幹部シナリオ⑩『魔天の御子(黒騎士アディユス)』その3
人魔大戦が激化する中、最前線に送られた神兵部隊は戦果を挙げつづけた。
アディユスを先頭に立たせるのは弾避けの役割と、彼の黒翼が邂逅する魔族の動揺を誘うのを狙ってのことだ。もちろん、盾にせよ陽動にせよ、無事帰還できるだけの実力が伴っていなければ務まらず、軍内でのアディユスの評価は待遇に反して高かった。
黒い翼と黒い甲冑を纏ったその姿は、まさに悪魔と呼ぶに相応しい出で立ちで、いつしか『黒騎士』という異名が付けられていた。天使にあるまじき二つ名だが、アディユスは気に入っていた。
「――おい、黒騎士っ! 魔王軍の援軍がこっちに向かっているという情報が入った! おまえが行って足止めしてこい! 味方が撤退するまでの時間を稼ぐんだ!」
「承知した」
こうした無茶は珍しいことではなかった。局地戦が常態化する中、両陣営とも送り込める援軍には限りがあり、大抵の場合少数精鋭を出してくる。人類連合軍からは勇者を、魔王軍からは幹部を、といった具合に。勇者がいなければアディユスにお鉢が回ってくるのもいつものことだ。
おそらくこれからやってくる魔王軍の援軍とやらも幹部一人とその直属の部隊だけだろう。【鬼武者】か【殺戮蝶】か、きっとその辺りのはず。誰であれこれまで何度となく退けることができた相手だ。殲滅は不可能だが、一時的な足止めだけならそれほど難しくない。
援軍がやってくる進路に先回りして立ち塞がる。陸か空か。ポイントを押さえて油断なく周囲を警戒していると――
『ほう。おまえが魔剣士ヴァイザスの息子か。噂に聞いていたとおり、黒い翼であるな』
「――っ!? 貴様、いつの間に後ろに!」
慌てて振り返ると、そこには闇の外套を被った怪人がいた。
今まで見たことがない魔族。だが、今まで見てきたどんな魔族よりも禍禍しく強力なオーラを放っていた。魔王軍幹部たちとは明らかに一線を画している。
(こいつ、もしや――)
「魔王か!?」
『その通りだが、よくわかったな』
「私の背後を取れるほどの者は神か魔王くらいしかいない」
『ククク――。大した自信家だ。余はおまえに会えて嬉しいぞ』
「……っ」
アディユスは内心で絶望していた。対峙してみて初めて気づく。これが魔王か。なんという偉力。まるで天災が姿を変えて現れたかのよう。今の自分では到底太刀打ちできない戦力差があることを瞬時に悟ってしまった。
(私の命もここまでか……)
にわかに死を覚悟した。――いや、待て。魔王からは殺気が感じられない? それに、アディユスのことを知っているような口ぶりだった。
(私に会いに来たのか?)
「……魔王が私に何用だ? 殺す気なら声を掛けてくる前に攻撃していたはずだ」
理解が早いアディユスに満足するかのように魔王は肩を揺らした。
『如何にも。余はおまえを魔王軍に加えたくてな。おまえを迎えに来たのだ』
「な、なに……!?」
『黒騎士アディユスよ。我が軍門に下り、余に恭順せよ。さすれば世界のすべてをおまえにやろう』
完全に予想外の提案に思考が停止した。
(私を魔王軍にだと……?)
刹那、これまでの人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。何一つとして愛しむもののない思い出。惜しむ気持ちなど一切湧かなかったが、アディユスはふんと鼻を鳴らした。
「何が目的か知らぬが、これ以上私を愚弄する気ならば今すぐに斬り捨てるぞ……!」
魔王の提案を一蹴した。逆らえば殺されるとわかっていても、たった一度の命乞いのために己の生き様を曲げることだけはしたくなかった。
魔族の血を引きながら天使のふりして【神都】で生きてきた。この生き様だけが誇りだった。どんなに理不尽な目に遭っても、運命に抗いつづけ命を繋げてきたのはそこに矜持があったからだ。
逃げ出すことはこれまで耐えてきた過去の自分を裏切ることになる。到底受け入れられる提案ではない。
それに、魔王軍にも何ら魅力を感じなかった。
世界をやる? いるか、そんなもの。
「徒労だったな。私に寝返る気は毛頭ない」
『世界だけでは不満か? 余の許に来ればこの世のあらゆる快悦を味わえるのだぞ?』
「くどいぞ! そうまでして私を欲すること自体が不可解! 一体何が狙いだ!?」
今度は魔王が鼻を鳴らす番だった。
『どうやらおまえは自分の価値を、己が何者であるかを、まるで理解していないようだ。ならば余が示してやろう。〝神の塔〟へ行け。おまえが何によって生かされているかわかるはずだ』
それだけ言うと、魔王の姿が霧散して消えてしまった。
辺りを見渡してももうどこにもいない。気配も感じない。完全に立ち去ったようだ。
(本当に私を勧誘しにきただけなのか? いや、それよりも、私が何によって生かされているかだと?)
〝神の塔〟――神域にある神の住処だ。
神官クラスの天使しか出入りできない天岩戸。
神兵になったことで神域に入る自由は得たが、母上の所在は一向に掴めなかった。可能性があるとしたら残すは〝神の塔〟しかない。
「……母上」
魔族に乗せられるのは癪だったが、無視し続けるのももう限界だった。
◇◇◇
神と天使が住まう国【神都】――
その中でも一般の天使すら近寄れない神域が【門庭】と呼ばれる土地だ。ここに【神都】の主力軍【神兵】が駐在し、56人の【神官】が世界全土に目を光らせていた。
そして、【門庭】内部に建つ中央塔こそが〝神の塔〟である。
人類最高位種族である天使には地上を統べる義務がある。特に神官と神兵は、下界人〝ヒーマ〟を軽蔑と憐憫をもって管理するのが主な業務であった。ここ【門庭】はその中枢部なのである。
【神都】の最も重要な拠点。延いては人類の存亡を預かる統治機構。
そんな【門庭】の、まして神が御座す〝神の塔〟の警備となれば世界一厳重なのは言うまでもなく……。
正面から乗り込んだところで〝門番〟に阻まれるのは自明であった。
◇◇◇
「うぐっ!?」
無様にも地面にうつ伏せに押さえつけられたアディユスはぎりと奥歯を噛んだ。
〝神の塔〟への侵入を阻む四人に為す術もなく取り押さえられた。
「力尽くで正面突破しようとする輩。まさかその二人目が現れるとは驚きだ」
「二人目? 何のことよ?」
「二十年近く前に魔族の侵入を許す事件が起きたのです。その反省を踏まえた結果が我々勇者です。常時四人の勇者を門番に据える――これ以上ないほど固い守りになりました」
「ははあ、俺たちが無理やり招集かけられたのはそれが理由か。迷惑なこったぜ」
四人の勇者――
リュウホウの拳法家ハンカク。
マジャン・カオの女占い師ムーナ。
神都の天使セイラム・パパオ。
ロゴールの猛獣使いゼオン。
一人一人がアディユスの力を大きく凌ぐ実力を備えていた。
たった一人すら突破できなかった。魔王軍幹部とは張り合えていたのに、まるで歯が立たなかった。
勇者とはこれほどまでに強かったのか。
それとも、この場所を守護するこいつらが特別なのか。
「あら? この子、人間ね? 何で下界の子が天界にいるの?」
背中を膝で抑え込んでいるムーナが不思議そうに言った。無断侵入しようとする不審者を問答無用で確保したために侵入者の風貌を一切気にしていなかったようだ。
天使の勇者セイラム・パパオが答えた。
「いいえ、その者は天使です。たしか、神兵でしたね。見覚えがあります。翼がないので逆に目立っておりました」
黒い翼は悪目立ちするだけなので常に衣服の下に仕舞っていた。事情を知らぬ者からすればただの地上人――ヒーマと勘違いするだろう。
「何だ、魔王軍との戦いで千切れちまったんか? その程度の実力で俺たちを突破しようっつーのはちと舐めすぎだわな」
「典型的な身の程知らずの愚か者だな」
猛獣使いのゼオンが鼻で笑い、拳法家ハンカクはつまらなげに嘆息した。
「〝神の塔〟への無断侵入……。どうしてこのような暴挙に出たのかわかりませんが、罪は罪。しっかりと神の裁きを受けるといいでしょう」
「くっ、離せ! 離せぇ!」
捕らえられたアディユスは神域にある収容所にそのまま収監された。
(くそ……! これでは魔王に踊らされただけではないか……!)
アディユスは見通しが甘かったことも含めて屈辱感に苛まれながら、牢獄の中、裁きの日を待ちつづけることしかできなかった。




