロの両脚がずかずかとハルスに近づいてきた。


「勇者じゃないからなんだってんだ? 勇者じゃなきゃ英雄じゃねえってか?」


 肩を強く掴まれて思わず顔を上げる。真っ向からガレロの鋭い眼差しとぶつかった。


「勇者じゃなくても英雄にはなれる! 違うか!? ハルス!」


 その言葉は、がつん、と耳朶だけでなく胸の奥まで揺さぶった。


「なあ、ハルス。俺たちがなりたかった英雄ってのはさ、英雄ハルウスだったりアテア王女だったり、そういう戦士のことだよな。神秘と奇跡で敵を殲滅する。そういう圧倒的な力のことだよな。

 ああ、確かに俺にならなれるだろうよ。俺は神様に勇者として選ばれた。この力があれば幾千の魔物だって蹴散らすことができるぜ! 実際にしたことあるしよ!」


 その経験と実績が自信を生んだのか、かつて勇者になったことを悔いた面影は今のガレロにはない。


「だがな、一度終わった俺にこうしてチャンスをくれたのはハルス、おまえなんだぜ? おまえがいなけりゃ俺は今、ここにいない。こうして立っていない。おまえがいてくれるから、俺は勇者として蘇ったんだ。神様はきっかけを与えてくれたがよ、俺を勇者にしてくれたのは、ハルス、おまえなんだぜ!」


 昔、似たようなことがあったとふと思い出す。


 立ち入ってはいけないと言われた森の奥にガレロと二人足を踏み入れた思い出。ガレロが悪魔に囚われたと勘違いして勇気を奮い立たせたあの出来事。


「ち、違う! 僕はそんな大それたことはしていない! 僕はただ禁忌の魔法を使っただけだ! こんなの死者を生き返らせて使役するだけの汚らわしいスキルじゃないか! 勇者の力は君たち自身の力だろ! 僕はそれを利用しているだけの汚らわしい魔術師でしかないんだよ!」


 理性が女々しくも抵抗する。思い出に引っ張られないように、物分かりのいい大人のフリをして、どこまでもしがない自分を正当化しようとした。それを――


「うるせえ、ばかったれ! いじけるのはもうやめろ!」


 ガレロの一喝が頬を打つ。


「なあおい、見てみろよ! 英雄と勇者の姿をよ! あいつらをここに引き戻すことが他の誰にできるってんだ!? おまえにしかできない奇跡じゃねえか!? きっと神様にもできやしない! そんだけすげえことをしでかしたんだよおまえは!」


 一緒には行けないと涙をこぼして叫ぶハルスを、聞き分けの無い子供を叱るように、ガレロが強く優しく掬い上げようとする。


「いいか耳ん穴かっぽじってよく聞きやがれ! おまえが俺を英雄にしようとするように、俺もおまえを英雄にしてやりたいんだ! そして、おまえにはそれに見合うだけの実力がある! 魅力がある! 運がある!

 過小評価してんじゃねえぜ! どんな勇者にだって起こせない奇跡をおまえは起こした! おまえにしかできないことをしでかした! 俺たち勇者があの英雄ハルウスを倒すことができたなら、俺たち勇者を蘇らせたおまえこそ本当の英雄だ、ハルス!」


 痛いくらいに肩に食い込むガレロの指が懸命にハルスに訴えた。


「俺がおまえを英雄にしてやる! だから――最前線まで付いてこい! 俺の――俺たちの最後の戦いをッ、おまえがッ、一番間近で見ねえでどうすんだ!?」


「……ッ」


 ああ――


 かつてなりたかったものは遠い場所にあったのだ。


 手を伸ばしても届かない。いつしか手を伸ばすことさえ諦めた。


 なのに――


「来い! ハルス!」


 ガレロが手を差し出す。この手を握れ、と。あの場所に行くぞ、と。


 英雄になるために。


 今なら届くかもしれないその場所に。


「ガレロ……!」


「ハルス!」


 手を……握った!


 あのときのように引っ張り上げてくれる大きな手。


 勇気を与えてくれる者。


「行くぞ! 俺たちがなりたかったものになるために!」


「ああ……、ああ! 英雄ハルウスの亡霊をぶっ倒す! 本物の英雄は僕たちだ!」


 涙をでたらめに拭って顔を上げる。恐ろしい戦場が向こうに見えていて、きっとこの一歩を踏み出せばあるいは生きて帰ってこられないかもしれない。


 身の程知らずは百も承知。けれど、自分が誰よりも認めた勇者が背中を押してくれるのだ。それだけでもう迷いは吹っ切れた。勝つと――英雄になると――疑うことなく信じられた。


 追いかけるだけだった背中の横に並び立ち、ハルスは力を開放する。


 さあ、悪魔退治を始めよう。




 ここに新たなる〝勇気ある者〟が誕生した。


◆◆◆


 ガレロとハルスがフウガ討伐の乱戦に参加したことで戦況はますます混迷を極めた。


 ガレロの斧スキルが脳天の割断を狙い、ハルスの強化された剣術が拙いながらも斬首を図る。呼応するように他の勇者もフウガの退路を塞ぎ、味方の攻撃のサポートに回った。隙あらば命を狙うしたたかさはあれど、協調性が欠片もないと思われていた勇者たちがこのときだけは奇跡的に一致団結していた。


「ふはっ! ハハハハッ!」


 それでもフウガに届かない。掠り傷程度のダメージしか与えられていない。あまりのレベルの違いに勇者たちの顔にも焦りが生じる。


 そして――フウガの眼光が綺羅星の如く輝いて空気を爆発させた。剣姫アテアから盗んだ《眼光》の衝撃をまともに食らい、勇者たちはついに地面に膝を突いた。


 中央に立つフウガに疲労の色はない。なおも愉悦の笑みを浮かべ、ハルスや遠くに見えるヴァイオラ親衛隊の面々を眺め回すと、大気を震わすほどの大音声で宣言した。


「うぬらはまことに面白い! 決めたぞ! 魔王をこの場で討ち果たし、わしが新生魔王として君臨するのじゃ! そこでうぬらをわしの配下にする! どうじゃ? わしに投降し、わしと共に世界を征服してみんか?」


 フウガにとって二度目の生は単なる暇つぶしでしかなく、その場の思い付きで言っていることは明白だった。もちろん、そんな戯言に付き合う人間は誰もいない。


「聞き捨てならないわね。誰をこの場で討ち果たすですって?」


「……ほう?」


 だが、魔族だけは例外だ。フウガの大言は魔王軍幹部たちの怒りを買った。完全に彼らを失念していたフウガは失笑を抑えきれず声の主――リーザ・モアを振り返った。


 ドス黒い〝波動〟をまとった集団が一列に並んで向かってくる。殺戮蝶、鬼武者、赤魔女、魔忍、女王蜂――皆が同じオーラを共有し空気中を流動させていた。


「……なんじゃ? ――ッ!」


 フウガは咄嗟に腰を落として身構えた。百年前にも似たような脅威を感じ取ったことを思い出す。


(そうじゃ……この〝波動〟をわしは知っておる……!)


 フウガを打倒するために一致団結したのは勇者たちだけではない。


 幹部たちは一様にその顔を凶相に変えて暗く不気味な双眸を湛えた。


 今、最後の攻防が始まる――


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