フウガVS剣姫アテア
笑い疲れて肩を上下させるフウガの背後に、ハルスはいくつもの人影を見た。
崩壊した〝壁〟の瓦礫の上、砂煙が晴れて姿を露わにしたのはリンキン・ナウトとジャンゴの二人の老兵。後ろからリリナ、レティアが続いた。
「ハルス!」
「リリナ? よかった! 無事だったんだな!」
「私たちは――。でも、ヴァイオラが……! ルーノやみんなも!」
リリナの悲痛な叫びに思わず目を背けてしまう。先にフウガの口から聞かされたヴァイオラ陛下の死に、リリナの実弟であるルーノが巻き添えを食うことは十分に考えられた。リリナにしてみれば弟と親友を同時に失うことでもあり、その心痛を推察してつい顔を歪めてしまった。ハルスのその表情からリリナは二人の死を悟った。
「そんな……っ」
にわかに絶望的な空気が周囲に漂った。思わず腰が抜けてしまった者。無力感に立ち尽くす者。誰もが言葉を失う中で、フウガだけが楽しげに瓦礫の山を踏み越えていく。
「どこへ行く!?」
リンキン・ナウトの怒気を含んだ問いに、フウガは、ふふん、と勝ち誇った顔で振り返った。
「王族を根絶やしにした今、もうこの地に用はない。が、ついでじゃからな、魔王軍を蹴散らしていくよって、うぬらはそこで大人しう見ておれ」
「何だと!? 待て!」
「なあに、礼には及ばぬ」
「そうではない。王族を根絶やしにしただと? どういう意味だ? 貴様は何を言っているのだ!?」
〝壁〟崩落で目を離したこの一瞬のうちに、復活したアテアまで殺しただなんて到底信じられない。それに、王都にはまだラザイ大公がいる。現在のバルサ王家直系にはまだこの二人がいるのだ。ヴァイオラの死をもって根絶やしと口にするフウガの言動にはやはり信頼が置けない。
「ヴァイオラ陛下を殺したというのも貴様の世迷言ではないのか?」
リンキン・ナウトの一言が一縷の望みを繋ぐ。縋るように顔を上げたリリナたちの視線の先で、フウガは「なるほどなるほど」と彼らの露骨ぶりを笑った。
「良き配下を持ったものじゃ。バルサ王家は元来家来には恵まれるものらしいのう。――だが、残念ながら殺したぞ? 先ほど、鎧を着た小娘を串刺しにした。この剣もその小娘のもの。見覚えがあるならそれが答えじゃ。そして、王宮におった王族もな。地下より這い出るとき、王宮もろとも木っ端みじんに吹っ飛ばしてやったわ! あれで生きておったら彼奴らは魔族か勇者じゃろうて」
物証が雄弁に真実を語っていた。おそらく、今頃王都中心部は黒煙と砂塵に巻かれて大騒動となっているだろう。
戦意と心を折るには十分すぎる言い分であった。リンキン・ナウトももう他に言葉が見つからない。
「わしは無駄な殺生はせぬ。うぬらは生かす。王都が心配なら引き返すがよい。ここでお別れじゃ。うぬらとの戦闘、まっこと楽しかったぞ」
無防備に背中を晒す。百年前の動乱を生き抜いた英雄にとっては生かすも殺すも一期一会の別れと同程度の〝成り行き〟でしかないのだろう。王族は別にして、さっきまで切り結んだ相手に対しても憎悪を抱かずあっさり水に流す精神性はやはり人間を超越していた。
魔王軍幹部たちが向こうに見える。フウガは口角を吊り上げると、颯爽と懐かしき戦いに赴いた。
「――む」
そのとき、その歩を阻む者が空から降り立った。
着地と同時に吐血した。しかし、それすら意に介さずに起き上がると、白銀の騎士は胸に突き刺さったままの剣を自ら引き抜き、その切っ先をフウガに向けた。
フウガの晴れやかだった顔がにわかに渋面に変わる。
「ちっ。まだ生きておったか」
剣姫アテアが立ちはだかった。
勇者スキル《神の加護》が一定時間置きに傷口を治すにつれ、荒かった呼吸も徐々に整っていく。
凛とした眼差しが、唯一正面からの攻撃を成功させた天敵を射抜いた。
「誰を殺したって?」
「んむ?」
「ざまあみろ! ボクはこうして生きている! 姉様だって父様だってきっと生きてるさ! おまえが言っていることは全部全部デタラメだ! おまえなんかが英雄ハルウスなわけないだろ!」
「……信じぬでもよいがな。今となっては些末なことよ。わしはフウガ。うぬら王族を滅ぼす者なり。――今度こそ殺すぞ、小娘!」
強力な剣気が放たれて周囲を威圧する。思わず臨戦態勢を取らされるリリナたち。アテアは手のひらを皆に向けてかざすと一人で戦う意志を示した。
「アンバルハル王国第二王女、アテア・バルサ! 現代の勇者だ! おまえなんかギッタギタのメッタメタにしてやる!」
「やってみろ。できるものならなァ――!」
新旧英雄の対決が今、火ぶたを切る――!
―――――――――――――――――――――――
アテア・バルサ LV.25
HP 675/2000
MP 149/199
ATK 170
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
フウガ LV.60
HP 7900/7900
MP 0/0
ATK 355
―――――――――――――――――――――――
◆◆◆
新旧英雄の戦いを胡乱な目つきで眺めつつ、それよりも相対していた元勇者の屍鬼たちが一斉に動きを止めたことに魔王軍幹部たちはむしろ戸惑っていた。
幹部の司令塔を決めた覚えはないが特に意識しなくてもリーザの許に集まるのが慣例となっていた。
いち早く駆けつけたグレイフルが馴れ馴れしくもリーザの肩にしな垂れかかる。
「傀儡回しのいない人形じゃお話になりませんわ。せっかく盛り上がってきたところでしたのに」
「暑苦しいわ。離れて」
「嫌ですわ。疲れてますの。何だかわらわ、この戦いが面倒臭くなってきましたわ」
確かにリーザも気疲れを感じていた。グレイフルほど気安くはなれないが、何かに寄りかかりたくなる気持ちはわかる。
思えば長い一日である。アンバルハル王国の主力軍を相手取った総力戦。控えに待ち受けていた護衛騎士団を突破し、最終関門として登場した剣姫アテアを死闘の末に撃破した。
それで終わりかと思いきや、倒したはずの勇者たちが屍鬼として復活し延長戦へと突入。アテアまで復活してきた直後、目障りだった〝壁〟が一気に崩落して狼狽したのも束の間、今度は人間側の内部で問題が発生した模様。
魔王軍は完全に蚊帳の外に置かれてしまい……そうして途方に暮れているのが今の状況だった。
気が抜けたせいで疲れがどっと押し寄せてきた。これが策謀の一つであるとするならば見事術中に嵌まっていると言えなくもないが、人間たちのあのゴタゴタは見るからに本気の内紛であり、これまで死力を尽くして相手をしてきた側からすれば何とも鼻白む結末であった。
「ここにきて仲間割れかあ? 拍子抜けだぜこりゃ」
メイド二人に担がれて脱力しきった様子でやって来たのはナナベールだ。アテアの《ライトニング・ブレード》を散々受けたことで疲労だけでなくダメージも蓄積していた。
「あなた、平気なの?」
「とりあえずなー。結構狙われたからよー。なんかうち、あちらさんから嫌われてるみてーだわ」
ナナベールはただの後方支援役ではない。アイテムを錬成し、時には作戦の要となる魔法を修得する。作戦そのものを考えることもあるし魔王様からの信頼も厚い。
本人にやる気も自覚もないのが玉に瑕だが、確実に「軍師」の才覚を持っている。真っ先にナナベールの脱落を狙うのは良い手だと素直に思う。
つまり、ナナベールの才覚を見抜いている人物が間違いなく人間側にもいるということになる。
あるいは……敵側に寝返ったアディユスの入れ知恵ということも考えられるが。
「ナナ様は私たちがお守りします!」
「この命に代えてでも」
「まあなー。おまえらが庇ってくれなかったら確実に死んでたわな」
メイドたちの姿がぼろぼろなのも勇者の遠距離砲が直撃した結果だった。ナナベールの盾になった忠誠心ももちろんだが、なおも健在なその頑強さも瞠目すべき点だ。
「魔王様んとこ行くかー?」
魔王様は今、アディユスと交戦中だ。リーザとしては一秒でも早く駆けつけたいところだが、
「無粋な真似はしないことね。魔王様なら心配いらないわ」
「あっそ。りょーかい」
アディユスの裏切りは許せないが、誰よりもアディユスを目に掛けていた魔王様のことだ、きっと一対一の戦いを邪魔されたくないだろう。
「勇者どもはただの屍に戻っている。傀儡魔法も途切れている。再び動き出すことはもうあるまい」
勇者の死体をすべて調べてきたクニキリが、得心がいかないという顔を浮かべながら報告した。
「拙者らを打倒するための奥の手であったはず。こうもあっさり解呪したということは、奴ら本当に魔王軍を相手にしている余裕がないのかもしれん」
「あら、舐められたものですわね」
「いや、そうとも言い切れぬ……」
そこへ、憮然とした様子のゴドレッドがやってきた。さすがの鬼武者も死と再生を乗り越え、好敵手との望まぬ再戦をこなしたことで疲弊しきっていた。
「そうとも言い切れないって?」
「見よ。あの武人の女、一人で剣姫を圧倒している。我らが総出でかろうじて倒すことが出来たあの剣姫をだ。恐ろしいほどの実力者だ。我らに感けていられぬのもわかるというもの。それにリーザ殿、あの女に見覚えないか?」
「見覚え? そんなのあるわけ……」
改めて女を観察すると、その身のこなしと戦闘スタイルには確かに見覚えがある気がした。しかし、一体どこで……
そのとき、ふと遠い記憶に引っ掛かるものを捉えた。
「まさか、あの女――」
ゴドレッドは首肯しつつも信じられぬ気持ちがあってか声音を硬くした。
「そうだ。百年前、我とリーザ殿、そして黒騎士アディユスが三人がかりでも敵わなかった怨敵。エトノフウガの女傑に瓜二つではないか。これは偶然か?」
◆◆◆
アテアが吼える。
「ライトニング・ブレードォオオオ!」
「バスタァアアアア!」
「スマァアアア――ッシュ!」
しかし、それらはことごとくかわされ、弾かれ、防がれた。
歯噛みするアテアに対し、フウガは食らえば必殺の絶技をいなすたびに無邪気に破顔した。
「フハハッ! よい! よいぞ! 見直したぞ、小娘! 腕は未熟じゃが膂力はそれなりじゃな! ぬしを選んだ神の目利きもまだまだ腐ってはおらぬようじゃ!」
「うるさぁああいッ!」
大上段から振り下ろした一撃を軽やかに裏拳で弾くと、フウガはアテアの胸甲に刀身を押し付けて微震とともに勁力を叩きつけた。防御も何もあったものではない。体内に波紋の広がりを感じた直後、全身をバラバラにする衝撃が走り抜けた。
アテアの吐血を頬に浴びてフウガは笑う。
「剣の本領は切れ味だけではないぞ。そのものを腕の延長と見做せば勁の伝導にも役立つ。人体に接すれば内臓を破壊し、鉱物であれば内側からの破砕も可能。まあ、剣に限った話じゃないがの。一つ利口になったじゃろう?」
〝壁〟を崩壊させたカラクリを暴露されてもアテアには何一つピンとこない。アテアをまるで子供扱いするフウガには怒りしか湧いてこなかった。
だが同時に、圧倒的な力量差からは有無を言わさぬ説得力が生まれていた。すなわち、姉ヴァイオラと父ラザイの死である。これほどの傑物が断言するのだ。両者の生存はもはや絶望的だった。
(姉様……! 父様……! ボクのせいでッ! ボクが守れなかったせいで! 姉様! 姉様――――っ!)
「うわあああああああッッッ!」
デタラメに剣を振り回す。チャンバラ遊びでもまだマシと思えるような剣筋。剣圧の斬撃を地面に走らせ〝かまいたち〟の嵐を巻き起こす。見境なく周囲に当たり散らし、しかし至近距離でかわし続けるフウガはその癇癪に心の底から落胆する。
「……ここまでのようじゃな。心配せんでも後を追わせてやる。迷わず逝くがいい」
逆手に持った刀身の突き上げを食らって、アテアの左腕が宙に舞う。そのまま胸部に切っ先を突き込んだ。今度は中心ではなくやや左――心臓を串刺しにした。
「あ……」
これで終いじゃ――フウガはそのとき絶命の手触りを確かに感じ取った。ダメ押しに〝波動〟を打ち込んで《神の加護》による再生の余地をも殺し、復讐の完遂を確信した。
――ザザ……ザ――ァ……ザザザ……z――……
アテアの体が横ブレに残像を重ねた。と同時に、アテアの眼光が星々の煌めきを具現化し空気中に火花を散らした。直後、大気が爆ぜた。
「なにぃ!?」
フウガは爆風に煽られ空高く打ち上げられた。
思いもしなかった反撃に面食らったが、フウガは咄嗟に体勢を整えると、両手に持ち直した長剣を頭上におおきく振り被った。眼力で〝波動〟を暴発させたアテアの奇天烈ぶりにはもはや掛ける言葉はない。
光が集束していく。唯一無二の赫奕の光彩が、勇者のつるぎを飾り照らす。
しかしてその使い手は剣姫にあらず。
偽りの雷光が正統なる勇者に牙を剥く。
「受け取れ! ぬしの《ライトニング・ブレード》じゃあぁあぁああああ!」
眩い閃光が天上より降り注ぐ。
他者の技を盗む鳳家の極意は勇者スキルさえ我が物にする。フウガが放った焼滅の光は本物に引けを取らない輝きを湛え、アテアを金色の奔流へと吞み込んでいった。
アテアの視界は真っ白に塗り潰された。
(――――っ)
体は焼き尽くされ、皮膚はおろか骨まで瞬時に灰に変わっていく。
恐ろしいまでの灼熱。しかし、不思議なことに何ら痛みを感じなかった。
総身が失われていくにつれアテアの脳裏に過去の情景を映し込んでいく。おそらくは走馬灯。王族として、姫として、王宮で過ごした優雅な暮らし。姉ヴァイオラを慕い、父と母の愛情を感じられた幸福の日々。勇者に覚醒し、栄光と誇りを感じられた輝かしき時間。
――ザザ……ザ――ァ……ザザザ……z――……
ノイズが走る。砂の嵐の不協和音。
生まれて初めて意識した異性の後ろ姿が脳裏を横切る。
この世界には異質な存在。どんなに手を伸ばしても届かなかったはずなのに。
(そうか――わたくしは、もう――)
最後の瞬間に追いついた。憤怒も後悔も忘れて、この胸は温かな感情で満たされた。
思考できたのはそこまで。五感すべてが遠ざかる……
雷の威光が消え失せ、後には底の見えない大穴が地表に広がるばかりであった。
剣姫アテアの姿はどこにもない。
アンバルハル最後の勇者がここに散った――
お読みいただきありがとうございます!
よろしければ、下の☆に評価を入れていただけると嬉しいです!




