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フウガVS闇魔導士ハルス


 極光の柱が消えていく。


 大穴に無数の稲妻の残滓が迸る。覗き込むまでもなくそこに剣姫の姿はなかった。あの光に呑まれたが最後、体は灰も残さずに消滅するしかない。


 たった今アテアを葬り去ったフウガの口から感情に欠けた声が発せられた。


「気が変わった」


 そして、リリナたちを振り返る眼光には、それまであった児戯に喜ぶ無邪気さが影をひそめ、敵を前にした刃のような凄味が宿った。


「わしの憎悪はまだこの胸に燻っている。気が晴れぬのじゃ。どうやら王家の者だけでは足りぬようだ。これよりわしはアンバルハルを征服する」


「――っ!」


 唐突な宣言に誰もが言葉を失った。


 一同の驚愕を受けてなおフウガは淡々と続けた。


「バルサ王家の直系だけではない。その血は分家筋にも流れていよう。歴史を辿れば貴族以外の民にも受け継がれているやもしれん。探すのは面倒じゃし、根絶やしにするのはおそらく不可能。ならば、国を亡ぼすのが最も効率的で最も早い復讐となろう」


 アンバルハルの歴史はバルサ王家による王制の歴史と言ってもいい。国の崩壊が王家の終焉をもたらすという考え方はある意味で正しい。だがそれは、見方を変えれば単なる逆恨みでしかなかった。国という拠りどころを失う民たちにとっては堪ったものではない。


「従う者は生かす。従わぬ者は殺す。二つに一つじゃ。王都に触れを出すがよい。差し当たってうぬらの返事はあそこにいる魔王軍を追っ払った後に聞こう」


 それでもフウガはそこに理があるものと確信していた。復讐そのものが目的となり亡ぼす対象にこだわりがなくなったことにはフウガ自身も気づいていない。


 フウガは魔王軍がいる方に向かって歩いていく。


「ま、待ちなさい……!」


 リリナがその無防備な背中に斬り込もうとしたとき、レティアが腰にしがみついてきた。


「駄目よ、リリナ! エスメみたいになりたいの!? あんたじゃ絶対に敵わないわ!」


「レティー……っ」


「悔しいけど、このままあいつを行かせるのが一番よ」


「レティア嬢の言うとおりですな。アレに立ち向かうのは死にに行くようなものです」


 レティアに同意したのはジャンゴだ。油断ならない視線をフウガに向けたまま、自身は柄頭に手を添えて退散を勧めた。


「アレの相手は我々の手に余ります。魔王軍に敵意を向けている今、こちらから手を出さない限り襲われることはありません。我々が今為すべきは王都民を守ることです。急いで王都へ撤退してください。そして、民たちを辺境へ避難させるのです」


「そんな……っ! それじゃあ私たちは何のために――っ!?」


 ヴァイオラを守れず、アテア王女すら見殺しにして、このままおめおめと帰れるはずがない。


 せめて一矢報いねば何のための親衛隊か。


「勘違いなさるな。殉死に誉れを見出すのはワシら兵士の本分じゃが、貴女は親衛隊の隊士であって兵士ではない。死ぬことと忠義を混同なされるな」


「ここに残るのは私たちだけで十分だ。おまえたちが居てはかえって足手まといになる。すぐにこの場から離れなさい」


 リンキン・ナウトが言葉を重ねた。


 二人の老兵は戦意を萎ませることなく、その顔に覚悟を漲らせた。


「まさか、お二人とも死ぬ気ですか!?」


「そのつもりはないから安心しろ。フウガと魔王軍がこのまま衝突すれば双方只では済まないはず。漁夫の利を得る千載一遇のチャンスなのだ。毛先ほどの勝算だが可能性はある。これに賭けない手はあるまい」


「推移を見守るだけですじゃ。無理はせんよ」


 だからといってリリナもレティアも素直に帰れるわけがない。意地や気後れなどの精神的な理由もそうだが、ここから王都に向かうにしても、フウガを置いておいても魔王軍には背を向ける恰好になり、あまりに無謀である。


 若者を救うと決意したジャンゴはもう一人危うい存在がここにいることを失念していなかった。女子たちの護衛役には彼――闇魔導士を選んだ。


「ハルス君と言うたかのう。リリナ隊長殿を王都まで連れていってもらえんか? もう君しかおらんのじゃ」


 いまだ呆然としている魔導士はジャンゴの声にびくりと肩を震わせた。


 ゆっくりと振り返ったその顔は何事か葛藤していたのか今にも泣き出しそうだった。


「ハルス?」


 リリナの呼び掛けには背筋を硬くし、逃げるように顔を背けた。


 奥歯を強く噛み締める。


(どの面下げて……!)


 今ハルスを徹底的に打ちのめしている感情は羞恥であった。


 良かれと思ってしたことが裏目に出た。それも最悪の結果を引き連れて。


 フウガを――英雄ハルウスを復活させたのはハルスだ。ケイヨス・ガンベルムの命令に従っただけだとしても、偉業を成したいという下心がまったくなかったかと言えば、否、と言わざるを得ない。止める機会はいくらでもあったのに、アニに諭されてようやくハルウスの降霊を取りやめたあの瞬間ですら手遅れだった。


 もっと前に……。いや、自分に分別を弁える冷静さがあったなら……。こんな魔法が使えなかったら……


 そもそも、アコン村を出ていなかったら……ガレロは……ヴァイオラは……アテアは……ルーノは……死なずに済んだかもしれない。アンバルハル存亡の危機を引き起こしていなかったかもしれない。


 全部、僕のせいだ――!


 今さら「もし」「たら」「れば」を嘆いても始まらない。やるべきことは一つだけ。しでかしたことの責任を取る。そう内心で理屈をこねてこれからの行動に正当性を見出すものの、頭の片隅では自棄を起こしていることも自覚する。


 おこがましいにも程がある。


 英雄を殺そう。


「待ってハルス! どこに行くの!?」


 フウガを追って駆けていく。とんでもない速度で魔王軍幹部たちに突っ込んでいくのをここから止めることはできないが、おかげで詠唱する時間も隙も生まれた。


 呪言が大気を震わせて響き渡った。


==聞け! あまねく精霊よ!==

==暁の金鷲よ 星を求めよ 太陽を目指せ!==

==来たれ! 女神の息吹に導かれ、汝が力をいまここに!==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==紡げ――《リバアルゴノーツ/逆英雄》!==


 最大最期の禁忌。


 闇の契約魔法を発動させた。


◆◆◆


 本当のエクストラステージが開幕の音もなく始まった。


 フウガ――百年前に魔王軍と敵対していた『六花剣雄』の特攻隊長が、時を越えて今再びリーザとゴドレッドに襲い掛かる。


 驚きと戸惑いに身を硬直させていたのも一瞬のみ。英雄が復活した経緯や理由はこの際どうでもいい。元勇者が敵意を剥き出しに突っ込んでくるのなら取るべき行動は一つしかなかった。


 フウガの突進に幹部たちは即座に反応した。一斉に散らばって反転し、フウガを輪の中に囲い込む。そして、合図なしにそれぞれの必殺スキルを惜しみなく開放した。


 黒炎に包まれ――


 雷刃と嵐牙に切り刻まれ――


 五感を奪われ――


 閃光に穿たれ――


 フウガの体が藁クズのように吹き飛んだ。しかし――


「儚いのう! 儚いのう! うぬらも全盛期の力を取り戻しておらぬとはいえ、これでは魔王軍の名が廃るというもの!」


 フウガには掠り傷程度のダメージしか負わせることができなかった。


 もちろん、剣姫アテアを物ともせずに倒しきったフウガの力を誰一人として侮っていなかったし、初っ端から全力をぶつけたつもりだった。


 だが、百年前ならいざ知らず、復活して間もない彼らではフウガと渡り合える実力がないのが現実だ。


 ただの一合交わしただけで幹部たちは敗北を悟った。


「勝てぬ……な」


「こんな隠し玉があったなんてね。さしもの魔王様も読み切れなかったみたい」


 ゴドレッドもリーザも呆気なく勝負を諦めた。アレはどうしようもない天災だ。全盛期の魔王様を封印にまで追い込んだ一人である。今の幹部たちではどうあっても勝てる相手ではない。


 意識を切り替える。勝とうとするのではなく如何にこの場を切り抜けるかが課題となった。一人も欠けることなく。フウガを振り切らなければならない。


(魔王様は……まだこちらの状況に気づいていないみたいね)


 アディユスとの戦いに手一杯という感じだ。幸い、気づいていないのはアディユスも同じ。


 リーザは頭の中で逃走経路と目暗ましと意思の伝達手段を同時並行で企てる。ナナベールはすでにそのつもりで魔法を編んでいる。殿を務めるつもりのゴドレッド。撤退すら頭にないグレイフルをどうやって連れ帰るか。クニキリの動向を見極める。いま魔王様は念話にも応えてくれない。然らば、アディユスごと転移することも視野に入れ――


「リーザ! 狙われてっぞ!」


 ナナベールの声で我に返る。殺気の出処に気づいて目を向ければそこには刀身に闘気を収束させたフウガの姿があった。


「短い再会であったがもう十分じゃ。蝶の化身よ、灰になるがいい! 《ライトニング・ブレード》ぉおおお!」


「――っ!?」


 閃光が天を切り裂いた。アテアのよりも数倍威力を増した光の奔流が空にいたリーザを飲み込んでいく。


 為す術なく、リーザの体が灰となって滅んでいく――!


(こんなところで終わるなんて……!)


 太陽よりもなお眩い大爆発が空を覆い尽くした。


 絶望的な輝きに誰もが目を潰された。誰もが言葉を失った。そんな中、轟音にすら負けないフウガの呵々大笑だけが不思議に響いた。


 そして、誰もが予想しえなかった光景が露わになる。


 光が静まり視界が開けるとそこには無傷のリーザ・モアと、複数の戦士の影が浮いていた。集団が身を挺してリーザを守っていたのだ。そんな彼らにリーザは元より全幹部が驚愕に目を見開いた。


「ふむ。アンバルハルに伝わる偉大なる勇者ハルウス――その武威は一介の兵士にも教養の一つとして伝わっているが、まさかあのような形をしていたとは。我が友バーライオンのほうがよほど英雄に相応しい姿だった」


「あ、あなたは……!?」


「無様だぞ、蝶の化身よ。私を苦しめたかつての貴様はどこにいったのだ」


 槍聖サザン・グレーだった。生前爆散し欠損したはずの頭部が再生していた。肉体ではなく幽体ではあるが、口も目もあるその顔が、嫌みなセリフと美麗な視線をリーザに差し向けた。


「間一髪といったところであったな。盾も槍も持たぬ魔法使いではアレを相手にするには荷が重かろう。フフン。今なら貴様をこの槍の錆にできそうだ」


 縦横無尽に長槍を振り回す。この槍捌きで《ライトニング・ブレード》の威力を打ち消したのだ。


 もちろんたった一人だけでは盾の硬度としては不十分だ。リーザを守った盾は全部で六枚。槍聖に加え、シスターと神父、賞金稼ぎ姉妹、そして木こりの青年がリーザに背中を向けている。


「助太刀する義理などないが、主からの命令なのでな。我ら死屍勇者はこれより魔王軍とともに奸賊フウガを急襲する!」


 サザン・グレーの宣言に幹部たちはさらなる驚愕に見舞われる。


 すでにして臨戦態勢を取る勇者たちの敵意は、すべてフウガに向けられていた。


◆◆◆


 基本的に魔力は魔法発動時に消費される。攻撃や回復などの瞬間的に効果を発揮するものや、ステータス強化などのバフを掛けるものでも魔力消費は一度で済む。魔法が手から放れてしまえばそれ以降吸われるということはない。


 しかし、例外もある。効果を持続させるために魔力を流し続けなければならないタイプの魔法も存在する。その多くが【地撃】――すなわち中級以上の魔法であり、必要とされる魔力量も桁が違った。その分強力な魔法となるのだが、術者は魔法発動時から戦闘終了まで大量の魔力を消費することになる。


「――ぐぐぅ……ッ! 魔力が……吸われる……ッ!」


 ハルスが発動した《リバアルゴノーツ/逆英雄》もまさしく【魔力供給型】に属する魔法である。発動中は容赦なく大量の魔力が吸い出されていく。魔力切れを起こせば魔法効果が止まるのはもちろん、術者には疲労と倦怠感が襲い掛かりしばらく身動きできなくなる。戦闘中であればそれは致命的な失態となるだろう。


 また、この《リバアルゴノーツ/逆英雄》は勇者を生前の姿のまま使役するという反則的な奇跡を起こす魔法である。ただ意識のない屍を術者の意のままに操る《コープスリバイバル/喪屍》とは違い、全盛期の力を持つ勇者を意識ある状態で復活させるのである。消費する魔力量も規格外に膨大であった。


 一瞬でも気を抜けば生命力さえ吸われかねない。ハルスは歯を食いしばって魔法を持続しつづけた。


(魔王を追い詰めるまで温存しておく作戦だったけど、ごめん、アニ。時機を見誤ればみんな死ぬ。逆にみんなを救えるのは僕だけだ! だから、《リバアルゴノーツ/逆英雄》を使うのは今しかない! でも――)


 ちくりと胸の奥が痛んだ。ともすれば感情があふれ出しそうになる。


 この『魔王降臨』のゲーム世界に蘇生魔法は存在しない。もし存在するのであれば、ゲームの途中で味方キャラが死んでしまった場合、プレイヤーはそのキャラを二度と使用できなくなるという縛りがなくなってしまう。


 すなわち、この闇契約はあくまでも《疑似的な復活》であり、勇者が《蘇生》したわけではなかった。魔法の効果が切れれば元の死体に戻ってしまうのだ。


 そして、二度と《疑似的な復活》すらできなくなる。代償に死者の魂ごと滅んでしまうからだ。


(ごめんなさい、みんな……! あなたたちの魂は転生することなく〝無〟に還っていってしまう。このことで死後の世界にも行けなくなってしまった……!)


 死者への冒涜もこれ以上はないであろう罪深き闇契約。


 そして強力な魔法であるが故に、使用時の術者への反動も恐ろしいほどにでかい。


 魔力が消費されるだけでなく体中の筋肉という筋肉が裂けて血が噴き出した。体内に血管のように張り巡らされた魔力を放出する回路が過剰な供給に悲鳴を上げているのだ。勇者たちを使役する一秒ごとにハルスは意識が遠のくような激痛に見舞われていた。


 嗚咽で喉が灼ける。落涙に頬が痙攣する。呼吸するたびに肺が潰れそう。ハルスはいま命がけで戦っていた。


 だが、耐える。あいつを倒すにはこの方法しかない。魔王軍幹部たちを利用して、勇者たちを使用して、陛下とルーノの仇を討つのだ。


 アンバルハルを守るのだ。


 これが僕の戦いだ――!


「おまえを倒すぞ! 逆賊ハルウス!」


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