VS剣姫アテア⑥ 眼光炯炯
ゴドレッドは〝壁〟から距離を取った安全圏から魔王様と並んで勇者を眺めた。
半分以上も体力を削られたリーザ、グレイフル、クニキリ、ナナベールは治療に専念し、ただ一人いまだ勇者と戟を交えていないゴドレッドだけが不服そうにしながらも健在であった。
なぜゴドレッドだけ戦闘への参加を許されなかったのか。クニキリは〝壁〟から引きはがしてからが出番だと言っていたが、今となってはその前段こそが最大の鬼門なのは間違いなく、にもかかわらず一向にお呼びが掛からない現状には苛立ちが募るばかりだった。
まるで自分こそが足手まといだと糾弾されているかのよう。そのような恥辱に晒されてどうして平静でいられようか。
「魔王様! どうか我に行かせて頂きたい! 必ずやあの者の首を獲って参りますゆえ、どうか!」
魔王様は勇者から視線を外し、痺れを切らしたゴドレッドを冷ややかに見た。
『勇者の剣技 《ライトニング・バスター》は余にとっても想定外であったわ。アレにおまえが巻き込まれなかったのは運が良かった。そうは思わぬか?』
「我ならばあのような技に膝を屈したり致しませぬぞ!」
『ほう? ではおまえは、幹部が束になっても敵わなかった相手をたった一人で打倒できると言うのか?』
「そ、それは……」
魔王様の指摘にゴドレッドははっとした。気ばかりが逸って彼我の戦力差を履き違えているのではないか。どの幹部よりも自分が一番強いと驕っていやしないか。認めたくなかった自己欺瞞に気づきかけて、慌てて内心で否と叫んだ。
「ま、魔法やスキルが通じぬ以上、あと試していないのは我のこの力と技のみ。魔王軍の総力とは我の力を加えたものを言うのです。我が戦っておらぬ内は、我々はまだ負けてはおりませぬ!」
『フフッ。なるほど。確かに一理ある』
そうだ。切り札として温存されていたのはこういった事態を打破するためではなかったか。満を持して、今こそ出番のときである。
もはや座視してはいられない。獰猛なる鬼気が内からあふれ出るに任せて暴れ狂いたくなった。魔王様に対してでさえ憤怒を抑えきれそうにない。
そんなゴドレッドを見て、魔王様は満足げに頷いた。
『よいか? 物事には相性というものがある。もちろん戦いにもな。あの勇者は幹部たちの中で唯一グレイフルにだけ感情を露わにした。二人とも同じ肉弾戦を得意とする戦士であったからだろう。そしてゴドレッドよ、おまえもあの勇者と共鳴できるはずだ』
「共鳴……」
『相性が良いということだ。喜べ。尋常なる勝負がしたかったのだろう?』
魔王様がゴドレッドに道を譲るようにして一歩後ろに下がった。
そうして、ゴドレッドの視界に入るのは剣姫アテアの姿だけとなった。
「魔王様……。では――」
『〝壁〟際を死守していては倒せぬ相手だということをあの小娘に思い知らせてやれ。行け、ゴドレッドよ!』
言葉に押されるようにして歩み出す。
ついに訪れた大舞台。
勇者との一騎打ち。
待ち望んでいた栄えある闘争。
〝壁〟に一歩近づくたびに昂ぶる血潮が全身を熱くする。
悠然と構える剣姫アテアは向かい来る鬼武者に気づいて目を見開いた。
ゴドレッドの赤い瞳が燃えて光る。
「我こそは魔王軍幹部が一人、鬼武者ゴドレッド! 推して参る!」
◇◇◇
『ゴドレッドの気力が上昇! 値がMAXになった!』
メッセージウィンドウに流れるテキストを読んで堪らず吹き出した。
「ぶっは! チョロぇ~! ゴドさん、マジちょろいッスわ! おだてるだけで気力MAXとか簡単すぎでしょ!」
どうやって気力ゲージを溜めさせようか悩んでいたんだけど、もしかして口八丁でどうにかできんじゃね? って、ふと思いついたから試してみたら、意外と効果はバツグンだった!
「絶対あんたと相性いいって。ガチンコバトルがしたいんでしょ? ならさ、あんたがあの小娘をわからせてやりゃいいんだよ! それゆけ、ゴドレッド! ふぉうふぉーっ!」
みたいなことを言ったらすっかりやる気になっちゃって。
アイテム無くても気力ゲージMAXにできるなんてね! こんなの最強の裏技じゃん!
つっても、たぶんまあ、このバトル中に同じ手はもう二度と使えないよね。ゴドレッドもそこまで馬鹿じゃないだろうし。
気力MAX状態になると全体的にステータスの値が上昇するんだけど、キャラごとにカテゴリ別に上昇幅にも差があって、ゴドレッドの場合【防御時耐久力】が七十五パーセントも上昇する。これは他キャラには付いていない特性だ。
つまり、亀のように縮こまるとめっちゃ硬くなるってわけ。
火力が強いアテアの攻撃に耐えきれるのはゴドレッドしかいない。
最初からこの展開を見越していたんだけど、割と想定どおりに事が進んでいる。
あとは剣姫アテアを本気にさせるだけだ。
任せたよ、ゴドレッド……
やつの牙城を切り崩せ!
◆◆◆
王都アンハルからリームアン平原を目指して二頭の馬が駆けていく。
遠くに聳える〝壁〟を視認すると、闇魔導士ハルスは困惑した。リームアン平原の中央にあのような壁――崖? 小山?――は存在していなかったはず。
ということは――
「この先はリームアン平原じゃない! アニ、道を間違えてしまったみたいです! すぐに引き返さないと!」
傍らを並走する占星術師アニが冷静に口にした。
「慌てるな。この道で合っている。あそこが決戦の舞台、リームアン平原だ。あの〝壁〟がその証拠だ」
「ど、どういうことですか?」
「俺の指示で造営させたんだ。ルーノとロアに掛かればあれくらいの土壁なら数時間で造れる。そして、あの〝壁〟ができてるってことは、今はもう最後の戦いの真っ只中だろう」
「最後の戦い……」
ハルスは、ごくり、と唾を飲み込んだ。
戦況の優劣こそ掴めないが、今、仮に王国軍側が劣勢にあるのであれば、〝壁〟に到達したときいよいよ自分の出番が来るはずだ。ハルスが『闇魔導士』として参戦するのはこれが初めてのことなので、緊張はいや増した。
「我が軍は……いえ、アテア姫殿下は魔王軍に勝てると思いますか?」
弱気の虫を抑え込みたくて縋るようにして出た質問であった。
アニは、予想に反して、間髪入れずにこう答えた。
「無理だな」
「え!? ア、アニ!?」
「策は授けた。こちらの思惑どおりに事が運んだとしても、それでも勝率は四割程度だろう。おそらく一か八かの賭けになる」
「一か八かって……。そ、そんな……どうしたら……」
策も賭けもその内容をまったく知らないハルスにはアニの言葉は理解しようがなく、ただ狼狽するしかなかった。
「あのバカ妹がただの馬鹿なら完勝するだろうが、あいつならきっとアテアの弱点を突いてくる。問題は誰にそれをやらせるか、だ。あいつがどの幹部をイケニエにするか――すべてはそれに掛かってくる」
アニに詳細を説明する気はないようで、続く言葉も遠い異国のお話のようにしか聞こえなかった。
ハルスは諦めとともに溜め息を吐く。
手綱を握る手が汗をかく。
(僕の出番は近いのかもしれないな……)
どうやら覚悟を決める以外にないようだ。
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