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アテア王女と街ブラデート


 辺境の民が城郭の外でキャンプを張って一ヶ月が経っていた。


 あれ以来、魔物の群れが出現したことはない。王宮兵の派遣が決定したこともあり、政府は避難指示を解除。村人たちはようやく故郷へと帰還した。


◆◆◆


 アニは王宮を出て街にやってきた。馬を手配するためだ。一足先にアコン村の民を帰したが、アニもすぐに後を追うつもりでいた。


(やはり基点となるのはアコン村だ。そろそろゲームを開始しないとな)


(準備だけはやたらと長いですものね。お兄様は心配性ですから)


(死ねば終わりのゲームだ。慎重にもなる。だが、おかげで上首尾だ。兵隊を増やして強化することが成功しつつある。理想的な展開だ)


(ところで、どうして自ら馬の手配なんてしてますの? ヴァイオラに頼んだほうが手っ取り早いと思いますわよ?)


(自分でできることは極力こなしておきたいんだよ。この先どんな知識が役に立つかわからないからな)


 貸し馬車屋なんて元の世界ではまずお目にかかれない。ここにはここのルールがある。早く馴染まなければ。


(ふーん。まあ、お好きになさればいいですわ。……で、隣のこいつはどういうつもりなんですの?)


(そんなもの…………俺が聞きたいくらいだ)


 なぜレミィとテレパシーでこそこそ会話をしていたかといえば、アニは今ひとりではないからだ。同行者は王宮から従者も付けずにアニについてきた。


「ふーんふーんふふーん♪」


「おい、アテア。……いや、王女殿下。もう少し離れて歩いてくれませんか? そんなに引っ付かれると歩きにくい」


 そして、とにかく目立って仕方がなかった。腕を絡ませたり手を繋いだりしているわけではないが、肩と肩がぴたっとくっ付いていたらそのように見えなくない。


「なっ!? ち、ちがっ……! 別に君に引っ付いていたわけじゃ!?」


 指摘されて初めて気づいたのか、アテアは慌てて半歩飛び退いた。


「そう、その距離でいい。おまえは仮にも王女なんだからな。どこの馬の骨ともしれない輩と一緒に歩いていたら、どんな噂が立つかわかったもんじゃない」


 実際はアニが被っているキャラとの噂だが。


 どちらにしろいい迷惑だ。


「? 噂って?」


「そうだよな。おまえ、そういうのに疎いよな」


「む? いまボクをバカにした?」


「してねえよ。諦めただけだ」


 アテアは町を散策したいと言い強引に引っ付いてきた。王女の気まぐれに下々が苦労するといった創作物は多々あるが、まさか自分の身に降りかかるとはな。やれやれだ。


「……まあいい。ついてくるのは勝手だが、自分の立場と節度を弁えろよ」


「むー。ばあやと同じこと言わないでよっ」


 ばあや……アテア付きの侍女のことか。世話係であり教育係でもある。アテアの育ての親と言っても過言ではなく、日夜アテアの礼儀作法を気に掛けているそうだ。


 ばあやの心労が偲ばれる。


「王宮にいなくてよかったのか。今ごろばあやが探しているんじゃないのか?」


「だーってさー、辺境の人たちが帰っちゃって退屈なんだもん。せっかくたくさんお友達ができたのに」


「……まだこの町にはリリナがいたはずだが」


 アコン村のリリナ。長引く【首長会議】で帰れない村長に付き添い、いまだ王都に逗留していた。


「リリナちゃんは姉さまの親友だもん。歳はボクのほうが近いけど、リリナちゃんには姉さまと仲良くしてもらいたいな」


 アテアは、第一王女である姉の境遇をどこか憐れんでいるようだった。勇者として自由に振舞えるのは自身が第二王女であり、頼りになるヴァイオラがいるおかげなのだということをきちんと自覚していた。


「そ、それよりさ、何か言うことないの?」


「あ?」


「ほ、ほらっ。ボクの格好、いつもと違うと思わない!?」


「……」


 アテアは今、いつもの【英雄ハルウス】の甲冑姿ではなかった。


 一国の姫らしい高貴さを窺わせる純白のドレスを着ていた。一ヶ月ほど前まではこちらがアテアの普段着であったらしい。


 上から下までジロジロ眺める。アテアが落ち着かない様子で身じろぎした。――ふむ。


 素直に感想を口にした。


「外歩きには似つかわしくないな」


「う……。ま、まあね。これ、基本的に宮中で着る服だし。裾が長いから歩いてると踏んづけちゃいそうだよ。――って、君が王宮から出ていくの見つけて慌てて追いかけてきたんだもん! 着替える暇なかったんだよ!」


「俺に用があったのか? 何だ?」


「だ、だから……、この格好どうかなって?」


「俺は今から馬小屋に行くんだ。万が一汚しても弁償できないぞ? いつも着ている稽古着のほうがよかったんじゃないか?」


「……」


「何だよ? ――痛って!?」


 爪先で思いきり脛を蹴りやがった。仮にも勇者の蹴りだぞ? 骨が折れたらどうしてくれるんだ!


「ばーか! 馬に蹴られて死んじゃえ!」


「蹴ったのはおまえだろう……」


 捨て台詞を吐いて立ち去るかと思いきや、俺の進行方向をゆったり歩いていく。このまま貸し馬車屋まで同行するつもりらしい。


「ったく。なんなんだ」


(……お兄様? まさかお気づきでないとでも?)


(うるさい。わかっているからいちいち言うな)


(ではどうする気ですの? あのロリ巨乳オバケのこと)


 振り返り振り返りチラチラこちらを窺うアテア。密かに溜め息を吐く。


(……やる気を失くされても困る。適度にその気にさせておく)


(ヴァイオラにしたみたいにですの? よかったですわね、念願の姉妹丼完成ですわね)


(やめろ。俺が望んだみたいに言うな。ったく、面倒な)


(あら、面倒だなんて。普通の殿方でしたら鼻息荒くするところですわよ?)


(おまえは俺にどうなってほしいんだ?)


 ……答えやがらねえ。まあいい。レミィはルールブックであってアドバイザーではないのだ。レミィの考えを聞く必要はない。


 場合によっては足枷にすらなりかねない。


 そんな気がする。


「ねえ、君。少しはエスコートしてくれないかな。この格好で先を歩いていたんじゃ格好が付かないだろ?」


 俺が来るのを立ち止まって待ち、そんなことを口にするアテア。


「ドレスを着たのも先行したのもおまえじゃないか」


「文句はいらないからっ。ほら、早く」


「はあ……。どっちにしろ目立つならきちんとしていたほうがいいか。ほれ、お姫様、腕に掴まれ」


「ん。それでこそ我が従者だね」


「誰が従者だ。勝手についてきておいて」


 舞踏会の経験があるからだろうか、自然な動作で腕に手を絡めてきた。あくまで補助の役割なのだが、アテアはやけに嬉しそうだった。


(まあ、よかったですわね。色男)


 うるさいな……


◆◆◆


 貸し馬車屋で馬を二頭手配した。


 馬を選ぶとき、アテアが見繕ってくれた。馬術の経験でもあるのかと思ったら、勇者の騎乗スキルで良馬かどうか判別できるようになったという。

 また、姫であるアテアを連れていたことで信用を得たらしく、身許が不確かな俺に店主は馬を無期限無条件、おまけにタダで貸し出してくれた。『王家御用達』の箔が付くなら馬二頭くらい差し出しても痛くないのだろう。


「アテア、助かった。おかげで良い馬を手配できた」


 主に金銭面に関しては本当にありがたかった。チンピラに金を奪われて、正直心許なかったのだ。


「ありがとう、アテア」


「う……、や、やけに素直だね?」


「助かったのは事実だからな。礼くらい言うさ」


 言うのはタダだしな。


「ふ、ふうん? じゃあさ、お礼だっていうならさ、浮いたお金でボクに何かプレゼントしてよ?」


「……姫を満足させられるもんを俺の小遣いで買えるわけないだろ」


 せっかく金が浮いたというのに。


「別に高価な物じゃなくていいよっ。こういうのは気持ちだから!」


「気持ちねえ……」


「ほら! せっかく町に下りてきたんだもん! お買い物に付き合ってよ!」


 ずいぶんはしゃいでいるな。年頃の姫が異性と一緒に町歩きするなんて本来ありえないだろうし……なるほど、テンションが上がるのも無理からぬことか。


「えへへ、何買ってもらおっかな♪」


「高いものは勘弁してくれ」


「だから、気持ちでいいんだってば! ボクを満足させることができたら、ちょっとは君のこと見直してあげてもいいよ!」


 アテアに腕を引っ張られて貸し馬車屋を出る。仕方がない、今日一日くらいこいつのワガママに付き合ってやるか――と殊勝なことを考えていた。


 そのときだった。


「あ、こ、こいつ……! この間の!?」


「たくさん金持ってた余所者! 第一教会地区の住人だったのか!?」


「……」


 第十三教会地区で俺から金品を奪ったチンピラのふたりと店先でばったり出くわした。


 頭のシバキだけがいない。


 こいつら、何でこんなところに……


「へ、へっへっへっ……。こいつは好都合。お頭が戻ってくるまでのいい暇潰しができたぜ。なあ?」


「おう。よく見りゃ上玉の女を連れてやがる。これだけでもお頭に連れられてきた甲斐があったってもんだぜ」


 不穏なことを口にする。下品な輩は目の付けどころもやはり下品だ。咄嗟にアテアを背後に庇う。


 くそ。本当に運がない。どうしてこう次から次にトラブルが起きるんだ。


(お兄様、この方々はなんですの? いつのまにお知り合いになられましたの?)


(さあな。おまえが知らないってことは何かの勘違いだろ)


(なるほど。たしかにそうですわね)


 レミィを誤魔化していても始まらない。


 さて。どうやってこの場を切り抜けるか。アテアの手前、黙ってやられるわけにいかないし、だからといって魔法を使って撃退するわけにも……


 などと考えているうちに、アテアがさっさと前に出てしまった。


「君たち、ボクの従者が何か粗相をしただろうか?」


「って、おい! 勝手に前に出るな!」


 揉め事だけでも厄介だってのに。


 そこへ王族が絡んだとなったらどんな騒ぎに発展するかわかったもんじゃない。


「頼むから大人しくしていてくれ!」


「何で止めるんだい? って、え!? な、何で泣きそうな顔をしてるの?」


 嫌な予感しかしないからだ!


「あ、そうか! さてはこの人たちにいじめられているんだね!? いいよ! だったらボクが君を守ってあげようじゃないか! どうだい!? ボクは頼りがいがあるだろう! 君より強いからね! 当然だね!」


 勇者だからね! と無駄に大きな胸を張る。


 こいつ、以前俺に負けたことをまだ根に持ってやがったのか。


「そうじゃない! おまえが出ていったら事態がややこしくなるんだよ! 姫で勇者でもあるおまえが一般市民と揉めたりしたら大問題だぞ!」


 小声でそう説得する。しかし、アテアは首を傾げた。


「ボクたち別に悪いことしてないよ? 何が問題なの?」


 穏便に済ませようという考えがそもそもないようだ。これだからお子様は。問題になること自体が問題だというのに。


 俺にとっては、特に。


「おい、兄ちゃん。また痛い目みたくなかったらその子を置いて行きな」


「そうそう。そうすりゃこの間の金返してやってもいいぜえ?」


 なかなか魅力的な提案だが、アテアの信頼と引き換えにするには安すぎる。こいつらが金を素直に返してくれる保証もないしな。


「お嬢さんよー、そんなやつ放っておいて俺たちと遊ぼうよー?」


「貴族じゃ味わえないような楽しい経験いっぱいさせてやるぜー?」


 こ、こいつら……。――って、おや?


 こいつら、アテアを王女だと気づいていない?


 そりゃそうか。チンピラごときが王族の顔を間近で見る機会なんてあるわけがない。まして見下している俺の連れがアテア王女だとは夢にも思うまい。


 となると、やっぱりアテアが挑発し続けるのはまずい。王族の威光が効かないのであれば極刑ものの無礼を働いてくる恐れがある。


 一番まずいのは……


「……ねえ、この人たち何言ってるの? すっごく失礼なこと言われてる気がするよ」


(この方々、ロリ巨乳オバケ相手に組み伏せることができるとお思いですの?)


 一番まずいのは――アテアがこいつらをぶちのめすことだ!


 勇者が覚醒し兵士たちの士気は高まりつつあるのだ。こんなつまらない不祥事でそこに水を差すわけにいかない。


(よくわかりませんけれど、こういったトラブルが起きるのはお兄様がこの世界に不必要に干渉したことが原因だと思われますわ)


(不必要って……どういうことだ? 俺は慎重に行動してきたつもりだが)


(時間を飛ばしてさっさと本編を開始していたらこうはならなかったと思いますの。あちらこちらに火種をばら撒いたのはお兄様です。失敗だとか不手際だとかそういうことではなく、アニが存在しているだけで世界に悪影響を与えていますの)


「チッ……」


 聞きたかったことではあったが、このタイミングで言われてもな……


 だが、たしかにこのチンピラどもは俺が撒いた種に違いない。


 俺が第十三教会地区に行かなければこうして絡まれることもなかったのだ。


「本編とは関係ないところでイベント多発させてんじゃねえよ……!」


「? なんのこと? ボクに言ってるの?」


(レミィのせいじゃありませんわ)


 もういい。腹を括る。魔法でこいつらをぶっとばす。


 加減はできない。あとはこいつらが死なないことを祈るのみ……


「何してんだ、てめえら!」


「あ、お頭ァ! 丁度イイところに!」


 そこへ、シバキが現れた。ったく、嫌なタイミングで……!


 いや、チンピラがひとり増えたところでやることは変わらないか。


 油断しているこの隙に魔法詠唱を――


「お頭、見てくださいよ。あいつですよ、あいつ。前に大金巻き上げてやった」


「しかもイイ女連れてるんですよ! 頂いちまいやしょう!」


「……ア、アテア王女殿下!?」


 シバキは目を見開くと、おもむろに子分二人の頭を小突いた。そして、そのまま踵を返した。


「こっちの用はもう済んだ。十三地区に帰るぞ」


「え!? もう帰るんですかい!? こいつら放っておくんですかい!?」


「そうだぜ! せっかくだし、ちょいと遊んでいってもよー!?」


 振り返り、子分ふたりに睨みを利かせた。


「あ? 俺の言うことが聞けねえってのか?」


「い、いや、でもよ……」


「こいつらにはもう構うんじゃねえ」


「ええ!? マジかよ何で!?」


「ちょ、待ってくださいよ! お頭ァ!? お頭ァ!」


 立ち去るシバキに、子分二人も慌ててその後を追いかけていった。


 呆気に取られる。


 一体何だったんだ……?


「うーん?」


「? どうした、アテア?」


「後から来た人、どっかで見たことあるような気がしたんだけど。どこでだっけ?」


「……」


(もう一波乱ありそうですわね)


 シバキのあの態度。たしかに引っ掛かるところがあるが。


 名前すら登場しないNPCの分際でこれ以上ゲームを引っ掻き回さないでほしい。


 くそ迷惑だ。


お読みいただきありがとうございます!

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