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延長戦突入


 アンバルハル王国の命運を賭けた『リームアン平原の戦い』は、勇者アテアの敗北をもって幕を閉じた。


 これより後、アンバルハル王国は魔王軍の占領下となり、国民は魔族の奴隷として生涯拘束されることとなる。


 決着がついた今なおアンバルハル王国軍の兵士たちは現状を飲み込むことができなかった。総大将のヴァイオラ陛下もまた実妹であるアテア・バルサの敗北をすぐには理解できなかった。おそらく戦場にいる誰もがこの現実を受け入れられずにいた。


 そして、それは意外にも勝者である魔王軍側でも同様であった。魔王麾下の幹部たちは一言も発することなく呆然と立ち尽くしていた。


 最終決戦にて勇者を撃破したはずなのに、戦いそのものが終わったという実感がなぜか湧いてこなかった。


 戦いはまだ続いている……昂った意識がそう錯覚させているのか? ――否、そうではない。百年以上前から神を相手にケンカをしてきた魔王軍が、この程度の規模の戦争でそんな錯覚を起こすことのほうが不自然だ。理由は別にある。


 一つは勝利を実感する間もなく討伐したはずの獲物が消失したことにある。横たわる剣姫アテアを魔導兵の一人が回収して立ち去ったのだが、そのあまりの手際の良さに完全に虚を突かれ、高揚した感情の行き場を見失い途方に暮れてしまったのだ。


 そしてもう一つは彼らの王である魔王の態度に起因した。魔王様が一言でも勝利を宣言してくれればこの止まった時間も動き出すのに、その声はついぞ聞こえてこなかった。


 終戦を明確にするアナウンスを誰もが求めているのに、両軍の大将は石のように固まったまま、直前まで戦場だった焼野原を黙って眺めていた。


 いつまでも動かない。


 動けない――


◇◇◇


「どのボタン押しても反応しねえ――――っ! どうなってるわけ!? マジでバグった!?」


 最終第五ステージをクリアし、一章のエピローグを閲覧しようってときになってなぜかバトルフィールドを映したまま進行しないゲーム画面。


 BGMが無くなって無音状態の中、デフォルメキャラが足踏みを続けてくれている。かろうじてフリーズじゃないってことだけはわかる。


 あれこれボタンを押してみたり、ゲーム機本体を一旦スリープ状態にしてみたり、思いつく限りのアクションを試みてはゲームに刺激を与えてみたのだけど――結果は全部空振りに終わった。


 この状態になってからかれこれ五分ほどが経過していた。普通のゲームだったらとっくに再起動しているところだ。


 でも、この【魔王降臨】は再起動できない。なぜって、セーブができないから。データがないからやり直しはできないし、リセットしたらおそらく二度とプレイできなくなる。


 するとね、お兄ちゃんの魂を電脳世界に閉じ込めたまま、殺すことも成仏させることもできなくなるかもしれないんだ。それだけは絶対にダメ。お兄ちゃんのためじゃなく、私のために。私のこの快適な引きこもり生活を守るにはお兄ちゃんを殺さないといけない。だから、ゲームをリセットするわけにいかなかった。


 ゲームが再開するのを待つしかない。


 無音のままどれだけ時間が流れただろう。


 何もやれないから今のうちにシャワー浴びたりおトイレ行ったりして時間を潰す。


 来客を報せるベルが鳴ったような気がしたけど、無視無視。平然と居留守を使う。今の私に他人と関わっている時間も余裕もないんだから。


 ゲームが止まってから一時間が過ぎた頃――ようやくそのときはやってきた。


 突然BGMが鳴り出して、びっくりしてその場で飛び上がってしまった。凝り固まった体をほぐすのにヨガのポーズを取っていたタイミングだったから、あらゆる関節がビキッていった……! マジ最悪っ。こんなことさえお兄ちゃんの嫌がらせを疑わずにはいられない。


 ゲームが再開された。


 でも、一時間以上のローディング時間は一体何だったんだろう。


 もしや、あわよくばゲームをリセットさせようっていうお兄ちゃんの策略だったりして……


 あのお兄ちゃんならありえる……。性格が本当にクソだからなー。一体誰に似たのやら。


 でもま、ゲームが再開したからちょっと安心。


 私は気持ちも新たにコントローラーを握った。


「――――は?」


 しかし、ゲーム画面に映し出された光景には思わず言葉を失った。


 勇者がいた。倒したはずの勇者が。


 それも――六人も。


 一体どこから湧いて出たのか。登場した瞬間を見逃していたらしく、気づいたら〝壁〟際に一列に整列していた。


「意味わかんないんですけどっ!?」


 アテアじゃない他の勇者たち。でも、見覚えのあるそいつらは記憶の中の見た目とどこか違っていた。パッと見でわかるのは色の違いだった。格ゲーなんかで同キャラ対戦したときカラーバリエーションが増えたりするでしょ? ああいう感じ。


 肌の色が青黒いのはいかにも〝ゾンビ系〟っていうか。


 やっぱりそういうこと?


 メッセージウィンドウに効果音とともにテキストが流れた。



『サザン・グレー(屍)があらわれた!』

『サンポー・マックィン(屍)があらわれた!』

『ベリベラ・ベル(屍)があらわれた!』

『ジェム&ルッチ(屍)があらわれた!』

『ガレロ(屍)があらわれた!』



 なんてこった!


 王都防衛戦で戦った勇者たちが蘇った!


◇◇◇


 突然発生した濃霧がにわかに晴れていき、六人の人影がその全貌を露わにした。


 驚きの声は幹部それぞれに。自分が対戦した相手の姿を認めて表情を渋くした。


「……ひどい有様ね。魔族でもここまで醜悪な姿はしてないわよ」


 リーザの呟きに、甲冑姿の騎士が哄笑するように大きく体を揺すった。


 その騎士はそのもの幽鬼となって現界を果たした。象徴とする長竿の刃は禍禍しい光を弾いて煌めいた。このような不吉を振り撒く槍兵はこの国に二人といまい。


 王都城郭北門の守護者――【槍聖サザン・グレー】……その死体であった。


 身体のとある欠損部分がとりわけ大きく目を引いた。槍兵には頭部がなかった。グレイフルに顔面を吹き飛ばされて絶命した彼は、復活した今でも〝首無し騎士〟として歪に揺れ動いていた。


「いくら強欲なわらわでもさすがにアレは要りませんわ」


 見るのも不快とばかりに顔をそむけるグレイフル。その態度を嘲るように、首無しサザン・グレーは全身を震わせると、リーザとグレイフルに順に穂先を向けるのだった。


 その隣には戦場に似つかわしくない僧侶姿の男女がいた。男は聖職者の平服であるカソックを着用し厳粛な気配を纏っている。一方、女の修道服は縦のスリットが太ももまで露わにしており、シスターにあるまじき妖艶さを漂わせていた。


 二人に生気はなく、青く濁った顔面には焦点の合わない瞳が虚空を映していた。


 王都城郭西門の守護者――【神父サンポー・マックィン】と【シスターベリベラ・ベル】である。


 彼らと死闘を繰り広げたナナベールとクニキリは、動く死体を緊迫した面持ちで睨み据えているものの、予想だにしなかった再会に当惑していた。


「おーおー、神父のおっちゃんにシスターの姉ちゃん。ちょっと見ないうちにずいぶん変わり果てた姿になっちまったなー。どうよ、クニちー? 屍鬼に会った感想は?」


「……アレは屍鬼なんかじゃねえ。いいトコ操り人形だ。魂が抜け落ちた死体に掛ける言葉は持ち合わせておらぬ」


「へっ。冷てーなー、おい。ま、ウチも同感だけど」


 不快感を露わにする幹部たちの中で、ひと際怒りに震えていたのはゴドレッドだった。ゴドレッドの視線の先には一人の青年の屍が立ち尽くしていた。


 斧を肩に担いだその青年に見覚えがあるのはゴドレッドだけである。魔王ですらその存在を認識していなかった。


 その名も【木こりの勇者ガレロ】――


 かつてハザーク砦に単身乗り込んできた。そこで砦の番人であるゴドレッドと一騎打ちとなり、死力を尽くした果てに壮絶な最期を遂げた。ゴドレッドが認めた数少ない戦士の一人でもあったのだ。


 それを――このような仕打ちがあっていいわけがない……


「その男の遺体は敬意をもって弔われるべきだったのだ。それを傀儡にするなど、全ての戦士に対する侮辱である……! 決して許さぬぞ、人間ども……!」


 少し外れた場所で佇んでいたのはウサギとリスの亜人姉妹。抱き合って頬をくっつけ合う姿からは、仲睦まじさよりも死して離れられない呪わしさを感じさせる。


 王都城郭南門の守護者――【賞金稼ぎジェム&ルッチ】だった。


 姉妹と対戦したことのあるアーク・マオニーは、しかしその死体には何ら思うところはなく、魔王に向き直るとうんざりした風に嘆息した。


「せっかく向こうの大将を倒したのに、新しいお客さんが来ちゃったよ♪ 魔王様、どうします?♪」


『是非もあるまい。立ち塞がるならどうあれ敵だ。たかが死体の群れ、蹴散らせ』


 クニキリが言うように術者に操られているだけの死体であるなら、たとえ元が勇者であっても何ら脅威ではない。生前の力が宿っているとは考えにくく、せいぜい頑丈な人形程度でしかないはずだ。戦う前から結果は見えている。


 面白みのない挑戦に、魔王もまた心底から落胆の吐息を漏らした。


 そのときだ――


「相変わらず目先の陥穽には気が付かぬ愚鈍さよ。そのザマでよくもこれまで〝魔王〟を名乗っていられたものだ」


 よく知る声に、誰もが背筋を凍らせた。


◇◇◇


 私はその瞬間目を疑った。


 いや、目だけじゃない。この耳も、ありえない声を聞いた。


『相変わらず目先の陥穽には気が付かぬ愚鈍さよ。そのザマでよくもこれまで〝魔王〟を名乗っていられたものだ』


 この声……


 ま、まさか――


『お、おまえは……! いや、そんなはずはない……! おまえは死んだはず!』


『ふっ。かつての臣下の顔をもうお忘れか? 耄碌したものだな』


 バトルフィールドに姿を現したのは、私の……私の……一番の推しキャラの――


『久しいなあ、魔王。だがこの黒騎士アディユス、貴様の顔を一日たりとも忘れたことはなかったぞ!』


「アディユス様……」



『黒騎士アディユス(屍)があらわれた!』



 かつての味方が……死んだはずの推しキャラが……敵となって現れた。


 最悪の延長戦が幕を開けた。


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