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VS剣姫アテア③ 難攻不落


 魔王様から発破を掛けられて、リーザたちは半分我を忘れた。


 出し惜しみはなしだ。リーザは腰に巻いた黒棘の鞭を広げると、風魔法 《エンエアー》で強化した。鞭を風圧で押し出して加速させ、衝撃波とともに音速を越えて敵を打つ必殺攻撃である。唯一にして最大の欠点は命中率があまりに低いことだが、リーザはそれを承知でアテアに向かって鞭を連続して振るった。


 やはりと言うべきか、エンエアーで強化された鞭 《エアーズウィップ》はあらぬ方角へと跳んでいく。


 しかし、《神の加護》がなくともきっと当たっていない鞭打をアテアは油断ならない眼差しで眺めた。


「北門で見せたやつだね……。残念だけど、そのスキルは完成しないよ。ここには鞭と風を増幅させる障害物がないからね。ここは平原のど真ん中。〝壁〟に跳ね返っても飛んでいったきり帰ってこない」


 だからリーザの固有スキルは発動しないと指摘する。


 リーザはいま王都の北門にて【槍聖】サザン・グレーを追い詰めた【鞭】の固有スキルを発動させようとしていた。そして、アテアの言うとおり、この固有スキルは家や馬車といった障害物がある街中でしかうまく機能しない限定的なスキルであった。


「せっかちね。慌てなくてもしっかりと味わわせてあげるわよ」


(障害物が無いなら作ればいいだけのこと――!)


 当たらぬ鞭と飛び交うカマイタチが〝壁〟にぶつかり反射し、それをリーザ自らもう一本の鞭を振るって弾き返す。鞭と鞭、風と風が衝突してさらに跳ね返り――無限増幅する跳弾はいつしかアテアを囲うわずかな空間を竜巻に変じて閉じ込めた。


 敵味方の区別なくありとあらゆるものを切り刻む風刃と鞭打の獄殺結界。


「《比翼蝶・舞》!」


 固有スキルが展開された――!!


「――びっくり。本当に作っちゃった。だけど、この程度じゃボクは倒せないよ」


 それは《神の加護》によるものか、純粋にアテアの防御技術の高さ故か。


 アテアは何もかもを細切れにし粉砕する暴風結界の只中で、右腕一本だけで間断なく襲い来る死の鎌を事も無げに防いでみせたのだった。死角からも飛んでくる音速の刃すら振り向くことなく弾き返し、叩き落し、握りつぶす。この勇者には一切の隙がない。


 そして、リーザのMPが枯渇するまで続く固有スキル《比翼蝶・舞》に早速飽きがきたのか、アテアはやおら左手も持ち上げて同時に両腕を虚空に伸ばした。


 パシン、と両手でそれぞれ何かを掴んだ。その瞬間、暴風は止み、結界は解かれて視野を覆い尽くした粉塵が晴れていく。アテアが掴んだものはリーザが振るっていた二本の黒鞭であった。スキルを生み出していた動力源を停止させたことでカマイタチの発生を封じたのである。


「なっ――!?」


 それは、理屈は単純だが口で言うほど簡単なことではなかった。鞭にも風のブーストを掛けて並々ならぬ速度と威力があったのだ。仮に別の勇者【槍聖】サザン・グレーが同じように鞭を握りしめたとしたら、その手のひらは木っ端みじんに吹き飛んでいたことだろう。ただ無敵というだけではない。勇者アテアは規格外の動体視力と卓越した技量の持ち主であり、超一流の戦士でもあった。


 リーザの固有スキルが破られた。



 リーザ・モアの固有スキル《比翼蝶・舞》が炸裂した!

 剣姫アテアにダメージを与えた!

『12』



 両手に鞭を握ったことで、結果的に両腕を封じられたアテアはこの瞬間無防備に陥った。


「隙あり!」

「串刺しにして差し上げますわ!」


 そして、この一瞬を見逃さなかったクニキリとグレイフルが、左右から挟撃する形で同時にアテアに飛び掛かった。それはスキルを破られたリーザでさえ不意を突かれた見事な奇襲であった。


 グレイフルは槍の打突を無尽蔵に繰り出し、クニキリは忍体術の暗殺殺法で急所を狙い撃つ。《比翼蝶・舞》を凌駕する猛攻が展開された。


「わわっ!」


 アテアの目が驚愕に見開いた。咄嗟に両手を放しても防御には間に合わない。風や鞭の無作為な軌道と違い、攻め手の意志が乗った攻撃はガードを避けて急所をどこまでも追いかける。それも二方向から。これにはアテアの防御技術を駆使しても防ぎ切ることはできないし、槍や毒針を手のひらで掴み取ることも不可能だった。


 幹部たちの猛攻は留まることを知らない。だが――


 十合、二十合――五十合……。刹那のときはとうに過ぎ去り、アテアの顔にも余裕が戻る。


「ちょっとびっくりしたけど、それも最初だけだったね。ボクに攻撃は当たらないよ!」


 グレイフルの槍も、クニキリの暗殺術も、そのことごとくをすべてかわしていた。それは異様な光景だった。槍の攻撃軌道を避けた先で短刀が刃を走らせても、アテアの体は蜃気楼のように掻き消える。どんな攻撃もすり抜けていってしまうのだ。


 魔法と見紛う体捌き。身のこなしと呼ぶにはあらゆる物理法則を無視し過ぎている。……しかし、攻め手の二人にだけはそれが超加速による残像でしかないことがわかった。アテアはただ攻撃をかわしているだけにすぎない。


「おのれェ――ッ!」

「つあッ!」


 穂先と釘針がすれ違う。深く沈んだアテアは見上げた視線の誘導だけで二人の攻撃軌道を操作し挙動を支配した。そのつもりはなくても体軸がぶれて前のめりになったグレイフルとクニキリは、撃ち込んだ勢いを殺すことなくすれ違い、間にいるアテアを素通りしていった。


 かくして二人の立ち位置は入れ替わり、アテアは何事もなかったかのように立ち上がる。


「――ッ!」

「……!?」


 終わってみれば、そこには「攻防」というものが何一つ存在していなかった。


「何度でも言ってあげる。ボクにそんな攻撃は通じない」



 グレイフルの攻撃!

 ミス! 攻撃は当たらなかった!


 クニキリの攻撃!

 ミス! 攻撃は当たらなかった!



「どっけぇーっ! おまえらぁ――!」


 そのとき、ナナベールの声が響き渡った。遥か上空、浮かぶ箒の上に立ち両腕を広げて眼下を睨み下ろしている。先の警告どおりに仲間の避難が始まるよりも早く、魔法詠唱を開始する。


==名を持たないが、無数の名を与えられし者よ==

==どこにもなく、どこにでもある者よ==

==不滅でありながら、不変ではいられぬ者よ==

==時間に縛られず、季節に囚われる者よ==

==すべての始まりにして、すべてを終わらせる者よ==

==知り得ぬ神秘にして、皆に知られている者よ==


 禁忌の魔法 《エンド》――異界の門を開き、封じられた幻獣を召喚する破滅の呪法。


 詠唱の進行とともにナナベールの背後に暗黒の孔が生み出され拡がっていく。そこからあふれ出る禍禍しい魔力と怨嗟にも似た雄叫びが現世を侵食していく。目に見えて大気が紫色に汚染されていった。


 魔族からしてもその〝魔性〟は規格外に重苦しく邪悪であった。


 この世に在ってはならぬモノ。


 召喚者たる赤魔女であっても吐き気を催すほどの不快感に襲われた。それでも――


==来たれ 来たれ 来たれ==

==汝が強さをよこせ 汝が光を起こせ 汝が支配をもたらせ==

==我が望むとおりかくあるべし==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==顕現せよ――《ガルダ・エンド/天翔の終末》==


 勇者を倒すため、一体の幻獣を招き寄せた。


 土色の紙吹雪が乱れ飛ぶ。見様によっては千を超す枯葉が風に舞っているようでもある。幻獣本体から発生した暴風が異界の物質をまき散らしているのだろうか。


 いや、それは間違いだ。偉力は土色の物体一つ一つから感じ取れた。鉱物とも生物とも思えない物体の集合体。信じられないことにあの『現象』そのものが幻獣の正体だったのだ。


 ひらひらと舞い踊る土色が突如として硬直した。螺旋を描いて回り出し、魚群の回転にも似た一糸乱れぬ行動で全体像が変化する。そうして出来上がったのは羽ばたく鳥の片翼を想起させる形態であった。


 圧縮された気圧の束が弾け飛び、轟風を呼び込んで土色の翼が大地を掃いた。


 衝撃波が〝壁〟を鋭く切り裂いていき、土色は地面を抉って削り、的にされたアテアを大気の砲弾が圧し潰す。〝壁〟沿いは巨人の手によって薙ぎ払われたかのように圧壊され、蹂躙し尽くされた。



 ナナベールは《エンド》を使った!

 アテアにダメージを与えた!

『45』



 幻獣は神威を発揮し終えると吸い込まれるように孔の向こうに消えていった。


 にわかに異次元の魔力圧は霧散した。後には大破壊の痕跡だけが大地に深く刻まれた。そして――


 ナナベールの絶望に染まった声が虚しく響いた。


「うっそだろぉ……。《エンド》が効かねーとか、ありえねぇっつーの……」


 剣姫アテアは、やはり、一歩も動くことなく無傷で立ち尽くしていた。


「い、いやいやいや! 効いたよ、効いた! ちょっと痛かったもん! 西門で見といてよかった。初見だったら逃げ出してたかもしれない」


 慌てふためくアテア。演技には見えなかったし、痛かったというのも偽らざる本音なのだろう。しかし、《エンド》の使い手には嫌みにしか聞こえなかった。


(うちの全力でも無理……。つか、こいつを倒すなんて誰が相手でも無理じゃね? なあおい、小娘魔王様よー。ほんとにこいつ倒せんのかよー……)


 背中側からしか攻撃を受け付けない特異スキル《神の加護》――


 弱点がわかっている分フェアとも言えるが、問題はどうやって背中を晒させるかだ。ここにきてようやく背後の〝壁〟がこの上なく邪魔だと理解できる。しかし、安易に壊せるほど低くも薄くもない。


 どうする、どうする――!?


 焦る幹部一同を尻目に、アテアは魔王だけを見据えて言い放った。


「じゃあ今度はこっちから行くね! 覚悟しろ、魔王!」



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