コープスリバイバル②
その闇魔導士ハルスに最も接近していたのは、アテアとの戦いから〝壁〟際で亀のように丸まっていたゴドレッドだった。
ハルスの脇に立つ木こりの勇者は呻き声を上げるばかりでまるで生気を感じさせなかった。ゴドレッドと打ち合った頃の瑞々しさは皆無。向こう見ずな光は消え失せて、今やどこを見ているのかさえわからない虚の瞳が揺れるだけ。
少年の命を絶ったのはゴドレッドだ。そのことに慚愧も哀惜の念もない。あの戦いの記憶は誇りと誉れの結晶だ。勝敗が逆転していたとしてもそれは変わらないし、少年にとっても胸を張れるものであったはず。だからこそ、死闘の果ての結果を悔やむことはない。
だが……だが……だがッ! それはあくまでもゴドレッドと少年との間でのみ成立する敬意の裏返しであり、余人が軽々しく踏み込んでいい領域ではなかった。まして敗者の遺体を道具にするなど、ゴドレッドをも侮辱する冒涜である。決して許されることではない。
思えば、勇者の遺体と戦うのはこれで二度目――
「そうか。貴様の仕業であったか」
【剣聖バーライオン】の遺体をハザーク砦に差し向けたネクロマンサー。
たとえ見知らぬ戦士への辱めであっても我がことのように感じ入るのはゴドレッドが生粋の武人であるからだ。ハルスの魔法はもはや看過できない〝天敵〟であった。
「我はこの戦いに名誉を求めぬ。誰の称賛もいらぬ。ただ貴様を殺すのみ。覚悟するがいい、外道」
ハルスは怯えきった様子で死体の後ろに隠れた。
「ガ、ガレロ! 僕を守りつつ後退だ! 時間を稼ぐだけでいい! アニの作戦通りにやるんだ!」
勇者を盾にするとは。ゴドレッドの怒りは頂点に達した。
ハルスに向かって突進する。木こりの勇者が斧を構えて間に割って入ってきたが、一切手加減せずに横殴りに殴り飛ばした。魂のない抜け殻はもはや少年ではない。吹き飛ばすことに微塵も躊躇はなかった。
ただ、何一つ手応えがなかったことが少しだけ悲しかった。
「絶望しながら死ぬがいい!」
斧を全力で真横に薙ぎ払った。
……が、そこにはすでにハルスの姿はなかった。
「む――っ!」
勇者を囮にしたときにはもうゴドレッドの脇をとっくに駆け抜けていた。すれ違いざまに足を斬りつけられ、血しぶきが舞った。
「くっ、なんて硬い体なんだ……!」
おそらく脚を切り落とすつもりだったのだろう。だが、力不足だ。筋は悪くないが魔王軍幹部とやり合うには剣士としての実力も圧倒的に足りていない。
この男は戦士ではない。戦術は下劣、魔法は悪辣。どう足掻いても敬意を払うに値しない。今の一合にしても死体を盾にするという卑劣ぶり。
恥を知れ。
「もはや正視に堪えぬ。一刻も早く戦士たちを開放してくれる」
「……はっ、ははっ、魔王軍の幹部が勇者の亡骸を悼むなんて滑稽だね。魔族には義勇とか名誉だとかは理解できない感情のはずだろ? 人道にもとる虫以下のくせに粋がるんじゃない」
「なんだと……っ!? 貴様ッ!」
「今だ! ガレロ!」
挑発してできた一瞬の隙を衝くように、背後から木こりの斧の一振りがゴドレッドの首筋に直撃した。
しかし、木の幹ほどの太さがあるその首には傷一つ付かず、反対に叩きつけたほうの斧が半壊した。
「そ、そんな……っ。ガレロの攻撃が通用しないなんて!?」
「うぬに操られているだけの人形の攻撃が効くと思うたか! それも背後からの不意打ち! 信念も無ければ重みも皆無! 我には通じぬわ!」
だが、怒りとともにトラウマをも呼び起こした。ハルスの卑劣さを罵倒することは、アテアを背後から不意打ちしたゴドレッド自身への皮肉となって返ってきた。
「ウオオオォオォオオオ! 今度こそ死ねぇええい!」
恥ずべき過去を打ち消さんとばかりに再度斧を振り上げた。
バガンッ!――大気をどよもすほどの衝撃が受け止めた刀身に走り抜ける。
ハルスを庇い、剣を水平にしてゴドレッドの攻撃を凌いだその勇者は、にやり、と不敵の笑みを浮かべた。
「アンバルハルのために散っていった勇者たちが蘇った? だったらさ、ボクのことを忘れてもらっちゃ困る!」
「なっ!? 貴公は!?」
「ア、アテア王女!?」
〝壁〟から飛び降りてきた剣姫は、数刻前に致命傷を負った事実など無かったかのように見事な完全復活を遂げていた。
◆◆◆
それを、少し距離を隔てた場所から感じ取った。
(アテア……! あいつ、復活したのか! よかった! 混沌魔法がうまくいったんだな!)
(まあ、お兄様ったららしくもなく喜んじゃって……っ。そんなに嬉しいなら駆け寄ってハグの一つもしたらよろしいのに……)
(するかバカ。したらしたで、おまえ、うるさく喚くくせによ。とにかくこれで形勢は逆転した! 理想的な展開だ!)
(それでは、お兄様……ここで決めるおつもりですのね? 妹ちゃんとのゲームを終わらせるおつもりですのね?)
(ああ、終わらせる!)
あのバケモノを完膚なきまでに叩きのめす。
二度と表に出て行けないように――
それがアイツの兄である俺の最後の務めだ。
◆◆◆
「…………」
ソレを、遥か遠く離れた暗き場所から感じ取った。
最初に招かれたのは、希望の声に。
懐かしくも朽ち果てた骸の上に降ろされて、自我を得た代わりに失意のどん底に叩き落とされた。月日の流れの残酷さに打ちのめされた。己の無力さに絶望した。ただそれらを味わっただけで元居た場所へと還らされた。
二度目の招きは、切望の声。
幸いにして自我を得たことで昇天に抵抗し免れた。そこへ声なき声の訴えを拾ったのもまた僥倖であった。
――英雄になれる器じゃないが、英雄の〝器〟にならなれる。
歪んだ大望を愚かしいと嗤いつつ、彷徨える魂は喜んで転移を受け入れた。
==紡げ――《ハルウスサーガ/英雄伝説》==
新たな物語を紡いでいく。
それはある男が命を賭してまで見たがっていた英雄譚の続編である。もっとも、託された側の魂に読んで聞かせるつもりはさらさらなかったが。
地中深く――崩落した遺跡の岩盤の下から生身の人間の手が生えて出た。
素手で空気を掴んだだけで衝撃波が地上まで吹き飛んでいった。開けた穴からは空が覗き、久方ぶりに浴びた陽光の暖かさに肉体は歓喜に打ち震えた。
生きているという実感。
なんて素晴らしい。
二度目の生を手に入れた英雄はひとしきり哄笑すると、やがて忌々しき血族への復讐を開始する。
はたしてソレが、騎士が憧れ理想とする英雄そのものであったかどうか――
真実は王宮の惨劇とともに明らかになる。
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