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幹部シナリオ⑩『魔天の御子(黒騎士アディユス)』その6


 ようやく本題に戻ってきた。


 ヒルダム大佐は誰に聞かせるでもなく虚空に目を遣って訥々と話し始めた。


「毎日毎日、ユリシアを殺す方法を考えてたんだよお。俺様は生命力を吸われるだけで、ユリシアの死因までわからなかった。だが、きっと考えつく限りの殺され方はしたはずだ。

〝聖約の指輪〟はつがいが同時に死んだときだけ復活できなくなるという。俺様は死ぬのは御免だ。ユリシアだけを殺す方法はないか。それだけを考えた。指輪を外すことはできない。指や腕を切り落としても意味ないって話だし、俺様の指を犠牲にしてまで確かめたくはない」


 すると、ヒルダムの目に狂気が宿った。血走った眼でアディユスを睨み据えると、口角に泡を飛ばして得意げに叫んだ。


「そこで俺様は思いついたわけだ! たった一つだけ神も神官も試していない殺し方があるってな! 神にも神官にもできない殺し方! 何だと思う!? そうだ! つがいであるこの俺様が直々にユリシアを殺すっていう殺り方だよ! この指輪はお互いを生かすためのマジックアイテムだ。なら、その契約を破棄するような暴挙に出れば呪いは断たれるんじゃないかって考えたんだ! そして、それは正しかった! 何度も潜入を試みた〝神の塔〟に今日ようやく入ることに成功し、ユリシアを見つけ出し、おまえの目の前で殺すことができた! 出来過ぎだろう? これこそ天の配剤! 神の思し召し! 俺様は今日のために生きてきたのだ!」


 それはあまりにも滑稽な憶測、妄想だった。神に導かれたというのならなぜ二十年も耐えねばならなかったのか。アディユスの信仰と一緒で、そんなものは自身を取り繕うための欺瞞でしかない。


 大いなる意志と意味があると錯覚する。ヒルダム大佐はとうの昔に狂っていたのだ。


(――だが、たとえ妄想でも成就したのなら幸いなことだ。もうここに用はない)


 最後にもう一度母上の死に顔を拝もうと振り返った。すると、母上がしている指輪がうっすらと輝き始めていた。


「うっ!? ――――ごはあっ! けはっ! かはあっ!」


 同時に、ヒルダム大佐がその場で豪快に吐血した。地べたに倒れ込み、悶え苦しみながら噴水のように血を撒き散らした。


「ま、まさか! そんなっ! それでも死なんのか、ユリシアぁあああ!?」


 ヒルダム大佐の指輪も光っている。指輪を通じてユリシアと生命力を分け合っているのだ。


「どういうことだ!? 貴様の策は失敗したのか!?」


「ちくしょう! そんなもん、俺様が知りてえよお! ぐおおおお、命が吸われる! 痛ぇ! 痛ぇええよおおお! 何でだぁああ! 何でだよおぉおぉおおお!?」


 ヒルダム大佐の絶叫が増すにつれ、ユリシアの胸の傷が塞がっていく。まるで時間が逆行していくかのように。やがて痛ましかった傷口は完全に消失し、後には陶器のような白い肌が裂けたボロの隙間から覗いていた。


 ユリシアは睡眠から目覚めたような億劫さで目を開けるとゆっくりと周囲を見渡した。


 アディユスを視界に入れたとき、堪らずアディユスから声を掛けていた。


「は、母上」


 焦点の合わない瞳がアディユスを映す。次第に理解の色が広がっていき、頬にも赤みが差した。完全に覚醒したユリシアは膝に乗せた男の首に一旦視線を落とすと、再び顔を上げた。


「アディユス?」


「はい! 私はアディユスです! 母上に会いにここに――」


 一歩近づいた。その瞬間、鋭い声がアディユスの歩みを制止した。


「来ないでッ!」


 ユリシアの声だった。


「こっちへ来るなッ! おまえなど私の子ではない!」


「は、母上?」


「望まれぬ子よ! 悪魔の子! あっちへお行き! 二度とこの大地に足を踏み入るな!」


 しかし、鋭い声とは裏腹に、その表情はどこか穏やかで優しさに満ち溢れていた。


「母……上……」


「ほら、魔族がお迎えにやってきた。おまえにはそっちがお似合いだ」


 入口に魔王がいた。あるいは、本体ではなく影を飛ばしただけの現身かもしれないが。


(ああ、そうなのだな)


 言葉の真意を理解する。きっと母上もアディユスがどういった境遇にいたのか知っていたのだ。アディユスを――我が子を人質に取られ、そうやって長い年月を神に仕えた。


〝おまえが何によって生かされているか――〟


(わかった。もうわかった。十分だ)


 地面に落ちてあった黒剣を拾い上げると、一息にユリシアの首を刎ねた。


「どうか安らかに」


 この生き地獄から解放させる術は一つしかなく、躊躇いは母上の苦しみを長引かせるだけ。不意打ちと一瞬で終わらせたことで痛みはなかったはずである。


 残すはヒルダム大佐の首だけだ。奴を殺さないかぎり母上は復活してしまう。


 この運命の輪を断ち切るためにも。


「ま、待て! 何をする気だ!? お、俺様を殺すのか!? 何でだ!? やめろテメエ! 俺様は神官だぞ! テメエはヒーマで、天使でもなくて、ま、魔族! そうだ! 人類の敵だ! 今に神の鉄槌が下る! 俺様を殺したらテメエも死ぬぞお!」


 聞くに堪えない。早くその口を閉ざしたかった。


 一瞬で四肢を切り落とした。胴体だけになったヒルダム大佐は芋虫のように這いずりながら絶叫した。


「ぎゃあああああああ! お、俺のおおお! にゃ、にゃんで殺すぅううう!?」


「私は貴様が大嫌いなのだ。……殺すのに他に理由が必要か?」


 ゆっくりと心臓を一突きした。大いに苦しんだはずである。


 二人が死んだことで指輪は音を立てて砕け散った。


 その後、ユリシアとヒルダム大佐が復活することは二度となかった。


◇◇◇


 魔王かと疑っていた影はアーク・マオニーという側近だった。案内されるままに魔王軍の本拠地である〝最果ての島〟にやってきた。


 魔王城・謁見の間には幹部たちが立ち並び、アディユスは死を覚悟して玉座に座る魔王と対峙した。


『よく来たな。黒騎士アディユスよ。魔王軍に入る気になったか?』


「天界にも地上にも未練はないし、戦いにも興味はない。あとはただ死を待つだけ。そう思っていたのだがな。この間、貴様が私を勧誘したその真意を訊きたくなった。答えよ、魔王」


「小僧、魔王様に対して無礼であるぞ!」


「ふん。鬼武者か。貴様との決着もこの場で付けてやろうか」


 鞘から剣を引き抜いてゴドレッドに突きつける。ゴドレッドも戦斧を構えた。


『やめよ。王の御前であるぞ。弁えよ』


「し、失礼いたしました」


 魔王の叱責にゴドレッドはおろかその場にいる全員が直立し緊張感が走った。


 アディユスの背中にも冷や汗が流れた。改めて、その偉力に戦慄した。


『その剣は――』


 魔王が指さした。禍禍しいフォルムをした黒剣。


「〝神の塔〟で拾った。母上が抱いていた首の私物かもしれん」


『……それは余の朋友にして右腕だった男の剣だ。気に入ったのなら使うがいい』


「いいのか? ならばありがたく。この剣はなぜだか手に馴染む」


『……』


「しかし、この剣の持ち主はなぜ単身〝神の塔〟に挑んだのだ? あまりに無謀だ」


 門番の四人の勇者を殺したのが彼ならば大した実力者だが、結局最後には殺されてしまった。やはり神の力は強大だ。あそこにはまだアディユスも知らない脅威が隠されている。


『余も止めたが、あやつの意志は固かった。死んでも本望であったと信じたい』


「そうか……」


『質問に答えてやろう。アディユスよ。おまえの体内には〝闇の波動〟が流れている。それは得難き特質でな。魔族の中でも一握りの者にしか宿らぬ。捨て置くには惜しい。それにおまえの出自のこともある』


「それは情けか?」


『好きに受け取れ。そして、これですべてだ。納得がいかぬというならこのまま城から出て行け。魔王軍に歯向かわぬかぎり二度とおまえの前に姿は見せぬと約束しよう』


「……私を生かして帰すのか? 私が今、ここに置いてほしいと言えば貴様は受け入れるのか?」


『無論だ』


 本気で言っているのか。しかし、魔王に他意がないのがわかる。それに、幹部たちからも警戒こそすれ敵意めいた気配はまったく感じられなかった。


「私は天使であり神兵を務めていたのだぞ! 敵を招き入れるかもしれないのだぞ!? その気になればいつでも寝首をかけるのだぞ! そんな私をなぜ手放しで信用できる!?」


 そう言った瞬間、左右に二つの気配が現れた。アディユスの首に二振りの刃物が交差した。鬼武者ゴドレッドの斧と、殺戮蝶リーザ・モアの短剣だった。


「警戒するまでもないってことよ。今のあなたの実力ではね」


「信用とは勝ち取るものだ。勘違いするな、小僧」


 反応することさえできなかった。今の一瞬で二人の幹部にそれぞれ一回ずつ殺されていた。


「馬鹿な……!?」


 敵対していたときは何度となく追い払うことができたというのに。


「魔王様からあなただけは殺すなと命じられていたの。だから今まで手加減してあげていた。わかったかしら、坊や?」


「くっ……!」


 リーザ・モアはともかく、動きが鈍いと思っていたゴドレッドにさえ背後を取られるなんて。幹部同士を比較すれば確かに鈍重なのだろうが、アディユスには目で追うことすらできなかった。


『二人とも下がれ』


 元居た列に並びなおす二人。塔の勇者に対しても同等の衝撃を受けたことを思い出す。自身がどれほど未熟であるかを痛感させられた。


『あとは死を待つだけ――と、そう言ったな。ならばなぜその剣を手に入れた? なぜ今そのような顔をしている? おまえはまだ強くなりたいと思っているのではないか?』


 図星を刺される。アディユスは奥歯をぎりと噛み締めた。


(当然だ……!)


『神に復讐したくはないか? 余の許に来ればその願い叶うやもしれぬぞ?』


 魔王にも、自分にも、もう誤魔化しは利かないと観念した。


「貴様の部下になれば私はもっと強くなれるのか?」


 どの幹部よりも速く、どの勇者よりも強く。


 神を討てるほどの――


『おまえ次第だ』


「よかろう。その口車に乗ってやる。しかし、私を失望させたそのときは……。後悔するなよ――魔王様」



――――――――――――――――――――

 黒騎士アディユスが仲間にくわわった!

――――――――――――――――――――



(幹部シナリオ⑩ 了)


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