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フウガVS逆英雄①


「なんじゃ? あやつらは」


 渾身の《ライトニング・ブレード》を防がれたことすら瞠目すべき事態だが、揃いも揃ってフウガと同じ死者から《復活》した元勇者だということにはすぐに気づけた。


 なぜ魔王軍幹部を庇うのか。


 フウガと同じく使命を与えられたのであれば立ち向かう相手は魔王軍のはず。


 その不自然さを招いているのは奴らを《復活》させた術者以外にありえない。


(どういうつもりじゃ、ハルス? わしに盾突く気か?)


 地上に降り立った勇者たちはフウガに対して構えた。


「まずはこの槍聖がお相手いたそう。まあ、二番手に機会を譲る気はないがな。貴様も簡単にやられてくれるなよ」


「ほざけ。じゃが、真っ向勝負を好む気概は悪くない。ハルスを問い質すのはうぬらを懲らしめた後にしよう」


「いざ、参る!」


 突風の如き突進でサザン・グレーが仕掛けた。フウガを真っ二つにせんと槍を上段から振り下ろす。雷も斯くやの一撃を難なくかわしたフウガだが、サザン・グレーの猛攻は止まらずなかなか剣の間合いに入り込めない。


 強い――。魔王軍幹部よりも格段に。おそらくフウガのレベルに匹敵する力を得ている。その原因はサザン・グレーの体を纏う充溢した魔力にある。内側から洩れ出したものではなく外部から供給されたエネルギーだった。術者ハルスの魔力がサザン・グレーの身体能力を底上げしているのだ。


(わしを《復活》させたのとは違う魔法のようじゃな。わしにはハルスの魔力が注がれておらぬし、ハルスの支配下にもない。自律したわしと違い、外部に動力源を持った人形というわけか)


 それにどういうカラクリか、生前の意識を呼び起こし技巧まで忠実に再現している。自力で蘇ったフウガも常軌を逸しているが、六人の勇者が疑似的とはいえ完璧に近い《復活》を遂げているのもまた神懸った奇跡と言えよう。全盛期のフウガを圧倒していることも瞠目に値する。


(惜しいのう、惜しいのう……!)


 フウガは獰猛な笑みを浮かべた。


「これほど愉快なうぬらを皆殺しにせねばならぬとはッ! まっこと残念無念じゃ!」


「それは私を倒してから言うんだな!」


 間合いに入ることをあっさり諦めたフウガは、唯一の得物である長剣を予備動作なしに投げた。顔面を狙ったそれをかろうじてかわしたサザン・グレーだったが、隙を衝いたフウガに刃圏への侵入を許してしまう。


 だが、いまフウガは徒手空拳。長剣を持たぬ彼女に何ら脅威は感じられない。もちろん人間離れした膂力はあろうが、同じ武人であるサザン・グレーであれば格闘術への対応も可能だ。剣による一撃がなければ恐るるに足りない。


 しかし、その思い込みこそ誤りだった。エトノフウガ族の剣士にとって得物の有無が大した問題にならないことをサザン・グレーは知らなかった。


 懐に潜り込み、手刀を構えた。


《弐型・烏有(うゆう)の断ち》


 その瞬間、フウガの素手が《鬼刀》と成り、サザン・グレーを鎧ごと切断した。


「ぐあああああああッ!?」


 死者であれ肉体があり魂が健在ならば痛覚は存在する。むしろ欠損部を補っている剥き出しの魂への斬撃は、肉体という鎧が無い分神経を直接痛めつけられているに等しい。かつて味わったことのない激痛に見舞われてサザン・グレーの意識は瞬間遠のいた。


「ハハッ」


 目まぐるしく敵が湧く。人間も魔族も勇者も魔王軍幹部も関係ない。目につくすべてが殲滅対象――


 目的を見失ったフウガにとってここから先はすべてが娯楽でしかなかった。


 次はどいつだ?


◆◆◆


 自らを動力源と化して勇者という化物を暴力的なまでに稼働させていく。目から噴き出た血液が沸騰する。頭蓋の中でぶちぶちと何かが切れる音が鳴る。体中の筋組織がざくんざくんと裂けていく。もう後戻りできないことを自覚する。


 単体ではあの英雄は倒せない。


 やるなら一遍に。全魔力を消耗の少ないうちに注ぎ込まないと行動と思考とエネルギーが全くの無駄になる。


 やるなら簡潔に。最小の攻撃で最短の連携に繋げ最高の威力を発揮する。


 やるなら今だ。脳内に書き殴った戦略を端から一秒ごとに書き換える。考える前から命令を下し、下した命令から先を予測し都度修正。


 血涙でぼやけた視界は当てにしない。勇者たちの感覚を共有し彼らの挙動を正確無比に把握して次の行動を決定する。


 フウガが動く。


 させない――




 両脚を切断され前のめりに倒れ込んだサザン・グレーが右手のみで地面から体を浮かし、勢い宙に舞い上がって一回転。同じく宙に投げ上げていた槍を左手が掴みフウガ目掛けて突き込んだ。


 穂先ではなく石突による打突。当たれば頭蓋を粉々に吹き飛ばす一撃を、フウガは首を傾げる動作で容易く避けてみせた。


 が、そこまでがサザン・グレーの策略だった。かわされた槍をあっさりと手放すと、左手は開いたままフウガの横顔に張り手をぶちかます。そのまま背後の地面に体重を乗せて倒れ込む。投げた槍は石突が角度を付けて地面に突き刺さり、穂の切っ先がフウガの無防備な背中を串刺しにせんと光を湛えた。流れるような妙技。背後をも見通す〝眼〟を持つフウガでなければこの一合で終わっていたはずだった。


「甘いわ……ッ!」


 転がっている小石を踵で背後に蹴り出し、地面に突き立った槍を弾き出す。ただのそれだけでフウガにとっての脅威は晴れた。フウガの残忍な笑みがにやりと三日月形に裂けた。


 が、それすらもサザン・グレーの計略の一つ。背中に〝眼〟が付いているとはいえ、見えてしまうことで意識は拡散される。見えなければ気づけていたものをフウガはついに見落とした。


「私の目的は貴様を捕まえることだ、間抜けめ! もはや抜け出すことはできんぞ!」


「ぐぬ――ッ!?」


 地面に叩きつけられ押さえつけられる。フウガはサザン・グレー越しに空から落ちてくる二人の勇者にようやく気づく。


「私もろとも撃ち抜け! 必ず仕留めるのだ!」


「自らを犠牲にする気か!? ふはっ、小癪な真似を!」


 絶体絶命のピンチであるにもかかわらずフウガは他人事のようにあっけらかんと笑う。サザン・グレーもまた満足げに笑った。これほど充実した時間はないと言うように。




 槍聖の思考がハルスに流れ込んでくる。


 あるいは記憶――それとも生涯を通じて思い描いていた心象の光景だろうか。


 光の中に大きな背中が見える。その光は激しく、その背中は山のように尊大で美しく。憧れることさえおこがましいと思えるほどに貴かった。


(剣聖バーライオン! 我が最愛の友よ! いま君を追い抜こう!)


 それは、生前果たせなかったユメだった。


 身分や腕前を上げれば近づけると勘違いし、いつも遠巻きにその存在を感じるしかなかった。


 思い上がりだ。バーライオンがサザン・グレーを避けていた理由も今ならわかる。


 人は自分以外の何者にもなれない。


(そうだ。君に憧れるだけの男はもう存在しない。私は私――槍聖サザン・グレーだ! 私は君とは別の在り方で、君という幻影を乗り越えてみせよう!)


 剣聖には備わらなかった自己犠牲の精神。


 敵を討つために我が身を捧げる《捨て身》こそ槍聖の本領。


 あちらを光と称えたからとて、自分が影に染まるとは限らない。


 我が身を犠牲にしたからとて、そこが限界であるとは限らない。


(さらばだ、バーライオン! 私はこれより先に進む――!)


 勇者スキル《不惜身命(ふしゃくしんみょう)


「ぐぐう……! う、動けぬ……ッ!」


 フウガは指先すら動かせずにいた。サザン・グレーが対象の体の一部に触れている間、その相手の自由を完全に奪う拘束スキルである。フウガの顔面を押さえつけている左手をサザン・グレーは頭蓋を潰さんばかりに握り込む。


 空気を裂いて落下する脅威の気配が二人に差し迫る。


「英雄ハルウスよ。覚えておけ。我が名はサザン・グレー。貴様を討ち滅ぼす者の名だ」


「気が早いことだのう! わしは死なぬ! 死ぬのはうぬだけじゃ!」


 空中から眼下のフウガに照準し、サザン・グレーごと粉みじんに吹き飛ばさんと牙を剥いたのは麗しき亜人姉妹であった。


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