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第一層⑤ 初めての共同作業その2


 魔忍クニキリを軍団長に頂く忍衆は、陰に陽に戦場をかき乱してきた。


 《煙玉》で煙幕を張り、《影分身》で囮になり、遁術を用いて敵を混乱させるのだ。その隙を衝いて他の部隊が矛を突き込んでいく。決して手柄を取りに走るような真似はしない。どこまでも黒子に徹する。それが忍の神髄だ。


 クニキリとて何も敵将の首に執着していたわけではない。卑怯も卑劣も忍道。戦略的撤退こそお手の物。リンキン・ナウトという剣士に背中を見せることに何ら矜持に痛痒を感じない。


 だが、主の命に背いたり果たせられないことだけは我慢ならなかった。敵将を討つグレイフルを補佐せよ――そのように命じられたのなら必ず遂行せねばならなかった。


 まさかグレイフルが命令に背くなど夢にも思わなかった。こうなっては補佐から繰り上がって自ら首級を取らねば魔王様に顔向けできないではないか。この意地は間違っていないとクニキリは今でも考える。かつての魔王様ならこの意地を汲んで好きにさせてくれたのに。


(……拙者が間違っているのだろうか)


『クニキリよ。動きに迷いが見えるぞ。まだ先ほどのことを引きずっておるのか?』


「っ、こ、これは魔王様!? ……いえ、すでに切り替えておりますゆえ」


『さすがはクニキリだ。どこまでも冷静な男よ。そして忠義にも厚い』


「滅相もございませぬ」


『そこでだ、一つ仲間のために囮になってはくれぬか? 《影分身》を使って人間どもを引きつけるのだ』


「魔王様の命であれば拙者に是非はありませぬ。如何ようにもお申し付けくだされ」


『グレイフルの動きを見よ。それで余の策略も知れよう』


「女王蜂の?」


 戦場を縦横無尽に駆け回るグレイフル。横に長く伸びた隊列の末端にまで出向き、取りこぼしを防ぐように人間兵を自慢の槍で串刺しにしていく。おかげで人間兵たちは隊の内側へと押し込められている。


(退路を内側へ……?)


 そして、クニキリはグレイフルの動きと魔王様の意図することを正確に読み取った。


「わかり申した。では、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 魔王様は、ふっ、と笑みをこぼすとそのまま気配が遠ざかった。


 正直、魔王様の策略が成功するかは五分五分と見えるが……クニキリは魔王様のみを信じて自分の役割を全うする。


〇〇〇


 戦場中央。人間兵が特に固まった敵陣ど真ん中に現れたのは、人間の姿をした二体のホムンクルスであった。


「私の番です! 行きますよーっ! えいっ!」


 大きく振りかぶった拳を、これまた大きく空振って豪快にスっ転んだ少女は、攻撃が当たらなかった不甲斐なさや転んだ拍子に出来た擦り傷よりも砂ぼこりで汚れたメイド服だけを気に掛けた。


「ああ、またやっちゃった! さっきから汚してばかり! もう新調しないと駄目でしょうか、コレ」


「姉様、危ない」


 背後を槍で狙われていたところを、もう一人のメイド服が助けに入る。丈の短いスカートから生え出た長い美脚が人間兵の頭部を蹴り潰した。


 その破壊力を目の当たりにした兵士たちは怖気づいて後退し、にわかにホムンクルスの周りに空間が生まれた。


「立って、姉様。早く」


「あ、はい!」


 無表情、無感情に言い捨てるもその手で優しく姉を引っ張り起こす。


 妹メイドは姉メイドの全身を念入りに触診し、怪我の有無を確認した。


「痛いところはありませんか? どこも骨折していませんか?」


「あははっ、く、くすぐったいですってばぁ! お、大袈裟ですよぉ!」


「いいえ。姉様はポンコツなのでご自身の不調に気づいていない可能性があります。腕を切り落とされても気づかないのではないでしょうか」


「そ、そんなにポンコツじゃないもん!」


 そこへ、二人を造った主人である赤魔女ナナベールが箒に跨りやって来た。


「おーおー、仲良くイチャついてんなあ。ここが戦場だってこと忘れてねーか?」


「あっ、ナナ様っ! はーい、大丈夫ですよーっ!」


「ご心配には及びません」


 直後、ホムンクルスたちはお互いの背後にこっそり近づいていた兵士たちに飛び掛かり、一方は拳で、一方は蹴りで吹き飛ばした。


「私は姉様の、姉様は私の安全を第一に考えておりますので」


「誰かのためって時だとパンチがよく当たるんです! 今の私、チョー強いですよ!」


「あっそ。仲の良いこって」


 ナナベールは同じ顔の姉妹が「ひしっ」と抱き合う様を見て、呆れたように嘆息した。


 二人のホムンクルスは瓜二つであった。それもそのはず、妹の正体は姉――パイゼルの細胞から生み出されたクローン体。見た目が似通うのも道理である。


 だが、ところどころで差異が見られた。姉が黒髪三つ編みであるのに対し、妹は青髪ポニーテール。見分けはそれだけでも十分だが、快活で大らかな姉に比べて妹は生真面目な上に神経質。常に怒ったような顔をしており、性格の違いが人相までも変えていた。


 ナナベールは、使い魔がパイゼルだけでは心許ない(ドジっ娘メイドすぎて使い物にならない)ので、このほどホムンクルスを一体増産した。見分けがつくように髪色だけをいじったが、それ以外の差異は偶発的であった。人格形成において先にパイゼルという姉がいたことが特に大きく影響したのだろう。正反対の性格に育っていった。


 戦闘できるように調整し、かろうじてこの決戦に間に合った。ナナベールの新たな部下として今後も参戦可能だ。


「パイゼル、ディビル、暴れるのはいいけどよー、ほどほどにしとけよー。うちらは後方支援だかんな。前に出過ぎて怪我してもつまんねーぞー」


「いえいえ! これくらい楽勝です! ねー、ディちゃん!」


 ディビルはこくこく頷いた。


「楽勝です」


「ばっか、おめえ、本来の役目を忘れんなっての! おまえらはうちの護衛だっつーの。うちのそばにいてうちを守れ。それ以外のことは放っとけ」


 言われてハッとした姉妹は嬉しそうに駆け寄ると、ナナベールの腰に左右からがしっと抱きついた。


「はーい! ナナ様のおそばにいまーす!」


「幾久しく……永久よりもずっとずっと」


「どぅわーっ! 引っ付くな! 暑っ苦しい! 面倒なのが二人に増えた!」


 両手でそれぞれの頭をぐいぐい押すが、びくともしない。離れない。


 赤魔女と二体のホムンクルスのほんわか空間に、周りで囲っている人間兵たちは呆気に取られて佇んでいた。


『ナナベールぅ、聞こえるー? おおーい』


「お? 魔王様じゃん。なになにどしたー? ――ちょお、いい加減に離れろコラァ!」


『あ、もしかしてお取込み中? また後にする?』


「なに遠慮して出直そうとしてんだよ! むしろ丁度良かったわ! 用件を言えぇー!」


 ナナベールにだけは魔王様の声が十代の少女のものに聞こえていた。魔王様を操っている高次元の存在――プレイヤーの存在に気づき、容認したことによる副作用であった。そのせいか、会話をするときは魔王様であってもこのようにフランクな口調になる。


『ナナベールには周りにいる兵士たちをここに足止めしてほしいんだけど、できる?』


「足止めって、手段はなんでもええんか?」


『任せるよ。後からどんどん送り込むからそれもまとめてお願い』


「けっ。人使い荒ぇなー。ま、いいけどよ。それで何を見せてくれるん?」


『面白いこと♪ んじゃ、頼んだよ!』


 テレパシーが途切れる。顎で使われるのはやっぱり癪だが、自然と弛んだ頬に今の状況を楽しんでいることを自覚する。


(あの小娘魔王様にも慣れてきたしなー。ちょっくら協力してやっか)


「パイゼル、ディビル、魔法詠唱してる間おまえらでうちを守れ」


「はい! ナナ様!」


「仰せのとおりに」


 ホムンクルスたちが殺到する人間兵を押し留めてくれている間に魔法を連発する。


「紡げ――《盲化/ダクネスコンフュ》!」


「《麻痺/ナム》!」


「《遅延/スロウ》!」


 状態異常を引き起こす魔法の大盤振る舞いである。それぞれ違った効果により行動を制限された兵士たちは一瞬にして大混乱に陥った。


 逃げたくても前後不覚で退路がわからず、魔王様が言っていたとおり他部隊の人間兵たちが何かに追い立てられるかのように後から後から押し寄せてきて、揉みくちゃになってこの場から動けないでいる。


「けけけけけっ! 人間どもの掃き溜めだぜ! さあて、仕上げは何ぞや!?」


 ナナベールは期待を込めて空を見上げた。



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