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幹部シナリオ⑩『魔天の御子(黒騎士アディユス)』その2


 数年が経ち、アディユスも青年になった。


 体の成長に伴って目に見える形でのイジメは収まった。それはアディユスの類稀なる魔法と剣術の腕前に、いじめていた側の生徒が怖気づいたからでもあった。


 だが、指導員ツインレイで元神官のヒルダム大佐だけは相変わらずアディユスへの当たりが強かった。目を覆いたくなるような体罰はもちろんのこと、露骨な贔屓や理不尽な差別は生徒たちでさえ眉をひそめるほどであった。


 ある日、天使学校を卒業して天兵になった先輩たちがアディユスを食事に誘った。彼らも在学中はアディユスに暴力的だったが、今となってはいい思い出くらいにしか思ってないようで、環境が変わったことで特に毛嫌いする理由もなくなったらしい。離れてみて初めてアディユスの才能に気づいた者もおり、この会食も同情と詫びのつもりのようだった。


「おまえ、将来は天兵になるつもりか? ま、おまえの実力なら可能性はあるだろうが、如何せん出自がなあ……」


「私は高望み致しません」


 物分かりのいいアディユスに先輩はうんと感心するように頷いた。


「それがいいだろうな。上官にはもっと性格悪いヤツがいるし、天兵のさらに上の部隊の『神兵』が偶に指導しに来んだけど、血が通ってない連中ばかりだ。おまえを散々いじめてた俺たちが今いじめられてるんだ。おまえが来たら殺されかねねえ」


 なるほど。自分にだけだと思っていた理不尽はサイコロの出目の差程度で誰にでも降り掛かるようなありふれた不運でしかなかったらしい。最悪の目を出し続けているアディユスにしてみたら軍隊が本物の墓場になりかねない。


 それを知れただけでもこの会食に来た甲斐があった。少しだけ報われた思いだった。


「どの道、私が天兵になることはないと思います。まず間違いなく書類審査で弾かれるでしょう」


「お? そりゃそうか。はっはっは!」


 将来を考えられるようになっただけでも少しは人生がマシなものになったとアディユスは考えるようにした。


 すると、先輩の一人が「神官と言やあ……」と話題を変えた。


「ヒルダム大佐も散々だったよな。アディユスには直接関係ない話だけどよ、おまえの母ちゃん、昔は大佐の部下だったんだってな。知ってたか?」


 アディユスは首を横に振った。初耳だった。


 母上が大佐の部下――? そんなはずはない。だって、ヒルダム大佐は元神官であり、かつては魔王軍と最前線で戦う神兵だったのだから。職場も立場も完全に違う。


「母は今、部隊の管理部門で事務員として働いているはずですが」


「その前は戦闘職専門の神兵だったんだとよ。俺たちが生まれるよりずっと昔の話だ。知らなかったんだな」


 アディユスは呆然とし、無意識に頷いていた。


 母上には幼少の頃から会っていない。正直、顔も思い出せない。


 どこにいるのかだけ聞き及んでいるが、アディユスには面会する自由さえ与えられなかった。それもまた神が与えたもうた試練。昔、面会したくば許可を貰えと神官に言われたことがある。だが、誰の許可を得ればいいのかわからなかった。


 神兵がいる神域には近づくこともできない。天使学校に入学する頃にはもう母上に会うことを諦めてしまっていたのだが……


(母上が神兵だった? もしや、魔族と交わったことと何か関係しているのだろうか)


 母上が魔族の子を宿すに至った経緯は、誰も教えてくれなかったので勝手に想像するしかなかった。


 母上が魔族にかどわかされて姦通し身ごもったのだとして、戦闘職でもない母上がどうして狙われたのか、それだけがずっと疑問だったのだ。しかし、母上が神兵で戦場に行っていたのならそういう悲劇もありうるだろうと納得できた。


 だが、そこから先についても疑問が残る。


 なぜ母上はアディユスの前から姿を消したのか。


 なぜアディユスは孤独に生きることを強いられねばならなかったのか。


 アディユスを悪魔の子と糾弾するのなら引き離すべきはアディユスのほうなのに。どうして母上が神域に閉じ込められているのだろう。


「あの、ヒルダム大佐が散々だった、とは一体……」


「ああ、何でもよ、おまえの母ちゃんが魔族にさらわれたのは大佐のせいってことになってな。まあ、上官だし? 責任取るのは当然っちゃ当然なんだが、そのせいで神官位を剥奪されてさ。神兵の任務からも外されたんだって。あいつ、脳筋だろ? 戦いから遠ざけられて一時期腐ってたんだと。で、そのことが祟ったのか原因不明の病にまで罹っちまって。そういうわけでおまえにだけ当たりがきつくなっちまったんだってさ。完全に逆恨みだよ」


「そうだったのですか」


 ヒルダム大佐にイジメ抜かれたことについて恨みはない。こうして理由がはっきりしたことでむしろ胸がすいた思いだ。


 やはり因果はあったのだ。アディユスに落ち度はなく、翼の色も関係しない。ただ運命のレールがアディユスにとって過酷すぎる道に敷かれていただけ。


(そして、これもまた道。私が今日知ったことで今度は何を試されている?)


 こうして先輩たちが訪ねてきたことにも意味があるはず。いや、意味を見出すならば、神がアディユスに仕掛けた試練の正体も浮き彫りになる。


(神域にいる母上と会うには正攻法でいくしかない。そのためには――)


 アディユスは先輩たちから天兵の仕事について詳細に教えてもらい、天兵になるための素養を身に付けるべく翌日からさらに修練を積むようになる。


 そして数年後、天使学校を卒業したアディユスの配属先が決定した。


 大方の予想どおり、天兵部隊への入隊は認められず、アディユスが志望した進路はすべて書類審査ではねられた。


 しかし、大方の予想を裏切り、アディユスは出自のハンデを吹き飛ばすような大出世を果たすことになる。


 史上初「56番」出身の神兵の誕生であった。



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