《魔法》と《スキル》
辺境の村から人が消えた。三つの村には魔物に襲撃された痕跡さえあった。私は何もしていないのに。
たぶん、お兄ちゃんの仕業だろう。目的も、どうやったのかもわからない。でも、お兄ちゃんならできると思った。
そして、ちょっとだけイラッとさせられた。
立ち絵キャラもいない辺境の村々は、魔王軍側にとって格好の狩場である。村人は弱く、けれど実戦だから経験値を多く獲得できる。レベル上げにはもってこいの戦場だったのだ。それが一気に失われてしまった。
ドロップアイテムだって見込めたのに、それもパー。
こうして考えると、結構な痛手だ。
「まさか、それが目的? ああもうっ、お兄ちゃんめ! これだから頭のいいやつはっ!」
常に一個の石で二羽の鳥を落とすような効率の良さを求めるのがお兄ちゃんである。たぶん他にも目的があるに違いない。
国の辺境でこんな事態になっているのだから、【王都アンハル】や【王宮】では大変な騒ぎになっているはずなのだが。その辺の新規イベントはないものかな?
気になる。――そうだ。幹部を敵地中心に【偵知】に行かせてみては?
って、ムリムリ! そんなの自殺行為だ! これこそお兄ちゃんの罠だったらどうすんの!?
注意しなきゃ。辺境の村が滅んだのだって今後何かの伏線に変わる可能性だってあるんだから。お兄ちゃん相手に警戒してもし過ぎるってことはないからね。
ゲームはまだまだ序盤。なのに、こっちは何度驚かされたか知らない。
「でも、こっちだっていつまでも受身じゃいられないし。そろそろ仕掛けないと」
といっても、発生するイベントをこなしたり、領地に侵攻する以外に攻め手がない。結果的にこちら側の強化に繋がるけれど、お兄ちゃんをあっと言わせることはできない。私はどうしたって与えられたコマンドで戦うしかないんだから。常に後手だ。
お兄ちゃんが敷いたレールの上を進む以外何ができる?
「せめて新しいコマンドがあったらいいんだけど……」
地道にやっていくしかないかあ。
ちょこちょこ作戦は考えてあるし、そのための準備も着々と整いつつある。
千里の道も一歩から……だよね!
ようし、めげずに気張っていこう!
◇◇◇
三箇所への【偵知】に三幹部を全員投入することにした。
【東域アンバルハル】以外の地域だよ。
【鬼武者ゴドレッド】には【大封リュウホウ】へ。
『往け! ゴドレッドよ!』
『畏まりました。このゴドレッド、見事お役目果たして参ります』
【殺戮蝶リーザ・モア】には【南境マジャン・カオ】へ。
『往け! リーザ・モアよ!』
『魔王様のご指名とあらば無下にはできませんわね。帰ったらたっぷり可愛がっていただきますからそのおつもりで』
【魔忍クニキリ】には【漠領ロゴール】へ。
『往け! クニキリよ!』
『ははっ! お任せあれ!』
追加されるミッションをこなして、それぞれ【部下】【幹部】【道具】を入手してもらう。初めて訪れる国だとその国を紹介する【隠しシナリオ】が解放され、国ごとに主要キャラの紹介シナリオを閲覧できるようにもなる。情報も仕入れておかないといけないから、平行して見ていこうと思う。
さて、お次はっと。
『まっおうっさまーっ! お呼びですか♪』
出たな、アー君。
側近のナマイキ悪魔【不死影アーク・マオニー】
こいつに教えを乞うのはすっげー嫌だけど、仕様だから仕方がない。お兄ちゃんが転生したことでシステム面が、何が、どこまで、どのように変更したのか把握する必要もあるからね。面倒だけど、基本的なところから順に復習していかないとね。
とりあえず、ステータス画面に移動して、各項目の説明を受けることにした。
特に重要なのは《魔法》と《スキル》についてだ。
『魔王様にはこの世界の《魔法》について学んでもらいますよ! 百年間も封印されていたからいろいろと忘れているだろうし、今回だけ特別ですからね♪』
完全に上から目線で説明を始めるアー君。
気にしない気にしない。今はとにかく復習だ。
◇◇◇
《魔法》は属性、射程、ランクという三つのカテゴリから構成されている。
属性には『火』『水』『風』『土』『光』『闇』の六大要素と、そこから派生した特殊要素が数種ある。特殊要素とは『氷』や『雷』といったものだ。
射程とは、有効射程距離(マス目)と有効範囲(単体攻撃か範囲攻撃か)のことである。攻撃魔法なら敵、補助・回復魔法なら味方を標的に、どれほどの距離を、同時に何体にまで魔法の効力が及ぶのかの指標である。これは、戦闘中バトルフィールド上に色の付いたマス目で表示される。
ランクとは《魔法》の強弱難易度を表す指標だ。三階級【天地人】三段階【高中低】の九つに区分されている。
―――――――――――――――――――――――――――
低位人撃魔法――中位人撃魔法――高位人撃魔法 弱
低位地撃魔法――中位地撃魔法――高位地撃魔法 ↓
低位天撃魔法――中位天撃魔法――高位天撃魔法 強
易 → 難
―――――――――――――――――――――――――――
人撃は対人、地撃は対自然、天撃は対神に匹敵するという観念から分けられている。
純粋な威力で言うなら【高位人撃魔法】よりも【低位地撃魔法】のほうが強く、【高位地撃魔法】よりも【低位天撃魔法】のほうが強いとされるが、属性や状況によっては逆転する場合もあり一概にこの指標どおりになるとは限らない。あくまで使用者側の目安である。
ちなみに、高級魔法が『天撃(対神用魔法)』とされているのは、このゲームがあくまでも魔王側の視点に立って進められるからである。勇者側に立っていたら『対魔用魔法』というふうに表現されていたことだろう。
《魔法》はこれらカテゴリの組み合わせで構成されている。
例えば、ド定番の《ファイアーボール》は属性が『火』、有効射程距離は五マス以内で単体攻撃、ランクは低位の人撃魔法――となる。
『魔王様♪ 天撃魔法が使えるのはボクたち魔族だけだからね! 人間に扱える魔法なんてせいぜい中位地撃魔法くらいさ! お空も飛べないし魔物も従わせられないんだ。なんて弱いんだろう。不憫な生き物だよねえ、人間って♪』
まあね。でも、魔族だからっていきなり天撃魔法が使えるわけじゃないでしょうが。
強い魔法はレベルが上がらなければ覚えられないし、覚えたところで条件を満たしていなければ使用できない【制約付】なんてのも存在する。乱発できたらそりゃ最強なんだけど、なかなかどうして簡単に攻略できないのがこのゲームだ。
それに、人間が覚えられるのは中位地撃魔法までって言ってるけども、それ以上の魔法に匹敵する《スキル》を勇者が使ってくるから油断できないんだ。
◇◇◇
《スキル》は各キャラの適性にあった特殊技能のことであり、それらはすべて固有である。《魔法》のように属性さえあえば誰にでも習得できるというものではない。
ヴァイオラの妹の勇者アテアが使えるスキル《ライトニング・ブレイド》は彼女だけの固有スキルで、他の剣使いの勇者にはまた別名のスキルが付属されている。
使われる《スキル》は武器にも拠るし、勇者の職業や性格にも拠るところがあってそこが面白いところだ。だけど、中には戦闘でダメージを負わせるのではなく、『魔王軍が侵略したエリアを無条件で奪い返す』とか『魔王軍の宝物庫からアイテムをランダムに一個失わせる』といった嫌がらせのようなスキルまで存在する。
そのことはお兄ちゃんももちろん知っているはずだから、これから各地で次々と覚醒していく勇者たちの中から、そういった嫌がらせスキルを持っている勇者を真っ先に仲間に加えようとするだろう。連携されたら厄介だ。
「……」
なんとなくこちら側が取るべき戦略が見えてきた。
本来のゲームでは、各国の内部事情に付随する共通シナリオを通して国を侵略していき、魔王軍のエリアを広げていくという流れがある。
だけど、お兄ちゃんが向こうにいる今、素直に共通シナリオに従っていたのでは後手に回されるだけだ。その間お兄ちゃんは裏で国交を結んで勇者同士で連携を取っていくはず。
いくら勇者が強くても各個撃破であればこちらとしてはそれほど難しくはない。しかし、一度の戦闘に勇者が三人も四人も投入されれば攻略はほぼ不可能になる。一回の戦闘で、ボス級の敵が三体も四体も登場すると思えばわかりやすい。一ターンで連続移動、連続攻撃、しかも全体攻撃を仕掛けてくる奴が一つのフィールドにゴロゴロと。……そんなの倒すのなんて無理ゲーに決まってんじゃん。
だから、私が取るべき道は、国同士の分断だ。【神都】を除いた六カ国を満遍なく攻略していくことである。各国の勇者を覚醒したそばから倒していくのだ。
その辺り、本編シナリオではどうなるんだろう。一応、こっちはすでに一度クリア済みだから、シナリオの順序が入れ替わってネタバレがあったとしても別に構わないんだけど。このゲーム世界がリアルタイムに活動しているのであれば、プレイヤー側にも介入の余地はあるはずだ。
「……やっぱりそうだ」
世界地図を表示してみると、序盤では介入できないはずの地域にも光点が灯っていた。これはつまりその地域も【侵略可能】であることを示している。
私は図らずも六カ国すべての国に【偵知】を行った。なので、すべての国に魔王軍は侵攻を開始することができる。まだ開いていない箇所もあるけれど、【偵知】と【侵略】が行える範囲は確実に拡大していっていた。
ゲーム序盤は、魔王軍は弱小だから一番攻めやすいアンバルハルにしか侵略を進められないようになっている。仕様では。
しかし、今回はレベルとかシナリオとか関係なく世界中を敵に回すことができるように変わっている。これは二周目だからとかそういう話じゃない。仕様じゃない。お兄ちゃんの影響なのだ!
いきなり【神都】攻略に着手したっていいわけだ。いきなりラスボスに挑んでもいいわけだ。
レベルが足りないからしないけどさ。
でも、できるんだ。
「――――くふっ」
なんだろう、ワクテカが止まらない……っ!
与えられるだけのゲームじゃなく、こちらの選択がゲーム世界の均衡を崩せるだなんて前代未聞だ。キャラ別ルートとかトゥルールートとかバッドエンドとか、そういうのの分岐とは違う。シナリオライターが絡んでいない、ゲーム世界がそのままの形で独立し、完全オリジナルなシナリオが発生してしまうというシステムエラー。
まるで神様にでもなった気分……
いや、本物の魔王になれた気分だ!
私のコマンドが既定のゲームを蹂躙するこの背徳感たるや! 従来の『魔王降臨』ももちろん好きだけど。新たな刺激の前では予定調和の楽しさなんて霞んでしまう。
「……って、あれ? 《魔法》の項目が何かおかしくない?」
《魔法》に見慣れない呪文が。
お兄ちゃんの仕業だな。なになに? 合体魔法に、応用魔法?
ったく、勝手に変なもの生み出してんじゃないっての。センスの欠片もないしさ。ゲームかじってる奴なら誰にでも思いつくっての、その程度の発想なんて。
「でもいいよ、お兄ちゃん。そうやって魔法を増やせば、こっちも同じものが使えるようになるんだから。ジャンジャン開発しちゃってよ。そっちのほうが断然面白いしね!」
お兄ちゃんを、使える奴、って思ったの、生まれて初めてかもしんない。
私、いますっごく楽しいよ!
ありがとう。
心から思うよ。
死んだ甲斐があったね、お兄ちゃん♪
◇◇◇
アーク・マオニーが画面上に現れた。
『魔王様! 【鬼武者ゴドレッド】が【偵知】から帰ってきました♪』
『魔王様! 【殺戮蝶リーザ・モア】が【偵知】から帰ってきました♪』
『魔王様! 【風魔のクニキリ】が【偵知】から帰ってきました♪』
世界地図上の三箇所の光点に地名が表記された。
【軍議】の【指令】項目に【NEW】と表記が付いたミッションがいきなり八つも追加された。国によってはそこで起きるシナリオが同時期に重なることがあるのだ。
八つかあ。
んー、どのミッションからしよっかな。
おいおいすべてのミッションをクリアするつもりだし、今のところどのミッションも重要度に差がないからなあ。
いや、待てよ?
お兄ちゃんがいつ仕掛けてくるかわからない今、こちらの戦力を増強することが必要不可欠だ。となると、仲間を増やすことが何を置いても優先される……よね?
ミッションが選り取り見取りなうちに、ミッションに投入できる幹部を増やしておくほうがバランスよくレベルを上げていけるし。後々になって慌てて仲間を探していたんじゃ、もしかしたら取り返しがつかなくなるかもしれない。
チュートリアルで死んだアディユスのように……
仲間を増やせる機会があるなら優先して取りにいくべきだ。手駒は多いに越したことはない。何より賑やかなのはいいことだ。
よし、決めた!
仲間を手に入れよう!
まずはこれ。『南境マジャン・カオの孤島――奉られし者』ミッションから攻略スタートだ!
お読みいただきありがとうございます!
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