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VS剣姫アテア⑦ 勇往邁進


 鬼武者ゴドレッドと名乗り上げたオーガ族の巨漢が、大柄な人間の身長を優に越す厳つい戦斧を携えて、アテアの間合いに堂々と入ってきた。


 ゴドレッドの足取りが《ライトニング・ブレード》の射角に入る直線上であったにもかかわらず、アテアは剣を構えることもせず魔族の接近を許した。近接攻撃の間合いに入るまであえて待っていたのは、女王蜂から受けた屈辱に対して意地を張っていたからというのもあるが、それ以上にあからさまな闘気に比武欲を搔き立てられたせいでもあった。


(この魔族、出来る……!)


 直感でしかないが勇者の勘である。油断してはならない相手だと頭の中で警鐘を鳴らした。あるいは、ゴドレッドにではなく魔王の策略を危ぶんだのかもしれないが。


 戦斧を高々と振り上げる鬼武者を見上げて、アテアは剣を水平にして防御の構えを取った。両断せんとするゴドレッドと、受け切ろうとするアテアの、純粋な力比べ。両者の間に言葉は要らず、対戦の方針はこのとき決定した。


 先攻――ゴドレッドの攻撃。


 巌の一撃が脳天へと振り下ろされた。


 ズガァアアン――――! 岩を割り大地を裂く会心の断割。だが――


「くう――――っ!」


 少女は小さな体躯と細い刀身でそれを見事に受け止めてみせた。



 ゴドレッドの攻撃!

 クリティカルヒット!

 剣姫アテアにダメージを与えた!

『40』



 剣の柄を持つ手は斧撃の重さに痺れ、踏ん張った両脚は地面にめり込んだ。


 防御していなければ危なかったかもしれない。最後に物を言うのは腕力と筋肉。赤魔女の《エンド》すら弾く《神の加護》を突破するのはこういった純粋な物理攻撃なのだ。やはりアテアの直感に間違いはなかった。


(こいつこそボクの天敵――!)


 攻撃を防がれたゴドレッドはしかし、あっさり斧を下ろすと四歩五歩と後退し、その場で斧を地面に突き立てて両腕を広げた。


 一足一刀の射程の外。〝壁〟から離れられない縛りを背負ったアテアではこの距離からの通常攻撃は届かない。つまり――


「そう。撃ってこい、ってことだね。ボクの《ライトニング・ブレード》を!」


 そして、ゴドレッドの立ち位置は《ライトニング・ブレード》の射程においては至近距離であった。これほど舐めきった挑発はない。


 だけど――アテアは武者震いを起こした。


(どうしてだろう。怒りよりもワクワクする気持ちのほうが大きい。――ふん! そっちがその気なら応えてやろうじゃないか!)


 アテアとしても乗らない理由はない。どうあれ、《ライトニング・ブレード》しか取れる手段がない以上、全力でこの光剣を振り抜くのみだ。


 後攻――アテアの攻撃。


「受けてみろ! ライトニング・ブレードォオオオオ!」


 黄金の輝きが彗星の如く放たれた。


 咄嗟に両腕を交差させた鬼武者は、その眩さと衝撃にあっさりと飲み込まれてしまい、火線はそのまま平原を彼方まで突き抜けていった。



 剣姫アテアの剣スキル《ライトニング・ブレード》が炸裂した!

 ゴドレッドに大ダメージを与えた!

『101』



 ゴドレッドの全身から火煙が立ち上る。だが、踏みしめた両の脚は大地に根を張ったかのように微動だにしない。ガードを解きアテアを睨み据えるその眼からは、闘魂の光が衰えるどころか一層禍禍しく赤みを増した。



――――――――――――――――――――――

 ゴドレッド  LV.18

        HP   959/1060

        MP     0/0

        ATK  187

――――――――――――――――――――――



 大して効いていない!――なのに、アテアの表情には硬い笑みが浮かび上がっていた。ひくつく頬は怖気から来るものではない。全力を出し切れる相手に巡り合えたかもしれないという期待値が心の奥底に秘めていた歓喜を奮わせたのだ。


 神より賜りし勇者の力は、まだ十五歳の子供であるアテアにとってはオモチャ箱に隠したお気に入りの宝石のようなものだった。大事に仕舞っておきたい気持ちがある反面、皆に自慢し見せびらかしたい思いもある。アテアはそんな当たり前の欲求を抑制しつづけるには幼すぎた。どんなにアニに諭されその都度改心しようとも、勇者覚醒したあの朝の優越感を忘れたことはなかった。


 女王蜂グレイフルの泰然とした姿が引き鉄だった。勇者に相応しい勇姿を見せつけねばと奮起した。


(そうだ! ボクは勇者なんだ! 神様の力に守られながら勝ったって、そんなの本当の勝利とは言えないじゃないか! 勝利は勇者の力で……ボク自身の手で……掴み取らなくちゃならないものなんだ!)


 でも、アニの作戦を反故にするわけにもいかない。必勝にはどうしても〝壁〟際を死守する必要がある。勝手なことをして姉のヴァイオラに迷惑をかけるのも嫌だった。


〝壁〟から離れない反則技を使いつづけることに葛藤する。


 せめてこの戦士とだけは真っ向勝負がしたかった。


「――?」


 武技の応酬の我慢比べがこの決闘におけるルールであるならば、次は鬼武者が仕掛ける番のはず。しかし、鬼武者は接近することはおろか傍らに突き立てた斧を手にすることさえしなかった。攻撃しようとする意志がまったく見られない。


 何の真似だ。勝つ気がないのか。


 確かに、《神の加護》があるアテアに攻撃を仕掛けても無駄である。ほとんどの攻撃が無力化・弱体化されるし、せっかく削った体力もすぐさま回復してしまう。他幹部たちの戦いと初撃の手応えからその無意味さを悟ったとしても不思議ではない。


 だったらなぜゴドレッドは退散しないのか。それどころか先ほどと同様に両手を広げ無防備に体を開き、もっと撃ち込んでこい、と言わんばかりにアテアを挑発してくるのはどういった理由からか。死にたいのか。てんで意味がわからない。


「……そんなに死にたいなら、いいよ。お望み通りやっつけてやる」


 もしかしたらこの鬼はアテアを疲弊させる目的で差し出された憐れな生贄なのかもしれない。


 冗談じゃない。こちとら《ライトニング・ブレード》を連発した程度で疲れるような柔な体はしていない。舐めるな。


 ……せっかく純粋な力勝負ができると思ったのに。落胆させてくれる。


 こいつも所詮、魔王の手駒か……


「さあ、来るがいい!」


「……言われなくても。ライトニング――ブレードォオオオオ!」


 やり場のない怒りを打ち消すように剣を振り抜いた。


 二度、三度、四度――


 連続して放たれた光線により射線上の地表は焼け爛れて赤黒く照りついている。


 魔王も幹部たちも、〝壁〟の上にいるヴァイオラたちでさえ、息を詰めて成り行きを見守った。轟音が平原に木霊し、アテアとゴドレッドの間では互いの荒れた呼吸が伝わった。


 一方的な暴力が止む気配はない。


 七度目の《ライトニング・ブレード》を浴びたゴドレッドの全身はもはや火傷を負っていない箇所はなく、致命傷だけでも両手では収まりきれない数が刻まれていた。



――――――――――――――――――――――

 ゴドレッド  LV.18

        HP   247/1060

        MP     0/0

        ATK  187

――――――――――――――――――――――



 それでもゴドレッドは仁王立ちを崩すことなく防御の構えに徹した。


 一方、攻め続けているはずのアテアのほうがなぜか痛みに耐えるように強く唇を噛んでいた。


(こいつ、何で倒れないの!?)


 限界が近いのは明白だった。


 なのに、なぜ倒れない? なぜ撤退しようとしない?


 それだけの耐久力と意志の強さを持ちながら、どうして戦おうとしない?


 それほどの実力を兼ね備えていながら……


 どうして本気で……真剣に……戦おうと……


「アンバルハル最強の勇者よ。貴公に一つ問う」


 厳かな声が低く静かに響いた。


「その武勇は誰が為か? 救国の果てに貴公は何を夢想するのだ?」


 唐突な問いかけにアテアは面食らった。掲げた八発目の光剣を振り下ろすことなく、しばらく呆然と立ち尽くした。やがて自然と言葉を返していた。


「……難しいことはわからないけど、ボクはみんなのために戦ってる。苦しむ人や悲しむ人、戦死する人を減らしたい。ううん、ゼロにする! ボクが剣を執る理由はそれだけだよ!」


 嘘偽りない本当の気持ち。考えるまでもなく口から滑り出たことが何よりの証拠。この〝動機〟に疑念を挟み込む余地はない。


 しかし――


「奉公の精神か。貴公の剣が輝かしいのも頷ける。だが、勇者よ。はたしてそれは本当に己の内から出た願望であるか? 神により与えられだけのただの〝口実〟ではないのか?」


「――え?」


「そうあるべき、という理想を勇者という偶像に都合よく重ねているだけではないか? そこに貴公自身の欲望がどれだけ反映されている? 貴公は本当に国を救いたいと思っているのか?」


「なっ!? あ、当たり前じゃないかそんなの! ボクが戦う理由はそれだけだよ! じゃなかったらどうしてこんな血生臭いこと」


 我は、とゴドレッドがアテアの言葉を遮った。


「我は――魔王軍に勝利をもたらすために武器を執った。だが、そんなものは我の欲求を叶えた先にある単なる〝おまけ〟にすぎん。我が望むことはただ一つ――強者と立ち合い、真剣勝負の末に己自身の力で勝利することだ! ……人間に故郷の森を焼かれ、すべての同胞を殺され、それでもなお生かされた。それは魔王様の恩情によるものであったが、我には別の意図を疑わずにはいられなかった」


 ゴドレッドは天を仰ぎ、そこに仇敵の姿が見えているかのように吠えた。


「この生は我を滅ぼしきれなかった神への挑戦である! 世に理があるというのなら、神よ、我の目の前に難敵を配しこの歩みを止めてみせよ! いずれ貴様の喉笛に牙を突き立ててくれる! この野望を愚行と嗤うならば、神よ、今すぐ我を滅ぼしてみせよ!」


 ありったけの憤怒を撒き散らすと、打って変わって穏やかな口調でアテアに言った。


「たとえ魔王様が倒れ、魔王軍が滅ぼされようと、我が生きているかぎりこの闘争は止まぬ。これこそが我の生存理由。貴公のような戦士との尋常なる決闘は神が寄越した試練に相違なく、避けて通る筋はなし」


 だから、後退はありえないとし、〝正々堂々〟を旨とする。


 故に――


「貴公の本気を引き出せないようなら我はその程度の存在ということだ。我の武器はこの肉体だ。さあ、勇者よ。見事、我を討ち果たしてみよ。もちろん我も只でやられはせぬ。貴公の剣をすべて受け切り、貴公を本気にさせてみせよう!」


 改めて肉体を差し出したゴドレッドに、アテアは言葉を失った。


 神への挑戦が生きがいであり、魔王軍の勝利を〝おまけ〟であると豪語した。それにわずかながら理解し羨望さえ感じたことをアテアははっきりと自覚した。


 勇者になったあの日の朝に最初に思ったことは何だ?


 神により選ばれた高揚感から脳裏に閃いた状況はどんなものだった?


 ――颯爽と戦場を駆け抜け、幾万の魔族をバッタバッタと斬り伏せていく戦花。

 ――可憐なる剣姫の勇往邁進。


 そうなるものと信じて疑っていなかった。

 そうなりたいと強く望んでいたはずだった。


 その野望の果てに勝利できればいい、ときっとわたくしは考えた。

 魔王討伐は〝おまけ〟であっていい、と確かにボクは考えていた。


 実際の戦場でアテアに与えられたのは〝壁〟際のこのポジションと、この場から動くことなく攻めてくる魔王軍を《ライトニング・ブレード》で掃討する〝作業〟だけ。


 弱点を晒すことなく安全圏から飛び道具を放って敵を翻弄するこの戦法のどこに正義があるというのか。卑怯な手を使って勝ってなお胸を張れるのか。


 何が戦花だ。何が勇者だ。


 ボクは、ボクは……!


「勇者を舐めるな――!」


 もちろん、これが単なる挑発行為だということはアテアとて重々承知している。確実に勝とうと思うならゴドレッドの戯言など無視してしまえばいい。


 でも、できない。感情が、欲望が、爆発しそう。


 勇者の力を存分に見せつけたい。小細工なしに魔王軍を蹴散らしたい。


 それができるだけの力量があるのだし、遂行できる自信もあった。アニは必勝のためと言って策を弄してきたが、なんのことはない、本心はアテアの実力を信用していないのだ。ヴァイオラ姉様もそれは同じ。――ううん、みんなそう。みんなみんな、ボクのことを見くびっているんだ!


 そして今、アテアは真っ向勝負の〝口実〟を得た。ゴドレッドの闘争が神への挑戦だというのなら、こうして立ちはだかるアテアこそ天誅の執行者。神威の代理人が真っ向勝負から逃げているだなんて、それこそ自らの神を貶める行いではないか。


 神の偉業を称えたければ、神が生み出した勇者の力をもっと信じるべきだ。


 ボクをもっと信用すべきなんだ。


 だってボクは――勇者だから!


「本気で――やってやる!」


 迷いを振り払うように、刀剣に纏わせていた光を解いた。《ライトニング・ブレード》を撃つのに充填していた光が霧散した。しかし、これは光剣の使用を中断したのではなく、再構築するための予備動作でしかない。再び集まり出した光が刀身に吸い込まれていく。剣に光を纏わせるのではなく、光が武器を形作る。


 元々の王家の剣が変容した。原型は失われ、剣と呼ぶにはあまりに逸脱しすぎた(かたち)――火花の塊に編まれていく。雷撃が激しく迸り、天地を震わすほどの魔力をでたらめに撒き散らしている。これこそが剣姫アテアの〝勇者の剣〟――


「これから使う必殺技はボクの最強の一発だ。そして、君たちが望む〝移動〟を前提とした技でもある。これを使わせた時点で君の勝ちと言っていい。だけど、勝負には負けても戦には勝たせてもらう。――行くぞ!」


 刀身を立てて半身に開き、腰を落として突進していく構えを見せた。


 ゴドレッドの口許が薄く開く。念願だった舞台が整った実感に喜悦が沸き上がる。


「それが貴公の本気……ッ! その雷光剣を我に直接叩き込む腹だな!?」


 おそらく踏み込むと同時に肉薄できるほどの電光石火の突撃をしてくるはず。


 鋼鉄の筋肉を限界まで硬くし、亀のように身を縮めるゴドレッド。攻撃した側が大ダメージを負う《硬化スキル》は、アテアをして怖気を覚えるほどの脅威を孕んだ攻性防御だった。


「掛かってくるがいい! その一太刀を耐え抜いたとき、今度こそ我の全力を貴公に撃ち込んでくれる!」


 ゴドレッドを倒し損ねた瞬間、アテアは弱点である背中に一撃を受けることになる。双方ともに必死であった。故に、わずかな油断が命取り。アテアは初めて殺意を込めた一撃を放たんと決意を固める。


 倒すか耐えるかの一発勝負。


 アテアが踏み込んだ瞬間、光が弾けた。


「《ライトニング・スマァアア――――ッシュ》!」


 雷鳴が轟く。電光が奔る。稲妻が駆け抜けていく。


 大地断裂を引き起こした斬撃が余さずゴドレッドの肉体に叩き込まれた。


 目では追えない刹那の攻防はやはり一瞬のうちに幕を下ろした。


「……が、ぁ、――ングァアアアアアッッッ!!」


 袈裟斬りに両断されたゴドレッドの断末魔が木霊した。



 剣姫アテアの剣スキル《ライトニング・スマッシュ》が炸裂した!

 ゴドレッドに大ダメージを与えた!

『357』



 鬼武者ゴドレッドはこうして絶命し、屈強だった巨体は塵となって崩れ、呆気なく消えていったのだった。


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