コープスリバイバル①
「フハハハ、どうした魔王!? 何を迷うことがある!? 得意の〝波動〟を使って反撃してくるがいい!」
魔王はアディユスの猛攻撃を《闇衣/ヤムイ》を纏った右腕だけで凌いでいた。
アディユスの黒剣を防ぐには同様に〝闇の波動〟を纏う必要がある。そしてまた、アディユスを倒すには〝闇の波動〟を攻撃に転用することが不可欠だった。
「貴様が私に伝授したのだぞ! まさか弟子に後れを取るつもりか!? いい加減、本気を出せ!」
『ぐぬっ! なんという力!? 百年前の実力をほぼ取り戻している! 余の許から去ったあと、一体何があったというのだ!? そもそもおまえはアコン村で死んだはず!』
「ああ、そうだ! 私は死んでいる! 今や生きる屍だ!」
『そんな馬鹿なことが……』
「ない、と言い切れるか!? 魔忍クニキリという実例がいるぞ!」
確かにクニキリと同じになったと考えれば合点がいくが……。アディユスの気配はそれとは違う気がする。わずかに生気を感じるのだ。
『はあっ!』
右腕を強引に振り払い、アディユスの剣を弾いて押しのけた。
間合いから外されて仕切り直すアディユスだったが、ふと視線を後方に向けた。
「見ろ。貴様の部下たちは私以外の屍ども相手に手をこまねいているぞ」
勇者の屍が一斉に幹部たちに襲い掛かっていた。そのせいで魔王に加勢する余裕がない。
「おかげで大将は孤立無援。邪魔は入らない。思う存分、私たちだけで殺し合える」
『なぜだ。なぜ魔王軍に歯向かう?』
「取り巻きに用はない。私が欲しいのは貴様の首だけだ。魔王」
アディユスが差し向ける殺意には一片の曇りがなかった。術者に操られていたり、正気を失っているようにも見えない。さりとて魔王には恨まれる覚えがなく、ますます困惑だけが膨れ上がっていく。
『おまえは本当にアディユスなのか?』
信じたくない思いが口からこぼれ出た。アディユスは嘲笑するように口許を歪め、黒剣を頭上に高々と掲げた。
〝闇の波動〟を纏った黒剣がさらなる波動の靄に包み込まれていく。立ち込めた暗雲が稲光を走らせるが如く、アディユスの手には黒き稲妻が握られていた。
《蒙霧升降刀/フカキキリマトウ》
生前、アディユスが愛用していた最強の剣。
『ああ……』
魔王は観念した。その雷刀には見覚えがあり、唯一無二であることを知っている。この男が紛うことなく【黒騎士アディユス】なのだと認めざるを得なかった。
「構えろ。でなければ一瞬で終わるぞ」
本気で魔王を殺す気でいた。
『――』
なおも躊躇いを消せない魔王であったが、覚悟を決めた。
『来い! アーク・マオニーよ!』
残った二体のアーク・マオニーを影化させ、両手胴体を守る《参天闇衣/サンテンヤムイ》を完成させた。
◆◆◆
ついに魔王様が本気になる――
その気配を感じつつも、配下である幹部たちは魔王様の許へ馳せ参じることができずにいた。本来なら我らが大将に敵兵の接近すら許してはならず、その相手がたとえかつての仲間アディユスであろうとも配下の誇りに賭けて絶対阻止しなければならなかった。
だが、戸惑いと不意打ちにより幹部たちは目の前に立ちはだかる勇者から意識を外すことができずにいた。
生前の強さを知っているからこそ一片の油断もしてはならない。手の内は双方で把握済み。少しでも隙を見せれば確実にやられる。膠着は必然であった。
じり、と摺り足で動きつつ間合いを測る首無しサザン・グレー。
リーザ・モアは槍の挙動に注意を向けながら、穂先が届かぬ距離を保って後退した。
一瞬でも気を抜くと――
ヒュン!
槍が弾丸のように飛んでくる!
「くっ! 正確に私の位置を捕捉してくる! 目も耳もないくせにどういう原理よ……!」
顔面を狙った突きをギリギリでかわすのもこれで四度目。
かつての精彩さを欠くのは屍体ゆえのハンディキャップだろうか。以前のままであったなら今の一撃で確実に首が飛んでいた。
(もっとも、動きが鈍っているからこそこの距離感なのだけど。あれから私も昔の勘を取り戻しているし、決して勝てない相手ではなさそうね。……ん?)
よくよく観察してみると十数秒に一度サザン・グレーが活動を停止していることに気づいた。と言っても停止しているのはほんの一秒ほど。しかし、リーザとの対戦においてそれは致命的な隙であった。
弱点を見抜くや否や腰に差していたローズウィップを引き抜いた。停止する瞬間を見極めて鞭を振るい、サザン・グレーの槍に巻きつかせて動きを止めた。
「他愛もないわね。生きていないというだけでこれほど弱くなるなんて。それとも私が強くなったのかしら。あなたにもし意識があったならもう少しいい勝負ができたかもしれないのに、残念だわ」
口にして違和感。
(意識がない? それなのに、この槍の正確さは――)
次の瞬間、この勇者の動きのカラクリが解けた。
反撃される危険も意に介さず、サザン・グレーから目を離してナナベールに向かって叫んだ。
「生前の動きに惑わされないで! こいつらはただの操り人形! スキルはおろか魔法だって使えやしないわ! 術者よ! あの魔導士が操っている!」
一遍に七体もの死体を操っているのだ、数秒に一度は意識からこぼれる人形も出てくるはずで、活動の停止はそれが原因だった。
ネタさえ割れてしまえばやることは一つである。
==聞け! 風の精霊よ! 我を糾弾する者よ!==
==息吹を運び、我の声を響かせよ!==
==あまねく天と地を行き交い、最果てを消せ!==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《バロスラッシュ》!==
空いた片手で魔法を撃ち放つ。闇魔導士ハルスを狙った《バロスラッシュ》だったが、咄嗟に間に入ったサザン・グレーに直撃した。
鎧の表面を割っただけでサザン・グレーは何事もなかったように立ち尽くした。
「――チッ。頑丈さだけは相変わらずみたいね。まあ、操られているだけの人形だもの。痛みもないし感情もないのでしょう。いいわ。だったら、あなたが壊れるまで魔法を撃ち込んであげる!」
リーザは鞭で絡めて繋がったままのサザン・グレーに、至近距離から攻撃魔法を容赦なく浴びせまくった。
◆◆◆
勇者たちが操り人形であることは、リーザに言われるまでもなく気づいていた。だが、わかっていたところでナナベールにはどうすることもできなかった。
ナナベールを阻むのは神父の勇者サンポー・マックィン。前の戦いでは見せたことのない肉弾戦を果敢に仕掛けてきた。
魔法やスキルが使えなくても勇者の身体能力は、接近戦が苦手なナナベールには十分脅威になり得るものだった。これなら生きていたときのほうがまだ戦いやすかった。
「リーザの奴。ウチにこの魔法を打ち破れって言いたいんだろうけど、こんなん術者を叩く以外に解決方法なんざねーっての! それは後方支援のウチの仕事じゃねーんだよ! うわった!?」
神父のパンチが地面を割った。スピードも剣姫アテアに引けを取らない。こんなもの身体能力が低いナナベールに振り切れるはずがない。
「どわっ! こ、こらあ! 神父のおっちゃんよぉ! らしくねえことしてんじゃねえぞ! ったくよー、辛気臭ぇ顔しやがってよお! 生きてたときのむかつくにやけ面はどうした!? うひゃあ!」
幸い、神父の攻撃は命中率が低く、かろうじて避けられているが、いつかは捕まってしまうだろう。主に体力的な理由で。
「埒が明かねえ! パイゼル! ディビル! ウチを守れ!」
「はい! ナナ様! ――え?」
「承知しました。――きゃ!」
赤魔女の従者である二人のメイドは、疾風のように駆けてきたリスの亜人によって突き飛ばされた。
賞金稼ぎの勇者ジェム&ルッチ――その妹分のほうのルッチであった。
「ナナ様! 困りました! おそばに近寄れません!」
「敵の妨害を受けています」
「見りゃわかるわ! この役立たずども!」
六人の勇者をばらけさせて魔王軍幹部の戦力を分散させていた。
クニキリを止めているのはシスターの勇者ベルベラ・ベル。
グレイフルの相手は賞金稼ぎの勇者の片割れ、姉貴分のジェムがしていた。
おそらく、すべては魔王様とアディユスを一騎打ちに持ち込むため。
人間側は魔王様の首を獲って大逆転勝利を狙っているのだ。
「ちっ。魔王様もウチらもそう簡単にやられはしねえけどよ、リーザの言うとおり術者を殺さねえと終わんねえぞコレ! おぉい、誰でもいい! 誰かアイツを、魔導士の小僧をぶっころせぇ!」




