表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
304/335

幹部シナリオ⑩『魔天の御子(黒騎士アディユス)』その4


 そしてその日、三人目が現れた。


◇◇◇


〝神の塔〟の正面門前では怒声が響き渡っていた。一人の天使が中に入れろと騒いでいるのだ。


 門衛が対処に困っていると【猛獣使いの勇者ゼオン】がやってきて天使を突き飛ばした。


「き、貴様っ! 俺様を誰だと思っている!? 神官だぞ!」


 門衛がゼオンに耳打ちした。


「元、です」


「神官以外はここから先には行けねえ決まりだ。事情は知んねえけどよ、こっちも仕事なんだわ。怪我しないうちに帰ってくんねえか?」


「はっ! 所詮は〝ヒーマ〟だな! 無知蒙昧な下等種族め! いいか、よく聞け! 俺様は56人しかいない選ばれし神官の一人、ヒルダム大佐だぞ! ぁあ!」


「だから、知らねえっつってんだろ」


「そこをどけ! 何の権限があって俺様の通行を邪魔する!?」


「いやだから、神官以外は通れないって……」


「俺様ぁ神官だあ!」


「元です」


「……やべえな。面倒くせぇのに絡まれた」


 ゼオンは億劫そうに頭をかいた。この元神官とやらが、もしやんごとなき立場だったら迂闊に怪我をさせられないし、さりとて職務放棄するわけにもいかない。


 懐から赤い布を取り出すと天使の眼前に広げた。


「勇者スキル《コリーダデトロス/闘士の証明》――《ベロニカ/聖布》――神域から出て行け」


 天使の目からは光が失われ、ゼオンが命じるままに回れ右して立ち去っていった。


「い、一体何をされたのですか?」


「ちょっとした催眠だよ。神域から出たら解けるように掛けといた。あの足取りなら二、三時間ってところか?」


「……また来たら?」


「そんときゃ別の勇者に頼めよ。俺はもう関わるのは御免だ」


 一仕事終えたとばかりに待機所に戻ろうとするゼオンだったが、すぐさま門衛に呼び止められた。


「ゼ、ゼオン様! し、侵入者です! 侵入者が……!?」


「あ? だから、たったいま追い払ったばっか――」


 振り返ったゼオンが見たものは黒ずくめの剣士と、門衛が首を刎ねられて倒れ込む姿だった。


「――ッ!?」


 黒き剣士は3メトルを優に越す禍禍しい形状をした長剣を抜いており、刀身は血に濡れていた。もう片方の手には人間の頭部が二つ、髪を鷲掴みにしてぶら下げている。それをゼオンの足元に投げ捨てた。二つとも見知らぬ顔。顔の特徴からして天使だろう。おそらく、神兵の誰かだ。


「趣味わりぃな。首ちょんぱまでする必要なかっただろ?」


 生首を持ち歩く感性も頂けない。


「一撃で終わらせるなら心臓を刺すよりも首を刎ねたほうが確実だろう」


 答えると思わなかったので面食らう。ゼオンは体を半身に構えなおしてさりげなく懐に手を伸ばした。


「……何者だ? てめえ」


「名乗ったところで無駄になる」


「へえ。そりゃどういう意味だ?」


 一目でわかった。こいつは魔族だ。しかも、超一級。幹部クラスの強敵。


 ゼオンの判断は早かった。赤い聖布がはためいた。


「《コリーダデトロス》――《パラール(動くな)》!」


 だが、剣士の反応速度のほうが上回った。ゼオンの視界から一瞬で掻き消え、回り込んだ背中に剣を振り抜いた。――キィイン! 金属がぶつかり合う音が響き渡った。


「名乗ったところで俺が死ぬから、か?」


 ゼオンもまた長剣を引き抜き、首を狙った剣士の一撃を食い止めていた。


「勇者舐めんじゃねえぞ! オラァ!」


 剣を押し込んで剣士を後退させる。その隙に、指笛を吹いた。待機所にいる三人の勇者を呼び出す合図だ。


「ここの番は俺一人じゃねえ。わりぃが、四人掛かりでボコらせてもらうわ」


 相手がこの剣士だからではない。許可なく〝神の塔〟への侵入を試みる不審者相手には四人で相手をする取り決めだった。


「三人だ」


「あ?」


「その者たちが到着する頃にはおまえは死んでいる」


 ゼオンの額に青筋が浮かぶ。さすがに腹が立った。取り決めだから仕方なく三人を呼んだが、ゼオン一人でも倒せる自信はあったのだ。


 三人がやってくるまでおよそ三十秒。その間に殺せるというなら――


「やってみろやあ!」


 勇者スキル《トドメの滅多刺し(スエルテ・エスパーダ)》を発動。どんな猛獣であろうと確実に絶命させる必中必殺の隠し玉。


 ゼオンは刹那のうちに剣士の全身三十五カ所に風穴を開けた。


◇◇◇


 三人の勇者が駆けつけたときにはもう、猛獣使いの勇者ゼオンは首を切断されて殺されていた。


 死体の傍らに立ち尽くす黒き剣士は肩で息をしていた。ところどころ傷を負っているようだが、深手となっているのは左肩、脇腹、左太ももにできた三つの穿通創のみ。


 ゼオンが殺された――。その事実に三人は動揺した。指笛が聞こえてすぐに駆けつけたつもりだったのに、たった数十秒の内にやられてしまった。


「ゆ、油断するな……。こやつ、かなりの手練れだ……!」


「見ればわかるわよ!」


「ゼ、ゼオン殿の奮闘は無駄にはしません……! 確実に仕留めましょう……!」


 剣士が振り返る。その瞬間、剣士の全身が黒い闘気に覆われた。


「そこをどくがいい。私は奪われたものを取り返しにきただけだ。邪魔をするというなら」


《闇の波動》が放たれる。デタラメな質量の闘気。振り撒かれた圧力の暴威をぶつけられて、勇者たちは足が竦むほどの恐怖に襲われた。


「ぐ……くっ、うぐ!?」


「な、何なの、こいつ!?」


「う、うう、ううう! ――か、掛かれぇええええ!」


 がちがちに音を鳴らす奥歯を噛み締めて、泣きそうな顔をくしゃりと歪め、恐怖を無理やり振り払い、三人は捨て鉢気味に特攻していった。初手から最大火力。塵も残さぬとばかりに一斉に剣士に襲い掛かる。


 神域全体が揺れ動くほどの衝撃波が大気を走り抜けた。


◇◇◇


「――っ!」


 ゼオンが死んだことでヒルダム大佐に掛けられていた催眠が解けた。


 同時に、背後からの爆風に煽られて思わずその場で頭を抱えてうずくまる。


 そしてまた、無意識の間に口内に溜め込んでいた血を吐き出していた。


「おえぇええ――! はあ、はあ、はあ……! ま、また殺されたのか!? あの女! くそ! ちくしょう! 絶対に殺してやるぞ! 殺してやるぞぉおおお!」


 ヒルダム大佐はにわかに静まり返った周囲には一切関心を示さず、ただ血走った眼で聳え立つ〝神の塔〟を睨み上げると、再び侵入するために走り出した。


◇◇◇


 その衝撃波は神域にある地面も草木も建物も根こそぎ破壊していった。


 アディユスがいる収容所も半壊し、収容された単独室の天井まで崩れ落ちた。


(い、今の揺れは何だったのだ!? 何かとんでもなく大きな波動が飛んできたようにも感じたが……。いや、それよりも――逃げ出すチャンスだ!)


 罪人として拘束された時点で神兵としての将来は絶望的だ。同じく罪を重ねるなら望みを叶えてからでないと悔やんでも悔やみきれない。


 天井の穴から外へ出て、変わり果てた神域の景色に息を呑んだ。真っ白に輝いていた地面も建物も粉々に吹き飛んでいた。土埃が空に舞い上がって太陽の光を遮りどこまでも闇に包まれていた。まるで世界が終焉を迎えたかのような光景だ。


(もしや魔王軍の襲撃か!? 先の波動も魔王が放ったものだとしたら……)


〝神の塔〟の門前は特に酷い惨状だった。割れた地面がせり上がり、辺り一面が瓦礫で埋め尽くされていた。


 出っ張った岩肌に引っ掛かるようにして倒れ込んでいる人影をいくつか見つける。あれは拳法家の勇者ハンカク。あっちは女占い師の勇者ムーナ。そして、あそこで逆さまになっているのが天使の勇者セイラム・パパオ。猛獣使いの勇者ゼオンの姿だけが見当たらなかったが、おそらく彼も同様だろう。誰もが首を斬られて絶命していた。


 アディユスがまるで歯が立たなかった勇者たちが悉く殺されてしまった。


 衝撃波の影響をまるで受けず、土汚れすら付いていない〝神の塔〟の開かれた正面門をじっと見据える。


 勇者たちを殺した奴は塔の中にいる……


 そして、母上もきっと――


 逡巡は一瞬。アディユスは意を決して塔の中に足を踏み入れた。



お読みいただきありがとうございます!

よろしければ、下の☆に評価を入れていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ