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VS剣姫アテア① 最強勇者


〝壁〟を背にし、大地に突き立てた剣柄に手を置いて、勇者アテアが佇んでいる。肩が上下しているのはよくある待機モーションだ。


 あの勇者に馬鹿正直に正面から勝負を挑むような真似はしない。幹部たちを四方に分散させて左右遠近から攻撃を仕掛けていく。


 最初に射程圏内に入ったのはグレイフル。直線で五マス以内に入った敵には槍による投撃が有効となる。


 とりあえず、初手の通常攻撃で揺さぶる。この挑発にアテアはどう動くか。


 グレイフルの攻撃!


 槍を投げるモーション。直後、光の膜に覆われたアテアの二頭身キャラが、ガキンッ! という効果音と共にわずかに震えた。


 剣姫アテアにダメージを与えた!

『4』


 ちっ! やっぱりか! 硬い!


 第一層の初戦、リンキン・ナウトへの攻撃もグレイフルの特攻から始まった。奇しくもあのときと同じ状況で、リンキン・ナウトにはそれなりのダメージを負わせた。その後、リンキン・ナウトは防御待機で攻撃を凌ぎ切り、大したダメージを与えることができなくなった。


 だが、今のアテアは別に防御待機していたわけじゃない。通常状態でこの防御力なのだ。


 アテアにはどんな攻撃もノーダメにしてしまう勇者スキル《神の加護》が付与されていた。それは正規版でも同じ仕様であり、唯一ダメージを与えられる条件っていうのが背中への攻撃だけ。


 背中が弱点――それがアテアを攻略する鍵だった。


 それ以外の場所からの攻撃はほとんど無効化される。それどころか反撃を喰らって逆に大ダメージを負う。


 右からでも左からでも駄目。

 遠くても近くても無意味。

 通常攻撃だろうと魔法攻撃だろうとお構いなし。

 背後から襲わない限りどんな攻撃もアテアには通用しないのだ。


「やっぱりアテア、動かないか……」


〝壁〟を背にしたまま微動だにしない。グレイフルに攻めかからず、ターンが回って来ても動くことなく待機した。


 そりゃそうだ。そのための〝壁〟だろうし、当然お兄ちゃんが仕組んだに決まっている。


 この〝壁〟があるおかげでプレイヤー側はアテアの背後に回れない。そして、アテアは決してその場から動かない。体の向きも変えない。


 絶対に背中を見せないつもりでいる。


 正規版では、アテアは草原フィールド内を縦横無尽に駆け回っていた。火力が高いのでそれはそれで十分脅威ではあったけれど、同時に弱点を晒してくれるので苦戦すれども決して倒せないチートキャラってわけじゃなかった。


 ところが、背中側に回らせないこの〝変則フィールド〟においては、実質アテアはチートキャラと化していた。例えるなら、負け確イベントのボスキャラ戦って感じ? そうとは気づかず必死に回復アイテム使いまくって全部無駄にして終わる、っていうアレね。ははっ。


 いや、マジで笑えないって。


「ある程度予想はしてたけどさ……」


 お兄ちゃんじゃなくたって、このゲームをプレイしたことがある奴なら誰だって同じこと考えると思うよ、きっと。私だって立場が逆なら同じようなことしてたもん。


 だから、対策みたいなもんも一応は考えてある。


 アテアの背後に回るための対策だよ。成功するかどうかは運次第。一か八かだけどね。


 迷っていても始まらない。


「んじゃま、一丁やってみますか!」


 そのための布石をどんどん打っていく。


「みんな! アテアの弱点は背中だよ! 〝壁〟から引きはがせ!」


◇◇◇


「――――っ!?」


 グレイフルは見た。


 投撃の間合い。20メトル弱の距離から放たれた渾身の一撃――クリティカルヒット級の槍の一投をあの勇者は防ぐことすらせずに凌ぎ切った。


 眉間を狙って飛来したグレイフルの槍を、直撃する寸前にただの眼力一つで空中に縫い付け、瞳からあふれ出した星屑のきらめきが弾き返したのだ。


 同じ速度、同じ威力で跳ね返ってきた槍をグレイフルは難なく片手で受け止めた。……いや、掴み取った手のひらは摩擦熱で火傷を負っていた。もし取り損なっていたらクリティカル級のダメージを自分自身で味わっていたところだ。


「……やりますわね」


 魔王様が言っていたことが理解できた。たった一撃防がれただけで嫌でもわからされた。


 背後からでしか通用しない鉄壁の守備力。


 そして、同等のエネルギーを跳ね返す反撃スキル。


 この勇者を討つことができればアンバルハルは陥落する――確かに、アテアにはそれだけの戦闘力と存在感がある。


(よくってよ! 必ずやその牙城を突き崩してやりますわ!)


 グレイフルの眼光に闘志が宿った。


◇◇◇


 左右から挟み込む形で接近してきたのはリーザ・モアとナナベールだ。


 リーザは右手に魔力を充填させ、全力の魔法攻撃を撃ち放った。


「《ヒートボール》!」


 熱球はアテアを巻き込んで周囲一帯を灼熱の窯へと変えた。地表は溶けて大爆発が巻き起こる。


 濛々と黒煙が立ち上り、一時的に視界が黒一色に覆われた。


 徐々に煙が晴れていく。そこにはやはり剣姫アテアが微動だにせずに立っていた。わずかでもダメージを負ったようには見えない。


「嘘でしょ? 無傷だなんて……!」


 人間兵が相手なら手加減をしていても消し炭に変えられたというのに。正面からの攻撃はすべて無効化するスキル《神の加護》――どうやら伊達ではないらしい。


(冗談じゃないわ! こんな小娘に負けてなるものですか!)


 リーザが言葉を失い憤然としている最中、間髪入れずに、さらにアテアに魔法が撃ち込まれる。


 今度はナナベールによる状態異常を引き起こす特殊魔法だ。


「《ウィカウィカ/弱体化》! 攻魔両耐性を引き下げるぜぇ!」


 アテアの全身が青紫色の光に覆われた。その光が対象の防御力・耐久力を極限まで引き下げる。いくら勇者スキル《神の加護》なるものがあろうと、赤魔女の魔法ならば突破しうるはずである。


 事実、弱体化魔法 《ウィカ》は《神の加護》を貫通し、アテアに状態異常を起こすことに成功した。筋力は衰え、対魔力値は限界まで引き下げられた。今ならばグレイフルの槍もリーザの魔法も威力を軽減されることなくアテアにぶつけられるだろう。


 しかし――


「無駄だよ。確かにボクは呪いを弾くことはできないけど、その代わりいつでも《解呪》できるんだ!」


 直後、《ディスペル/解呪》の魔法が発動し、アテアから呪いを取り除いた。


 驚くべきことに《解呪》はアテアが自ら唱えた魔法ではなく、勇者スキルによって自動発生したものだった。《神の加護》の副産物であり、当然アテアの魔力は一切消費されない。


「ざっけんなっ! 反則じゃねーのかそれ!?」


 アテアは不敵に笑った。


「ボクにその手の魔法は効かないよ!」


◇◇◇


 物理攻撃も魔法攻撃も効かない相手には固有スキルで対抗するしかない。クニキリは即座にそう判断すると、アテアに向かって駆けながら忍術を発動した。


 元々攻撃面の火力において幹部の中ではナナベールに次いで心許なかった。それを自覚しているからこそこれまで固有スキルと人一倍速度があるこの足で敵を撹乱する姑息な戦術を取ってきたのである。やることもやれることも変わらない。いつもどおりの画策を粛々とこなすだけだ。


 だが、胸の内には勇者への対抗心が静かに燃え盛っていた。冷静沈着を旨とするシノビにあるまじき闘争心。それをクニキリはこのときばかりは自制しようとはしなかった。


 幹部の女たちはどいつもこいつもクセが強い上に横暴で、共に生活していたら気に食わないことなど日常茶飯事だ。しかし、その実力だけは一目を置いていた。魔王様が率いる幹部として相応しい力と器がある。クニキリが真に認めた女たちでもあった。


 そんな彼女らの攻撃を剣姫アテアは涼しげに無効化せしめた。あまつさえ勝ち誇ったような笑みまで見せた。それは己の非力を笑われるよりも腹が立つことだった。


 それ以上に――


(拙者らが見下されるのは、拙者らを従える魔王様の器量までをも嘲弄されるようなもの! それだけは断じて罷りならん!)


 魔王軍幹部の矜持など心底どうでもいい。自分たちの不甲斐なさを棚に上げてでも、クニキリは今、魔王様の尊厳を守るため一矢報いる必要があった。


 翻弄してやる。いかに神威に守られていようとも、エトノフウガ族の術理の前では無意味であることを思い知れ――!


「《影分身》!」


 本体を隠し囮に攻撃を集中させる隠密スキル。


 視覚情報を過剰に与えて惑わす忍術なので対象が状態異常に掛かるわけではない。そのため《解呪》は発動せず、フィールド上にいるすべての敵が効果対象となる。


 現状、分身が一体でもフィールド上にいる間は、アテアは分身を優先して攻撃せざるを得なくなった。


(分身はてめえをクナイのような投げ武器で攻撃することはない。自慢の跳ね返しも使えねえぞ? さあ、分身を消すために直接攻撃してこいよ。拙者の役目はてめえをその場から一歩でも前に動かすことだ。《神の加護》の死角を暴かせてもらう!)


 影分身を追わせて〝壁〟から引きはがす。それができれば序盤のこの攻防はひとまずクニキリの勝利となる。


「すごいすごーい! 分身の術だって! ボク、初めて見たよ!」


 しかし、アテアははしゃぐばかりで足を一歩も前に踏み出そうとしなかった。


 目を見開いて、子供のように瞳を輝かせ、その輝きが激しく火花を散らし、光線となって空気を引き裂いた。眼光の爆弾が視界に映るクニキリたちを一人残らず木っ端みじんに吹っ飛ばす。


「なっ!? がぁ――!?」


 本体のクニキリも爆砕に巻き込まれて堪らず飛び退った。大した威力ではなかったので本体に怪我はないが、わずかな衝撃でも存在が揺らいでしまう影の分身体は、一体残らず消滅してしまった。


「おのれ……ッ! なんてやつだ……!」


 一歩も動かないどころか視線だけで忍術を破るなんて。


「あははっ! もう終わり? 残念! もっと見たかったのにな!」


「くっ……」


 慙愧の念に耐えかねないが認めざるを得なかった。


 まだ剣を握らせていないうちからその圧倒的な強さで場を支配した。クニキリだけでなく他の幹部たちも同じことを思っただろう。この勇者は一味違う、と。


 最強――。百年前の人魔大戦にもこれほどの勇者がいただろうか。


「我が行こう。皆は下がっていろ」


 ゴドレッドが悠々と(足が遅くて遅れただけだが)やってきた。


 まだ会敵していないのはゴドレッドのみ。だが、近接パワータイプのゴドレッドでは力押しするしか能がなく、グレイフルと同様に攻撃を弾かれる可能性がある。


(魔王様は鬼武者に、あの勇者を倒せと直にご命じになられた。ゴドレッドならばやつの防御を突破できると確信しているみたいだった。それとも、単に見誤ったのか。皆目わからぬが――)


「待て。鬼武者よ。おぬしは勇者討伐の切り札だ。やつを〝壁〟から引き離さぬうちは拙者らに任せてもらおう」


 そう言って引き止める。ゴドレッドは不服そうに声を硬くした。


「我の斧は《神の加護》もろとも勇者を粉砕できるはず。せっかく巡り合えた好敵手なのだ。正々堂々戦わせてほしい」


「別に信用してねえわけじゃねえが……今は拙者の言葉に従ってくれぬか?」


「む?」


「拙者を信じてくれ」


 ゴドレッドはあくまでも一対一の対決を望んでいる。その気持ちはわからなくないが、クニキリの直感では〝壁〟を背にした勇者にはゴドレッドでも敵わないと感じていた。


 逆に言えば、〝壁〟から引き離しさえすればゴドレッドなら倒してくれるものと信じられる。


 今こそ連携するときなのだ。


「全員でやつを倒すぞ!」


 グレイフルもリーザも反発しなかった。アテアの実力を肌で感じ取った結果、そうせざるを得ないのだと不承不承認めていた。


「どうしたの? 次は誰? もうおしまい? 来ないならボクから行こっかな?」


 アテアから攻撃を仕掛けてくれれば自然と〝壁〟から離れてくれるのだが、


「なんてね。ボクからは動かないよ。そういう作戦だからね!」


 期待も虚しくアテアは直立不動で待機しつづけた。


 不毛な睨み合いが続くかと思われたそのとき、魔王様の声が響き渡った。


『安心したぞ。それでこそ〝最強の勇者〟だ』


 とても嬉しそうに剣姫アテアの最強ぶりを称賛した。



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