第二層① VS王族護衛騎士団その1
十二体の騎士が横一列に並んでいる。
個体のステータスに差異はなく、HPもMPも全員同じ。
だけど扱う武器には違いがあり、それぞれ四体ずつの三班に分かれている。
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騎士(剣)① LV.15
HP 330/330
MP 30/30
ATK 82
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騎士(槍)① LV.15
HP 330/330
MP 30/30
ATK 82
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騎士(弓)① LV.15
HP 330/330
MP 30/30
ATK 82
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接近して剣、遠間から槍、離れて弓の三段構え。連携が前提の編成で、数的に不利な魔王軍側は一度この体勢を取られると抜け出すのに苦労する。
そのまま討たれることだってある……
加えて馬に乗っているから機動力があり、常に動き回っているため集中攻撃しての各個撃破がやりづらい。
唯一欠点を挙げるなら、騎士は人間兵に比べて防御力が低い。普通逆だろ、って思うけど、そうやって強さのバランスを整えているんだろう。
「みんな、敵は剣、槍、弓の順でこっちに向かってくるよ。剣の攻撃が届くってことは、後ろの槍と弓の射程圏内でもあるから注意して。一ターンで少なくとも三回は攻撃が来ると思ったほうがいい。回復はこまめにしよう」
画面上にナナベールの立ち絵が現れた。
『よーよー、魔王様よー。回復薬はしこたま作らされたから予備に不安はねーけどさー。いいんか? 勇者戦まで道具温存しておくつもりだったんじゃねーの?』
「さっすがナナベール! そういうところに気づけるのはあんたくらいのもんだね!」
『そりゃうちが作ったからな』
謙遜でも照れ隠しでもない。嫌みたっぷりに言ってくれちゃって。
ま、でも。私がそこんとこ考えてないわけないっていうね。
「無傷ってわけにはいかないだろうけど、少なくとも第一層の戦いよりはダメージ少なく済ませられるよ」
『ほーん?』
ナナベールってば、疑わしいって目つきで見てくる。
みんなもそうだ。どこまで魔王のことを――っていうよりも、私のことを信用してくれているのか。今はまだ、半信半疑っぽいんだよなあ。
「私の言うこときっちり聞いてね? 勝たせてあげるからさ」
ゴドレッドやグレイフルみたいな戦闘狂には窮屈かもしんないけど。
今度はふたりにキモチイイ思いさせてあげる。
◇◇◇
騎士たちは馬上にて顔を見合わせると、「はっ!」と一斉に馬を走らせた。
不在のケイヨス・ガンベルム団長の代わりに副団長が指揮を執る。
「剣士隊のみんな、よく聞け! 会敵後、足を止めずに駆け抜けろ! 後続の槍隊が敵の進行を防いでいるうちに反転し、挟撃に移る! 弓隊の援護を信じ、敵幹部を一体ずつ確実に屠っていくのだ! わかったな!?」
「ハッ!」
士気は高く、誰一人として怖気づく者はいない。全員の気合のこもった返事を聞いた副団長は、自身を含めた騎士団の勇猛さに思わず笑みをこぼした。
王族護衛騎士団の構成員のほとんどが王家の血筋である一級貴族の男子であり、将来を約束された言わば王国の幹部候補たちである。騎士団配属は幹部への足掛かりという色合いが強く、陛下や王家の人々を守護したいと考えて志願した者は皆無だった。
もちろん、いざ戦闘となれば護衛の本領を全うするし、そもそも剣術や武術に秀でた者しか十三名の精鋭に選ばれないので実戦での不安はなかった。
だが、それも平時であればの話。人間が相手であればの話だ。
魔王が復活し、こうして命を賭けた決戦に赴くとなれば、中には臆病風を吹かし卑怯にも逃げ出す輩がいたとしても不思議ではなかった。そういう奴が出てくる恐れは十分にあった。副団長とて直前まで魔物と殺し合いをしなければならないことに内心怯えていた。
でも――それがどうだ。蓋を開けてみれば、今、彼らは一丸となって魔族に剣を向けているではないか。
お国のため、陛下のため、何より自分の威信のため、雄叫びを上げている。
皆、心に高潔なる誇りを抱えていた。将来への単なる足掛かりなどではなかった。騎士としての忠義と矜持が彼らの胸の内に正しく育っていたのである。
それが副団長の胸を熱くした。
(こいつらとならば死は恐くない!)
一騎当千の武人であるケイヨス・ガンベルム団長の不在は痛恨の極みであったが、なんの、一致団結した騎士団の統率力は団長の武勇にも匹敵すると確信する。
「副団長! 前方より敵影を二つ確認! 高速飛行でこちらに向かってきます!」
「高速……飛行?」
水平に見ていた視線を上げると、二体の魔物が空を飛んでいた。
殺戮蝶リーザ・モアと赤魔女ナナベール。
話に聞いていたとおりの姿だった。妖艶な女と、可憐な少女。
だが、その見た目に騙されてはならない。奴らは王都に侵攻してきた魔王軍主力幹部で、東門では槍聖サザン・グレーを、西門ではサンポー・マックィン神父とシスターベリベラ・ベルを殺した残虐非道の汚らわしき魔族ども。全力で滅ぼさなければならない怨敵なのである。
高度を落としてこちらに向かってくる。
(真っ向勝負のつもりか!? 舐めやがって! 我が剣の錆にしてくれる!)
肉薄してくる瞬間を狙って剣を振りかざした。
しかし、魔族どもは寸前で急停止し空中に漂った。
「さあ、ナナベール。魔王様の指示通りに」
「くけけけ! 残念だったな、リーザ! さっきと違って後衛に回されてよー」
「別に。どこかの筋肉バカと一緒にしないで。効率よく人間を殺せるならそれに越したことはないわ」
「強がんなっての。んま、前に出る後衛ってのも意味不明でオモロイから、うちも不満はねーけどなー。けひひひひ!」
「ナナベール、早くして」
「わあってるよ! そう急かすなって! ほいっと!」
赤魔女が魔法詠唱をはじめた。
==聞け! 闇の精霊よ! 我を容認する者よ!==
==悪しき者 暁を求めるものよ!==
==不敗を誇り、万能を知らしめよ!==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《ウィカメニ》==
赤魔女の杖が赤紫色の光を放つ。その光は意思を持ったかのように飛び上がり、光線の尾を引いて副団長含めた剣士隊四人に直撃した。
「うわあっ!? ――っ、……え? え?」
悲鳴を上げたのも束の間、四人は痛みがまったくないことに気づいて困惑した。
依然として赤紫色の光が全身を包んでいるが、それ以外の変化は見受けられない。五感は正常。意識に混濁はなし。ステータス異常を起こさせる類の魔法ではないようだ。
副団長は体に異常がないことを確認すると、忌々しげに目を細めた。
(何をしたのかは知らないが――許せん!)
「赤魔女! まずは貴様からだ! 突撃ィイイ!」
副団長の号令で再び馬を走らせる剣士隊。
それを殺戮蝶が迎え撃つ。
「自分の身に何が起きているのかわかっていないのね。憐れだけど同情はしないわ。惨たらしくじわじわと殺してあげる」
殺戮蝶の手のひらに風属性の魔力が渦巻き始めた。
==聞け! 風の精霊よ! 我を糾弾する者よ!==
==息吹を運び、我の声を響かせよ!==
==あまねく天と地を行き交い、最果てを消せ!==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《バロスラッシュ》!==
高圧縮された気圧が手のひらから解放され爆発的な速度で飛んでいく。
あたかもそれは引き絞った硬鞭のようにしなりを効かせて大気を奔り、標的とした剣士隊四人の体をそれぞれ一文字に抉り切った。
皮膚の表面を斬りつけたに過ぎない斬撃だったが、カミソリほどの鋭利さがない代わりに損傷部位は農耕器具で地面を掘削したような挫滅創が広がった。
皮下組織までをも抉り潰された剣士隊の面々は、数秒の時間差を置いて発狂した。
「ぎゃああああああああああっ!?」
灼熱の痛みに襲われて、馬から落ちて地面をのたうち回る。
副団長も絶叫したが、困惑と恐怖の感情に支配されながらも頭の片隅では謎の違和感を覚えていた。何かがおかしい、と。しかし、その正体にはすぐに気づいた。
魔法衝撃を受けたのは確かだ。実際に激痛に苦しめられ、滴る大量の血液には眩暈を起こしかけている。
だが、どうして鎧には傷が一つも付いていないのか。
部下たちの鎧も同様に無傷だった。そこからわかるのは、殺戮蝶が放った魔法衝撃が守りを貫通して直接肉体を襲ったということである。
震える手で鎧に手を掛ける。
すると、すう、と指先が鎧をすり抜けた。
「なっ!? 何だ、こ、これは!?」
装着している感触は依然としてあるのに、触れようとすると透明になって存在感が薄まってしまう。まるで空気に色が付いただけの服を着ているようだった。
赤魔女が大笑した。
「ようやく気付いたかっ! おめえらに掛けたのは《ウィカ》っつー守備力を下げる魔法なんよ! 防具の効果を一時的に消してやったんだぜ!」
「なんだと……っ!」
魔法に明るくない副団長には知る由のないことだが、《ウィカ/弱体化》には攻撃耐性を下げる《ウィカパ》と、魔法耐性を下げる《ウィカマ》の二種類あり、両耐性を一度に下げる上位互換魔法 《ウィカウィカ》までが存在する。
本来単体にしか掛けられない《ウィカ》だが、赤魔女ナナベールはさらに複数体に効力を及ぼす範囲魔法 《ウィカメニ》を開発していた。百年前に失われた北国ラクン・アナの叡智の遺産である。
つまり、現状剣士隊の四人は裸で戦場に立っているも同然なのであった。
《ウィカ》の効果はそれほど長続きしないが、魔王軍幹部がひしめくこのステージでは一時的であっても命取りになる。
(しかし、――それがどうした!)
「う、ぐううううう、ぉおおおおおああああ……っ」
「あら?」
「およよ?」
魔族どもが呆気に取られている。副団長だけでなく他の三人の剣士までもが痛みを押して立ち上がったのだ。
馬に跨り態勢を整えて、再び剣を振りかざした。
「これしきのことで心が折れるほど騎士の魂は柔ではないわ!」
出会い頭の攻撃に面食らっただけで、ダメージ自体は耐えられないほどではない。
今度はこちらが仕掛ける番。奴らに吠え面をかかせてくれる。
「覚悟ぉ――っ!」




