VS剣姫アテア⑤ 起死回生
行動終了後にアテアのHPとMPが『100』ずつ回復した。これは三ターンに一度発生する勇者スキル《神の加護》の効果だ。
攻撃力・防御力が高い上に、自動回復までしてくれるパッシブスキル。やりたい放題かっ!
ま、わかっていたことだけどさ。
ただ、《ライトニング・ブレード》の射程距離に際限がなくなったのは予想外だった。確か、正規版の射程距離は縦七~八マスくらいだったと記憶している。幅は一マスだけ。
なのに、アテアは《ライトニング・ブレード》を改良して射程範囲を大幅に拡張してきやがった。幅は横三マス、そして縦は画面いっぱいまで届くようになった。つまり、アテアから一番遠く離れたフィールドの端まで逃げようとも、直線上であれば必ず当たってしまうのだ。
幸いにして縦横の一直線にしか撃てないようだった。アテアの体の向きから二マス分斜めにズレれば射程範囲から逸れる。安全圏に逃げ込めばアテアが動かない限りこちらも攻撃を受けることはない。こっちの攻撃も届かないけどね。
硬直状態。両陣営とも防御待機を続けて時間だけが過ぎていく。
……こんなんじゃダメ。
グレイフルに攻めるなって説教したばかりだけど、攻撃しないことには反撃もしてもらえないのだ。大ダメージを覚悟で攻めていくしかない。
じりじり、じりじりとゴドレッドだけ少しずつアテアに近づかせていた。《ライトニング・ブレード》の射角から外れるように気を付けながら。
「ゴドレッド……あんたなら、アテアの牙城を崩せるはずだよ。ていうか、あんたで無理ならこの勝負、私らの負けが確定しちゃう。何としてもアテアを〝壁〟際から引き剥がすんだ!」
『承知! 我にお任せを!』
やる気満々のゴドレッド。立ち絵まで表示して。何でそんなに自信あんのかな。アテアのほうが明らかに強いのに。
それとも、やっぱり、ただ強いやつと戦いたいだけ?
そういうやる気は嫌いじゃないんだけどー、身の程を弁えないやつはそれはそれで嫌いなんだよねー。
ま、いいや。扱いやすいし、このほうが今は都合がいい。
それはそれとして、さて、どうしたものかな。
アテアを〝壁〟から引きはがす作戦には、踏むべき手順が二つある。
その一つを行うにはゴドレッドの気力ゲージをMAXにする必要があった。
でも、気力ゲージは攻撃をするか攻撃を受けるかしないと溜まらないので、近接戦闘型のゴドレッドだとアテアに隣接するマスまで移動しないといけなくなる。
自殺行為? そう。それなんだよ。それが最初のお悩みポイント。どうしたもんかな~。
実は最終決戦前のシミュレーションパートで、気力ゲージを溜めたりMAXにするようなマジックアイテムをドロップ、もしくは錬金したかったんだ。
けど、調べてみたら第一章で解放されているエリア内で、その手のアイテムや錬金の素材は入手できないらしい。アイテムに頼るのは無理ってこと。
となると、やっぱりアテアの攻撃を受ける以外に方法がなくて……
う~ん。気が進まないな~。作戦実行する前にゴドレッドが死んだら洒落にならないし。
とか考えていたら、ゲーム画面に動きが。
アテアのほうからこの硬直状態を崩しにきた。
デフォルメキャラがキラリと光り、フィールド上がアテアを除いて明度を下げた。スキル発動時のモーションを行う際の演出である。
ズババ――ッ、と光の刃が半円を描くようにしてフィールド上を薙ぎ払った。
比較的アテアの近くにいた幹部たちに範囲攻撃が襲い掛かる。
剣姫アテアの剣スキル《ライトニング・バスター》が炸裂した!
リーザ・モアに『177』の大ダメージを与えた!
クニキリに『172』の大ダメージを与えた!
ナナベールに『179』の大ダメージを与えた!
グレイフルに『177』の大ダメージを与えた!
え、何それ? 何それ?
そんなスキル知らないんですけどーっ!?
◇◇◇
アテアは距離を置いて警戒感を強める幹部たちに、不敵な挑発を投げかけた。
「ボクが動かないからって安心しないでよね! ボクには《ライトニング・ブレード》の他にもとっておきがあるんだから!」
アテアは上段に構えていた刀身を肩口に乗せて軽く身を屈ませた。
「見て驚け! これがボクのライトニング・バスターだァアアア!」
腰の回転に任せてフルスイング。胴を抜く要領で横薙ぎに払った。
《ライトニング・バスター》は、《ライトニング・ブレード》の射角から外れた敵に使用することを前提に編み出された技である。それもまた占星術師の助言によるものだった。
《ライトニング・ブレード》の攻撃範囲が拡大されたとはいえ縦横一直線の射角から抜け出すのは簡単なことで、動かないアテアに対して斜めの位置をキープしていれば何ら脅威ならないことくらいすぐに気づくだろう。そのため、その安全圏に誘い込んだ後の追撃スキルが必須となった。
直線上の光線はいわば点を穿つ一撃だ。凄まじい威力がある反面、射角が限定的になる。となれば、追撃には攻撃範囲を補う横薙ぎの一閃――〝円〟の軌道が望ましい。
また、《ライトニング・ブレード》と同等の威力を保持するには射程距離を近・中距離に設定する必要があったが、魔王軍幹部の射程距離と被るのでそれ以上広範囲にする必要はない。
そうして開発されたのが《ライトニング・バスター》であった。半球状に放出された雷光が空中に浮かぶ幹部をも攻撃する。
「な、んですってぇ!?」
「馬鹿なっ!?」
「ざっけんな、くそがよぉ!」
「くぅ……!」
ゴドレッドを除く幹部たちが一斉に雷光に飲み込まれた。
大気すら焼き尽くす爆雷によってリーザ・モアとクニキリの体力は半分以下まで下回り、ナナベールに至ってはあと一撃食らえば命も危うい状態に陥った。
『おまえたち、下がれッ! 《ブレード》も《バスター》も届かぬ位置まで後退せよ!』
魔王様に指示されるまでもなく三人は本能に従い後ろに下がった。
ただ一人、グレイフルを残して。
『グレイフル! 何をしている!? おまえも下がるのだっ!』
「ハァ…ハァ……、わらわまで下がったら敗北を認めることになりますわよ。わらわが率いる魔王軍にそのような失態あってはなりませんわ!」
誰が率いているって?――という野暮なツッコミを入れる者はいない。グレイフルは一貫して敵に背を向けることを嫌がった。彼女の王気質は屈辱的な敗走をするくらいなら死を選ぶほど高潔であり我が強かった。
それに――
「まだ全力を出し切っていませんもの、わらわは」
アテアの正面に躍り出る。《ライトニング・ブレード》の的になるのも承知の上でその場で防御待機。
槍の日傘を広げて頭上に差した。自慢のドレスはボロボロに破けて肌も露わにあられもないのに、威風と気位のせいで誰の目にも高貴な貴婦人にしか見えなかった。そして、アテアの目にはもう戦いを諦めた憐れな獣としか映らなかった。
「かかってきなさいな、小娘」
傘の柄から片手を放して、くいくい、と手のひらを内側に揺らした。
◇◇◇
グレイフルの挑発をアテアは不敵に受け止めた。
「強がりなら大したものだね。いいよ。その挑発に乗ってやろうじゃないかッ!」
アテアは再び剣を正眼に構えた。光の粒子が収束していき、刀身が黄金色に染め上がっていく。《ライトニング・ブレード》の準備が整った。
「まずは君からだ! ライトニング――――ブレードォオオオオ!」
振り抜いた剣先から破魔の光が奔流となって撃ち出された。一手で肉薄できるほど近しい距離にいたグレイフルにこの暴威から逃れる術はない。最初から逃げるつもりがなかったとはいえ、光剣の勢いはあまりに絶望的であった。
――そうとも。逃げるつもりはない。さりとて、ただ意地を張っているわけでもない。これが女王蜂グレイフルの全力の反撃だった。
開いたままの日傘を正面に向けて下ろす。迫り来る雷光剣を防ぐ盾として。
今、グレイフルの気力ゲージはMAX状態。防御待機しつつ、敵の必殺スキルを呼び込んだ。固有スキルを発動する条件はとうに満たされていた。
「消し炭になっちゃえ――ッ!」
「そのセリフ、そっくりそのままお返ししますわ!」
《ライトニング・ブレード》が日傘ごとグレイフルを飲み込み平原を貫いていった――かに見えたその瞬間、光の束はグレイフルの傘に受け止められて、それ以上後ろに逸らされることなく傘の布地の中に吸い込まれていった。
「なあ!?」
驚愕するアテア。しかし、グレイフルは特に喜びもせずに苦笑した。
「正直なところ、この手を使うのはあまり気が進みませんの。なぜって、わらわは敵を殺すなら自分の手で直接殺したいからですわ。こんな、敵の力をそのままお返しする呪いなんてわらわの美学に反しますもの」
「お返しする……? ――あ、まずい!」
アテアは咄嗟に身構えたがすでに遅かった。日傘に吸収された光撃は、鏡が日光を反射するかの如く、同じ軌道でアテアに撃ち返された。避けることもガードすることももう間に合わない。魔滅を約する赫耀が皮肉にも勇者自身を貫いた。
固有スキル《魔戻布》――!
灼熱の閃光が包み込む。背後の〝壁〟すら貫通する。直撃した者はただでは済まない。
アテアは自らの必殺スキルを直に浴び、この戦いが始まってから初めての深手を負った。
剣姫アテアにダメージを与えた!
『94』
「くわう――!」
思わず膝を折る。いくら万難を退ける《神の加護》であっても勇者の力そのものを無い物にすることはできない。それでは矛盾が生じてしまう。勇者を勇者たらしめるものが《神の加護》だ。その象徴ともいうべき《ライトニング・ブレード》を打ち消すには世の理のほうを捻じ曲げる必要があった。
「如何かしら。自らの光に炙られた気分は! をーっほっほっほ!」
「くう……、ボクの力を利用するなんて……! 卑怯じゃないか!」
憎まれ口も虚しく、グレイフルはますます哄笑を高らかにした。
弱点を見せない勇者の攻略のカギがまさかこんなところにあったとは。アテアは苦痛に顔を歪めて戦慄したが、すぐさまそれがたった一度限りの奥の手であったと見抜いて気を取り直す。
立ち上がり、ふふん、と鼻を鳴らした。
「わかった! その傘で跳ね返す技、何度も使えないんでしょ!? その証拠に、君が纏っていたオーラが今はすっからかんだよ! 力を溜め込まないと使えない技なんだ! そうなんでしょ!?」
固有スキルは気力を全開放して放つ必殺技だ。一度放出してしまえば次に使えるようになるまで再び気力を溜めなければならない。つまり、連発はない。
たとえいつでも使えるにしても、今後はグレイフルに対してだけ《ライトニング・ブレード》を撃たなければ済む話だ。
「それがどうかしまして?」
冷ややかに、グレイフル。
アテアは再び刀身に光を集めはじめた。
「確認だよ。さあ、もう一度使ってみせてよ。さっきの返し技を!」
大上段から振り下ろされた剣先から《ライトニング・ブレード》が炸裂する。グレイフルは仁王立ちしたまま甘んじてその衝撃を正面から受け止めた。
剣姫アテアの剣スキル《ライトニング・ブレード》が炸裂した!
グレイフルに大ダメージを与えた!
『209』
「やっぱり! さっきのは最後の悪あがきだったってわけだね! へへんだ! 大したことなかったね!」
「……」
グレイフルは腕組みをしてアテアを睨み据えた。怯むことなく、言い返すこともせず、ただ傲然と人間の小娘に向けて蔑視を投げかけた。
「え? あ……」
そのとき、なぜかアテアは我に返ったかのように昂っていた気分が一気に冷めた。
グレイフルのあの目。試すような視線に思わずたじろいでしまった。
実力では明らかに上回っている。しかし、グレイフルの気質や傲慢さ、その人間力を高める〝芯〟の部分を見つけてしまい、相対的にいちいち一喜一憂してはしゃぐ自身の子供っぽい所作が途端に気恥ずかしくなった。
「う……ううう……」
「……」
それきり膠着する二人の間に魔王の声が入り込む。
『引け、グレイフルよ。これ以上手傷を負う必要はない』
「わかっていますわ。わらわもたった今やる気が失せましたわ」
簡単に踵を返して後退していく。敗北を認めるくらいなら死を選ぶとのたまっておきながらあっさり敗退した。その無様を、しかし、アテアは嘲弄することも勝ち誇ることもできなかった。
まるで自分が子供扱いされたような気分だった。児戯に呆れ、相手をする価値もないと見捨てられたみたいに。
グレイフルの後ろ姿にちくちくと心が疼く。焦りが生まれる。
(な、舐めるな――!)
グレイフルの背中に向けて駄目押しの《ライトニング・ブレード》を撃ち放った。
グレイフルに大ダメージを与えた!
『238』
しかし、グレイフルの歩みは止まらない。追撃に身構えもせず悠々と歩き去り、《ライトニング・ブレード》の射線から外れ安全圏まで引き下がった。
『剣姫アテアのHPが「100」回復した!』
『剣姫アテアのMPが「100」回復した!』
このタイミングで《神の加護》によって全回復した。グレイフルの反撃を無かったことにして完全なる優位性を見せつけたというのに、なぜかアテアだけが途方に暮れた。
(く、くっそーっ! どうしてボクが負けた気分になってるんだ……!)
一時的な気の迷い。最強の名をほしいままにする勇者であってもまだ子供。加えて、彼女にとって魔王軍幹部と相対する戦場はこれが初めてのことであった。
未熟な心が浮き彫りになる。
その隙を――魔王が見逃すはずがなかった。
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魔王 LV.20
HP 703/1000
MP 281/281
ATK 151
MAT 167
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ゴドレッド LV.18
HP 1060/1060
MP 0/0
ATK 187
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リーザ・モア LV.19
HP 368/755
MP 220/299
MAT 160
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グレイフル LV.20
HP 287/911
MP 94/94
ATK 171
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クニキリ LV.18
HP 259/665
MP 32/46
ATK 123
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ナナベール LV.17
HP 94/480
MP 143/415
MTK 87
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アーク・マオニー③④⑤ ⅬⅤ.10
HP 99/99
MP 99/99
ATK 66
ⅯTK 88
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