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VS剣姫アテア② 人魔問答


『剣姫アテアという王国の希望が無様に散ったとき、この国の民は底知れぬ絶望に沈むことになるだろう。反抗する気力も起きなくなるくらい心をへし折るには、おまえのような駒は必要不可欠なのだ。その〝最強ぶり〟は魔王軍にとって非常に都合がいい』


 魔王の皮肉めいた挑発は、アテアの顔からそれまであった微笑を消した。


 初めて相まみえる神の天敵。思っていたよりも大きくなくおぞましくもなく、しかし予想以上に威圧的で迫力があった。


 勇者に選ばれたときからずっと腹の底でわだかまっていた衝動の正体をいま理解した。それは、アレを滅ぼせ、という命題が刻まれた血液の脈動に他ならなかった。このとき、アテアは魔王と対峙するために生まれてきたのだという悟りを得た。


 微笑を取り戻し、挑発を返す。


「神様が魔王を倒すために与えてくれた力だもん。強くて当然だよ。君だって弱い勇者に討たれたんじゃ恰好付かないだろ? 魔王の面目丸つぶれだもんね」


 よかったね、ボクが強くて――そのように嘲弄した。アテアの軽口に幹部たちの顔にはにわかに険が宿ったが、魔王だけは『くっ』と失笑を漏らした。


『生意気な小娘だ。戯言もそこまで不遜だと逆に小気味良いな』


「ねえ、一つ聞いておきたいことがあるんだけどいいかな?」


『言うがいい』


「これからボク本気になるけど、今のうちに投降する気ない?」


 これにはさしもの魔王も泰然と受け流さずに色めき立つ。この手の問答は格や実力が勝っている者が劣っている者に投げかけるべきものである。アテアは明確に魔王の器を試していた。


『愚問だ。なぜいまだ優位にある我々がおまえに下らねばならぬ?』


 あまりに不敬な問いかけに、魔王はあふれるに任せて闇の波動をまき散らした。びりびりと全身に痺れをもたらす偉力に晒されながらも、アテアは眉一つ動かすことなく言葉をつなげた。


「そう。投降する気ないんだ。そうだよね。でなかったらそもそもこんな馬鹿げた戦争なんて起きているはずないもん」


『理解していてなぜ問うた? 死を遅らせたいがための時間稼ぎか?』


「違うよ。単なる確認さ」


 大地から切っ先を引き抜き、剣柄を両手で掴んで正眼に構えた。


 刀身に光が弾けて滑る。勇者のオーラが輝く白膜となって手元から剣先まで柔らかく包み込んでいく。


「ボクはこれから君たちを倒す。もし土壇場になって君たちが投降する意志を示したとしても、ボクはこの剣を止めることなく振り抜くつもりだよ。一人残らずあの世へ送ってあげる。だから、前もって確認しておいてもらいたかったんだ。投降しても無意味だよってことを。これで心置きなく全力が出せる」


 獣めいた魔物を殺すことに躊躇はないが、言葉が通じる魔族が相手となるといざというとききっとこの剣は鈍るだろう。その甘えを消すための宣言であった。知性あるものを殺した経験がないアテアには覚悟を固める必要があったのだ。


『舐められたものだ。おまえが余を倒すと言うのか。笑わせるな』


 魔王は感情を押し殺すように、あるいは寛容を取り戻したかのように、呆れた溜め息を吐いた。


『余はおろか、ここにいる幹部一人すら倒せはせんだろうがな』


 傲慢さが透けて見える一言に、アテアは静かに語気を強めた。


「言っておくけどさ、ボクは君たちを誰一人として許す気なんてないから。君たちは罪のない人たちを殺しすぎた。王都のひとたちや辺境の民たち、共に戦ってくれた兵士たち、人類のために立ち上がった勇者たち。みんな、かけがえのない人たちだった。それを……それを……ッ。この報いは必ず受けさせる……!」


 言いつつ複雑な思いもまた胸に去来する。この戦場、この〝壁〟を用意するのに幾人の命を犠牲にしたかわからない。たとえ策を弄したのがアニであっても、その策に乗ってこうして〝最強〟を演じている自分もまた報いを受けねばなるまい。


 それもすべては魔王を――魔王軍を滅ぼした後の話だが。


『罪のない、だと?』


 すると、魔王が声を震わせた。


『愚かな。人類が魔族にしてきた数々の罪過を知らぬとは言わさんぞ。土地を、空気を、水を、あらゆるものを略奪した。あまつさえ尊厳さえ踏みにじったのだ。報復というなら我らにこそ大義がある。許しを乞うのはおまえらのほうだ、人間』


 激しい怒りが大気を揺らす。魔王にとって罪過の在処を論ずることは火に油を注ぐ行為でもあったらしい。


「人類の罪?」


 だが、アテアはそれを冷ややかな目つきで一蹴した。


「知らないよ、そんなこと。興味もない」


『何だと?』


「魔王、君の言うように人類が君たち魔族にひどいことをしたのが本当だとしても、だからってボクは君たちに情けをかけたりなんてしない。たとえ人類のほうが悪で、神様が実はとんでもない化け物でも、ボクは勇者で君たちの敵なんだ。戦う理由なんてそれだけで十分だろ!」


 今ならアニの考えが理解できる。目的のためなら手段を選ばず、生き残ることを最優先にした行動を心掛けよ、というのが常々アニが口にする彼の理念だ。勇者だって死ぬときは死ぬし、神様だって選択を誤る。この数か月でアテアはそのことを嫌というほど学習した。


 アニは『正義』も『大義』も言葉以上の意味がないことを知っている。目指すべき地点に到達するのに『正当性』はむしろ邪魔になるだけ。たとえ誰に何を悪と詰られようと、最後に生き残った者だけが正しいとされるのだ。アテアはそれを思い知った。


 この〝壁〟から絶対に一歩たりとも動かない。死なないための戦いをするのだ。そのためなら卑怯者の謗りだって甘んじて受け入れられる。


(勇者らしくない? いいさ。肩書きなんてどうだっていい。どっちが正義だろうと関係ない。ボクは、人類が勝つためだけの駒でいい――)


 目的を果たせ。アテアの剣が一層輝きを強めて交戦の意志を示した。


「死んでいったひとたちのためにも、ボクは魔王軍を必ず滅ぼす!」


『……ふん。確かに罪の所在などどうでもいいことであったわ。支配するか、されるかだ。力づくでそれをわからせてやろう。最後の勇者よ』


 魔王が構え、幹部たちも再び臨戦態勢を取る。


 アテアの瞳も綺羅星の如く瞬いた。


「そうさ! ボクが最後の勇者だ! 人魔大戦はここで終わらせる!」


◇◇◇


『剣姫アテアが《眼光》を放った!』


『魔王軍幹部は一斉に【怖気】にかかった!』


『グレイフルは竦み上がって動けない!』

『リーザ・モアは竦み上がって動けない!』

『ナナベールは竦み上がって動けない!』

『クニキリは竦み上がって動けない!』

『ゴドレッドは竦み上がって動けない!』

『アーク・マオニーは竦み上がって動けない!』


 来た! アテアの勇者スキル《眼光》! コレで状態異常【怖気】に掛かると移動も攻撃もできなくなる。つまり、蛇に睨まれた蛙になっちゃうってこと。状態異常から復帰して再び動けるようになるまでには遅くても三~四ターン掛かる。


 幸い、魔王は《闇の波動》で相殺できたけど、他のキャラクターはことごとく身動きを封じられてしまった。


『か、体が動かないっ!?』


『わ、わらわまで!? ありえませんわ! こんなこと!』


 リーザとグレイフルの立ち絵が現れた。二人とも悔しそうに唇をかみしめている。


 常に高飛車なこの二人が揃ってアテアの《眼光》に竦み上がってしまった。普段の彼女たちを知っているだけにアテアの偉力の大きさがより浮き彫りになる。


 ターンが回って一巡し、再び手番になってもリーザはまだ動けないままだった。


 ふう。やれやれ。まったくまったく。


 アテアが持つ固有スキルだから仕方ないにしても、やっぱりちょっと情けなくない?


 仮にも魔王軍幹部なんだからしっかりしてほしいよね。


 私は小刻みに震えて立ち尽くす二人に呼び掛けた。


「ねーねー、何びびっちゃってんのぉ? たかが勇者ごときにさー。このまま戦闘終了までそうやって震えてるつもり? 勘弁してよねー。あんたたちがそんなだと私まで大したことないって思われちゃうじゃーん。

 はいはい。お遊びは終わり、終わり! いい加減、真面目にやれっての! それともー……もしかして、そのザマで本気だったとか言わないよね?」


 まさかねー、と鼻で笑ってみせた。


『――――ッ!』


 それはこの上ない挑発となってリーザやグレイフル……それどころか他のキャラクターたち全員の怒りを買った。ずっと本気を出して戦ってきたのに「いつまで遊んでんの?」と煽られたらそりゃ私だってキレる。


『言ってくれるじゃない、魔王様!』


『遊んでいたに決まっていますわ! わらわが……こんなことで……ッ! 怖気づくと思ったら大間違いですわあ!』


 バァアアン、という効果音とともに状態異常から回復する。


『リーザ・モアは【怖気】から立ち直った!』

『グレイフルは【怖気】から立ち直った!』


「そうそう。それでいいんだよ。やればできるじゃん」


 アテアの《眼光》は不規則ながら割とよく使われる。でも、こうやって復帰させることができるならもう恐くない。


 通じないのは百も承知だけど、アテアを一歩でも前に動かす!


 再び総攻撃だ!


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