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完全犯罪~シバキの最期~


 しばらく時間を置いた後、貸し馬車屋に戻って店主を脅した。


「あああ、あのお客さんなら自分のことをヴァイオラ様の側近で占星術師だと言っていました……! お名前はアニ! 明朝、アコン村に向かうそうです!」


 それだけ聞き出すと、シバキは店主の首に当てていたナイフを仕舞った。


「お頭、どうするんで?」


「馬を二頭ってことは一つは荷馬だな。やつは一人で町を離れるらしい。で、アコン村ってこたあ方角からして南の街道だ。途中に一本杉があんだろ。あの辺りは見晴らしがいいし一本道だ。――待ち伏せができるな」


 そう言うと、子分たちはいやらしい笑みを浮かべた。


「今度は殺っちまっても?」


「そのつもりだ」


「しかし、どうしてそこまで奴にこだわるんで?」


 その質問には答えないでおいた。


◆◆◆


 深夜に一本杉に着いて野営した。


 そろそろ日が昇ろうかという朝もやの中に、こちらに向かってくる蹄の音が聞こえてきた。子分のひとりが望遠鏡を覗き込む。


「来た! 来ましたぜ! お頭の言うとおり一人だ!」


「てめえらで道を塞げ。俺は背後を抑える」


 シバキは街道を挟んだ草原の中に身を隠した。アニがやってくるのを息を潜めて待つ。


 なぜアニにこだわるのか。理由は一つ――奴からとてつもない邪悪を感じたからだ。


 やつは……シバキのような悪党とは何かが違う。


 人間的でないといえばいいのか。やつからは悪魔めいた気配を感じるのだ。


 子分に言えばたぶん笑われる。弱さを見せれば舐められる。だからシバキは理由も告げずにただ殺すよう命じた。お頭の機嫌を損ねた――理由なんて後からそんな感じで引っ付ければいい。とにかく今は一刻も早くアニを殺さなければ、とシバキは思った。


 事もあろうに二人の王女殿下に仕える占星術師だったとは。奴が王女殿下に進言するだけで国の命運を左右しかねないのだ、これほど危険な存在はない。


 それに、王宮に近い存在ということは、いずれセルティと会う可能性も――


 いま、殺しておかなければ。


 目の前を二頭の馬がゆっくりと通り過ぎていく。草むらに伏せているシバキに気づいた様子はない。


 子分たちが木の陰から現れて街道を塞いだ。


「へっへっへっ。よう、ここは通れねえぜ?」


「また会ったな、兄ちゃん。とりあえず、馬から下りな。お話をしようや」


 アニは観念したように素直に馬から降りた。


「馬小屋のオヤジが道中気をつけろって忠告してくれたんだが、こういうことか」


 自嘲ぎみに言った。


「今日ここにてめえが来なかったら俺たち何するかわからねえぞってたっぷり脅しておいたからよー。ま、あのオヤジを責めてやるなよ? 自分が助かるためなら平気で他人を犠牲にする。それが人間ってもんだ」


「てめえは災難だったがな!」


 子分たちが笑う。


「はっはっははは、はははは、あはははは!」


 アニも一緒になって笑った。


 何だ。奴のあの態度。何かがおかしい。


 鳥肌が――


「そっか。じゃあ、俺のために一つ犠牲になってくれ」


 アニがそんなことを言った。その直後、


「は、え――――?」


 一瞬の出来事だった。


 シィイイイイン――という風を切るような音が鳴り、気づいたときにはもう、子分の首が、二つ、宙に飛んでいた。


 空高く舞い上がり、ドンッドンッ、と重い音を立てて地面に落下した。


 血飛沫を撒き散らしながら、制御を失った胴体がゆっくりと倒れていく。


「なあっ――――!?」


 いいい、一体、何が起きた――――!?


 思わず腰を浮かしたシバキを、目聡く捉える不吉な目。


「よお、そこにいたのか。シバキさん」


 振り返ったアニの顔は微笑を湛えていた。


 楽しくて仕方がないとばかりに――笑っている。


「て、てめえ、いま、何しやがったッ!?」


「は? 何って、見てたんだろ? 魔法だよ、魔法。風魔法でスパッとな。こいつら、背格好が似てたし丁度並んで立っててくれたから一撃で済んだぜ。連続魔法は疲れるからありがたかったぜ。なあ?」


「ま、魔法だと!? バカな!? だだ、だっててめえ、詠唱してなかったじゃねえか!」


「は? してたけど?」


「し、ししし、してねえって!? そいつらと一緒になって笑ってたじゃねえか!」


「? だから、心の中で唱えてたんだろ? 準備が整うまで笑ってただけで」


「は?」


 理解できない。


 魔法詠唱は口に出さなければ意味がないのだ。


 そんなことも知らないのか。


 そんなことも知らないのに。


 あっさり人を殺しやがった。


「つってもまあ、そういった省略は低位人撃魔法がやっとだけどな。おまえの言うとおり、それ以上の魔法はちゃんと口に出して詠唱しないと出せないようだ。レベルの問題かもな。ったく、そういうオタク臭い真似はあんまりしたくないんだよな。バカ妹に聞かれたら自殺モンだからよ」


 だろ? と、よくわからない同意を求められた。


 なんなんだ。


 なんなんだ、こいつは……っ。


「て、てめえ、狂ってやがるのか!? 魔法で人を攻撃するなんて、し、神問官が黙っちゃいねえぞ! こ、殺されるぞ!?」


「ああ、【神の使い】だっけ? なるほど。そいつらが人間界の魔法を監視してんのか。どうりで誰も魔法を犯罪に利用しないわけだ。けどま、大丈夫だろ。魔法で人を攻撃するのは今回が初めてじゃない」


「なに!?」


「人狩りはおまえらよりも慣れている。――詠唱はもう済んでるぞ?」


「へ?」


「《風刃》」


 ザシュ――――ッ。


 足許からそんな音が聞こえた。


 両足のくるぶし辺りを横一文字に斬られていた。


 両足首を残して、シバキはうつ伏せに倒れ込んだ。


「うぎゃああああああああああああああああああッ!?」


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、――――ッ。

 足が、足が、足が、足が、足が、足が、足が、足が、――――ッ。

 俺、俺、おれ、オレ、おレのオオオオオオォオォオオオ!?


「試してみたい魔法があるんだ。シバキさんも、俺の今後の助けになるべく、ここで一つ犠牲になってくれよ」


 アニが近づいてくる。草むらに侵入し、這いつくばって逃げるシバキの進行方向を塞いだ。


「ひぃ、ひぃいいいいいいいいいいいい!?」


「そうはしゃぐなよ。幸い、ここには俺たちしかいないし、せっかくだから使ったことない魔法の詠唱をこっそり練習しておこうかなって思うんだ。いざってときに噛んだりしたら恥ずかしいもんな。あ、だからって、いま噛んだりしても笑うなよ」


 はにかんだ笑顔でそんなことを口にする。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!


 こいつが、この悪魔がおそろしい!


 助けてっ誰か、誰か――助けて!?


「えーっと、たしか詠唱の文句はっと――――」


==聞け 闇の精霊よ 我を容認する者よ==

==そなたの頭蓋が落ちていく……==

==深い眠りに落ちていく==

==悪夢に身を委ねよ==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==紡げ――==


「たすけてくれぇえええええ!」


「《毒壊》」


 シバキに死の灰が降りかかる。


 灰が付着した皮膚はにわかに青紫色に変色し、無数の水膨れがマグマの如く湧いては破れ、硫酸を被ったかのように次第に溶け爛れていく。煙が蒸気のように噴出し、皮膚がドロリと腐れ落ちる。


 あっという間に顔面から原型が失われた。


「ごおおあああああああああアアアアアアアアア!?」


 人間のものとは思えない雄叫びを上げながら、シバキの全身が溶けていく。


 一分とかからずに肉という肉が剥げ落ちた。


「おお……っ! すげえすげえ……!」


 後には腐肉がこびりついた衣服と、体液に塗れた白骨だけが残っていた。


 ひどい腐臭に顔をしかめながらも、笑みをこらえることができない。


「これが毒魔法の威力か。人にやると本当にえぐいな。――使えるぜ、これ」


「悪趣味ですこと」


 レミィが嫌悪感丸出しで言う。まあ、気持ちのいいものではないのは確かだが。


「それがいいんじゃないか。《ファイヤーボール》を撃つよりも、見た目のインパクトではこっちのほうが断然上だ。射程距離が短いのが玉に瑕だが、一人でも毒殺できたら確実に他が怯む。加減を覚えれば拷問にも使えそうだ」


「人に使うことが前提ですのね……」


「当然だろ。暗殺に特化した魔法なんだからよ。完全に対人向けだ。モンスター相手には射程距離が短すぎる。どっかの脳筋勇者じゃあるまいし、モンスターの懐に入り込んでまでわざわざ毒を盛ろうなんざ思わねえよ」


 子分たちの遺体から衣服を脱がして、シバキと同じように【毒壊】で白骨化させる。遺体の処理は骨を拾って埋めたほうが楽だし早い。


 シバキたちの衣服と持ち物をかき集めてまとめて燃やす。


 その最中、シバキに奪われていた【王家の首飾り】を見つけた。


「こいつは燃やせねえな。仕方ない。回収しておくか」


「売ればかなりの額になりますものね!」


「いや、そういう理由じゃないが。……目を輝かすな。売らねえよ」


 シバキたちが乗ってきた馬を放してやり、隠ぺい工作は終了した。


「気になるのはシバキが言った神問官ってやつらだ。レミィ、そいつらに狙われることはあるのか?」


「可能性でしたらありますわ。けれども、知ってのとおり、この世界の神は適当ですから。【神の使い】も同じくらい適当ですわよ」


「だよな。けど、ちょっとは自重しておくか。無駄に敵を作ってもばからしい」


「今回のことで報復されませんの?」


「シバキの仲間にか? 大丈夫だろ、たぶん。ここで何があったかなんて誰にもわかりゃしねえさ。シバキたちは行方不明。生死も不明。それで終わりだ」


 むかつくことも多々あったが、最後には役に立ってくれた。


 シバキたちの死は無駄にはしないぜ。


 なんてな。


◆◆◆


 アニには与り知らぬことであったが、この世界にも警察権と司法権を持つ保安官が存在した。警備兵や王宮兵よりも階級が上で、捜査中に魔法の行使が認められている点においても一般の役人とは一線を画していた。


 ある日、保安官が一本杉付近で残留魔素を感知した。魔力探査する特殊具を用いて、その場で行使された魔法の種類を、浮かび上がる立体形象の形と色で判別する。結果は――『風』と『火』と『闇』系統の三種類で、どれも攻撃色を示す赤色。


 何者かが対象物を攻撃すべく魔法を使ったことは明らかだった。


 一本杉周辺の調査を開始し、まもなく行方不明だったシバキたちの白骨が発見された。


◆◆◆


 第十三地区の教会に遺骨が移送された。


「彼らの所持品はすべて燃やされていました。衣服から何からすべてです。ここまで徹底的ですと物取りの線はかえって考えにくい。計画的な犯行であるとも言えるからです。場所も場所なだけにずいぶん用意周到だったろうと思われます」


 保安官の説明を俯き加減に聞いていた少女は、泣き腫らした目をキッと上向けた。


「……所持品はすべて燃やされていたのですか?」


「はい。ですが、銀貨や銅銭が草むらから発見されています。財布ごと燃やしたのでしょうが、火力が足りなかったために原型を留めていました。そうして見つかったのは貨幣だけです」


「見つかったのは貨幣だけ……」


 一級貴族の頼みとあっては断れず、保安官は今のところ判明している事実をすべて開示した。本格的な捜査はこれからなので余所に流れて困る情報ではない。


 教会を後にした少女は、家路を辿る馬車の中で考える。


 王家の紋章が入ったあの金の首飾り。彼の住居にも、通い詰めていたアジトにも、それらしい物はなかった。

 あれほど気に掛けていた首飾り。どこかに置き忘れたとも思えず、肌身離さず持ち歩いていたとするならば――


 考えられることは一つだ


「わたくしが見つけだしてやりますわ……」


 首飾りを持ち去った者こそがセバーキンを殺した犯人だ。


「わたくしのセバーキンをよくも……!」


 セルティ・バルティウスはまだ見ぬ犯人に復讐を誓う――


お読みいただきありがとうございます!

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